第十五話
「ココにヒト入れるの先輩が初めてかも」
「……これ全部集めたのかよ」
四条烏丸の交差点から歩いて数分の中京区甲屋町の10階建てレンタルオフィスビルの入り口を暗証番号&指紋認証で抜けて上がる9階北角部屋。毎月の賃貸料&光熱費だけで研究員の月給の大半が消し飛ぶ24時間空調の書庫フロア。温度と湿度が一定に保たれた鉄筋コンクリート造67㎡に所狭しと並ぶレール式移動型書架には、この4年間に京都・奈良近郊の寺社仏閣ならびに古本屋から合法あるいは非合法に手段を問わず蒐めた膨大な数の古文書や古地図が収まっている。いずれも龍の伝承に纏わる文書ばかり。とうとう非科学的な方法で入手した怪しげな古文書まで加わることになって、私のコレクションもいよいよ……
「で、見せたい物ってなんなんだ?」
「へ?」
「……一刻も早く見せたい物があるって言ってただろ?」
あぁ、そうだった。窓のないフロアの片隅のデスクに載ったiMacの電源を入れる。デスクトップにはフォルダが一つ。
「この中にこの部屋のすべての文書がデータで入っているの。年代と地域別に並べるトコまではできたのだけれど、これを実際の地殻変動データや上部マントル構造の解析とリンクさせてこの二千年間に起きた全ての地学イベントと照合したいなぁ、なんてお願い、してもいい?」
「……それ見せたい物じゃなくてお願いじゃね?」
「どちらかというと丸投げに近いかもね」
こんな分野も記法も異なる膨大なデータ同士をクロスリンクかけて二千年とかいう時間軸にきちんと並べてヌルヌル動かすなんて七面倒くさいコト、一人じゃとてもやってられないわよね。
「……だからといって、それを修士一人にやらせようというのか?」
「私も手伝うから大丈夫よ♡」
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人生で二番目くらいに良いことを思いついたような笑顔。眩しいくらいの表情に文句の一つも言えず、はいはいそれは大変に心強いことで……などと呟く唇とは裏腹に、頭の中には既にロードマップができあがりつつあった。これ面白いかも。古地震学と現代科学をAIで繋いだらどんなアウトプットが出てくるんだろ……?
「その生駒山から持ってきたのはどんな文書なんだ?」
「これは地震の起きる周期かなにかを計算する暦らしいの」
「計算ってことは和算か?」
「たぶんもっと古い算術か算道の類だと思うのだけれどさっぱりわからない」
「吉田の教授に聞いてみればいいんじゃないか?」
「それ名案! じゃぁ、それもお願いね!」
「あのなぁ」
「それからもう一つお願い」
「なんだよ」
「今日からしばらく泊めて……ください」
そりゃ、財布もスマホもアパートの鍵も全部山の中で無くしたってんだから仕方がないとは思うけれど、なんでこんな展開になるんだよ!? 京阪電気鉄道宇治線黄檗駅徒歩5分築28年鉄筋コンクリート造3階建301号室を物珍しげに眺める香住。
「男の一人暮らしにしては片付いているのね」
男の一人暮らしの何を知っているというのだ、お前は? だいたいからして食事とか着替えとか洗濯とか風呂とかいろいろどうするつもりなんだよ実際?
「なぁ、ほんとに泊まるのか?」
「だって私いま一文無しなのよ? かわいそうだと思わない?」
「アパートの大家さんとかいるんだろ? 合鍵出してもらえば……」
「……先月から滞納してるのよね、家賃。できれば顔合わせたくないの」
「え?」
「言ったでしょ。一文無しだって」
あんな大量の古文書とハイテク書庫に給料全部ぶちこんだ挙げ句、この収入も仕送りもない貧乏大学院生の部屋に上がり込んで生活費までむしり取ろうというのかこの非常勤研究員は!?
「ごめん! 来月の給料日までっ! おねがい!!」
……さては確信犯だなお前。