第十二話
子供の頃、よくお地蔵様とお話をした。私が生まれるよりずっと前から道端に居て、いろいろなモノを見てきた彼ら。表情一つ変えずにとても小さな声でひたすらブツブツ呟くのを飽きもせずに聞いていた。ダンプに轢かれて亡くなった小さな男の子。ムラを追われあてもなく山野を彷徨った挙げ句に行き倒れた女のヒト。訳あって生まれることを許されなかったミズコ。私が話しかけると、とても迷惑そうに呟くのを止め、それから文句を言ってきた。最近だれも面倒を見てくれなくなっただの、よだれかけが外れかけているけれど自分では直せなくて困るだの。私が肩についた苔や土を綺麗にしたり、赤い頭巾を直してあげたりすると、またブツブツと呟き始めた。
お地蔵様とお話するのに飽きたら今度はおばあちゃんとお話した。鹽竈精機(←コレお父さんの会社)の工場から歩いてすぐのお社、陸奥沼神社が放課後の遊び場だった私は、社務所のおばあちゃんからいろいろなコトを教わった。このお社を創建したご先祖様は大和国というところから来たコト。陸奥国に棲む龍について調べる勅命を受けていたコト。
陸奥の龍が暴れると海の彼方から唸るような低い声が轟き、やがて大きな津波がやってきて、お家や田畑が全て呑み込まれてしまう。そんなお話を聞かされた日はとても怖くて眠れなかった。ご先祖様はそのたび、何もかもが無くなった土地を測り直して線を引き、水路を引き、塩を抜き、稲を植え、ムラを再建していったのだそうだ。
私の髪の毛と背丈が伸びて、小学校高学年のお勉強にも飽きて、お父さんの工場のお手伝い(←コレお小遣い貰えるの)をするようになると、お社で過ごす時間は短くなった。おばあちゃんは少しだけ悲しそうにしていたけれど、それでもいろいろお話してくれた。陸奥沼神社に仕える一族が代々受け継いできたお役目。社務所の奥にしまってある古い本の読み方。そしていつの日にかやってくる「龍」のコト。
おばあちゃんが私の生まれるずっと前に亡くなっていたことを知ったのは、それよりだいぶ後のことだった。そのおばあちゃんが巫女を務めていた陸奥沼神社が、大正時代には既に別のお社に合祀されていたことも。
学校帰りにお友達と別れ、ひとり廃社へむかい誰も居ない筈の社務所へ入り込む。そんな私の「奇行」を実のところひどく心配していたお母さんは、私が中学校にあがる少し前、雪の舞う3月のある日、津波にさらわれた。
龍は母をかえしてはくれなかった。