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竹内緋色 短編シリーズ

俺は右腕に愛想を尽かされた。

作者: 竹内緋色

俺は右腕に愛想を尽かされた。


 右腕の痛みが二日ほど続いた日だった。

 俺がとぼとぼと歩いていると、突然何かが落ちた。一体何が落ちたのだろうと落とし物を見ると、それは右腕だった。

 俺は自分の右腕を見た。

 確かに俺の右腕はなくなっている。右腕があった場所にはひらひらと舞っている袖しかない。

 つまり、落とした右腕は俺の右腕で間違いないようだった。

 俺が拾おうか拾うまいか迷っていると、腕はひょっこりと立った。指で長い腕のバランスをとっている。なんだかゲームの雑魚キャラに見えた。俺の右腕は器用に砂に文字を書いた。

『お前にはほとほと愛想を尽かした。さらば。』

 そう書き残した後、腕は器用に指を動かし、腕を尻尾のように振って、凄い速さで去っていった。


 そのことを俺は美香子に話した。

「なんでそんな冷静なの?」

 美香子はとても驚いていた。どうしてそんなに驚いているのか分からない。

「七五三。あんた、頭でもおかしくなったんじゃない。」

 俺は腕のない袖を見せる。

「いや、そうじゃなくて。あんたの腕がないのはよく分かるし、多分言ってることは変だけど真実だろう。でも、もっと驚いたりしない?」

 いなくなった腕のことを考えていれば、腕が戻って来はしないだろう。俺は右腕なしにどうやって生きて行けばいいのかを考えた。そちらの方が合理的だ。

 右腕は俺の利き腕だった。だから、なくなってしまうととても不便だ。あらゆるものは右利き用にできている。例えばボタンである。特に男性用のボタンは左手だけでは止められそうもなかった。あと、ズボンのフックも止めづらい。チャックもそうだった。でも、上げればいいだけのチャックはボタンやフックより断然楽なのだ。

「とにかく、右腕がなくなったんなら、ノートをとれないでしょ。どうせ禄に勉強もしないんでしょうけど、あんたはテスト前に急いで一夜漬けするから。」

 いや、それはいい。俺はこれから左腕だけで生活していかなければならない。だったら、左腕だけでなんとか生きて行く方法を今のうちに見つけておく必要がある。

「そう。あんたがそう言うならいいけど。なんか困ったことがあったら遠慮なく言いなさい。」

 そう言って美香子は去っていった。


「でも、どうして右腕は去っていったのかしら。」

 次の日、美香子は俺に言った。

 どうしてか、と尋ねられて思い出さないことがないでもなかった。

 俺は右腕に頼り過ぎていた。右腕で文字を書き、右腕で箸を持ち、右腕で物を持った。右腕に負担がかかっていたのだろう。お蔭で右腕は左腕より筋力がついていた。右腕が痛む前、俺は右腕で文字を書きまくり、右腕でマイクを持って熱唱した。マイクに見えないダンベルが付いていない限り、あんな筋肉痛のようなものが続くとは思えなかったが、実際、腕が挙げられないほど痛かった。でも、俺は左腕を使わずに右腕を使った。それなら愛想を尽かされてもおかしくはなかった。

 俺は家から拝借してきた新聞を広げる。新聞のほとんどの欄は、奇妙なUMAの目撃情報を伝えていた。そのUMAは肌色で、体は棒のようだという。目に当たるものや口、耳、鼻もなく、細く短い足が五本ついている。そいつが道路を車以上の速さで走ったりしたようだった。

「これ、あんたの手じゃない?だって、ほら。手の甲にやけどの跡がある。」

 それは俺が小さなころに何らかでやけどをした後だった。大分薄まってきていて見えにくいが、どうも俺の腕で間違いはなかった。

「なんか物凄いことになってるけど。」

 俺は新聞から、その日の俺の腕の行動を順に整理した。

 俺と別れてすぐ、腕はこの町で木に引っかかった少女の風船をとったという。まるで高跳びの選手のように木の上まで跳んだあと、見事風船を足、というか手でキャッチして少女に渡したそうだ。その後、少女は号泣したという。

 その後、一時間近く、高速道路を走ったのを目撃されている。変なものを見て混乱したドライバーが事故を起こし、そのドライバーを救出したと見られている。

 その後、追跡したパトカーを難なく振り切り、都会へと出た。そこで怒った銀行強盗に出くわし、見事人質を助けたという。

 その後、一時間近く消息を絶った。次に現れたのは地下鉄だった。そこで券を買い、地下鉄に乗った。都会の繁華街を目指したものと思われる。一万円札を指に挟んで歩いているところを目撃されていることから、銀行強盗の際に拝借したのだろう。券を買って、千円札一枚だけを挟んで地下鉄に乗ったみたいだ。両替の意味もあったのだろう。

 その後の詳しい消息は分からない。だが、その都会で謎の生き物が高速で走っているのを何人もの人間が目撃している。

 陽が落ちると、夜の繁華街でヤバい連中と一戦争やったかもしれないことが仄めかされている。

「って、何を冷静に考察してるのよ。」

 別に暇でやったことであって、俺はいなくなった俺の右腕に興味などなかった。もう戻ってこないと言ったのだから、俺とは無関係だろう。

「七五三、変わったわね。大切なものを全部右腕に持っていかれたみたい。あんたはこんな腑抜けじゃなかった。」

 右腕がなくなって、変化を一番感じたのは俺だった。以前は全く勉強ができなかったが、昨日からあらゆることが頭の中に入ってきて、すぐに浸透する。そして、一度覚えれば忘れることはなかった。以前の俺は色々なことを考えて一つのことに集中できなかった。そもそも勉強に興味などなかったが、最近は興味があることがない。それ故にやらなければならないことを自然とやるようになっている。

 それのどこが悪いのか俺には判断できなくなった。


 右腕が俺のもとを去って、一か月が経った。

 その間、俺は右腕なしに色々なことをできるようになっていた。右腕ができたことを今は左腕だけでやっている。

 そして、その一か月間、あらゆるメディアは俺の右腕のことで持ちきりだった。

 都会に現れた次の日、右腕は南米に現れた。時間を考えると普通に飛行機で密入国したのだろう。日本とブラジルの空港に奇妙な生物が映っている監視カメラの映像が確認された。

 南米で俺の右腕は派手にやらかした。まずは畑を荒らしまくった。次に工場を襲った。そして、町の人々を襲った。南米中で指名手配されたが、のちに右腕の襲った場所を調べると、畑は麻薬の原料を作っていた畑で、その原料だけを作っていた畑だけを破壊したようだった。工場は武器を作っていて、それは世界中の紛争地域へと流れていく武器だった。町の人々は、そのどれもが困窮のなか、集団自殺を試みていて、それを右腕は阻止した後、命の大切さを説き、町を破壊していって、全て右腕がやったのだから、恐ろしい怪物がやったのだから、世界中から支援を求めろと書いたらしい。だが、右腕に襲われた人々は右腕がそう言う風に指図したのだと正直に答えたのだった。

 まだ、それらの事実が判明していない頃、右腕は北米に上った。北米でも人々や建物を襲い、強盗などもやらかした。それにより、米国の怒りを買って、右腕は全世界にとうとう指名手配されてしまった。だが、早々に、右腕が襲ったのは全て悪質なハッカーや詐欺師であり、襲った建物などは、麻薬関係や、南米からの外国人労働者を死に追いやるような労働をさせていたり、貧困者を海外に奴隷として売り飛ばすようなことをしている会社だったりした。それらは米国の安全保障局がマークしていたものが多く、その事実を知った途端、トランプは手のひらを返したように右腕を称賛した。その頃になって、南米での騒動は全て悪をくじく行為だと証明された。それを気に、米国と南米の国々は友好関係を築き、今日は米国と国交を断っていた国と正式に友好条約を結んだという話題で持ちきりだった。

 米国が指名手配を正式に取り下げた頃、米国とも、この国とも、どこの国とも基本的に仲の悪かった国が崩壊した。理由は不明であるが、恐らく右腕が何かしたのだろう。今、その国にはいろんな国の支援団体が入り込んで人道支援をしている。だが、その人道支援が始まるよりも早く、色んな物資が大量にその国に流れ込み始めていたのは偶然ではあるまい。

 その後、色々な国で革命や謎の失脚が多発した。それを全て辿ると一本の道ができることを専門家は示唆している。そして、右腕が久々に姿を現したのは一週間ほど前からであった。紛争の続いている中東の地域に突如として現れたのだ。そして、戦っている双方の軍も、その混乱を利用としていた国々も、一斉に武装解除した。

 あらゆる国々では、奇跡が起こった、世界から戦争がなくなった、あの右腕がやったんだ、彼は救世主に違いない、などと噂されていた。次はどこに現れ、どんな奇跡を起こすのか、世界中が期待しているようだった。

 俺だけが次に右腕が現れる場所を知っていた。

 それはこの国だ。

 そして、俺の目の前だ。

 俺は右腕の行動原理を理解していた。ただ、悪をくじくことだけを目的としている。そして、この世界に、この国に、この場所に、右腕がくじかねばならない最大の悪が存在していた。それ故に右腕は俺の体から離れたことをよく知っていた。

 今日、右腕はここに帰ってくるだろう。

 俺は台所から包丁を取り出し、カバンにしまった。

 俺は右腕を殺さなければならなかった。殺さなければ殺される。奴はそんな存在だった。

 俺は右腕が許せなかった。ヤツのなす行為は全て正義の行いだ。だが、それは奴の独断の正義でしかない。少しでも歯車が狂っていれば、奴はただ世界に混乱をもたらすだけの存在となっていただろう。比較的平和とされた今、奴がこれ以上暴れまくれば、世界はより一層の混乱に陥る。

「どうしたの?思いつめた表情をして。」

 美香子が俺に言った。俺は周囲を注意深く観察する。

 そして、飛んできたものをカバンに入れた包丁で弾き飛ばした。

 それはフォークだった。

 そろそろと深海生物のようにそいつは姿を現した。

 俺の体から離れたあの日と全く変わらずそこにいる。

 指でバランスをとり、腕を尻尾のように器用に振っていた。

『どうして邪魔する。』

 砂地に深々と右腕は指で書く。人差し指を使い文字を書き、そのほかの指は体を支えていた。

『その女はお前の幼なじみでもなんでもないのだ。』

 そんなことはよく知っていた。

 美香子はただの俺のストーカーだ。

 右腕は俺の化身だった。

 俺のできないことを、でも、やりたかったことをやっていた。

 右腕が離れる前、俺はずっと悩んでいた。誰かのために何かをしたい。でも、自分には何もできないのだと。だが、ある日、いじめられているクラスメイトを助けた。とても気持ちが良かった。正義の味方になった気がした。

 だが、そのクラスメイトは俺に付きまとい始めた。そして、俺が夜、何をしているのかとか、誰からメールが来たとかを楽しそうに話し始めたのだ。俺が昔火傷して、その跡が残っていることなどを昔から知っているように話したりもした。

 俺はクラスメイトを、美香子を殺したかった。俺の人生はたった一度の正義のために壊れ始めていた。

 そんな時、俺の右腕は俺の願望をかなえるかのように俺から離れていき、そして、世界中へと旅立った。

「なによ、この右腕。何を言ってるの?」

 だが、それは真実なのだ。この女はただの俺のストーカーだった。だが、俺は盗聴されてようが、盗撮されてようが一向に構わないようになっていた。そういう感情を右腕が全て引っこ抜いていったのだ。だから、今の俺は美香子に興味はない。

 俺に残された感情は、右腕を憎む憎しみだけだった。

 だから、俺は右腕を殺すのだ。

 俺は右腕に飛び掛かる。包丁を右腕向かって突き刺す。だが、右腕は簡単に避けてしまう。そして、俺の髪の毛を引っ張る。俺は振り払おうと首を振るが、それが逆効果なのだと知った。俺の首は自分の力でぐきぐきと音を立てる。人の腕は意外と重いのだ。

 俺は左での包丁を手放さずにはいられなかった。自由になった左手で俺は右腕を掴む。

 右腕は梃でも俺の髪の毛を離さないだろう。なら、それでよかった。

 俺は自分の髪の毛ごと、腕を引っ張った。

 とてつもない音を立てて、右腕は地面を転がる。右腕の指には大量の髪の毛が絡まり、その根元には大きな皮膚が付いている。俺は頭皮ごと右腕を引き離した。

 俺は足元にある包丁を手に取ろうとした。すると、右腕は肩に相当したであろう場所で包丁を遠くまで弾き飛ばした。

 つまり、俺と右腕は武器無しで戦うほかないのだった。


「一体、何がなんだってのよ!」

 美香子は泣くように叫んだ。

 その足元には、自分の右腕に首を絞められた少年と、その少年の左腕に手首を折られた右腕が転がっていた。

 それらはもう生き物でなくなっていた。

「なんなの。なんなのよ!」

 美香子はその場から逃げ出した。


 左腕の痛みが二日ほど続いた日だった。

 美香子がとぼとぼと歩いていると、突然何かが落ちた。一体何が落ちたのだろうと落とし物を見ると、それは左腕だった。

 美香子は自分の左腕を見た。

 確かに美香子の左腕はなくなっている。左腕があった場所にはひらひらと舞っている袖しかない。

 つまり、落とした左腕は美香子の左腕で間違いないようだった。

 美香子が拾おうか拾うまいか迷っていると、腕はひょっこりと立った。指で長い腕のバランスをとっている。なんだかゲームの雑魚キャラに見えた。美香子の左腕は器用に砂に文字を書いた。

『お前にはほとほと愛想を尽かした。さらば。』

 そう書き残した後、腕は器用に指を動かし、腕を尻尾のように振って、凄い速さで去っていった。


THE JUSTICE

Fine.



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