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04 転生者、ゴールドラッシュを潰す

 さくっと日清戦争まで書こうとしたら、なせかザクザクと増量してしまい、予告したように日清戦争へ辿り着けませんでした。

 1893年二月。

 ナルヒコらの乗る試験飛行船(ロ号)は、各種試験をこなしつつ、十日程かけて約一万三千kmの距離を旅して、アフリカ南部のトランスヴァール共和国に到着した。

 この地にあるフレデフォート・ドームは、直径約百九十kmと世界最大のクレーターで、約二十億年前に小惑星衝突により出来たと言われている。

 そんな広いエリアを、母船の手がかりを求めて探索にするには、Kだけでは時間がかかるという事で、Kは新たに分身を増やすため再増殖を行なう事にした。幸いな事に、この地の地下には巨大クレーター形成経緯から、増殖に必要な稀少元素が豊富にある。

 Kが再増殖中暇になるナルヒコは、再増殖に入る前にKにとある仕事を依頼する。

 その後、再増殖で第二活動体に進化したKは、自らの半分程の分身を三つ生み出し、巨大クレーター内外の広大な大地の地下探索等をはじめる。

 Kと分身達による地下探索は、ナルヒコの歴史改変計画に関わる重要な鍵でもあった。その鍵の一つが、小惑星衝突で地殻の溶解と攪拌により形成された大規模鉱脈から産出される、約九千トン以上もある金であった。

 この地で1886年に金が発見されると、欧州列強資本により数多くの鉱山(ラント鉱山)が開かれ、直ぐに採掘が始まる。その金産出量は、1888年には六トンだったものが、1891年には二十一トンにも増え、ナルヒコの前世史実では最盛期に年間約百万トンにも達する、お化け金鉱山になる。

 彼の前世史実では、ラント鉱山で産出された金は英国に運び込まれ、長期デフレ不況に悩む英国経済にヘリコプター・マネーで購買力をばらまいたに等しい効果を齎し不況脱出を助け、更に英国から流れ出た金は、米国をはじめ列強の国力増強にも寄与した。

 それを前世記憶で知っていたナルヒコは、K達の地下探索のついでに金等の回収を依頼し、真っ先に金鉱山とその周辺から探索してもらった結果、金脈はあっという間に枯れ、次々に閉山の憂き目に遭う。

 ナルヒコとしては、歴史改変計画実行に必要な物を確保しつつ、列強諸国の国力増大の源を削る、一石二鳥の策であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 Kが再増殖している間、ナルヒコらはアフリカ大陸最南端にある英国植民地のケープへロ号で飛び、とある大物と交渉に臨んでいた。

 豪華な貴賓室で、白い礼装姿の少年ナルヒコの対面には、偉そうな態度の壮年の男がいた。

 男の名前は、セシル・ローズ。一介の坑夫からダイヤモンドで有名なデ・ビアス社を興し、ケープ植民地政府の首相まで上り詰めた立身出世の人物である。彼は、征服地に対する特許状(警察権・統治権・貿易独占権)を持つ英国南アフリカ会社を設立して、アフリカの植民地化を進める大英帝国の先兵であった。

 白人至上主義なローズは、普段なら有色人種とは絶対に対等な立場で会う事はないが、その信念を曲げざるを得ない事情があった。

 「キンバリー等のダイヤモンド鉱山が突然枯れ、会社は大変お困りな状況にあるとか?」

 ナルヒコは、前世の鉱山技師として身につけた流暢な英語で話しをかけるも、極東にある国の皇族と名乗る有色人種の少年の言葉に、ローズは不快感そうに鼻を鳴らす。

 「私は忙しい身なのだ。さっさと発見したという鉱山の情報を話せ!」

 軽く両肩をすくめたナルヒコが、右手を軽く上げて合図を送ると、後ろに控えていた日本人モードのマオが前に出てきて、スーツケースをテーブルの上に載せて、開いて中身を相手に見せる。

 「!」

 両目を軽く見開いたローズは、スーツケースの中身──うずらの卵程もある大粒で輝く石がぎっしり並ぶ様──に釘付けになる。

 「これらのダイヤモンド原石並びに採取先の鉱山情報を、お買い上げ頂きたい」

 ナルヒコは、興奮しつつ欲深そうな顔をしたローズに静かに語りかける。

 「どこで見つけた?!」

 「お隣のトランスヴァール共和国のとある場所です」

 「ちっ! 忌ま忌ましいあそこか」

 1880年頭の第一次ボーア戦争で、併合を仕掛けた大英帝国が敗れた相手国と知り、ローズは苦虫を噛みつぶしたような顔を見せる。

 興奮がやや冷めてしまったローズに、ナルヒコは交渉を有利に進めるため、背後に控えるマオに再度合図を送る。

 マオが、テーブル上に置かれたスーツケースの横に、新たに一つスーツケースを置き、ゆっくりと開く。

 「売り物ではありませんが、同じ所で採掘された、とっておきの原石──私がカリナンと命名した物──がこれです」

 「!!」

 椅子から飛び上がったローズが、テーブルの上に身を乗り出し、追加のスーツケースの中身を食い入るように見つめる。そのスーツケースには、大人の手の平サイズ(長さ十一cm、幅五cm、高さ六cm)もある超大粒のダイヤモンド原石が、一つ鎮座して白い輝きを放っていた。

 「……な、何カラットだ」

 「三千百六カラット(約六百二十g)。十七世紀にインドで発見された、グレート・ムガルの七百八十七カラットを超える世界最大の原石です」

 ローズは、信じられないという表情で、頭を左右に何回も振る。

 「……水晶ではないのか?」

 「大日本帝国皇族の一員たる私が、確認した結果を疑われるのは心外です……あそこにある水晶の置物で、本物かどうか確認してもらってもかまいませんよ」

 ナルヒコの言葉に従い、ローズは秘書官に水晶の置物を持ってこさせ、巨大な原石と擦り合わせる。モース硬度十のダイヤモンド原石は、モース硬度七の水晶(石英)に傷をつけた。

 「本物だ……」

 「当然です」

 「これは、私が買い取ってやろう」

 横柄なローズの申し出に、ナルヒコは首を左右に振る。

 「この史上最大のカリナンに相応しい対価を、貴方が用意できるとは思えないのですが?」

 「何だと!? 有色人種如きが、この私の申出を拒否するのか! 世界のダイアモンドを支配する、我がデ・ビアス社に逆らえば、原石を売る事も加工する事も不可能だぞ!」

 「クスクスクスクス」

 唐突に笑い出したナルヒコに、ローズは怪訝な表情になる。

 「失礼。余りにも笑えるセリフなんで……貴方の会社が、幾ら妨害しようとしても出来ない所──世界の金持ちが競う、欧州の有名オークションへ出品すれば良いのですから」

 「くっ! ……この業界を牛耳る私の力で、お前が見つけた鉱山からのダイヤモンド販売を邪魔して、潰す事なんぞ簡単だぞ!」

 「文明人を名乗る白人なら、交渉する時ぐらい本性を隠したらいかがですか?」

 「黄色いサルが、いい気になるな!」

 「凄んでも無駄です。貴方の会社は、鉱山が枯れ支配の源泉を失って未来のない詰んだ状態。こちらは、貴重な新鉱山の情報をライバル会社へ売り渡しても良いのですよ? 未来のダイヤモンド業界の主を決めるキャスティングボート(決定権)は、私の手の中にあるのですから」

 「くっ!」

 ローズは、視線で殺さんばかりにナルヒコを睨み付け、歯ぎしりする。

 結局ローズは、カリナンを除く原石と新鉱山情報を手に入れるために、デ・ビアス社へ出資しているロンドンのロスチャイルド財閥と話をつけ、莫大な対価を支払う羽目になる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ナルヒコらが、ロ号でロンドンに飛び有名オークションにカリナンを出品したり、ローズの部下に新鉱山を確認させたりして、一か月程バタバタしている間にKは再増殖を終えていた。

 K達の元に戻ったナルヒコは、マリアら擬態端末数体に加えKの分身の一体(α)を連れて、今度は英国の植民地であるオーストラリア大陸へロ号で渡る。

 ゴールドラッシュが、カリフォルニア(1848年~)についで起きたオーストラリア(1851年~)は、1851年から60年までの間に六百トン以上もの金を産出し、その金は英国を中心とした国際金本位制に寄与した。

 シドニー等オーストラリア東部でのゴールドラッシュが終焉すると、一攫千金を求める人々は西へと移動し、1892年に大陸南西部──内陸部のアウトバック(未開の地)──で金が発見される。

 1890年英国の名門ベアリング銀行破綻危機で、中央銀行であるイングランド銀行の金保有量が著しく低下し、最後の貸手として機能するには不十分な状況になっていた。ナルヒコの前世史実では、その金不足の解消に資するのが、アフリカ南部のラント鉱山とオーストラリア南西部から産出する金であった。

 それを前世記憶で知るナルヒコは、英国の金不足問題解消を阻む一環として、ロ号に乗ってゴールドラッシュにわいているクールガーディーと名付けられた、出来立ての村にやって来た。

 「テントだけが並ぶ所を、村と呼んで良いのだろうか?」

 ナルヒコは、光学迷彩で姿を隠したロ号の中で、地上の光景──周りは何もない荒野の中に、砂金掘りらの住処であるテントと無数に穴が空いた様子──をディスプレイ越しに眺め、疑問を口にする。

 『ナルヒコ様、四十km弱北東にあるカルグーリーを偵察したイ号(小型無人飛行船)から報告が入りました』

 マリアの声が、ナルヒコの意識を地表の映像から引き離す。

 「砂金堀りはいたかい?」

 『いえ。馬車の通過や野営の跡は幾つかありましたが、試掘した跡はありませんでした』

 ナルヒコの前記史実で、1893年六月に発見されたカルグーリーの金は、山師がクールガーディーに向う途中、野営した時に偶然発見し、それが新たなゴールドラッシュの端緒になったのである。

 「それは重畳。イ号には、引き続きカルグーリーからクールガーディーの間を巡回し、空から砂金堀りの監視を継続してくれ」

 『分かりました……この後の砂金回収の予定に、何か変更はありますか?』

 「変更はない。船を村外れに着陸させる。下船したαには、夜間は村の地下の中層部から深層部にある砂金を回収し、昼間はカルグーリー方面に移動して、地面近くにある砂金を漏れなく回収してくれ。回収した砂金は、カルグーリーの地下深くに集積しておくように」

 「浅層部や砂金堀りの砂金は、回収しなくてよろしいのですか?」

 「浅層部の砂金は、最後に回収してもらう。ただし、隣のカルグーリーの回収が終わってからになる。今、砂金が採れなくなったら、下にいる砂金掘り達は別の土地へ移動を始める事になり、回収前にカルグーリーに大挙して来られても困るからね」

 「それと、砂金堀りらの砂金に関しては、娼婦役の端末達に村でテント酒場を開かせ、北里博士の伝でドイツから入手した新薬ヘロイン入りの酒を疲労回復酒と称して砂金堀りらに飲ませ、代金として砂金をある程度回収できるさ。麻薬酒の依存性が良好なら、列強諸国の人的資源消耗用に、積極的に販売してもいいし」

 この当時、アヘンやコカイン等の麻薬は禁止されておらず、大英帝国のヴィクトリア女王はコカイン入りガムを噛み、グラッドストン首相は重要な演説前にアヘン入りの飲料を飲んでいたと言われる程に、麻薬は社会に広まっていた。アヘン貿易で悪名高い英国が、麻薬を禁止したのは、第一次世界大戦でモルヒネやヘロインの中毒者が増え、社会問題化してからであった。

 「気まぐれな砂金掘りが、深く掘って砂金をあてるかもしれませんので、カルグーリー方面の砂金回収は、浅層部まで広げた方がよろしいのではありませんか?」

 「……カルグーリーは、単位面積当たりの世界一の砂金密度なんで、αの回収時間を悪戯に浪費するのはどうかと考えたけど……確かに気まぐれで当たりを引き、砂金掘りを誘引してしまうのは困るから、地面近くだけでなく浅層部までに変更しよう」

 「……創造主の分身は、依頼を受諾との事です」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 αが、クールガーディー等オーストラリア南西部で砂金を回収している間、ナルヒコ達は、とある実験のために大陸南東部にあるヴィクトリア植民地のメルボルンを訪れていた。

 ポートフィリップ湾上空、光学迷彩で姿を隠したロ号のディスプレイには、湾の奥に広がるメルボルンの都市全体が映っていた。

 「思っていたよりも大きいな。流石は、大英帝国第二位の大都市」

 ナルヒコは、1850年代のゴールドラッシュ──オーストラリアの人口にも影響を及ぼし、1851年の約四十万人から1861年には約百十七万人弱に急増──で、急速に発展した都市に感心する。

 『ナルヒコ様、港に軍艦一隻の停泊を確認しました』

 「どこの軍艦?」

 『南オーストラリア植民地の軽巡洋艦です』

 「大陸に僅か四隻しかない軍艦の一つがいるとは運が良い。ねずみ型擬態端末による、コレラ菌散布実験の対象として、めったにない機会だ。潜伏期間が二~三日と短く、直ぐに実験結果も分かるし、貴重なデータが取れそうだ」

 「そう言えば、マリア。船倉の増殖タンクによる天然痘ウィルスの備蓄量はどうなっている?」

 『少量で済む船舶を対象に実験するには十分ですが、都市丸ごと天然痘ウィルスのエアロゾル散布実験するには不足しています』

 「天然痘は、潜伏期間が二週間程あるから、大陸の他の港やニュージランド等へ拡散させる船舶実験を先に行なおう。都市丸ごとは、最後に実験出来ればいいし」

 有色人種であるナルヒコにとって、植民地化を押し進める白人やその国家は敵であり、コストパフォーマンスの優れた生物兵器の使用に躊躇はなかった。因みに、この世界の史実においても、北米でのポンティアック戦争(1763年~1766年)で、英国軍が天然痘を兵器としてインディアンに使用している。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 変身スーツを着て大人姿のナルヒコと、白人モードのマリアが、観光がてらメルボルンの街を散策していた。マリアの服装は、何時もの秘書ファッションとは異なり、この街に合わせて外出用のデイ・ドレスを着て、手には日傘を持っていた。

 「街の建物は、ヴィクトリア女王時代っぽい新しい感じだけど、行き交う人々の服装はロンドンと余り変わらない感じだな」

 「人が多い割に、活気がありませんね……通り過ぎて来た銀行の前で、集団で騒いだりしている人々以外は」

 「活気がないのは、失業者が多いからだろうね……銀行前で集団で騒いでいたのは、銀行破産で預金を失った人だろう」

 「オートラリアは、主要輸出品の羊毛と小麦の不振で不況続き。加えて、英国で発生したベアリング恐慌の影響で、この大陸の植民地開発への投資資金の引上げの煽りを受け、不動産開発会社が多数倒産、連鎖的に銀行も破産している」

 ナルヒコが、喉が乾いたのでお茶をしようと店を探していると、銀行でもないのに人々が大行列を作っている建物があった。その建物には、ロイター通信社支局の看板が掲げられていた。

 (金融不安だから、銀行から預金を引き出すために行列を作るのなら分かるけど、銀行でもないのに大行列は何故だ?)

 気になったナルヒコは、大行列の最後尾に並ぶ、服装がやや草臥れた感じの初老の白人紳士に声をかける。

 「この行列は、何なのですか?」

 振り返った白人紳士は、声を掛けて来たのが有色人種であると理解すると、顔を怒りの形相に変え、持っていた杖を振り上げる。

 「中国人め、くたばれ!」

 バシッ!

 ナルヒコは、とっさに上げた左手で杖の攻撃を受け、襲撃者から離れようと身体を大きく後ろにジャンプするも、着地に失敗して尻餅をついてしまう。

 それを見て、白人紳士は、更に追打しようとするも、手に持った杖が半ばで折れている事に気づき、一瞬動作止める。

 「ぐえっ!」

 動きの止まった白人紳士は、マリアによる日傘をバット代わりにした強烈な打撃を腹にくらい、三m程吹き飛び行列に並ぶ人々を巻き添えにして倒れる。

 「ナルヒコ様、お怪我はありませんか?」

 暴漢を撃退したマリアが屈み込み、地面に座るナルヒコの顔を心配そうに覗き込む。

 「ああ、変身スーツのお蔭で怪我はない──囲まれる前に逃げるぞ、マリア!」

 二人は、騒ぎで集まり出した白人達の間を、脱兎の如くすり抜ける。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 逃げきったナルヒコが、オープンテラスでコーヒーを重ねていると、人相バレしないように容姿を変えたマオが戻ってきた。

 「聞き込みの結果、近々、ここの植民地政府が全銀行の休業(支払停止)を決定するのではという噂があって、預金を英本国等の銀行へ移すため、送金手数料が銀行より安いロイター通信社に大勢の人々が集まっていたようだ」

 「ああ、そういう事か……新聞情報だと、前年末段階で支払停止した銀行の預金に占める割合が、ヴィクトリア植民地では六十%、全オーストラリアで三十四%にも達していたな。金融が半分麻痺していような状況にある」

 「特に、オーストラリアの各植民地政府には、英本国のように中央銀行がなく、破産あるいはその恐れのある銀行の救済はまずありえないから、預金者としては当然な防衛行動だな」

 「しかし同じ電信を利用しているのに、銀行よりロイターの方が安く出来るというのは、一体どんなからくりがあるのだろうか?」

 「その点も確認した。電信文を暗号化──多数の文例をコード化した台帳を本社と末端に置いて、受信地で暗号を解読──する事で、文字数を圧縮しているそうだ」

 「なる程、取扱量が多い通信社なら、そういう圧縮技術もあるな」

 この電信文の暗号化により、ロイターは一件当たりで五割近くの利益をあげている他に、電信文のスケルトン化でコストを下げる──原文が三十語だった場合、肉を削りスケルトン化して二十語で送る事で、十語分の料金サヤを利益にする──手法も取り入れていた。

 1890年頃の長距離電信の料金は、凡そ一語〇.五ポンド(当時の円換算で約四.八円、現在の価値で約二万円相当)もしており、大口利用者たるロイターには、語数の圧縮は必須技術であった。

 「ここから地球の概ね反対側にあるロンドンまで、電信網を引ける英国の力は流石だ……そう言えば、英国が覇権国家になれたのは、植民地の反乱鎮圧等統治や交易に欠かせない情報を、世界に張りめぐらした電信網で、素早く得られたお蔭だという話があったな」

 鉄道事故防止に不可欠な電信は、線路と共にケーブルが伸び、英国は大西洋等海さえも横断する海底ケーブルを敷設し、やがて自国植民地をつなぐ巨大電信ケーブルオール・レッド・ラインを作り上げていた。その総延長距離は、1892年の時点で約十六万kmにも達し、国際通信網の三分の二を占め、強かな英国政府は、他国の重要な電報を盗聴等して、外交にも利用していた。

 「英本国との長距離電信網へ攻撃し、金融混乱を仕掛けてみるのも面白そうだな……試しに、オーストラリアから外につながる電信ケーブルに擬態端末を張り付け、送金額の信号を改変してみるか」

 ナルヒコは、口の両端をつりあげ、黒い笑いを浮かべる。

 後に、ナルヒコが仕掛けた電信攻撃──実際よりも送金額を過大に改変──は、金融不安が広がるオーストラリアから外への送金ラッシュもあって、オーストラリアを中心に個人や企業に破産・経営危機を広くまきちらした。特に、電信送金サービスが大いに利用されたロイター通信社は、数多くの送金者との間で訴訟が発生し、巨額の損失を被る事になった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「ところで、何故、ナルヒコ様の事を中国人と間違え、攻撃して来たのか?」

 マオの疑問に、ナルヒコは自分なりの答えを開陳する。

 「ゴールドラッシュで移住して来た有色人種筆頭は中国人で、日本人はほとんどいないから、白人には見分けがつかなかったのだろう……中国人が恨まれているのは、この不況の中、安い賃金で働く事で白人の仕事を奪っているからだ……確か前世史実では、彼ら中国人が、この大陸の白人達を有色人種排除の白豪主義へ走らせた要因だったし」

 「前世史実では、大陸南西部のゴールドラッシュで多少はましだったけど、今回その芽は潰すし、メルボルンでの天然痘流行が成功したら、白豪主義は早まるかもしれないな」

 「一都市での病気流行が、どうして白豪主義を早めるのだ?」

 「メルボルンは、ある意味この大陸の金融・経済の要。そこで天然痘流行による死の恐怖──未種痘者で致死率が約三割、種痘者でも十年経過すれば抵抗力が落ちるから、死病の印象は強い──で社会不安から、大陸全土が酷い恐慌に陥るのは確実。巷に白人失業者が溢れ、彼らは不満の捌け口として、職を奪った中国人や先住民の有色人種へ攻撃を始める。有色人種側も黙ってやられず反撃するから、報復合戦が勃発」

 語尾が途切れ、ナルヒコは急に黙り込む。

 「……報復合戦は、都市への生物兵器攻撃でカバー出来ない、人の少ない田舎での攻撃にも利用出来るな……英国の植民地化により、先住民は虐殺され人口を激減し土地も奪われ、侵略者の白人への恨み骨髄だろうから、彼らに足りない武器等を与えてみるか」

 ナルヒコは、嬉しそうに悪巧みを練り始める。

 後日、ナルヒコは、ロ号を駆ってオーストラリアやニュージランドの先住民集落を巡り、αがコピー能力で大量に増やした”手土産”を、先住民に擬態した端末達に持たせて、先住民集団に潜り込ませる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 1893年四月下旬。

 ミシガン湖畔にある広大なシカゴ万博会場では、来月五月一日からの開会に向けて、各会館等は最後の仕上げと確認に大忙しであった。

 メイン会場には、アメリカの繁栄を示す豪華な建物(電気館、産業技術・学芸館、農業館、機械館等)や各国の建物が配置され、白人文明の隆盛を象徴するかのように、建物は白一色にほぼ統一されていた。

 そんなメイン会場内にある湖の小島には、特別に日本館の出展が認められ、ナルヒコの指示を受け旭日商会の社員(擬態端末)らが、完成した鳳凰殿と日本庭園及び隣接の茶屋並びに遊歩道に、照明設備の設置を行なっていた。

 当初、非西洋国である日本館の出展場所は、見世物扱いの遊興地区であった。日本側は、文明国であることを欧米諸国に示し、不平等条約の撤廃及び自国製品の交易拡大のため、一等地であるメイン会場へ出展を熱心に求めた。開催国の米国では、黒人等への有色人種差別が公然と行なわれていたが、欧州での万博に強い対抗意識等から、日本を盟友としてアピールする目的で、メイン会場内──と言っても片隅──に配置を認めた。白人による白人のための万博の中にあって、日本は非常に幸運であったと言える。

 閑話休題。

 「あ~、疲れた」 

 太陽も大きく傾いた頃、休憩所である茶屋に戻って来たナルヒコ(大人姿)は、つい前世の癖で腰をトントンと叩きながら独り言を吐く。

 「ナルヒコ様、お疲れ様でした」

 日本人モードのマリアが、ほうじ茶とポン菓子を盆に載せて差し出す。彼女の格好は、長い黒髪を桜色の大き目なリボンで飾り、大正時代の女学生風な着物・袴姿を着用しており、茶屋の営業を受託した旭日商会が用意した衣装であった。

 「ポップコーンに対抗して、ポン菓子を用意してみたけど、味覚が大雑把な白人に受け入れられるか微妙な所だな」

 眉を八の字に寄せたナルヒコは、ポン菓子を口に放り込み、木々の遥か向こう、万博の遊興地区にそびえ立つ世界初の巨大観覧車の回る様を眺め、まったりと時間を過ごす。

 「……ナルヒコ様、そろそろ夜間イベントの準備をお願いします」

 マリアに言われて、茶屋で仮眠をとっていたナルヒコは、のっそりと身体を起す。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 シカゴ万博は、米国の技術力を誇示せんと、電気の応用事例(動く歩道、電車等)や、一般的利用例を示す製品が数多く出展されていた。博覧会のため大規模な発電所が設置され、約十二万本の電灯(内一万五千個はアーク灯)が会場内の建物をライトアップする夜間のイルミネーションの美しさは、万博開会前から関係者の間で評判になっていた。

 そんな前評判の一つに、小島にある日本館のイルミネーション・ショーも直ぐに加わり、ショーを実現する技術に関心を持った他館参加者や記者等が、日本館を連夜訪れるようになる。

 今夜も、変身スーツを着て大人姿のナルヒコは、集まった人々を相手に太陽灯の説明を行なう。

 「……パネルに蓄えられた光は、外灯の頂にある球体から、その波長を変調して放出する事で、自然な色の灯にもなるし、色のある灯に変える事も可能です」

 ナルヒコが、手元のタブレットを操作すると、鳳凰殿を照らしている外灯(特殊太陽灯)群のライトが、次々に色を変え幻想的な光景を作り出す。

 「「「「おお!?」」」」

 人々の反応を観察しつつ、ナルヒコは次の説明に入る。

 「更に、放出する光を収束する事で、遠くまで届く光線にする事が可能です」

 日本館の周囲にある外灯群から、一斉に夜空へ向けて色とりどりなレーザー光線が放たれると、それを見上げる人々のほとんどは、驚きの余り口を開いたままになる。

 ナルヒコが、タブレットを操作すると、更に遊歩道にある外灯群も加わって、音楽ライブのステージで繰り広げられるようなレーザー光線群の乱舞を展開する。

 ショーの間中、人々は夜空を見上げ、驚きや感動の声を上げていた。

 「……楽しんで頂けたようですね……太陽灯に関して、何か質問はありますか?」

 集まった人々から、太陽灯に関する技術的な質問が幾つも発せられたが、ナルヒコは企業秘密を盾に詳しい原理の説明を避けたため、技術者らは不満を抱く。

 「太陽灯は、いつから米国で販売するのか?」

 最前列に陣取った記者の質問が、ナルヒコに飛ぶ。

 「本国での供給で手一杯のため、米国での販売の予定は今のところありません」

 ナルヒコの回答に、集まった大半の者達は残念がる一方、競合する企業関係者は胸をなで下ろした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「さて、ここで我が商会が、新たに商品化予定の物を披露します……太陽灯の技術を音楽と一体化させると」

 ナルヒコが、手元のタブレットで操作すると、彼の後ろに置かれた、ドミノを横にした七十インチ程の箱の前面が、日の丸の絵を映し出す。

 「──こんな事が出来ます!」

 花(瀧廉太郎作曲)のBGMが流れ、日の丸が消えると、日本を紹介する動画がスタートする。地図上のシカゴから出発した矢印が日本列島へ飛ぶ、富士山、桜並木、青々とした水田、船で賑わう港、軍艦、快走する蒸気機関車、城、近衛兵達の行進、東京の街並と着物や洋服を着た人々等。

 その動画に、集まった人々全員が、目を皿のようにして見いり、警笛を鳴らし蒸気機関車が突進して来る迫力ある場面では、慌てて逃げ出す者も現れる始末であった。

 動画が終わっても、集まった人々の興奮冷めやらぬ中、ナルヒコは技術的な説明を始めようとするも、突然男が人をかき分け最前列に出てきた。

 「その機械は、私が発明し電気館に出展しているキネトスコープやキネトフォン(蓄音機)の特許を侵害しているぞ!」

 四十代半ばの男が、ナルヒコに食ってかかるように大声を上げると、集まった人々の口から「エジソン氏だ」という声が幾つも上がる。

 (へ~、こいつがエジソンか……)

 有名人の登場にも関わらず、彼への関心が薄いナルヒコは、冷静に反論を始める。

 「この光動画機は、キネトスコープと違って画像を記録するフィルムはありませんし、キネトフォンと違って音声を溝として記録する媒体もありません。画像と音を光で記録する方式であり、特許侵害には当たりません」

 「ふん! 神に選ばれた白人より優れた物を、未開人のイエローに作れるはずがない! 白人の発明を盗んだに決まっている! 違うと言うならば、その機械と外灯を私に渡して、詳しく調べさせる!」

 (私の発明品を脅かさすこれは、愚かな有色人種には分不相応な物だ。太陽灯も含め、だまし取って原理を解明し、私の発明品にしてやる。そして、これらの発明品で、私の会社を奪い返してやるぞ!)

 エジソンは、自ら設立した会社(GE社の前身)の経営者の座を一年前に追われており、大株主のJ・P・モルガンから見切られた原因である、悪辣な手でライバルを蹴落とす考えを、依然として捨てていなかった。

 (技術を盗もうと企んでいるのか? 強欲な白人の本性を見事に体現しているな発明王さん)

 エジソンの恫喝的な要求に、ナルヒコは屈するつもりは欠片もなかった。

 「最前列の記者の方々に、柵の中に入り光動画機に触れる事を認めますから、エジソン氏の言うような、キネトスコープやキネトフォンが用いられているか、その目でご確認ください──マリア、ディスプレイの筐体を外して、中を見せてやって下さい」

 マリアが、光動画機の周囲にいる警備員(擬態端末)達に指示して、最前列にいる記者三名を柵の中に立ち入らせる。

 記者達は、光動画機の筐体(威厳を醸し出させるための単なる飾り箱)が外されると、先を争うように中身フラットパネルに群がる。

 「小指半分の厚さもない板では、フィルムは入らないぞ」

 「どこかに、小さなフィルムがあるんじゃないのか?」

 「こんな薄い板の中に、録音用の管を入れるのは無理だ」

 中身を隅々まで観察したり、触れたり叩いたり、耳を当てたりして、手品の種を探すが如く彼らは熱心に中身を調べる。

 「……記者の皆さん! 光動画機には、キネトスコープやキネトフォンらしき機械が入っていましたか?」

 ナルヒコが、記者達に問い掛けると、彼らは皆頭を左右に振る。

 「エジソン氏の言葉が、言いがかりである事は明らかになりました! この光動画機は、個人でしか楽しめないキネトスコープやキネトフォンと違って、大勢が同時に楽しむ事が出来る物です」

 「将来、欧米各地の広場や大きな建物を借りて、より大きな光動画機で、舞台とは違った自然な物語の動画を提供する娯楽ビジネスを展開する予定です」

 ナルヒコの言葉に、大きな利益が見込めるビジネスになると、察した者たちが目を光らせる。

 一方、エジソンは許可なく柵の中に入り込み、光動画機に触れようとするも警備員に摘み出され、特許侵害訴訟するぞと声高に喚き立てる。

 その様子を眺めていた男が、エジソンに呆れて声をかける。

 「みっともない子供のようだぞ、エジソン!」

 「何だと! 発明王たる私を馬鹿にするのは誰だ──て、テスラ!」

 「何が発明王だ! 効率の悪い直流型しか発明出来ない愚か者の癖に!」

 電気の直流と交流の優位性をめぐり、泥沼の争い(電流戦争)を約十年続けている犬猿の仲の二人は、周囲をそっちのけにして言い争いを始める。

 因みに、このシカゴ万博会場における電気照明は、テスラの交流方式とエジソンの直流方式の競争になったが、GE社よりも安値を提示したウェスティング社の交流方式が採用されていた。

 エジソンらの騒動があった翌週の月曜日、四月二十二日に連邦の金保有量が、金融不安で金流出が続いた結果、初めて一億ドルを下回った記事が、米国中の新聞紙面のトップを飾る。

 第二十四代米国大統領に就任したばかりのクリープランドは、金本位制の擁護を確約するも、六月にはニューヨーク株式市場は大暴落し、米国は恐慌に突入してしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 1893年、夏を迎えたアラスカに近いカナダ北部のクロンダイクに、ナルヒコらは来ていた。

 国境を超えて流れるユーコン川とクロンダイク川の合流地点に近い川の中で、子供が腹まで水につかって川底をすくっていた。

 「あ~っ、もう何でこんなにムシムシ暑いんだ! 北海道より北にあるんだから、もっと涼しくていいだろう!」

 顔中汗だらけのナルヒコが、空の上で燦々と輝く太陽に向って吠える。極に近いクロンダイクの夏は、日が長くなる時期(平均日照時間は二十時間)で、非常に高温多湿となる土地柄であった。

 「こんな事なら(前世史実の)発見年順に拘らず、もっと北の涼しいアラスカのノームへ先に行くべきだったな──え~い、水に潜って砂金取りだ!」

 そう言ってナルヒコは、道具を手に持ったまま、ズボ~ンと音を立て水の中へ身体を沈める。

 そんな無防備な行動は、クマ等の野生動物が闊歩する大自然の中では危険極まりないが、ライフル銃を持ったビキニ姿のマリアが、周囲を警戒しているから出来た。

 「とったぞ~っ!」

 ナルヒコが、六十cmを超えるベニザケを両手で抱き抱えて叫ぶ。

 激しく暴れるベニザケと、逃がさんとするナルヒコとの攻防は、彼が足を滑らせドボンと川に沈む事で決着した。

 数分後、川から上がった濡れ鼠なナルヒコは、マリアの手により裸に剥かれ、バスタオルでゴシゴシ身体を拭かれていた。

 「ハッ~クション!」

 「溺れような馬鹿な真似をするからです」

 マリアが、やや呆れた口調で、ナルヒコに小言を言う。

 「涼しく砂金を採るつもりが、目の前にサケが現れたから、夕食用につい捕まえようとしたんだけど……はは、失敗、失敗」

 反省の欠片もないナルヒコに、マリアはため息をもらす。

 「創造主の分身(α)が、上流から砂金を回収しているのに、ナルヒコ様自ら砂金回収する必要があるのですか?」

 マリアの言う通り、そもそもナルヒコらがクロンダイクに来たのは、ゴールドラッシュ(前世史実では、1896年八月に金発見)が起きるのを防ぐためであり、今はαが昼夜を通して回収している最中であった。

 「そこに砂金があるなら、自分で採りたくなるのは仕方ないじゃないか」

 どや顔で言うナルヒコに、マリアの冷たい視線が向けられる。

 「ナルヒコ様の歴史改変計画に必要な金塊は、アフリカ南部での創造主と分身方による回収分が既に五百トンを超えており、目標をクリアーしています。資金の方もダイヤモンド原石等売却の件で、十分あるのでは?」

 「計画に不測はつきものだからね。金はあれだけど、マネーは幾らあっても困る事はないし」

 「資金に不安があるならば、回収した金塊の一部を通貨偽造すれば良いのでは?」

 「御国の通貨偽造は、そろそろ偽造バレしてもおかしくない量になったから駄目だよ」

 「それでは、回収した金塊の一部に売却し、日本の貨幣に交換すれば良いのでは?」

 「量が少ないならば問題ないけど、何十トンもの金塊の売り先となると、貧乏な御国では無理だから、ロンドン金市場か列強の国相手とか極限られた所しかない……金塊の出所を説明出来ないから売るのは難しい」

 「仮に売れるとしても、列強の金準備高(金保有量)を増やして資本(国)力の増強は極力避けたい……マネーへの換金以外に良い取引が出来るならば話は別だけどね」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 七月中旬、クロンダイク滞在中のナルヒコは、冷房の効いたロ号の操縦室で、アフリカ南部の空を飛ぶ次期飛行船のミニスケール機相手に、遠隔による飛行テストを行なっていた。

 突然、別室にいるマリアからの映像が、ディスプレイ画面に割り込んできた。

 『ナルヒコ様、今年の一月に起きたハワイ革命に関して、米国で動きがありました』

 「何が起きた?」

 『シカゴにいる擬態端末の報告によると、クリープランド大統領は、三月末にハワイへ派遣した調査団による調査の結果、臨時政府のクーデターが米国海兵隊を利用して行なわれた不法なホノルル占拠であったと結論付ける声明を公表。大統領は、ハワイ駐在のスティーヴンス公使の不当な介入を謝罪すると共に、臨時政府に対して解散並びに女王の復位を要求したとの事です』

 「インディアンや黒人等有色人種に対し、残虐の限りと詐欺を平然と行なう白人の親分が、有色人種のハワイ王国をクーデターで乗っ取った、白人の臨時政府を否定するとは驚きだな」

 「マリア、クーデター以降、ハワイ臨時政府に対するクリープランド大統領の対応を簡潔に教えてくれ」

 『今年の三月頭に大統領へ就任し、前政権が上院議会に送ったハワイ合併条約を撤回すると共に、ハワイに全権特使を調査団と一緒に派遣。特使は、ホノルルに到着すると直ぐに、臨時政府が勝手に掲げた星条旗を下ろさせ、海兵隊員を母艦に戻るように命令し、ハワイを米国の保護領とする臨時政府の宣言を取り消させています。その後、調査団の調査結果を大統領は、外交担当を交えて検討し、今回の声明に至った所です』

 「……珍しくまともな大統領だな」

 ナルヒコは前世記憶で、西海岸まで至った事で国内のフロンティアが消滅し、米国は新たなフロンティアを海外に求め植民地獲得に乗り出す事を知っていたので、合併を拒否したクリープランド大統領に興味を抱く。

 「今ならハワイ王国を復活させても、米国の干渉はなく、ハワイが米国の対帝国戦の拠点となる未来を阻止出来そうだ……マリア、Kに確認を取って欲しいのだが──例えば飛翔移動出来るハエに擬態した端末で、人間の活動を盗撮・盗聴する事は可能か?」

 『……創造主の回答は、室内であれば要求を満たす擬態端末を作る事は、可能だとの事です』

 「ハエぐらいに小さいと、野外の風は飛翔を妨げるという事か……今回のスパイ活動先は、建物内だから問題ないな」

 「それじゃあ、マリア。僕から約定にもとづく依頼として、Kにはハエ型擬態端末を十体一組で計九組作り、次期飛行船のミニスケール機に搭載し、ワシントンへ送り出すよう依頼してくれ」

 「ミニスケール機を使って、ワシントンとハワイの最高権力者と最側近達が執務する建物へのハエ型擬態端末の配達・潜入は、こちらで遠隔操作により行なう」

 『……創造主より、受諾との事です』

 マリアの返事を聞いて、ナルヒコは更に思いつく。

 「後々の事を考えて、列強等の首都にもハエ型擬態端末を潜入させよう……ミニスケール機の長距離航行テストも兼ねて、東京、漢城ソウル、北京を回り、ユーラシア大陸を横断して、サンクトペテルブルク、ベルリン、パリ及びロンドンへ回らせよう」

 「それと、ハエ型擬態端末がスパイ活動で得た情報は、マリアの方で収集・整理し、僕に報告を頼みたいのだが?」

 『分かりました……ハワイ語に関する言語情報の学習が別途必要になりますが、いかが致しましようか?』

 「ああ、ハワイ語は僕の前世記憶になかったな……ラント鉱山の金塊を、ロ号コピー船に往復させて北海道へ運び込んでいるから、帰りに寄り道して御国の端末一体をハワイに運んでもらい、学習させてくれ」

 『了解致しました……関係する擬態端末達に指示しました』

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ナルヒコらは、アラスカの短い夏が終わる前に、ベーリング海に面したノームでもゴールドラッシュ潰しを完了させると、ロ号でベーリング海峡を渡って日本へ一時帰国した。

 ナルヒコらが、行者山山麓の旭日商会本社に戻ると、αはコピー能力により太陽灯を地下で大量増産にあたる一方、ナルヒコは、東京駐在の商会社員(擬態端末)に以前指示した件の進捗状況報告をマリアから受ける。

 「商会が、北海道の国有地購入を明治政府に打診した件ですが、大蔵省側から北見山地周辺の未開拓国有地も含めて購入する事と、代金は金貨又は金地金での支払いを要求して来ました」

 「周辺も含めてって、提示して来た面積と金額は?」

 「面積は二千五百km2──凡そ知床半島の倍──、金額は二十万円(現在価値で約八億円相当)です」

 「おいおい……大鉱山偽装するために広大な土地を求めたけれど、知床半島の倍もの土地を──それも未開拓な土地に大金を出せだと!?」

 呆れるナルヒコに、マリアが黙って頷く。

 ナルヒコの前世史実では、1897(明治三十)年に明治政府は北海道国有未開地処分法により、官僚・華族・資本家らに一万km2以上の土地を無償で与えている。今回の大蔵省の要求は、ある意味不良在庫(未開拓国有地)を処分しようとするものであった。

 「三菱や三井といった金持ち財閥ならともかく、何でうちの商会に対して、大蔵省はそんな条件を突き付けて来たんだ?」

 「交渉した擬態端末によると、『二十万円で伝染病研究所を建てられる程に、商会は儲かっているのだろ』と、言われたそうです」

 「あちゃ~、出所は北里先生あたりだな……今度うちの商会に、情報セキュリティ部門を設置しないと駄目だな」

 「部署は後ほど立ち上げますが、買収の件はどうしますか?」

 「う~ん……高い買物になるけど、広大な土地をまとまって買える、めったにない機会だから大蔵の条件を飲もう。幸い、ダイヤモンド等売却の件で得た大金が、ポンドだから大蔵へはそれで支払えるし……それと余計な買物を押しつけられるのだから、こちらからも色々と免税や鉱山権(採掘権)の速やかな取得へ便宜を要求するよう、端末達に指示してくれ」

 「……交渉担当の擬態端末へ指示しました」

 「それにしても……気にかかるのは、大蔵がこちらに”不良在庫”を押し付け、"金"を得たい事情──考えられるのは貿易絡みだな」

 「流石はナルヒコ様、ご明察の通りです。ハエ型擬態端末に大蔵省内を探らせた所、世界の主要な銀消費地の一つである英領インドが、銀自由鋳造の停止(銀本位制から離脱)をした結果、国際的な銀相場は暴落。日本も貿易や経済に打撃を受け、国内物価は高騰、対外債務の関係で国の財政支出も膨れ上がる等、大きな問題になっているそうです」

 大日本帝国は、1871(明治四)年の新貨条例により、形式上は金本位制を採用するも、保有金の不足や貿易は銀貨で行われ、実態上は金銀複本位制であったため、今回の銀価格暴落の影響をモロに受けてしまった。

 「そりゃあ、大蔵が喉から金貨や金地金が欲しがる訳だわ。うちの商会は、蚊取り線香や鎮痛薬(ア○ピリン)の輸出で、インドやアジアで金貨や金地金に換えて集めさせているからな」

 「御国の物価高騰は、こちらの行なった通貨偽造でマネー流通量が増え過ぎたのも原因かもしれないな……御国は、この事態にどう対処するつもり?」

 「明治政府は、来月(十月)にも貨幣制度調査会を設けて、銀価格暴落の原因究明や、現行の貨幣制度変更を検討するとの事です」

 「……調査会の結論は、将来、名実共に金本位制への移行提言で終わるだろう。そうなると、K達に回収してもらった膨大な金塊は、御国との交渉で有効なカードとして使えるな」

 ナルヒコは、宙を見上げて考えを巡らす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 1893年十月。

 中米のジャングルの住民達は、初めて耳にする不思議な音──低く唸るような音──に、何事かと木々の間から空を見上げるも、その正体を見つける事が出来ず、一様に首を傾げる。

 その音の正体は、水平にした古代の肉厚な両刃の剣に似た大型飛行船(全長約二百m)が、剣の鍔にも見える翼に備えた計四基の大型ダクテッドファンエンジン音であった。

 前の試験飛行船ロ号に比べて、同エンジンが発する騒音はノイズキャンセリング技術の導入で激減したが、船体の風切り音がどうしても発生するため、低空を飛ぶ大型飛行船は光学迷彩で姿を隠していた。もし、その姿が住民達に見えていたならば、ケツァルコアトル(羽根のある蛇神)と叫び大騒ぎになった事であろう。

 この大型試験飛行船(ハ号)は、ナルヒコが速度重視で設計した次期飛行船の一つで、K達がアフリカ南部での地下探索の合間に建造した、ミニスケールではない実物大の船であった。

 『……後十秒程でユカタン半島のチクシュルーブ・クレーターの外円弧推定位置に到達します……センシングを開始します』

 若い女性(思考器)の落ち着いた声が、宙に浮かぶリニアシートに座る子供姿のナルヒコの耳に届く。

 ナルヒコのいる場所は、球体内壁全てが量子ドットディスプレイとして外の全周囲光景を映しており、初めて足を踏み入れた者は、丸で空に浮かぶ感覚を体験出来る空間であった。

 このハ号には、ロ号のような有人用の操縦桿や各種計器等が一切ない。理由は、ナルヒコの前世史実における飛行船墜落事故のほとんどが操縦ミスで、彼もミスでロ号を何回か墜落させかけた事もあり、Kの異星技術である思考器による完全自動操縦へ転換したためである。なお、ロ号や同型コピー船も完全自動操縦へ転換した。

 『磁気センサーに反応あり……クレーターの外円弧を確認。時計回りに外円弧に沿ってセンシングを続けます』

 『……外円弧が海に入ります──磁気センサーの反応が減衰、ノイズが増大……外円弧のトレースが困難になりました。船を一端停止します』

 エンジンの逆推進により、船の減速をナルヒコは身体で感じ取る。

 『……重力センサーに切り換えて、外円弧のトレースを再開しますか?』

 「空中じゃあ、重力センサーの精度が悪過ぎるし、どうしたものか……恐竜を絶滅させたと言われる、直径約百六十Kmと世界第三位に大きいチクシュルーブ・クレーターは、陸地にあるサドベリー隕石孔(カナダにある世界第二位のクレーター)と違って、そのほとんどが海の底だからな……止むを得ない。空の上から探索は止めておこう」

 『トレース作業を中止します……次なる指示を願います』

 「次の目的のハワイへ向ってくれ」

 『了解。進路西にとります』

 (海底クレーター探索向けに、潜水艦開発も考えないと駄目だな)

 ナルヒコは、頭の片隅に宿題をメモするのであった。

参考・引用した文献・サイト

ウィキペディア フリー百科事典

参考URL:ja.wikipedia.org/wiki/

書名:南アフリカ金鉱業史 著者:佐伯尤 出版社:新評論 

オーストラリア小史

http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/australia_his/page5.html

書名:ニュースの商人ロイター 著者:倉田保雄 出版社:新潮社 

博覧会 近代技術の展示場 

http://www.ndl.go.jp/exposition/index.html

オーストラリア小史

http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/australia_his/page5.html 

書名:ハワイ王朝最後の女王 著者:猿谷要 出版社:文藝春秋

サイト名:水土の礎 

http://suido-ishizue.jp/kindai/hokkaido/07.html

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