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第十二話 狼煙


 

 事務所に着くや否や深山は自室に駆け込んでハッキングしたデータの解析を始めた。スナイパーの男の直前の会話のログから、相手も移民解放戦線のメンバーであることがわかった。


 会話の内容からは詳しい数までは分からないが組織内にはグループがあるらしい。1人のSB端末を装着した者が着けていない者たちのリーダーとなり一つのグループを形成しており、そのリーダーたちをまとめる幹部が何人か居て、その上に戦線全体のリーダーが居ると言う組織形成だ。


 また会談場所や日時は市原が言っていたものとおおむね一致しており、一番可能性の高いと言っていた料亭であることが判明した。しかし依然として資金供給源であるパトロンの正体ははっきりとしないようで深山はふっと息をつく。


 「下っ端のリーダー格にはそもそも正体を明かしていないのかもしれないな」


 しかし先行者が居るのを感知した瞬間逆ハックを防ぐためにすぐさまに端末から抜け出すさなか、とっさに他のメンバーのSB端末へのルートを確保できたのは幸運だった。とりあえずその男のSB端末に通信内容を盗むトロージャンンプログラム(トロイの木馬)を仕掛けてログを消去し席を立つ。昼頃帰ってきてから数時間何も口にしていなかったため空腹が限界にきていることを思い出したのだ。


 今では笹原が昼と変わらずテレビのニュースを見ていた。もしかしたら途中でどこかに出かけたかもしれないが彼にそれを確かめるすべはない。


 「もうずっと暗殺事件のニュースです。議員の頭が吹き飛ばされるところまできっちり映されているので相当ショッキングなニュースだったんでしょうね」


 彼女は他人事のように言う。アンドロイドとはいえ血糊は仕込んであったし骨格もほぼ人間のそれと変わらないので肉片の飛び散り方はかなりリアルだったはずなのだが現場でも彼女はいたって平静だった。もしかしたら軍でこう言うことは見飽きているのかもしれないななどと想像をしながら彼も席に着く。


 「視覚的なショッキングさももちろんあるだろうけど今回はあの西村議員が暗殺されたってのが大きいだろう。最近色々とメディアを賑わせていた彼だからね」


 「確かに愛人がどうとか地元の企業との癒着がどうとか騒がれてましたね」


 「そう言う下らないことと暗殺を結び付けてメディアが騒いでいるうちに移民解放戦線の幹部と資金源を特定して事態の収拾を狙っているんだろうね、市原は」


 煙草に火を付けながら彼が言う。テレビでは政治とは全く関係のない芸能関係者が訳知り気に的外れな論を展開していた。


 「しかしよくこんな人をスタジオに呼びましたね」


 テレビを見ながら彼女が呟く。呆れた声で言ってはいるものの目はテレビから離せないようなので、意外とこういった番組が好きなのかもしれない。


 「どれだけショッキングなニュースでもテレビを通して見る限りそれは娯楽の一部だからね。まずは人の興味を引く必要がある」


  彼は窓の外を見ながら興味なさげに答える。テレビで繰り広げられていた大論争がいったん落ち着き、その合間に今日あった別のユースが流れ始める。その中に荒川河川敷でオートバイとその持ち主と思われる男の遺体が発見されたというニュースがあった。


 「所長、これって...」


 「あぁ間違いない、あのスナイパーだ」


 「向こうに追跡がバレていたてことですか…?」


 「いやその可能性は低い。バレていたのはハッキングまでだろう。もし追跡までバレていたならこんな分かりやすい場所に死体を放置するはずがない」


 彼は落ち着いて答える。しかし目はテレビに向けられていた。


 「ではこのニュースを私たちが見て、何かこちらから動くのを誘発しようとしているということでしょうか」


 「十中八九そうだろうね。しかしこれでスナイパーの通信相手から追加の情報が得られなくなった。奴のSB端末に仕掛けたプログラムが入手した情報を拾いに行く為にはもう一度端末に侵入しなければいけない、そんなことをしたら確実に逆ハックされるだろうね」


 彼は少し悔しそうにそう言った後テレビから目を離した。


 「これで本当に会談場所を直接ハッキングするしかなくなったね...」


 煙草の先から灰が塊となって落下した。


 「取りあえず夕食にしませんか」


 彼が昼から何も口にしていないであろうことは承知していたのでひとまず落ち着こうと彼女が提案する。彼は頷きでもってこれに答えた。




            ◆        ◆        ◆

 

 5月7日 21:00


 

 ホテルの一室で男がシャワーを浴びている。彼らの国では毎日湯船につかる習慣は無い。幼い時に何度か入ったことがある気がするが、今ではその記憶も薄ぼんやりとした霞の向こうにあるのでもしかしたら勘違いかもしれない。


 「ぐッ......!」


 男が突然小さく鋭いうめき声をあげた。シャワーヘッドを持つ手が小刻みに震え、よく見るとミシミシと音を立てて握りつぶしかけていた。


 男は急いで濡れた体のままベッドルームに駆け込み、カバンの中から薄青色の液体の入った注射器を取り出し右肩に突き刺す。中の液体をすべて流し込んだ後、苦しげな息を落ち着けるように大きく肩を上下させた。



 前世紀、SBPTと並び世界を大きく変革させた発明の一つに人工リボソームが数えられる。DNAに刻まれた遺伝情報をもとにたんぱく質を合成すると言う役割上、リボソームは非常に複雑な構造をしており人工的に作り出すことは困難とされてきた。しかし世界各地で起きた紛争のために体の一部機能を失う人々が急増し、生体義手、義足の開発が急務となり国家主導で莫大な資金が投じられたのだ。


 その結果、負傷者のDNA情報をもとにオリジナルに限りなく近い状態の義肢を作り出すことに成功したのだ。しかし人間の探究心はここで留まることを良しとしなかった。


 オリジナルが複製できるのであれば、その性能をさらに上げて強化義肢を作ることもできるのではないか、と。もしこれが可能ならば人間の体の限界を使い切ることが出来る、そうなれば短期間でしかも何度も再利用可能な強化兵士が手に入る。


 SBPTの開発競争に後れを取っていた旧中国とロシアは秘密裏にこの計画を進めた。もちろん表向きは負傷兵復帰促進委員会という立て看板をこしらえて、戦争によって手足を失った兵士などの援助を行う名目を得てだ。


 しかし合成たんぱく質によって人工的に強化された義肢は使い手を選んだ。拒絶反応に苦しんだんだ末死に至った兵士も少なくない。たとえ強化義肢が適合しても、その後の投薬などで本体が先に悲鳴を上げるのが現状である。

 

 彼―(ジュン) 云雷(ユンレイ)―コードネーム白壱号もその一人だった。もっとも彼自身自分の本名は忘れてしまっているが。


 暫くすると落ち着いたのか濡れた体と通路を拭き服を着る。


 (ウェン)中尉に無理を言って試作の強化義肢を使わせてもらっているのだ、これしきで音を上げていては自分を拾ってくれた中尉の顔に泥を塗ることになる。自分の家族、故郷すらももはや思い出せない彼にとって(ウェン)中尉は唯一確かな記憶と共にある存在だった為、それだけは避けたかった。


彼の端末に通信が入る。


 『私だ、月曜日の配置が決まった。と言ってもお前がすることに変わりはないがな』


 「はっ、ご期待に沿えるよう努めさせていただきます文中尉」


 『あぁ。料亭は貸し切ってあるがどこを経由してクラックされるかわからんからな、店の出入り口はすべてSPに変装した兵に守らせる。万が一そこが突破され、敷地内に何者かが侵入してきたらお前の出番だ。敷地内のあらゆるセンサー類とカメラはお前の端末にリセッティングさせてある、すぐに気づくはずだ』


 現在日本は軍部が実権を握る軍国主義ではないが、領土内で他国の兵士があからさまに武装することなど到底不可能だった。


 「ご配慮感謝します」


 『侵入者が来るかどうかは分からんが用心に越した事は無いだろう』


 「例のクラッカーですか」


 『あぁ、奴めあれから何もしかけてこない。しかしあの短時間でスナイパーから何か情報を引き出せたとも思えない、そもそも戦線の奴らの一部にしか我々の詳細を明かしていないのだからな』


 「直接会談場所に仕掛けてくると?」


 『可能性は低いがあり得る。その時は期待しているぞ、お前には金がかかっているからな』


 文はあえて冷たく言い放つ。


 それに彼は短い返事で応えた後通信が終了された。

 





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