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その五

 櫓の足元に到着してから約一時間。

 予定よりも少し遅れて舞台が組み上がったのと同時に櫓の上に載った獣人が余興が始まるから集まるようにと大声を張りあげる。

 その声を合図に広場の端々に散っていた獣人たちが徐々に集まりだし、櫓の周りは徐々に騒がしくなってくる。


 集まる人々の笑顔はどれも輝いていて、祭りを楽しんでいるということがひしひしと伝わってくる。


「よしっ! 祭りのメインイベントの余興の始まりだ!」

「おー!」


 舞台上の男の声に合わせて歓声が上がる。

 その一体感は獣人ではないアリエッタでさえ、彼ら同様に気分を高揚させるほどのものだ。


「これから始まる踊りってそんなにすごいの?」

「んーそうだね。すごいっていうわけじゃないけれど、簡単だからみんな踊れるんだよ。ちょちょいと手を動かすだけさ」

「へぇちなみにどんな動きなの?」

「うーんそうね。手をこう挙げてから、下げるのよ」


 ルラは説明しながら両手を斜め左に挙げてから斜め右に戻すという動作を繰り返す。


「それだけ?」

「うん。これだけ。昔はもっと、いろいろと動きがあったみたいなんだけど、簡素化していったらこの動きをリズムに合わせて動かすっていうことだけが残ったみたい。私はあまり詳しくないから、これ以上のことは言えないんだけど……」

「えっ? あぁいや、それだけあれば十分だけど……なるほど、右斜めに両手を上げた後に左斜めに戻すと……確かに私でも出来そうね」

「でしょ? ほらほら、祭りが始まるから、今のうちに覚えちゃって!」

「いや、おぼえるも何ももう覚えたんだけど……」


 ルラはこの踊りを踊ることが楽しみなのか、目を輝かせてこちらを見つめている。

 単純な動作の繰り返しのどこが楽しいのかわからないが、それはやってみるまでは口にするべきでは無いだろう。


「ほら! 始まるよ!」


 リラがそういうと、櫓の上でドンっという大きな音がなる。

 見上げてみると、どうやらそれは打楽器の音らしいということが分かった。


 それを皮切りにするように打楽器はドンドンと一定のリズムを刻みながら広場に鳴り響き、人々はそれに従って踊りだす。

 アリエッタも獣人たちの動きについて行こうとするのだが、これが意外と難しく、特に定期的にリズムが変わるところでは完全に出遅れてしまう。


「ほら、アリエッタ。ちゃんと音を聞いて動いて!」

「やってるわよ!」


 まえで踊るルラがあまりに楽しそうな表情を浮かべながらそんなことを言い出すものだから、アリエッタもすっかりとムキになって、何とかついていこうと耳を櫓の方に集中させて、何とかリズムをつかもうとする。


「ほら、アリエッタ。もっと楽しんで! そうじゃないとついていけないよ!」

「そんなこと言われても……」


 今のところ動きについていくだけで必死だ。

 最初、ルラから説明を受けたときは簡単そうだとかそんな風に考えていたのだが、それは完全に間違いだった。

 この踊り、見た目以上に難しい。何よりも、周りの人との連携をかなり必要とする。


 獣人たちは普段から共に行動していているからこそ、自然と息が合うのだろうが、今日たまたまここを通りかかったに過ぎないアリエッタがそう簡単にその境地にたどり着けるわけがない。

 そのことがいまいちわかっていないのか、ルラは小さく首をかしげるだけでそのまま踊りを継続する。


 手を上げて、下げて……単純な動作を繰り返しながらかなりゆっくりとした歩調で櫓の周りをまわる。


「まさか、ここまで難しいとは思わなかったわ」

「慣れれば簡単よ。ほら、リズムに合わせて体を動かして」

「いや、そういわれても……」

「うーん。もともと、亜人追放令が出るよりも前に人間が獣人に教えた踊りだっていう話だから、あなたなら簡単にこなすと思っていたんだけど……ただ、獣人がどんどんと簡素にしていったっていう事実はあるけどね」


 そんなことを言いながらルラは踊り続ける。

 仮に人間が伝えたという話が本当だとしても、そもそもアリエッタは旅人でこのあたりの習慣にあまり詳しくないから、その踊りのことをそもそも知らない。

 アリエッタの目的地は現在地のカルロ領の北西にある新メロ王国であるため、道中にあるこの周辺の街……シャルロ領やカルロ領の街は宿をとるぐらいで基本的には通過している。


 普段であれば、そんなことはないのだが、今回だけは特別だ。ただ、どうしてもそれが肌に合わなくていつも通り風の向くまま気の向くまま行動してしまった結果が現状なのだが……


「まぁやっぱりこっちの方があっているみたいね……」


 今回はちょっとした目的をもって行動してみたが、やはり一番いいのは深く考えずに行先を決めて、その道中でそこの文化に触れる旅だ。

 そうすれば、今回もこの場面で困ることはなかっただろう。もっとも、亜人追放令など何百年も前の話なのでその踊りが伝統として残っているかどうかもわからないが……


「何か言った?」


 そんなアリエッタのつぶやきが聞こえたのか、前で踊るルラが話しかけてくる。


「いや、なんでもないわ。ただ、中途半端に普段と違うことは無理にやらない方がいいっていう教訓よ」

「なるほど、つまり普段と違うことをやった結果失敗したと?」

「まぁそうも言いきれないけれどね。最終的な結論がどうなるかはまだ分からないけれど、今のところは正解だったって思っているし、仮に結論がどうなったとしてもそれが正解なのか不正解なのかっていうのは誰にもわからないでしょ?」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんですよ」


 二人でそんな会話を交わしながら獣人たちとともに踊り続ける。

 結局、その踊りは夜中になるまで続き、それが終わるころには体力があるはずの獣人たちとともに疲労感から倒れるアリエッタの姿があった。


「はぁ結局、うまくは踊れなかったけれど、楽しかったわね」

「そうですか。楽しんでもらえたようで何よりです」

「それはどうも」


 広場の中で寝転がって、夜空に光る星々を眺めながらルラとアリエッタは笑い声をあげる。


「まったく、やっぱりこの世界は楽しいことだらけね。新メロ王国に行ったあとはゆっくりと帰ってみようかしら」

「そうですか。近くを通るようだったら、ぜひともこの村に寄ってください」

「えぇ。近くを通るようなことがあればそうするわ」


 楽しいことを探す。それは獣人たち独特の感性だと思っていたが、どうやらそうとは限らないらしい。


 新メロ王国に行って、目的を果たした後は再び目的すら持たず、ただただ旅をするだけになるのだろう。だったら、新たに“楽しいこと探す”という目的を追加してもいいかもしれない。


 アリエッタはそんなことを考えながら、しばらくの間その夜空を眺めていた。

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