その四
見た目相応に量がある骨付き肉を食べ終えると、アリエッタは先に雑草サラダを平らげて待っていたルラとともに広場の中央に設置されている櫓に向かう。
一度、意識してしまったせいか、目の前で左右に揺れるしっぽが気になってしょうがない。気になって仕方ないのだが、触るわけにはいかない。
最初はスカートの中に大部分が隠れていたということもあって、ほとんど気にならなかったのだが、一度気にしだしたらどうしようもなく気になって仕方がない。なんというか、目の前で規則的に揺れる尻尾というのは何とも魅力的だ。
「……アリエッタ」
さすがにその視線に気が付いたのか、ルラはアリエッタの名前を呼び咳払いをする。
アリエッタはさすがにこれ以上刺激するのはまずいだろうと判断して、さっさと尻尾から視線を外してルラの顔に視線を送る。
こちらを振り向いたルラはむすっと不満そうな表情を浮かべている。
「あぁごめんごめん。気にしないで」
「気にするわよ。まったく……なんでこんな尻尾が魅力的なんだか……」
「魅力的よ。まぁそれを持っていないからこその感情かもしれないけれど」
「そうね。尻尾とか耳の手入れって結構手間なのよ。私からすれば耳も尻尾もないあなたの方がうらやましいわね」
当然ながら種族が違えば考え方も違うらしい。
人間には人間の獣人には獣人のエルフにはエルフの価値観があり、それは種族を超えての理解は難しいということなのだろう。何を言いたいかといえば、ルラがなんと言おうともアリエッタの目には目の前で揺れる尻尾が魅力的で仕方がないのだ。
しかし、これ以上ルラの機嫌を悪くするわけにはいかない。
そんなアリエッタの心情など知る由もないルラは、不機嫌そうな表情を崩さないままアリエッタの手を取り広場の中央の方へ向けて歩き出す。
それに引っ張られるような形で歩き出したアリエッタは、今一度名残惜しそうにルラの尻尾に視線を送った後、視線をゆっくりと上げてルラの頭頂部にある耳に視線を送る。
「そっちもダメ」
「はいはい」
だが、さすがにすぐに視線に気が付いたらしくルラはすぐに振り向いた。
「わかったから……まぁ普通に歩くよ」
「くれぐれもそうしてよ。まったく……本当に何がいいんだか……」
目の前を歩くルラはこれみよがしにため息をつく。それほどまでに尻尾や耳を見られるのは嫌なのだろうか? そんな考えが一瞬よぎるが、よくよく考えてみればじろじろと見られて、不快なのは当然といえば当然だ。それは獣人だけではなく、人間に対しても言えることなのだから、これ以上見つめ続けるというは失礼かもしれない。
「……ねぇルラ」
「なに? アリエッタ」
「あのさ……ルラたちって普段はどんな生活をしているの?」
アリエッタは自身の意識を獣耳と尻尾以外のところに向けようという考えからルラに対して質問をぶつけてみる。
ルラからすれば、この質問は唐突だったようで彼女は若干目を丸くしているが、アリエッタからすればそんなことは関係ない。とにかく、今大切なのは目の前でアリエッタを誘惑する尻尾と獣耳から意識をそらすことだ。
ルラも少し遅れながらもそのことを察したのか、小さく息を吐いた後ポツリ、ポツリと何かを思い出すかのように話し始める。
「……そうね。改めてそういうことを聞かれると、何を答えていいかわからないけれど……強いて言うなら食料の確保さえすれば、あとは楽しいことを探しているっていうところかしらね」
「楽しいこと?」
「そう。楽しいこと。だって、毎日狩りをして、食べて、寝てっていうだけだとつまらないでしょ? だから、楽しいことを探すの。森を冒険したりとか、ほかの子供たちと遊んだりとかそんな感じかな」
「……なるほどね……」
言いながらアリエッタはかるく空を仰ぐ。
最低限の生活を確保しつつ楽しいことを探す。人間とはまた違った価値観だ。
「アリエッタはどうなの?」
「私? 私はそうね……この通り旅人だから。風の向くまま気の向くまま適当に歩き回っているわ」
「そんなんだから、森の奥の村に迷い込むんじゃないの?」
「それを言われるとちょっと参っちゃうわね」
ルラからの鋭い指摘にアリエッタは力なく笑う。
そもそも、今回この村に迷い混んだ経緯というのが、興味本意で街道を外れ森の中に入ってしまったというところにあるからだ。
「もしかして図星?」
「さぁどうだろうね。そんなことよりも、ちゃんと前を見て歩かないと危ないんじゃないの?」
ルラは、何が嬉しいのか、してやったりとでも言いたげな笑みを浮かべながらこちらを見ている。その表情を前にしたアリエッタはなんだか悔しくなってきて、何か言い返そうとするが、ちゃんと前を見て歩けということ以外の言葉が出てこない。
そのことがわかっているか、ルラはちょこちょここちらを振り向きながら笑みを浮かべていて、明らかにこの状況を楽しんでいる。もしかしたら、散々尻尾のことを言った仕返しぐらいのつもりでいるのかもしれない。
「まったく……こんな人の多いところでよくそんな風にして歩けるわね」
「んーそんなもの人の気配を感じればいいのよ。そうすれば、相手が意図的にぶつかろうとしている場合を除けば簡単によけられるわ」
「あぁなるほどね……理屈は理解できるわ」
当たり前のようにそんなことを言うルラを前にしてアリエッタは小さくため息をつく。
「人間はそんなことできないのよ」
「そうなの?」
「そうなのよ」
そのあとも軽くお互いの文化についての話で盛り上がり、そうしているうちに広場の中央に組まれている櫓の前に到着する。
櫓の上では多くの獣人たちが余興の準備をしていて、彼らから感じる熱気だけでこれから行われる余興への本気度が非常に高いということがうかがえる。
「……ねぇ。今からの余興って何をするの?」
アリエッタは高いところにある櫓のてっぺんを見上げながら横に立つルラに声をかける。
「余興の内容ね……まぁ例年通りならみんなで踊ってどんちゃん騒ぎね。あの櫓のてっぺんの人が見本を見せて、周りを囲む人たちがそれを見ながら踊るの。踊り自体はそんなに難しくないし、アリエッタでもでると思うよ」
「えっいや、でもさすがに……」
「大丈夫だって。多少間違っていても誰も気にしないからさ。せっかくの祭りなんだから、楽しまないと損だって」
先ほど言っていた“楽しいことを探している”という言葉を体現するようにルラはきらきらとした笑みをアリエッタに向けている。
その姿は母親に欲しいものをねだっている子供のようで、そんな彼女の顔に浮かんでいるのは見た目相応の純粋な笑顔だ。
「そうね。そういうことなら参加してみようかな?」
「そうそう。その意気だよ。よしっそうと決まれば、もっと櫓の近くまで行くからついてきて」
アリエッタからの返答が相当うれしかったのか、ルラは尻尾をぶんぶんと振りながらアリエッタの手を引っ張って走り出す。
「ちょっと、ほかの人とぶつからないように……」
「気配でよけるから大丈夫」
「だから、私が大丈夫じゃないんだけど……」
ルラがあまりに勢いよく獣人たちの間をすり抜けていくため、そんな風に苦言を呈してみるが、アリエッタの表情は緩みっぱなしだ。
それはルラも同様でお互いに笑顔を浮かべながら、ルラとアリエッタは広場の中心部にある櫓の足元まで駆けていった。