その三
祭りの会場となっている広場の端の方。
無事に目当ての骨付き肉を購入できたアリエッタはほくほくとした表情で地面に座っていた。
骨付き肉を買った後に隣の露店で売っていた季節の草花の盛り合わせは見た目だけでいうと、ただの雑草サラダだった。やはり、こちらを選択して正解だったようだ。
アリエッタはなめ回すように骨付き肉を観察した後、思い切りかぶりつく。
「あらあらなかなか豪快に食べるのね」
その様子を見たルラは感心したようにアリエッタを見ている。
「そうかな?」
「そうよ。今時獣人ですらそんな風に食べないわ。まぁ本を読んでそういう食べ方にあこがれるのもわかるけれどね」
「あれ? そういうものなの?」
「そういうものよ」
そういいながらアリエッタは何やら二本の細長い棒を器用に使いながら雑草のサラダ……もとい。季節の草花の盛り合わせを口に運ぶ。
彼女が食べているそれははたから見ればあまりおいしそうに見えないのだが、そのあたり実際はどうなのだろうか? 少し興味がわいたが、今日会ったばかりの人物にそれを少し味見させてとも言いづらかったし、かりに食べてみて予想通りにまずかった場合、それはほぼ間違いなく表情に出てしまうので、そうなってしまってはかなり失礼だ。だから、アリエッタはルラが持つ料理への興味を極力抑えて骨付き肉をほおばる。
見た目が大きいため、多少火が通っていない可能性も考えていたのだが、上手に焼いているのか、中までしっかりと火が通っており、味の方も解くに特に味付けはされていないにも関わらず、悪いものではない。
「アリエッタ。味はどう?」
「とってもおいしいわよ。なんというか、私たちの町では食べられない味ね」
「そうでしょう? それはそうよね。狩猟から運搬方法、調理法にまでこだわった一品なんだから」
「そうなんだ……」
ある意味、獣人らしい観点と言えるかもしれない。
人間ももちろんうまい料理を作りたければ、そういったところにもこだわるのかもしれないが、アリエッタの感覚からして、これまで入った店では味付けに重点を置く傾向がある店が多いように感じる。もちろん、長距離の運搬だから塩や香辛料で防腐されているからという点もあるかもしれないが、それ以上にほかの店よりも個性を出したいという傾向があるのだろう。それはある意味では仕方のないことなのかもしれない。
統一国の成立してからというものの国が分裂する時でさえ戦争は起きず、すべてが“平和的”に解決されてきた。この平和的解決というのはいろいろと解釈があるのだが、それはいったん置いておくとして基本的には何百年も平穏な時が流れ、人々はいつしか戦いを忘れ、かつて兵士が通るために整備された道は旅人や行商人が多く通行し、町を守る砦として建築された建造物は学校や病院といった公共の施設に転用されている。そうした中で、人類はその日々を謳歌するかのように様々な娯楽を求め、食をはじめとした欲求に対してもそういった要素を求めるようになっていた。
その結果、宿場町の小さな宿でさえ個性を求めるようになり、より多くの旅人や行商人に懇意にしてもらおうという努力を欠かさない。アリエッタのような旅人からすればサービスが向上するので大歓迎なのだが、実際に宿で働く従業員はそれだけの苦労をしているのかもしれない。
「……アリエッタ。料理がおいしいのはわかるけれど、さすがに黙って考え込むほどじゃないんじゃないの?」
「えっあぁごめん。ついついね……」
「変な人。人間ってそんなものなのかしら?」
「さぁ十人の人間がいれば、それだけの個性があるらしいから私だけ見ても判断しきれないんじゃないの?」
「ふーん。そうなんだ」
アリエッタはルラの反応を楽しみながら会話を続ける。
当人は気付いていないのかもしれないが、ルラは表情の変化がとても豊かだ。最初に村のはずれで出会ってからしばらくは警戒していたのか、口調の割には神妙な表所を浮かべていたにも関わらず、宴の会場に入るとすぐに笑顔を浮かべ、今はあえりったの言動について考えているのかムムムっと眉をひそめている。
その表情の変化を見ているだけでなんだか楽しくなってきて、彼女の表情を変えるために次はどんな会話をしようかと考え始めてしまう。
「……なに? 人の顔じろじろと見てさ……何かついてるの?」
「ん? いや、なんでも……」
さすがにアリエッタの視線に気が付いたらしく、今度はジト目でアリエッタの表情をうかがっている。ついでにいえば、先ほどまで垂れていた耳も現在はピンと天に向かって立っていた。
「……何でもないんだけどさ……その耳って触っていいものなの?」
そして、そのまま視線のことをごまかすかのようにもう一つの興味の対象について質問をぶつける。
そう。アリエッタは気になっていたのだ。豊かに変わる表情と連動するようにピコピコと動くそのもふもふとしてそうな獣耳が気になってしょうがない。
はじめこそ、気が付かなかったのだが、彼女のスカートの中からは控えめながら犬のような尻尾も姿をのぞかせていて、そちらもまた触ってみたいという衝動をわき起こす。
もちろん、相手が不快に感じるかもしれないと思って言及を控えていたのだが、やはり気になるモノは気になるし、ここを逃せば獣人と仲良くなれる機会などそうそうないだろうから、思い切って申し出てみたのだ。もちこん、断られたら素直に引く気だが……
「ダメです」
そして、ある種の予想通りルラの口から飛び出したのはそんな言葉だ。獣人が自らの耳や尻尾に対してどのような感情を抱いているのか知らないが、知り合ったばかりの他人に体の一部を触られて不快な思いをしないわけがないだろう。
「……まったく、なんで急にそんなことを言い出すんですか?」
「それは好奇心からね。人間は自分が持てないモノに対して強い興味を持つものよ」
「そういうもの?」
「そういうものよ。そうじゃなかったら、だれも研究開発なんてしないわ」
「ふーん」
そう言って雑草サラダを口に運ぶルラの表情はすっかりと涼しいものになっていた。
どうやら、あまり本気にしていない様だ。
「……あなたは知的好奇心に対する理解が足りないのね」
「アリエッタのそれはただの自己満足でしょ? 何が知的好奇心よ。そこら辺を歩いている野良犬の耳でもなでていればいいじゃない」
「それとこれとは話が別なのよ。獣人の耳だからいいの」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
そういいながら名残惜しそうに彼女の耳を眺めている。あわよくば、“しょうがないから少しだけね”っていう言葉を引き出したいからの行動なのだが、彼女はそのままプイッとそっぽを向いてしまう。
どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。
「ごめんごめん、ルラが嫌っていう限りは触らないから」
「そうしてもらえる?」
「えぇ私は約束はちゃんと守るようにしているので」
「そう。だったら、いいわ」
つい数秒前まですねていたルラの表情はすっかりと明るくなり、先ほどまでと同様の笑顔を浮かべている。
その変わりようを見ていると、実は彼女の機嫌が悪くなったとかではなくて、わざとそういう態度をとっていたのではないかとすら思えてくる。
「さてと、食事を食べたら次は何か余興を見に行きましょうか」
「えっ? 余興って何やるの?」
「えっと……いろいろかな? まぁ見にいけばわかるよ」
彼女の耳に触れることはできなかったが、祭りはまだまだ始まったばかりだ。その中でできる限り仲良くなって、再び彼女に耳を触らせてもらえるように頼んでみよう。
アリエッタはルラの獣耳に熱い視線を送りながら、いまだに残っている骨付き肉にかぶりついた。