その二
村の中心部にあるやや広い広場。
かつて、この村に住んでいた人間たちの活気にあふれていたであろうこの広場は多くの獣人たちが集まる宴会場と化していた。
広場に集まる約三十人ほどの人々の頭には犬や猫、狐など様々な動物の特徴を持っていて、これほどの数の獣人がいることに対してアリエッタはかるく衝撃を受ける。もちろん、この世界に獣人が存在していることは知っていたのだが、あらためて目の当たりにしてみると、かつては決して珍しいものではなかったのだという実感がわいてきた。
「結構な数なのね……」
「まぁこの村には近くに住んでいた獣人たちが集まってきているところだからね。もう少し経ったらもっとたくさんの人が集まると思うよ。いやはや、この場所を見つけてきたララ様には本当に感謝だね」
「ララ様ってこの村のお偉いさんか何かなの?」
「うん。ララ様は今この村の村長をしている人だよ。そうだ。せっかくだから、アリエッタの事紹介しないと」
どうやらルラは思い立ったらすぐに行動するタイプらしい。
勢いそのままにルラはアリエッタの手を引いて人の間を縫うようにして広場の中心部に向かう。その先では少し高い台座に座り酒を飲んでいる村長とみられる狐耳と九本の尾を持つ女性が優雅に腰かけており、彼女はピンと経った耳をぴくぴくと動かしながら流し目でアリエッタに視線を送る。
「汝、獣人ではないのかや?」
台座に到達する直前。あとものの一分もしないうちに彼女の前に到達したであろう地点でララが口を開く。
「ララ様。こちらは近くを通りかかった旅人の人間でして、森の中で迷っていたようです。ですので、村祭りへの参加後、街道までの道を教えたうえで帰そうかと考えております」
「……そうかそうか……まぁ今夜は祭りやし、えぇじゃないのかえ? ただ、怪しい動きを見せたらわかっているかえ?」
ララはその体制を変えないまま杯に注がれた酒をぐっと口に含む。
その態度からはすきさえあれば簡単に殺せるという余裕すらうかがえるほどだ。
「えぇ。わかっていますよ」
しかし、アリエッタはそれにひるむことなく笑顔で応答する。
その態度に対して少なからず驚いたのか、ララは一瞬目を丸くするが、すぐに表情を戻して酒をあおる。
「そうかえ。だったら、のんびりしていきなんし。くれぐれもトラブルだけはないように……ルラもわかっておるかえ?」
「はい。わかっておりますよ。ララ様」
「おう。だったら良い。好きなところへ行きなんし。今日は夜通しうたげじゃからの」
「えぇわかりました。ありがとうございます」
アリエッタはそのまま頭を下げてララの前から下がる。
その様子を終始、ララは見つめていたのだがそんなに人間のことが珍しいのだろうか? アリエッタはそんなのんきなことを考えながらその場から離れていく。
「というわけで、どこから行く?」
ララの前を離れてすぐにルラは広場の端にある露店を指さしながら問いかける。
どうやら酒とつまみが中心のようだが、それがあることによってよりにぎやかな雰囲気になっている。
「そうね……せっかくだから、何か食べ物をもらおうかしら?」
「食べ物ね……だったら、季節の草花の盛り合わせから骨付き肉までいろいろあるわよ。そうね。どうせなら、季節の草花盛り合わせかしら? なかなかおいしいわよ」
「そっそうなのね……」
予想外にワイルドな料理だ。いやある意味でらしいといえばらしいのかもしれないが、料理名だけ聞いていると根本的に食生活というか文化が違うように感じる。
エルフのそれが人間に非常に近かったため、それがとても意外に思えてくる。
だが、それも悪くないだろう。
アリエッタは小さく笑みを浮かべて露店の方へと歩いていく。
そこまで行く間でも獣人以外がいるという状況が非常に珍しいことらしく、たくさんの獣人たちから視線を一身に浴びる。
「ねぇ私ってやっぱり場違い?」
「やっぱりも何も間違いなく場違いよ。まぁ珍しいのはお互いさまでしょ? だから気にする必要なんてないわ。それに祭りに種族も何もないわ。ただ楽しめばいいのよ」
「まぁそうかもしれないわね」
ルラの言葉に返事をしながらアリエッタはゆっくりと周りを見てみる。
先ほどララにあいさつしたあたりから獣人たちはアリエッタの姿を認識したように見える。ということは、そこまでの間アリエッタのことを気にしていたというわけではなく、宴に夢中でその存在に気付いていなかったのだろう。そう考えると、思っているよりも彼らは侵入者に対して鈍感なのかもしれない。あるいは宴を中断したくなくて無視をしていた可能性も否定できないが……
「それにしても、こう一身に視線を浴びるとなんというか、ちょっと緊張するわね」
「気にしなければいいのよ。さぁさぁ露店に向かいましょう。季節の草花の盛り合わせだったっけ?」
「いや、どちらかといえば骨付き肉の方がいいかな?」
「そう。だったら、どこがいいかしら? そうね。あっちに行きましょう」
文化を知ることは大切だが、食事はある程度自分が食べられるものの方がいい。そんな考えからアリエッタは骨付き肉を選択した。最も、理由はそれ以外にもあって、今時小説でぐらいしか登場しない骨付き肉にかぶりついてみたいという衝動があったりなかったりといったところだ。
「あぁでも、ちょっと待って」
そこまで考えてアリエッタは立ち止まる。それにつられるような形でアリエッタの手を引いて歩いていたルラも立ち止まった。
「どうかしたの?」
「いや、お金。私の持っているお金ってほら、人の町のお金だからさ、この村で使えるかなって思って」
そうだ。これまですっかりと忘れていたが、アリエッタはこの村で使われている通貨がどんなものか知らない。
もしかしたら、今持っている通貨がそのまま使えるかもしれないが、そのあたりの確認は大切だ。
「えっあぁそういうことか……あなたが持っているお金。見せて」
ルラもその不安についてすぐに理解したようでアリエッタに向けて手を差し出す。
アリエッタが持っていたお金を何種類か渡すと、ルラはその通貨を物珍しそうに観察し始める。
「左から妖精国金貨、シャルロ銀貨、シャラ金貨、帝国金貨で価値がそれぞれ900G、400G、1100G、1000Gなんだけど、どうかな?」
「……んー価値はともかく、この村で見たことあるのは妖精国金貨かな? これが一枚あれば何を買っても十分にお釣りが返ってくると思うわ」
ルラは手に持っていた通貨をアリエッタにすべて返す。そのあと、アリエッタは直ぐに妖精国金貨以外を財布に戻す。
「これで心配事はなくなった?」
「うーんまぁそうかな。それじゃ骨付き肉を買いに行こうか」
「うんうん。あぁそうだ、アリエッタはお酒は飲むの?」
「いや、私はあんまりかな」
「そうなんだ」
そのあと、アリエッタとルラは楽し気に会話を交わしながら露店へと向かっていく。
その背中には相変わらずたくさんの視線が突き刺さるように集中しているのだが、アリエッタはできる限りそれを気にしないようにしながら歩いていく。
「アリエッタ、ゆっくりと楽しみましょうね?」
ルラは無邪気な笑みを浮かべてアリエッタの手を強く引き、露店に向けて走り出した。