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その一

 カルロ領南部に広がる広大な森。

 雪が深く針葉樹林が多い北部に比べて、南部の森は密林のジャングルのようなうっそうとした森が広がる。ところが、さらに南にあるシャルロの森は針葉樹林なのでこの場所だけこのような森が広がっているというのは何かしらの特殊な要因があるのではないかという学者もいる。


 さて、そんな森だからその中の事情も特別なモノで、例えば亜人追放令で町から追放された獣人族の村のうち一つがひっそりと存在していたりする。


 そんな村のはずれに一つの人影が現れた。


「……へぇこんなところに村があったんだ……」


 地図を片手に歩くアリエッタという名前の少女はそんなことをつぶやきながら村の中へと足を踏み入れていく。


 流れるような青白い髪と赤い瞳を持ち、それを覆い隠すようにして黒いローブのようなものを被っている彼女は手元の地図以外はたいした荷物も持たずに村人の姿を探して歩き回る。


 一応、手元の地図に視線を落としてみるが、こんなところに村があるという記述はない。もっとも、この世の中には地図に載っていない村などいくらでもあるのでそこまで不審がる必要はないだろう。それに、森の中で街道から外れて迷子になってしまった以上、この辺りの村で道を聞かなければ戻ることすらできない。


 それにしても、大きな村だ。少なくとも地図に載っていないような集落の比ではない。その一方でこれだけ歩いても人の姿が見当たらないあたり、この村は地図に載っていないのではなく、地図から消えてしまった村なのかもしれない。


「そう考えると、ようやく納得がいくわね……何百年か前の開拓者の村といったところかしら?」


 誰かがいるわけでもないが、そんなことをつぶやきながらアリエッタは村の中心部を目指す。


 十六翼議会より亜人追放令が発布されて約五百年。当時は未開の地である旧妖精国の開拓に心血を注いだであろう人々が暮らしていたであろう村という見方をすると、急に遺跡を観光しているような気分になる。


「こうなったらお宝探索かしら? うん、この村なら何か見つかりそう」


 気分そのままにアリエッタは捜索対象を村人からお宝にシフトさせる。これほどボロボロの村なのだから、そう大したものは期待できないが、当時の生活を思わせるようなものの一つや二つ……あわよくば装飾品の一つでも見つければそれなりにお金になるだろう。


 ただ、もしもの可能性を考えて本当に村人がいないと判断するまでは家の中には侵入せずに大通りから家々の中を見ながら状況を観察する。

 数十分もそうしていると、そろそろ本当にここは廃村なのではないかと思えてきた。となると、そろそろ家の中にお邪魔してもいいのではないだろうか?


 そう考えながらアリエッタはすぐ近くにある家の玄関へと足を向ける。


 近くの茂みで物音がしたのは、ちょうどそんなときだった。


「誰?」


 けものだろうか? それとも、廃村に見せるだけで実は住民がいたりするのだろうか?

 アリエッタは不測の事態に備えて、腰に下げている小ぶりの剣に手を伸ばす。


 茂みから見えたのは犬のような耳だ。


 やはり、近くの森に棲む獣だったようだアリエッタはそのまま剣を引き抜こうとする。


「あぁ待って! そういうのじゃないから本当に待って!」


 しかし、その行動は直後に聞こえてきた幼い少女の声で阻害される。

 どこから人の声が聞こえてきたのかと周りを見回してみるが、声の主と思われる人物の姿は見えない。


「……どういうこと?」

「あの……こっちですよ。こっち。少なくともあなたが見ている方向には誰もいないはずよ」


 再び声がする。それも、先ほど何かしらの生物の耳が見えた茂みがある方向からだ。


 アリエッタが振り向くと、けものの耳が見えていた茂みのところに立っている一人の少女の姿が視界に入った。

 腰のあたりまで伸びている薄灰色の髪の毛と低い身長、青色の瞳が目を引く彼女の容姿からして声の主は彼女とみて間違いないだろう。そして、もう一つ。何よりもアリエッタを驚かせたのは彼女の頭にあるモノだ。


 廃村にある茂みでたたずむ少女の頭には犬のそれに似た耳がぴんと空に向かって生えていたのだ。


「……あなた……獣人?」


 亜人追放令が出され、町から亜人が消えているこの世界において、亜人を見かけるというのは非常にめずらしいことだ。見るとすれば、町の一角でひっそりと商売をしているエルフを見かけるぐらいである。

 現にアリエッタも獣人を見るのは初めてであり、その特徴もわずかに残っている文献で知るぐらいである。


 曰く頭にけものの耳を生やし、曰く人をはるかに上回る怪力を持つ、曰く無類の酒好きで大人から子供まで酒をたしなむ、曰く非常に戦闘好きである。


 アリエッタは固唾をのんで少し後ずさる。


 知能がある分そこら辺の獣よりも厄介だと判断したためだ。


「……えっあの! 私はその、危害を加えようとかそういう気はなくて! ただ、ここは私たちの村だから、勝手にモノを持ち出したりしなければ何をしないって言いに来ただけだから!」

「そうなの?」

「そうそう。ここって昔は人間が住んでいた村なんだけれど、三百年ぐらい前に人間が出て行ってから私たちが住んでいるの。ほら、雨を防げる屋根だってあるし、人間たちが残していった生活道具があったから。それだけあるなら、暮らさない理由なんてないだろうっていうことになって。ほら、ここって森の中だから人間に見つかることもないし、見つかったとしても“人間が住む町からの亜人の追放”を謳っている亜人追放令には引っかからないでしょう? だから、私たちはここにいるのよ。ここには夢もあるし、希望もあるの。だって、私たちがここで定住することは未来の子供たちに未来を残すことなんだから……」


 その見た目からは想像できないようなセリフを長々と吐いた彼女はまるで品定めでもしているかのようにジトっとした目を向ける。


「いやいや、そういう事情だったら何か持って行ったりはしないわよ。帰りの道さえ教えてくれればそうそうに退散するわよ。もともと道に迷ってここまで来ちゃったんだから」

「そう。だったらいいのだけど……といってもそろそろ時間も遅いし、私たちの村に泊まって言ったらどう? 私たちは別に人間がいてもそこまで気にはしないし、何よりも今日はお祭りだからあなたも楽しめると思うから」


 先ほどまでの態度からは予想がつかないことを言いながら目の前の少女はその手をアリエッタの方に差し出した。

 本来なら得体のしれない獣人になどついていくべきではないのかもしれないが、彼女が浮かべる笑みからは悪意を感じないし、何よりもアリエッタの中にある亜人に対する好奇心が心のうちに浮かぶ不安をしっかりと抑え込める程度にまでわきがってきていた。


「……くすっまったく、そうね。せっかくだから行ってみようかしら? あなたたちの祭りに……あぁそれと、私はアリエッタよ。旅人をしているわ」

「これはどうも。私はルラ。この村の数少ない住民の一人よ。そして、今宵訪れた旅人の案内係といったところね」

「そう。それじゃよろしく頼むわよルラ」

「えぇ。それじゃあついてきて」


 ルラはアリエッタの近くまで歩いてくると、アリエッタの手を取り村の中心部と思われる方向に向けて歩き出す。


「別に手は引かなくてもいいのよ」

「大丈夫だって、私がそうしたいだけだからそんなことよりも急がないと祭りが始まっちゃうよ」


 その言葉の直後、ルラがアリエッタの手を引く力がつよくなり、徐々に二人は村の中心部に向けて駆けだした。

 そうして走っていると、アリエッタの耳に楽し気な笛や太鼓の音が聞こえてくる。


 その音を聞いているうちにアリエッタの口角は自然と上がってくる。アリエッタはこれから起こることへの期待も込めながら村の中心部へ向けて駆けて行った。

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