忘れた世界
「お前……だったら、俺も!」
真人が賛同してくることはわかっていた。
だが、転移させられる場所はランダムとあいつは言った。つまり、この先どんな危険があるかわからない。
そんな場所に、真人は連れていけない。
「真人、お前は連れていけない。お前には、やってもらいたい事があるんだ」
大丈夫、もうこいつを言いくるめる言葉は用意してある。
それを平然と口にするだけだ。
「やってもらいたい事だと?」
「ああ、俺は鈴奈を助けた後お前たちに合流する……その間に、何が起こったかを記録し
ておいてほしいんだ」
胸倉を掴む力が少し弱まる。
「記録って……」
「これは、大事な事なんだ。その時の情勢がわからなくちゃ手の打ちようがないしな……それに、ちゃんと向こうで定期連絡できる手段を探しておく」
「……」
これは、もうひと押しだろう。
俺は、言葉を選びながら慎重に口を開く。
「真人、これは……親友であるお前にしか頼めないんだ」
「……っ。わかった、わかったよ」
胸倉が完全に離される。
『さて、時間だしもう転移を始めるよ~』
スピーカーから呑気な声がした後、教室の一角に魔法陣が展開される。
『んじゃ、そこの魔法陣に40人乗ってね。あ、40人以上乗るとどうなるかはわからないから気を付けてね』
「真人、行け」
「すまねぇ……」
俺は、魔法陣から離れて入っていくクラスメイトを見つめる。
誰もが、俺に何かを言おうとしてやめるを繰り返している。
『それじゃ、頑張って生き残ってね~』
魔法陣が輝き、俺の視界を真っ白に染め上げる。
「優!」
そんな中で、俺を呼ぶ声がした。
「待ってるからな!」
その言葉に返そうとしたとき、世界は真っ白な光と無音に包まれた――。
孤独・無念・絶望――。
草原で寝転ぶ男性は、何を思い、何を感じ、何を求め、どこへ向かおうとしたのか。
遠くからその姿を見つめる俺には、わからなかった。
ただ、一つだけわかる事がある。
寝転んでいる男性は、数々の後悔を抱いている。
そして、この周りに倒れている人間は、俺とそんなに年齢が変わらない男女ばかりだという事だ。
あぁ、見るに堪えない。
この光景は、奇しくも先ほど始まった事の最後にしか見えない。
無数の死体の中に、鈴奈はいるのだろうか? 目線を動かし、周りを見れどこの数では判別できない。
不思議と冷静でいられる。この絶望しかない場所でも、心は冷静だ。
「……おかえりなさい」
「え?」
視線を元に戻す。
男性が寝転んでいるのは変わらないが、この死しかない場所に一つだけ生が現れていた。
「待ってました」
「……」
男性のすぐ隣で、先ほどまで日本刀が刺さっていた場所で……。
長い白髪を風に揺らし、透き通った青い瞳をした小柄な女の子が俺を静かに見ていた。
「あぁ……あぁ、何という事でしょう……」
女の子は、まるで劇場で踊るかの如く、指定されたキャラクターを演じるがごとく、両手を顔に当て、悲しいという感情を表した。
「覚えていないのですね、私の事も、私の名前も……」
女の子は、両手を顔から外す。
そして、俺を真っ直ぐに見た。
「ここで、何が起こってどうなったのかも」
冷たい、そう思った。
「何もかも、もう過去の事だと割り切ってしまったのですね」
怖い、そう思った。
「自らの罪を忘れ、平穏に浸かり、自身を許したのですね」
苦しい、そう思った。
チリィンという音がした。
あの夢でも聞こえた、鈴の音色。
「もう、鈴の音色も忘れてしまいましたか?」
女の子は、一歩また一歩と俺に近づいてくる。
あぁ、逃れられないのだと思った。
きっと、走っても意味がない。
この世界は、こんなにも――
「ねぇ、兄さん?」
こんなにも、絶望に満ち溢れてしまっているのだから。
「――っ!」
「ん? やあ、起きたかい?」
目覚めて一番に聞こえた声は、あのスピーカーから聞こえていた声。
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと話がしたくてさ」
「俺は、お前となんて話したくなかったけどな……」
真っ白な空間に、丸テーブルと椅子がポツンと置いてある光景は寂しい。
俺は、その椅子の一つに座り、向かいに自称神が座っている。
「ははは、そんなに嫌わなくてもいいじゃないか~」
「それは、無理な相談だな」
そういうと、自称神は肩をすくませた……気がする。
正直、姿は見えない。
ただ、そこに居て何かをしたという感覚だけはわかる。
「はぁ……。それで? 俺に何の用だよ」
こんな気持ち悪い空間からはさっさと出て行きたい。
というか、こんな事に時間を使っている暇はない。
「まぁ、そう焦る必要はないと思うよ? それに、さっき話したいって言ったじゃないか」
「お前はそう思ってても、俺はそうは思ってない」
「え~、いいじゃないか。君と僕の仲でしょ?」
「……何を言っているんだ?」
俺がそう言うと、自称神は驚いた……気がする。
「もしかして、覚えてないのかい?」
「だから、何のことだよ?」
「くっ……くく……はははっ!」
自称神は、さぞ面白そうに笑う。
俺は、それに対して異常にムカついた。
「君は逃げたのか! まぁ、あれは人間に抱えきれる物ではないけど……ま、まさか逃げるなんて……くくくっ」
「喧嘩売ってるのか?」
「まさか! 僕は純粋に面白いと思っているだけさ! あぁ、これだから世界は面白い」
「……お前は、俺の事を知っているのか?」
「もちろん、知っているなんてレベルじゃないよ」
「なら、教えろ。俺は一体何から逃げたんだ?」
「それは言えない。それを言ってしまうと、ゲームではなくなってしまうからね」
この自称神は、口が堅いようだ。
ノリで言ってくれると助かったんだがな。
「しかし、僕は楽しいのと同時に悲しくもあるよ」
「なんでだ?」
「……今度の君には、期待できそうにないからだよ」
「何を言って……」
「おっと、時間だ。それじゃあ行ってくるといい」
「あ、おい!」
「それじゃあね、Fled person、せいぜい頑張ってくれ」
その言葉と共に、俺は再度光に飲まれる。
俺の頭の中には、神が言った『Fled person』……逃げた者という言葉だけがグルグルと回っていた。