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私の場所

作者: リレー小説・秋 参加メンバー

参加メンバー:タカノケイ→あべせつ→甲姫→観月

「えー、今回はご縁が無かったということで」

 もう何度目かのセリフを聞いて、灰色のビルをあとにした。なんだか空まで灰色だ。就活用のスーツも灰色、気持ちも灰色。灰色づくし。まだ夏の暑さ残るオフィス街で、まとわりつくタイトスカートの裏地にまでうんざりして、私はため息をついた。

 高校を卒業して上京、小さな商事会社に事務として就職したのがニと半年前。コピー機の使い方や、簡単な経理ソフトの使い方を覚え、電話の応対を教わった。田舎出身の小娘にもそこそこの待遇だったその会社を辞めたのは一年後。それから数カ月おきに勤め先を点々として、二週間前に印刷の会社を辞めた。

 言い訳ではないが、私が飽きっぽい性格なのではない。私の周りには昔から困った現象が起こるのだ。やりたくないなあ、と思った書類が突然燃え出したり、怒っている上司に私の湯のみが勝手に飛んでいったり。私の役に立とうとしている気配を感じなくもないのだが、役に立ったためしはない。だって、その現象は全て私がやったことになるのだから。現象の原因がわからないし、タイミングもわからない。だから対応のしようもないし、本当のことを話せば「嘘つき」と言われて余計に話がこじれる。そんなこんなで仕事が長続きしないのだ。私はため息を付く。あの現象のせいで、家族とも上手くいっていない。でも家に帰りたくはないし、お金をせがむなどもってのほかだ。


 ――こうなれば水商売しかないかもしれない


 斯くなる上は……と思うが、水商売だって、可愛くなければ通用しない。雇ってもらえるかどうか。ビルの窓ガラスに映る自分を確認しようとして、私の目は電信柱に貼ってあるチラシの「急募」の文字に吸い付いた。


《 急募 アシスタント募集 無料社宅完備、三食付。安全で簡単なお仕事 》


 ふらふらと電信柱に近づく。給料が書かれていない。でも、無料の社宅があって三食付くならどうにでもなるではないか。私は慌てて連絡先を探すが、電話番号も住所も何も書いていなかった。ただ小さく「応募条件:このチラシが読める方」と書いてある。

「いや、日本人なんだから読めるけど、どこに応募するのよ」

 私はしばらく立ち止まってチラシを見つめた後、諦めて歩き出した。たちの悪いいたずらだろう。明日食うコメも、寝る部屋もない人間に対するたちの悪すぎるいたずらに引っかかったのだ……私はがっくりと肩を落とした。そのままぼんやりとアパートに帰る。

「ただいまあ」

 誰もいない部屋のドアを開けると、隙間に挟まっていた封筒が落ちた。

「あれ、いつの間に」

 鍵を開けたときには気がつかなかった。私は封筒を拾って指で封を切り、中身を広げる。

「本日を持ちまして 木野亜月 さんを正式に採用いたします。明日八時に下記までご出社ください」

 採用、という文字と、木野亜月という自分の名前が飛び込んできた。怪しい。だが、一週間後に迫る家賃の支払を考えたら……私は便箋を丁寧に封筒に戻して部屋の中に入った。


「えっ、どこに会社があるって言うのよ」

 翌朝八時、指定された住所にまで行ってみると、そこはどう見てもただのだだっ広い空き地だった。しかも人っ子一人いやしない。

「住所入れ間違えたのかなぁ…… 」

 携帯のナビを再入力してみても、ここで間違いはないらしい。

「やっぱ、たちの悪いイタズラだったんだ! 最悪」

 用済みの携帯を多少乱暴にバッグに放り込み、さっさと帰ろうと広場に背を向けた。と、その時、頭の中に声が響いた。

「ようこそ。木野亜月さん。お待ちしてましたよ」

「えっ、何? 今の声は…… ?」

 あわてて振り向くとなんと、そこにあった広場は消え去り、なぜか私は会社の会議室のような中にいた。

「ど、どういう事?」

 状況が理解出来ずうろたえて、部屋の中を見渡していると、突然ドアが開いて中年の男が一人入ってきた。作業服に事務用腕袋をしている。ぱっと見は典型的な〈事務員さん〉だ。

 勝手に部屋に入ったことを怒られたらなんて説明しよう。焦って身構える私の予想と違い、事務員さんは笑顔で向き直った。

「いやあ、よく来て下さいました。ほんと人手が足らなくて困ってたんですよ。まったくもって時間がないっていうのにねえ」

 そう言うと、そのオジサンは持っていた紙袋を私に手渡した。

「はいじゃあ、これに着替えて。着替えが済んだら声をかけてね」

 言うだけ言って何の説明もせずにさっさと出て行こうとするオジサンをあわてて呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待って下さい。いきなり仕事なんですか? 条件とか内容とかまだ何にも聞いてないんですけど」

「条件? 条件はビラの通り、無料社宅に三食付だよ♪ それに見たでしょ? 急募って。はいっ! 大至急着替えた、着替えた」

 なんだかよくわかんないままオジサンの勢いに押されて、私はしぶしぶその灰色の作業服に着替えた。


「はい、じゃあ、今から二次テストを行います。あれ、あの湯呑みを飛ばしてみて」

 オジサンは五メートルほど向こうの机の上の湯呑みを指差した。

「あのぉ~全然言われてる意味がわかんないんですけど……飛ばすって?」

「念力で湯呑みを飛ばしてみてって言ってるの」

「はぁ~?」

「あの募集広告が読めたんだから出来るはずだよ!はいやって!」

 こいつ私をからかってるんだ!

 そう思うと頭がカアーッと熱くなった。

 そのとたん、湯呑みはフワッと持ち上がり、一直線にオジサン目掛けて飛んできた!

 パシっ。

 オジサンは見事に湯呑みをキャッチした。

「あっ!」

「ほら出来た。なるほど君の原動力は怒りだね、負の感情が力を呼び覚ますんだ」

 あっけにとられている私など気にもとめずに、オジサンはどんどん進めていく。

「はい、次行きますよ。こちらにどうぞ」

 会議室のドアを開け出て行くオジサンのあとについて行くと、そこは激しく車の行き交う通りの歩道橋の上だった。

(な、なに、どうなってんの。なんで会議室でたとこが歩道橋?)

「あそこ見て」

 オジサンの示す先を見ると、大きな交差点があった。

「これからあそこを小さな女の子が渡るんだけど、その子を助けてあげて」

 そう言うとオジサンは私の肩をたたいた。その瞬間、私の体はさっきオジサンが示した交差点のど真ん中に移動していた。そしてその私の目の前に小さな女の子が歩いてくるのが見えた。

 更に、横合いから彼女めがけて突進してくる、オートバイが!

(嘘でしょ!?)

 止まれ止まれと必死に念じるも、双方のどちらかが動きを止める気配も、軌道から逸れる気配も無い。どちらも私の「飛ばせる」質量を越えたのだろうか? それともそんな力を持っていると錯覚し始めた自分がバカだったの――。

「ふざっけんなぁあああ!」

 私は走り出した。ややこしいことを考えるのは止めだ!

 女の子を腕に抱き込んで、ぎゅっと目を閉じた。その瞼の裏が熱を帯びたと思いきや――ひゅっ、と風の音がした。私は思わず腕に力を込めた。

(あ、あれ? 何も起きない……)

 いくら待っても衝撃は感じなかったし、急ブレーキの音も聴こえなかった。おそるおそる、目を開けてみた。すると視界が一転して、そこは歩道橋の上だった。

「え? え?」

「なるほど、君は自分自身をも飛ばせるんだね。貴重な資質だ」

 隣に<事務員>のオジサンが居た。顎に手を当ててブツブツと独り言を言いながら、私を値踏みする目でじっくり眺めている。

「ってあんたまさか、私を試す為にこの子を危ない目に遭わせたんじゃないでしょうね!?」

 何が何だかわからなくて、とにかく怒りをぶつけてやった。

「違うよ、おねえちゃん。あたしも<社員>なんだよ♪ 急募の紙を作ったの、あたし!」

「……は?」

 いかにも今の時間は小学校に居るべき歳の少女が、はにかんだ。

「さあどうする? 木野さん。もしもやめるなら今の内ですよ」

 オジサンがにっこり笑って訊ねた。この人たち、私には後が無いってわかってて訊いてる。断れるわけがないと知ってて――。

PKサイコキネシスの使い手なら給料は弾むわよ、新入りさん」

 いつの間にか歩道橋にもう一人現れていた。ヘルメットを脱ぐと、ゆるふわの長い髪が流れ出る。ライダースーツ姿がセクシーな、二十代半ばの女性だ。どうやら先程の事故(未遂だったけど)は、完全に仕組まれていたことらしい。

(くっ、どうしよう。家賃滞納は困る……背に腹は――代えられない!)

 それに、この妙な力はずっと私の人生を狂わせてきたものだ。それが初めて誰かに必要とされるのが、実は嬉しい。

「や、やります。よろしくお願いします」

 気が付けばそう頭を下げていた。

「こちらこそよろしく! 歓迎するよ、木野さん」

 三人一同の優しい微笑みに、私は不安と喜びの両方を感じた……。


「で、これから君にやってもらうことなんだけど。意外にも君は強いPKの持ち主だとわかってしまったからね、事務仕事じゃなくて現場に駆り出すことになりそうだ。あの紙は使い手を見つける為に特殊な細工が仕掛けてあったんだ。ESPの人の方が割合多く来るんだけど、たまにPK使いが現れてくれて、有り難いよ」

「あの、安全で簡単な仕事は……?」

「ははははは! やることは主に土木工事だから。君の力があれば安全に終わると思うよ」

 と、おじさんはのたまった。


 ※


 私は座り心地の良いソファーに寝そべって足を投げ出していた。

「あーん、つかれたー」と、私が言うと「おつかれ。アールグレイでいいかしら?」と、あの二次試験でバイクにまたがっていたゆるふわ長髪美女がほほ笑む。ティーポットからはベルガモットの良い香りがする。

「お疲れ様亜月ちゃん。亜月ちゃんのおかげで大丸組の落札した海底トンネル掘削事業。うちらのチームで下請して大儲けだよぉ」

 あの試験で私が助けた女の子が、そう言いながら私の肩を揉みだした。

 そりゃそうだろう。

 普通なら大型の機械を何台も動かして作業するところを、わたしたちPK能力者で何の元手もいらずに作業できるんだから。

 隠れ蓑代として大丸建設に何千万か支払ってやったって、億の金がわたし達の組織に入る。

「まーったく、近頃は使途不明金だの情報公開だのと、やりにくくってしょーがない。おかげで自分たちで内職して資金を稼がなくちゃならんのだから……」

 突然くつろいでいたソファの後ろから声がかかって、私はとびあがった。

「びびびび、びっくりさせないでください室長! 後ろに降って湧かないでって何回言ったらわかるんですか!」

 わたしの後ろにはあの日の作業服のオジサンだ。今日はびしっとスーツで決めている。

「突然湧くのがテレポーターというものですよ。ところで、皆さんのチームに本業でのお仕事です」

 そう、私がPK能力を使ってトンネルを掘っているのは、実は本業ではない。私の再就職先はもともとは日本のトップシークレット機関だったそうだ。特殊事案処理室。通称BC。特殊事案をBlack Caseと呼んだことからそう呼ばれるようになったらしい。そこに所属する職員はPSIサイと呼ばれるいわゆる超能力保持者が多数を占める。

 というと、何かかっこいいが、今のご時世こんないかがわしい秘密の部署に予算はあまり回ってこない。で、政府の裏機関とは名ばかりで、自分たちで情報を売ったり、PKが人目につかない土木作業を請け負ったりして資金を調達している始末。しかもあの時の事務員のようなオジサンが、そこの室長だというから驚きだ。この組織に入って私もPK能力を高め、コントロールすることも覚えた。

「日本の山中に宇宙船が墜落したそうです」

 室長の声に「ええええー!」と、大声を上げてしまい、ほかの二人にじろりと睨まれた。

 ええ? それって、よくあるの? 宇宙船? 宇宙人とかいるの? すごく好奇心が疼く。

「まあ、亜月ちゃんは新人さんだから驚くだろうけど……」

「そうね。さすがに宇宙船墜落は半世紀ぶりだったと思うわ」

「先に記憶操作能力のある職員を現地に送り込んでます。山中で良かったですよ。とりあえず、お茶を頂いてから出かけましょうか?」

 三人が口々に言いながら、テーブルに着く。

「ほらー、亜月ちゃんも食べないとなくなっちゃうよ? 手作りスコーンだよお」

 菓子の乗った皿を、見せびらかすようにこちらへ向けて見せる。

「あ、食べるよ食べるってば!」

 あわてて、座り込んでいたソファから転がり落ちてしまった。

テーブルから、笑い声があがる。

 私はちょっと唇を尖らして見せると、テーブルに着いて、あたたかいティーカップを両手で包み込んだ。


<終わり>



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― 新着の感想 ―
[良い点] 芸は身を助く その典型の話ですね。 でも、疑問があります。 なにも国の機関に甘んじなくても良いでしょうに。 造幣局にテレポートすればお金なんてゴミ同然だもの。 あっあっ、使い古して回収…
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