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番外編:バッドエンドは貴方とともに

前話のあとがきにも書きましたが、この番外編は本編で足りていない電波ちゃんざまぁを目指したものです。

非常に後味が悪いものとなっておりますので、そういうのがお嫌いな方はバック願います。

読了後のご気分の保障は致しかねます。ご了承ください。

Are you OK?


「柊さん、そろそろあがっていいよ」

「はぁい。お疲れ様でーす」


 定時ちょうど。

 殆ど使っていないパソコンは数分前にシャットダウン済、デスクの上に載っているのはペンケースとノートのみで、それを引き出しに片づけてしまえば退社準備は万端だ。

 以前はそのペンケースとノートすらも数分前に片づけて、デスクの上を空にして時間を待っていたのだが、同じ事務方のベテラン女性職員に


「貴方、仕事をしてるって自覚あるの?」

「入社の経緯はどうあれ、仕事をしてお給料をいただいているんだから」


 などと散々嫌味を言われたこともあって、一応定時ギリギリまでは最低限の仕事道具を出しておくことにしている。

 とはいえ彼女に与えられた『仕事』はコピーやFAX、社内メールのチェックや内線電話の応対、稀に会議資料の作成準備手伝いと配布作業、という程度なので『仕事道具』と呼べるほどのものはない。


 彼女自身、よこしまな目的があったにせよ名門と呼ばれる学校に入学し、そこそこの成績をキープしてきたのだから、基本スペックは低いわけではないはずだ。

 周囲も最初はそう考えてあれこれと教えようとしたのだが、なにぶん本人に全く覚える気がなく、しかも教えて任せた端から他の(主に男性)職員にやってもらったり、しまいには基本的なことを任せているだけなのに「あたしばっかり」「キツく言われすぎてつらい」などと泣き言をこぼすようになり、一時期男性職員と女性職員の間がギスギスしてしまった、ということまであった。

 しかも「このくらいなら」と任せた電話応対や来客応対も全くモノにならず、顧客から苦情めいたものまで寄せられたことで、先輩社員達もついに諦めてしまったようだ。



 愛想よく挨拶をして即座に席を立った奈津美、その背中にぱらぱらと「お疲れ様でした」とかかる声のほとんどは男性職員のもの、そして義理で返している少数の女性職員のもの。

 彼女が社内でどれだけ異質な立場に立たされているのか、それだけでもわかりそうなものだが……奈津美は気にした様子もなく、帰途についた。


(もー、今日はツイてなかったなぁ。告白してきたあの勘違い男、結構しつこかったしぃ)


 会社で楽をするために、そして常にチヤホヤされたいという欲のために、彼女はここでも男性職員に対して媚を売ったり、必要以上に甘えて頼ったり、時には「ツラくあたられてるけど頑張る!」と涙ぐんで健気さをアピールしたりしてきた。

 そのあからさまな態度に女性職員はもちろんのこと、既婚者であったりある程度経験を積んできた男性職員までも、不快そうに眉をしかめて距離を置いている。

 だが相応に若い男性職員の中にはコロリと騙されてしまう者が多く、奈津美をめぐって火花を散らしあったり、女性職員を目の敵にしたり、意を決して告白してきたりする者もいるようだ。


 が、奈津美はこの会社で『将来の伴侶探し』をするつもりは毛頭ない。

 彼女がここに勤めているのは、高校を出たのにいつまでも柊の家で家事手伝いをしているのも、外聞が悪いという理由のためだ。

 孝之が逮捕されたことで婚約関係は白紙に戻った。

 彼女としては朔弥を振り向かせる気マンマンなのだが、もし将来的に桐生家の嫁になれるのだとしても、やはり高校卒業後社会人経験がないというのはネックになるかもしれない、とそう考えた彼女は柊の両親に頼み込んで、コネのきく中堅どころの会社にもぐりこんだというわけだ。

 であるから当然、彼女の可愛らしい態度に胸を高鳴らせて告白してきた男性職員達には、やんわりと、だが自尊心を傷つけない程度にきっぱりと断りを入れている。



(そういえば朔弥……最近は全然会えてないんだけど、元気かなぁ)


 紗夜の家の顧問弁護士から突き付けられた、一方的な接近禁止命令。

 それがようやく解けたその日から、奈津美は朔弥にアタックすべく大学の近所を張り込んだり久遠家の周囲を監視したりして、見つければ即特攻を仕掛けてはそのたびに冷ややかな拒絶を受けている。

 が、どうやら紗夜が大学を卒業したことで護衛の任務を外れたのか、最近は久遠家を見張っていても朔弥を見かけることが少なくなり、かといって朔弥の家がどこにあるのか知らない以上、せっかく出かけても無駄足になることも増えてきた。


(どうせ、紗夜が邪魔してるに決まってる。けど紗夜に手を出したらまたあの怖い弁護士が来るだろうし……うーん)


 朔弥のことは諦めきれない、かといってこのままではせっかくのいい時期を無駄にしてしまいかねないのも事実だ。

 これまで彼女が好き放題できたのは、橘孝之の婚約者という立場があったからこそ。

 思い切り自分を甘やかして、ついでに貢いでくれる相手がいなくなった今、彼女の中に少し焦りの気持ちが出てきた。


「…………そうだ!久しぶりに()()()()に連絡してみようっと。あたしに構ってもらいたくてずっと待ってるはずだもん♪」




『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


「……あれ?一樹かずきくん、番号変えたのかなぁ?」


 孝之をオとすための踏み台として利用した生徒会役員達の連絡先を、奈津美は消さずにずっと持っていた。

 彼らは孝之には一歩及ばないまでもそれぞれがそこそこいい家の出身であり、タイプは違うがイケメンと言っていい顔立ちの者ばかり。

 彼らが高校を卒業するまでの付き合いしかないが、皆奈津美を攫っていきたそうな悔しそうな顔をして孝之を見ていた。

 だったらきっと、フリーになった奈津美からの連絡を待っているに違いない。


 そう思ってかけてみた先は、何度かけなおしても『使われておりません』という無機質なアナウンスが応えるのみ。

 例え電話の機種を変えたりメーカーを変えたりしても、電話番号はそのまま継続して使うことができるはずなのだが、もしかすると気分を変えたくて番号変更をしたのかもしれない。


(もう、一樹くんったら迂闊なんだから。ざぁんねん、あたしの候補から外れちゃうよ?)


 奈津美は脳内にぼんやりと浮かんだ生真面目そうなその顔に力強くバッテンを描き、電話帳に残っていた彼の名前も消去する。

 そして気を取り直して2件目の彼にかけるべく、名前を呼び出して発信ボタンをポンとタップした。




「もー、なんなの一体!?一人も捉まんないなんておかしいでしょ!」


 あれから、かけた先かけた先で奈津美は不愉快な対応をされ、そのたびにイライラが蓄積されてついにはキレてしまった。


 ある者は既に結婚していると『妻』と名乗る女性が電話に出てそう説明し、ある者は不機嫌そうに「もうかけてこないでくれ」と一方的に告げて切り、ある者はどれだけコールしてもプツンと通話を切られてしまい、ある者は最初に一度コールした後ずっと電源が切られた状態にされてしまった。

 つまり、全員が全員奈津美を拒絶したということだ。


(なんなのよ……あたしがずっと構ってあげなかったから拗ねてるの?それとも孝之さんが逮捕されたからって、ちょっとヒいちゃった?)


 どこまでもポジティブにそんなことを考えながら、奈津美はいつもよりも数段トーンダウンした声で「ただいま」と告げて柊家の玄関をくぐった。

 しかし彼女は、ここでも首を傾げることになる。


「あれ?おとーさんは会社だろうけど、おかーさんは?おかーさーん?」


 呼びかけても、返事はこない。

 いつもなら「あら、お帰りなさい奈津美ちゃん」と微笑みながら迎えに出てくるはずの義母の姿が、今日に限ってはいつまで待っても見られなかった。


「…………なんだ、奈津美か」

「あれ、優くん。なんか疲れてるみたい……どうしたの?話、聞くよ?」

「……あぁ。それじゃ、聞いてもらおうか」

「うん。リビングでいい?」


 優が自分に好意を持っていることを自覚している奈津美は、あえて部屋ではなくリビングでと提案した。

 優もそれでいい、と応じて踵を返し、疲れた足取りで先にたって歩いていく。



 リビングにはやはり義母の姿はなく、きょろきょろとあたりを見回しながら定位置に座った奈津美の前に、優はグラスについだ紅茶を差し出した。


「これ、まだ口つけてないから」

「うわぁ、ありがとう。……うん、冷えてておいしー」

「…………」


 一瞬、優の眼がギラリと危険な光を宿したことに、奈津美は気づかない。


「なぁ、奈津美」

「うん、なに?」

「来月行くって言ってた旅行だけど、あれこっちでキャンセルしといたから。それと、冬のスキー旅行も、行けないって言っといてくれ」

「っ、なんで!?どうしてそんなイジワル言うのっ!?」


 来月に予定していた旅行は、奈津美がブランド物を買ってあげたりご機嫌を取ったりしてどうにか繋ぎとめている、女友達と出かけることになっていた。

 それを、優が勝手にキャンセルしたのだという。


(じょうっだんじゃないわよ!!あれ、こっちが全額出すからって言ってやっとオッケーもらったやつじゃない!あたしがどんな思いで媚売ってると思ってんのよ!)


 名家の嫁におさまるためには、交友関係を広く持たなければならない。

 そう橘家当主の妻に厳しく教えられたことを生かして、そこそこいい家柄の女性を友人として紹介できるように、彼女にしては珍しくあれこれご機嫌を取りながら、お小遣いも殆ど彼女達に使いながら交友を続けてきたのだ。

 だが旅行を一方的にキャンセルしたとなれば、プライドの高い彼女達のことだ、奈津美に対する評価は駄々下がり、しかも今後の付き合いを続けるには今より更にハードルがあがるに違いない。



「意地悪じゃない。悪いが、もうお前の我侭に付き合えるだけのお金がないんだ。橘さんの事件以来、親父も会社で閑職に追いやられたし、給料だってグッと下がった。仕方ないからお袋もパートに出始めたけど、お前のカードの返済には追いつかない。それに、橘さんの事件の時に雇った弁護士のお金だって、分割払いでまだ残ってるんだし。俺だってまだ新入社員だってのにバイト掛け持ちして……それがバレてクビになったんだぞ。だからお前だけこれまで通り楽しようったってもう無理なんだ」

「はぁっ!?何言ってるの?自分達がふがいないからって、あたしの所為にしないでよ!大体、お金がないんだったら本家から借りればいいじゃない。そうよ、四条って言ったら名家中の名家なんだから」


 分家の分家と言っても、四条の繋がりがあることにはかわりがないのだから、家の名誉を守るためにお金を融資してくれるかもしれない。もしかしたら援助だって頼めるかもしれない。

 そう主張する奈津美に、優はかわいそうなものを見るような目を向けた。


「…………そういうことは、もう親父がやってる。けど、四条からは縁切りの宣言を返された。まぁ当然だろ、分家の分家なんて切り捨ててもなんら腹は痛まないんだし。橘の家だって八雲家から切り捨てられたそうだから」

「だったら……そうよ、名家のご子息ってまだ独身の人が多いんじゃないの?そういう人をあたしに紹介して!大丈夫、上手く取り入ってみせるわ。それならいいでしょ?」


 結果的に残念なことになったが、孝之はそれだけ奈津美を愛してくれていた。

 ちょっと構ってやれなかったから連絡を絶たれてしまったが、それでも元生徒会役員達は一時期奈津美を取り合って火花を散らしてくれた。

 今の会社の男達だって、彼女を誘いたそうな顔で……『オス』の顔を時折のぞかせている。


 だったら今度こそ、と奈津美はにこりとお愛想全開の笑顔を浮かべた。



 その笑顔が崩れたのは、時計の秒針がぐるりと一周した頃。


「あ、…………れ?」


 ぐらぐらする。ふらふらする。

 目の前に座っているはずの優の身体が左右に揺れ、近くなったり遠くなったりかすんだりしながら、段々と視界が暗くなっていく。


「やっと効いたか」

「ま、さる、……く、…………なに、を」

「なぁ、どうして今日に限ってお袋が迎えに出てこなかったんだと思う?どうして、家中がこんなに暗く閉め切られてるんだと思う?」

「な、に、い、って……」

「なぁ、奈津美。お前に俺の気持ちがわかるか?……会社をクビになって、やっとの思いで帰ってきたその目の前で、両親が死んでるのを見つけた俺の気持ちが」

「っ!?」


 自殺だったよ、と低く自嘲気味の声が脳内をぐるぐると回る。

 何か言わなきゃ、どうにかしなきゃ、そう思うのにもう身体は自由に動いてはくれない。

 とうとうパタリとその場に倒れてしまった奈津美を見下ろして、優はライターに火をつけた。

 その小さな炎に照らされながら、彼は口を歪める。


「大丈夫。……俺も一緒に逝くから」




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