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15.その後の話は蛇足として

 名家である八雲家の分家末席にあたる橘家、その嫡男が逮捕されたというニュースは瞬く間に広まった。

 息子の醜聞が広まったことで『株式会社タチバナ』を経営していた父は社長を退き、母である美津子も噂好きな社交界から遠ざかった。

 八雲家もさすがに庇いきれない、むしろ庇う気などないと橘家を分家から放逐し……逆に言うと、そうすることで彼らがこれ以上公の場に出なくてもいいように、いらぬ人付き合いから開放されるようにと、名家の枠組みの中から遠ざけてやった。


 そうして始まった、孝之の裁判。

 さすがに当事者の家族ということで万葉が検事席に座ることはなかったが、それでも職場で慕われている彼女のためにと検事側は本気モードで弁護側との対立姿勢を示した。

 弁護側は孝之の心神耗弱状態を主張、対して検事側は遡って元婚約者である少女への一方的な暴言に始まり、現婚約者である少女を拉致監禁していたこと、その彼女の言葉を真に受けて元婚約者を殺そうとしたことなど、勝手極まりない彼の性格や言動などをあげつらい、責任能力は充分にあったと主張した。



「……有罪、か……」

「あら、当然じゃない。検察庁うちが総力を挙げて本気モードで取り組んだ裁判よ、勝てなくてどうするの」


 結果は、検察側の勝利に終わった。

 孝之に下された判決は有罪……執行猶予もつかない実刑判決とあって、ニュースはここぞとばかりに彼を取り上げ、あらゆる面から突き回している。

 生まれてからこれまでの育てられ方はどうだったか、周囲の環境はどうだったか、学校での交友関係は、親の決めた婚約者がありながら交際する者が現れ、その相手と婚約したというエピソードについて、などなど。

 関係者の殆どは仮名で紹介されたものの、橘孝之という『犯罪者』の生い立ちは丸裸にされ視聴者たちに晒された。

 それを残酷だなとは思えど、同情するつもりは千晴にもない。

 ただ、むなしいと思うだけだ。


「……被害者がそんな顔をしてどうするの。そのうち、マスコミも飽きるわよ」

「わかってる。……まだ、他の事件と違ってうちに取材のスポットが当てられない分、マシだと思うことにするさ」

「さすがのマスコミも、官僚一家のスキャンダルを突き回したら何が飛び出すか、くらいは心得ているみたいね。まぁ大人しいものよ」

「スキャンダルねぇ……そんな面白いものでもないんだけど」


 千晴は一方的に刺された被害者だ、そこだけ見れば同情されて終わりかもしれない。

 だが彼を突けばそこから紗夜の存在が現れ、そして結果的にはちょっとスキャンダラスな話へと流れていってしまう。

 犯人である橘孝之が婚約破棄した相手、そしてその後久遠家に養子入りした子供、かつては海外の教育施設にいた稀なる能力を持つ天才少女。

 紗夜を突けば面白いくらいに出てくるネタを、マスコミが放っておくとも思えない。

 事実彼女が大学に入った時などは、面白おかしく書き立てる週刊誌が飛ぶように売れたというのだから。


「充分スキャンダルでしょ。何しろ、一度養子に迎え入れた子を他家の養子にして、更にまたうちに嫁がせようって話を進めてるんだから。この裏事情を知られたら、さぞかし興味本位のネタにされるでしょうね」

「…………母さんまで、そのネタで息子をいじるのはいい加減やめてくれないか。そんなのは由梨絵や拓真だけでたくさんだ」


 拓真には開口一番、ロリコンだとからかわれた。

 由梨絵にも生温かな眼差しを向けられ、そうですかと冷めた口調で応じられた。

 長い付き合いになる友人達のあの対応には、さすがの千晴も悪くもないのに謝り倒してしまったほどだ。


(ロリコンだって?いや、そうじゃない。僕は幼児性愛の趣味なんてないんだから)


 彼が愛したのは、紗夜。彼女が彼女であったからだ。

 彼女も戸惑いがちにその想いに応えてくれた時、その時ようやく彼の心は現実へと戻ってきた。

 彼女は戸籍上、妹なのだ。

 さてどうしよう?どうやって彼女を手に入れよう?

 不思議と、どうやって両親を説得しようかと考えることはなかった。

 あの両親なら、きっと朔弥にも勝るとも劣らぬ慧眼で既に見抜いているに違いない。

 その上で見守ってくれているんだ、そんな根拠のない自信がどこかにあったからだ。


「そろそろ行くよ」

「もうそんな時間?……それじゃ、いってらっしゃい。頑張ってくるのよ」

「…………何をだよ」


 がっくりと項垂れた息子の肩を、母は豪快に笑い飛ばしながらバシバシと叩いて見送った。




 今日、紗夜は大学を卒業する。

 史上最年少という若さで入学し、そしてこれまで常にトップクラスの成績を誇って首席卒業を果たした彼女は、まだ17歳と数ヶ月という……一般的には高校すら卒業していない年齢だ。

 そのため、報道関係者を全てシャットアウトしてもらい、ちょっと緊張感漂う厳戒態勢下の卒業式となったわけだが、当の本人は開放感と同時にほんの少しの寂しさを感じつつ、式に臨んでいた。


 着物や袴ではなく紺のスーツを身に着けた彼女は、まだ『柊』という姓であった頃の痩せっぽちで小さな少女ではもうない。

 管理栄養士の指導の下、栄養価の高い食事をバランスよく食べ続けるのと並行して、護身術から少林寺拳法まで役立ちそうな運動をかたっぱしから習い、身体を柔軟に保ち続けた。

 そのお陰で今は、しっかりと引き締まった体躯に出るところはそこそこ出た女性らしい体型となり、周囲の視線を掻っ攫うほどの『美女予備軍』となっている。

 もう2,3年ほどすれば、間違いなく美女と呼ばれる種類の美貌に、卒業式だというのにデレっと鼻の下を伸ばす生徒が続出だ。


 だが彼らは、すぐに現実を突きつけられることになる。


「紗夜、迎えに来ましたよ」

「卒業おめでとう、紗夜」


 かたや、金髪碧眼の美形。

 かたや、黒髪の超イケメン。

 そんな二人が両脇をかためるように立ち、周囲を威嚇している。

 これでは、最後にせっかくあたって砕けようと考えていた無謀な若者達も諦めるしかできず、また彼らに惹き付けられるあまり紗夜に嫉妬の目を向けた愚かな女性達も、冷ややかにひと睨みされてすごすご引き下がるしかなかった。




 車の中で、紗夜は孝之の裁判の結果を聞いた。

 あれから3年半……結審するまでの期間は、彼女もどこか落ち着かず不安と隣り合わせな日々を送っていた。

 しかしいざ有罪の判決を聞かされると、その結果が何をもたらすのかわかってしまったらしく、そうですかと彼女はどこか寂しげにそう応じた。


「孝之さんは犯罪者として…………罪を償ってもなお、その烙印を背負い続けるんですね」


 どこへ行っても後ろ指を差される、家族でさえも非難を受け続ける。

 やったことがやったことだ、更正したと法的に認められたところできっとしばらくは肩身の狭い思いをしなくてはならないだろう。


 そこでふと、彼女は名前の挙がらないもう一人の当事者について思い出した。

 彼の逮捕後、紗夜の周囲は一度だって『彼女』の名前を挙げたことがなかった。

 だからこそ、こうなった今彼女はどうしているのだろう?と紗夜はその疑問をそのまま千晴にぶつけてみることにした。


「あー、うん…………彼女か……。彼女は……まぁ、なんだ。なぁ、朔弥」

「どうしてこちらにふりますか、貴方は。……そうですね、紗夜も無関係というわけではありませんし。話しておきますか」


 そうして語られた事実に、紗夜は素直に驚きを示した。



 前世の記憶を持って生まれた天羽奈津美と言う名の少女は、上手に周囲を味方につけて邪魔者を蹴落とし、四条という名家の分家末席にあたる柊家に養子入りした。

 そうして婚約者の地位を手に入れた橘孝之に溺愛されながら、本命であった桐生朔弥に近づこうと何度も試みたがことごとく失敗。

 そのうち体調を崩し、徐々に歪んでくる精神のままに紗夜を逆恨みするようになり、ストーカーのように待ち伏せて暴言を吐くまでになってしまう。

 そんな彼女を元に戻そうと思い立った孝之によって彼女は監禁され、そして事件は起きた。


 と、そこまでのエピソードは紗夜も既に周知の事実だ。

 彼女が驚いたのはそこから。


「…………無罪放免?……つまりそれって……彼女は今も」

「そう、言い方は悪いですが野放しになっているということです」

「そんな、ことって……」


 客観的に見れば、彼女は婚約者の男性に監禁された被害者だ。

 しかし孝之のあの暴走の原因は間違いなく奈津美にあるのだし、法的な責任に問えなくても醜聞などを恐れてどこかに幽閉、もしくは留学させてしまうなどして本当の意味での被害者達から遠ざける、というのが普通なのだとそう思っていた。

 が、実際はそうではなかった。

 今度こそ信頼できる病院を経由して柊家に戻された奈津美は、大学進学こそしなかったものの柊の家で家事手伝いという名目でゆっくりとかくまわれ、そして徐々に元の生活へと戻っていったのだという。

 今は、柊の家の伝手でギリギリ中堅どころの企業に入社させてもらい、相変わらず周囲の男性を上手く使いながらのんびり事務職の椅子に座っているのだとか。

 誤解のないように書いておくが、事務職は決してのんびりできる仕事ではない。

 コネ入社の奈津美だから仕方なく、周囲は放置しているのだ。


 その奈津美だが、さすがに久遠のデキる弁護士真崎によって、紗夜及びその周囲への接近命令を取り付けてもらえたお陰で、これまで紗夜に近づいてくることはなかった。

 だがこれからは紗夜も社会に出る関係で、どこでどんな関わりが出てくるかわからない。

 接近禁止命令も紗夜が大学に通っている間のことだったし、期限は今日で切れてしまうのだからますます今後はどうなるかわからなくなる。



「ああ、ほら。噂をすれば」

「…………彼女、まだ朔弥のこと諦めてなかったんですか」


 ちょっとコーヒーでも、と立ち寄ったコンビニ。

 その駐車場でのんびりと待っていた千晴と紗夜の二人が見たのは、どこからついてきたのかそれとも張り込んでいたのか、軽自動車から降りて店内に足音高く駆け込んでいく奈津美の姿。

 彼女は真っ直ぐにレジにいた朔弥に突進し、迷惑そうな彼に詰め寄るようにして何事か話しかけている。

 困り果てたような彼の視線がふと、一瞬だけ車内の二人に向けられた。


 先に行ってください。


 そのメッセージを受け取った千晴は、まだ免許が取れない年齢の紗夜を助手席に移動させ、自分が運転席に乗り込むと静かに車を発進させた。

 朔弥のことだ、店内の人達の迷惑になるからとあえて抑えた対応をしているが、レジを済ませてしまえばさっさと彼女を振り切り、タクシーでも捉まえて追ってくるに違いない。

 行き先は知っているのだから大丈夫、と千晴はそう紗夜に説明してやりながら、内心卒業して初の二人きりの状況をちょっと楽しんでいた。


「ねぇ紗夜」

「なんですか?千晴さん」

「ちょっとだけ、寄り道していこうか?」


 悪戯っぽく投げかけられた視線に、紗夜は小さくため息をついて応える。


「…………ちょっとだけ、なら。安全運転でお願いしますね」

「かしこまりました、お嬢様」


 年の差だとか周囲の生温かな目だとか、未だ存在する邪魔者だとか、戸籍上正式に紗夜の家族となった朔弥の牽制だとか。

 そういったものから、ほんのひと時だけでも離れていたい。


 赤信号で停まった瞬間、二人は顔を見合わせて声に出して笑った。




これで完結となりますが、あと一話ヒロインサイドの後日談が入ります。

ヒロインざまぁが足りない、何があっても大丈夫という方は先にお進みください。

後味悪いのは嫌、ざまぁは脳内補完するという方はここでストップされた方がよろしいかと思われます。


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