98話 大災害2~侵攻~
自然界で発生する、雪崩の多くは表層雪崩だ。
一度に大量の降雪があると、積雪の弱層の上に積もる雪が重くなる。
急な斜面の場合、弱層は支持力を失いやすくなり、雪崩が発生する危険も非常に高くなる・・・と言うのが表層雪崩。
他にも色々な種類の雪崩があるが、これが比較的多く目にする雪山の災害だろう。
ウルファンス山脈でもこうしたことは、頻繁に起こっていた。
でも、今回ばかしは規模が違う。
山の主であるウルファンスは、雪山の方斜面全体に積もった雪を、全部街にぶつける気でいた。
・・・全部だ。
街を覆い尽くして尚、有り余る量。
もしそれが成功したら、完全に街は崩壊するだろう。
人為的な大災害。
単純な破壊力で言えば、核兵器にも等しい一撃。
・・・目の前で大虐殺が始まろうとしていた。
「防げるものなら防いで見なさいよおぉ!!!」
興奮。
興奮興奮興奮。
彼女は一瞬のうちに豹変した。
人間の汚さ。
憎しみ。
何故か悪魔が吐き出して、それは街を飲み込もうとしている。
ちょっと前の彼女はどこへ?
綺麗なくせに、陽気な彼女はどこへ?
この時だけ遠くへ行ったのか?
そんなに殺したかったのか?
彼女は俺と違って、脱出の為だけにグリード街の悪魔達を殺そうとしている訳じゃない。
・・・逆だ。
殺すことも目的の1つに入っている。
この機会は良い機会だった?
絶好の機会?
ウルファンスの笑顔の狂気。
・・・俺は今のうちに気付くべきだったと思う。
起こってからでは全部遅い。
なのに、人間は起こってからでしか動けない。
・・・事態を予想する知能を持った生物であるにも関わらず。
「あははははははっ!!!!」
笑う。
雪の流れの音とかき混ざりながら。
マリアさんは何も言わない。
他のみんな・・・シフィー、スフィー、ソフィー、スー君。
みんな。
俺が間違っている?
大量に虐殺することは、事前にみんな了承した筈だ。
・・・俺もその中に入ってたのに。
巨大な雪崩は、順調に他の雪を巻き込みながら、下方へと下方へと転げ落ちていた。
莫大な質量の雪は、さらに質量を増やして破壊力を増していく。
そこが斜面である限り、止まらない。
そして悪魔達も止められない。
こんなの止められっこないだろう。
「来るわよ」
マリアさんがウルファンスの笑う隣で、マリアさんが声をかける。
雪崩の向かう目標地点。
その先には高くそびえたつ壁がある。
「結界だ・・・」
壁の前方に、街を球状に守る巨大な結界が素早く出来上がった。
その結界がさらに赤く燃え上がる。
深紅の壁。
通常なら、壁は火によって見る見るうちに焼失していくだろう。
だが、結界は堂々とその存在を維持したままだ。
・・・固有能力を使っている証拠だった。
あらかじめ予期されていた事態だ。
「やっぱり燃やしてきたわね。シフィー、もうちょっと結界へよって頂戴」
「オーケー」
シフィーは青龍を操って、悪魔に察知されない程度に結界へ接近。
マリアさんはそこで目を閉じる。
彼女から伸びる、延長された感覚。
そして・・・
「見つけた・・・」
ニヤリとして、そう彼女は呟いた。
「「ララ、壁の内側外側両方に1人ずつ固有能力者を確認。始末をお願い。場所は・・・」」
「「こちらからも見えました。問題ありません」」
あらかじめ結界と壁の間に潜伏していたララが、テレパシーで応答して姿を現す。
テレパシーでの会話は、仲間内全員に伝わるように事前に取り決めてある。
全員の戦況を分かりやすくするためだ。
マリアさんの指示を受けて、ララは走り出した。
防護壁の中層部分にある広い監視場。
そこに、結界を維持している悪魔が1人いた。
周囲には警備兵らしき悪魔が2人。
・・・強そうだ。
その目標に向かって、ララは一直線に走る。
・・・速い。
とにかく速い。
鎧をつけている癖に、スポーツカー並みの速度だ。
全快のララ。
万全の状態がこれか。
かなり頼もしい。
ララは階段を使わず、壁を垂直に蹴って監視場へ。
1歩2歩であっという間に踊り場へ到着した。
到着地点は悪魔達の丁度死角。
・・・まだ気付かれてはいない。
「「処理します」」
躊躇うことなく、ララは剣を抜いて悪魔へ突っ込んだ。
1歩目で10メートルは離れていた警備兵の懐に入り、首を刎ねる。
音もなく首を切断したせいで、まだもう1人の警備兵は気付いていない。
無防備に晒している首を、直前に攻撃した余韻を残さず、斬り落とす。
だが、流石に結界を維持している奴は格が違うようで、すでにララの気配を感じ取って対処に当たっていた。
ララが急にその場から、横に異常な反応速度でステップする。
直後、彼女のいた場所に四方全てが密閉されたキューブ型の結界が現れる。
そのキューブはメラメラと燃えていた。
凄いな・・・能力を出す瞬間に察知出来るのか。
彼女のスピードだから出来たことだろう。
普通、攻撃を察知出来ても体がついていかない。
ララはステップついでに、切断して転げ落ちていた警備兵の頭部を片手で持つ。
それを中空に・・・それも固有能力者の方向へ投げる。
投げた際に、小さく能力を唱えて片手にボールの大きさの火球を出現させた。
一瞬、固有能力者の目線が投げられた頭部へ。
視線が外れた隙を狙って、ララは火球を相手へ投げつける。
相手の視線はすぐに火球攻撃を捉える。
視線を巧みに操って、ララは中空にある頭部に向かって飛びながらサッカーボールのように相手へ蹴りつけた。
2か所、ほぼ同時の攻撃。
固有能力者は頑丈そうな結界を2つ同時に、2つの攻撃を遮る形で出現させる。
・・・両手を使って。
多分、もうその状態じゃあ相手は能力を発動出来ない。
火球が結界に当たり爆発して、その場が急に光る。
目くらましだろう。
遠目からなら分かる。
迅速にララは相手の後ろ側に回り込む。
相手の顔がララの方に向いている。
攻撃が来ることは分かっていた。
が、両手がついていかない。
能力を発動したばかりだからだ。
そのくらい、ララのスピードは速い。
対処する間もなく、固有能力者の首も綺麗に刎ねられた。
敵の死亡を確認して、剣を鞘に納める。
首を刎ねた剣は、血に汚れることなく緑色に輝いていた。
迅速な行動。
当たり前だ。
雪崩の危険性は彼女にも降りかかっている。
こんな危険すぎる場所へ、事前に知っていて尚悪魔と戦える奴はそういない。
強靭な精神。
プレッシャーに負けない強さ。
ララ本人が、修羅場をいくつも潜り抜けてきたのが理解出来る。
歴戦の剣士だ。
「「・・・終わりました」」
「「了解。転移の陣を起動して、すぐに指定の配置へ行って頂戴」」
「「分かりました」」
マリアさんとララのテレパシーが、俺の頭の中まで届く。
勝負がすぐに終わった・・・
とてもじゃないが、あんなにスマートに相手を殺すなんて、俺には出来ない。
殆ど能力を使うことなく、しかも無傷だ。
隊長格の実力が遥かに高い。
俺が空中要塞でセスタを倒せたのが嘘みたいだ。
アイツは俺と戦う前に、かなり体力が消耗していた。
・・・俺は運がいい。
改めてそう思う。
本来なら、俺は殺されていた。
実力差が開いていたのが、ララを見てよく分かる。
白兵戦を仕掛けて、俺が生き残れたことは奇跡に近い。
「よし、結界の方は大丈夫そうね」
見ると、赤く燃えていた結界の火が能力者の不足によって、どんどんなくなっていく。
街を覆う程でかい規模の結界だ。
複数で固有能力を行使しないと、すぐにボロが出るだろう。
例え結界の火がそのまま維持されたとしても、問題ない。
火力はかなり弱められる。
だから、雪崩が突破出来ない可能性はこれで微塵もなくなる。
魔王側もこんな規模の攻撃を予想してなんかいなかっただろう。
ウルファンスが200年も占有した土地を、手放すなんて。
自身の居住地を、放棄するなんて。
この巨大な攻撃。
どうしようもない質量。
いくら大魔石のバックアップがあるからとは言え、街を覆う結界の出力は全部悪魔任せだ。
展開可能な規模にはどうしても限界がある。
ルフェシヲラのような結界に特化した悪魔がいない限り、この災害は止められない。
マリアさんはそう予想していた。
他に強大な悪魔が出張る様子もない。
運命干渉系能力者がいる訳でもない。
・・・止められない。
「あはははは!!ララァ、退きなさいよ!!全部潰すからさぁ!!!」
ウルファンスの狂った叫び声に、マリアさんの表情が歪む。
「「・・・らしいから、早く退避しなさい。これ、本気で巻き込まれるわ」」
「「・・・すぐにでも逃げます」」
上から迫る雪崩をしり目に、ララは薄い紙のような物とキラキラ光る石を懐からだす。
・・・転移の陣が書かれた洋紙と、魔石だ。
ウルファンスの城から持ってきた物の1つ。
あそこには、結構な量の武具と魔石が置いてあった。
魔具も複数残存していた。
魔具と魔石は貴重だ。
持って行かなきゃ損だろう。
だからここで、有効に使うつもりでいる。
俺も1つだけ、魔具を持たされている。
これが吉と出るか、凶と出るか・・・
赤く強い光がこっちの目に届く。
ララが転移したのだ。
入れ替わりのような形で、監視場に別の警備兵達がゾロゾロとやってくる。
タッチの差だ。
まあ、ララならこんな奴ら簡単に全滅出来るのだろうが・・・
その内の1人が、たまたまこっちの方を見てくる。
「あっちの悪魔、俺を見てますけど・・・」
「大丈夫、気付いてない。ソフィーが気配断ちの結界を張って、私がそれを補助してるのよ?安心しなさい。ね、ソフィー?」
「うん、おばちゃんの凄いもん。絶対見つかんないよ」
「・・・そっか」
スフィーの気配断ちの結界。
それに加えて、マリアさんの結界補助。
2人の能力行使によって、ブルードラゴンを含める上空の俺達は他の悪魔から察知されない。
ソフィーが五感の視覚以外の察知を遮断。
マリアさんが、視線を俺達から無意識的に外す補助の役目。
だから、今も俺達はグリードの魔王側から一切見つかっていないらしい。
・・・こんな巨大なドラゴンが見つかっていないのは、ちょっと信じがたいことではあるが・・・
「うん、ひと段落ね」
「・・・はい」
もう地表には仲間は誰もいない。
敵が残るばかりだ。
後は、雪崩が落ちるのをただ黙って見る。
・・・悪魔が死んでいく光景を見るだけ。
スー君やソフィーの年少組も、しっかりとこの場にいる。
悪魔と言えど、まだ小さい子供だ。
現世でだったら、小学校にでも通ってるんじゃないかと思うくらい。
本当なら、こんな殺戮の現場に居合わせてはいけないはずだ。
だが、マリアさんやウルファンスは、あえてここに連れてきた。
72柱の子供。
普通の悪魔の育てられ方はしないだろう。
でも、違和感を覚える。
スー君は家では普通に生活していた。
マリアさんやダゴラスさんだって、武器庫に簡単には入らせないように工夫したり、認定書を目につかないようにしていた。
なのに、今になって急にこんな現場へ連れてきている。
・・・状況が変わったからだろうか?
俺はマリアさんやダゴラスさんに、今もその理由を聞けていない・・・
「覚悟はいい?」
ポンッと肩に手が置かれる。
撫でるように。
何を迷っている?
悪魔を殺すことに慣れなきゃいけないのに。
もう俺は戻れないのに。
俺を殺そうとしてくる奴らだ。
殺して何が悪い。
そうさ。
だからやり返す。
今はそう思っておこう。
ほら、大丈夫。
怖くない。
「・・・もちろん」
その瞬間、巨大な波の形をした雪崩は、街を守る防護壁を飲み込むように衝突した。




