86話 呼び寄せられし、呼び寄せる魔物
共鳴する響凍者。
白い毛皮に包まれた魔物。
コイツの特徴はよく知っている。
叫んで他の生物を呼び寄せることで、捕食対象と戦わせる他人任せな魔物だ。
その習性からして、あまりこの雪山では強くない魔物だとは思う。
単体で倒すのなら、問題ない魔物だろう。
・・・他の生物を呼ばれない限りは。
そう。
コイツはバカ高い叫び声で魔物すらも呼び寄せるのだ。
「何でここまでアイスシャウトが・・・」
呟くように言う彼女。
この事態に驚いているようだった。
本来なら、ここまで魔物が来ることもないのだろう。
彼女曰く、魔物が出る場所、そうでない場所はある程度決まっているらしい。
いわゆるテリトリーってやつだ。
普通の生き物でも適用される、自然のルール。
野生生物内での暗黙の了解。
魔物というのは、通常の生物とは比較にならない力を有している。
だから、その分縄張り意識は非常に強い。
自分の持ち場を離れることがないのだ。
ただ・・・今は俺がいる。
自然と魔物は俺の方に誘引されてくる。
それはきっと止められない。
マリアさん達がいた洞窟には、気配断ちの結界が張られていた。
・・・ここはどうなんだ?
多分、張られていない。
俺の事情を彼女達は知らないから・・・
俺が話さなかったから・・・こうなった。
起きてしまったものはもうどうしようもない。
時は戻らない。
時とは不可逆の象徴。
巻き戻すことが出来ないから、後悔という感情が生まれる。
自分が何をすべきか?
自分の判断は間違っていないか?
よくよく考えていないと、こうなる。
俺が魔物を引き寄せることを、彼女に話すべきだったのかもしれない。
・・・いや。
まだ取り返しは効く。
反省や後悔。
今はそれらを隅に追いやる。
目の前のことに集中しなければいけないから。
今がなければ、先もないのだから。
「ヴモォォォ!!!!」
アイスシャウトは叫びながら、結界をでかい拳で叩いていた。
その太い腕に見合った力のようで、堅いはずの結界はピキピキと徐々にひび割れていく。
・・・時間の問題だ。
出口は1つ。
魔物は1頭。
幸い、魔物はあまり強くない。
選択肢は考えるまでもない。
・・・戦おう。
「魔剣!」
彼女が俺の声に反応して、すぐさま小さな短剣を取り出して投げ渡す。
反応は速かった。
殆ど反射といっていいほどの間隔。
俺もそれを取りこぼすことなく受け取る。
俺の感覚も鋭くなってきたのかもしれない。
「俺が攻撃!お前がサポート!」
彼女がコクンとうなずく。
やり取りは最小限。
こういう状況には慣れているようだ。
アイスシャウトはガラスを割るかのように、結界を叩く。
・・・もうもたない。
そう察知した俺は、すぐに精神統一を始める。
魔剣。
これには意思のようなものがある。
何回も俺が感じたことだ。
いい加減、その感触も覚えてきている。
・・・魔剣とシンクロする感覚も。
俺の全身に張り巡らされた神経の数々。
脳から伝わる信号。
脳から神経、神経から筋肉へ力の流動を体で感じてイメージする。
所詮、自分の体は全て脳が動かしているに過ぎない。
俺の意思の源は全て脳から来ている。
その脳の司令塔から発せられる力を、魔剣を持っている手に集中していく。
手の先にある、延長された自分の体。
魔剣が自分の体の一部だと思うこと。
魔剣から流れる力を自覚して、神経に流すように抵抗を示さないこと。
それで、俺は強くなれる。
・・・人間以上に。
だが、実際には自分の体の中に神経が通っているなんてイメージはし難いだろう。
そんなこと、普段誰も意識しないのだ。
あることが当たり前すぎて、無意識にないことにしてしまっている。
その意識でイメージを固めるのは容易なことではなかった。
それでも、俺はこの状況で少しでも彼女の役に立てるよう精神を集中する。
魔剣の力を感じ取る度に、自身の感覚が鋭敏になるのを自覚する。
それに伴って腕力や脚力の上昇し、体が軽くなっていく。
超人化。
言うなら、その言葉がピッタリだろう。
意思と意思が一時的に接続され、元の意思が書き換えられていく。
性格の豹変。
情緒の不安定化。
この力を行使するにあたって、デメリットは多い。
だが、それをあまり余って異質な力が俺の中を流れていく。
充実感を得ながら、俺は目を開ける。
さあ、準備は整った。
これでまた役に立てるだろう。
左腕は反応がまだ鈍いが、問題ない。
・・・あの魔物を殺すには十分だ。
直後、結界の破れる音が俺に届く。
1頭だけで結界を破ってきた。
腕力は相当なものだろう。
ただ、アイスシャウトは鈍かった。
ただの人間の状態ならいざ知らず、今はしっかりと魔物の動きを捉えられる。
強化された感覚が捕捉してくれる。
俺は強く地面を蹴る。
疲れている筈の足は、軽やかに前へ進んでくれた。
「老錬なる氷よ」
彼女は氷の支柱を作り出し、魔物へと投げつける。
人間程の大きさもある氷の塊。
それは先に動いた俺をあっさりと抜いて、魔物の眼前まで迫る。
魔物は氷の支柱に合わせ、タイミングよくパンチを繰り出す。
高速で向かってきたそれを魔物が真正面から殴った瞬間、粉々に氷が砕け散る。
パラパラと氷の破片が拡散する。
まるで、氷で出来た煙だ。
視覚がまるで頼りにならない。
だが、それも俺にとってはアドバンテージに十分なりえる。
俺は煙に乗じて、姿を隠す。
拡散された氷は空気の微妙な流れですぐに揺れ動いてしまう。
俺が氷の煙に入ればなおさらだ。
故に、拡散した直後の煙に乗じる必要があった。
が、その直後。
「ヴモオオォーッ!!」
「ぐっ!」
至近距離からの咆哮。
氷の煙が声の波に流される。
耳の鼓膜が限界まで振動して、一瞬怯んでしまう。
気付いた時には、アイスシャウトが眼前まで迫っていた。
「いっ!?」
容赦なく魔物は、でかい拳を俺の顔面に叩き込もうとする。
避け・・・られない!
ヤバイ!!
「守りの壁よ」
小さい妹さんが、俺と魔物の間に結界を張る。
ガンッと半端ではない音がして、結界に亀裂が入る。
それでも、間一髪でパンチは壁に阻まれた。
・・・助かった。
結界がなければ顔面を潰されていた・・・
想像して背中がゾクッとする。
今のは安易な攻撃だったのかもしれない。
「老錬なる氷よ!」
続いて彼女が攻撃を仕掛ける。
魔物の頭上に、自動車程の大きな氷が生成される。
多分落とす気だ。
俺は巻き添えにならないように、全力で1歩分バックステップする。
その刹那、氷が魔物目掛けて一気に落ちてきた。
「ヴォ!!」
魔物は両手で氷を受け止める。
能力なしでこの腕力・・・殴られていたら死んでいたところだ。
「速く!!」
彼女が叫ぶ。
そうだ。
考えている暇はない。
即行動。
俺が取るべき選択肢は・・・
「こんの!!」
あらん限りの力を足に込めて、魔物へと突っ込む。
ダゴラスさんはコイツと戦った時、どこを攻撃した?
・・・胸部。
心臓の位置。
魔物だろうがなんだろうが、基本的な急所は変わらない。
今、コイツは両手両足を使えない。
なら心置き無く攻撃出来る。
短剣を真っ直ぐ魔物の胸に突き刺した。
ザクッと肉を刺した音がして、血が白い毛に染みていく。
・・・むっ。
手応えを感じない。
相手は直立で立ち続けている。
・・・相手の体は深い毛皮に覆われている。
そして、俺が持っている短剣はリーチが短い。
だって、短剣だから。
つまり・・・攻撃が心臓に届いていない。
「ヴモオオォォォォ!!!」
「うっぐ!」
四肢を封じられた魔物は、声を上げる。
音の攻撃。
物理的に防ぎようがなかった。
脳に突き刺すような痛みが走る。
ある程度距離を開けていてもダメージを受けたのだ。
パンチが届くような距離で大ダメージを受けないわけがない。
それでも、痛みに耐えるのは慣れてる。
こちとら片腕何回なくしてると思ってるんだ。
俺は痛みを堪えながら魔物の叫びに負けないように大声を出す。
「この魔剣の能力は!?」
「火です!!」
火か・・・
能力を聞いたところで、俺には到底使えない。
本当なら関係がないのだ。
けど、俺はそれを覆す方法を持ってる。
結界破りを使う時、或いは転移を使う時、俺はどうやって使っていた?
俺はポケットに入っている、小石程の魔石を取り出す。
この魔石、大してエネルギーが入っている訳じゃない。
でも、この至近距離だったなら・・・
俺はイメージする。
転移を使った時のように。
魔石から感じるエネルギーを、俺の体に伝わせる。
そのエネルギーを全部魔剣へ!!
突如、小さな短剣が俺の意思に呼応して燃える。
決してダゴラスさんのような燃え盛る紅蓮の炎じゃない。
焚き火サイズの小さな火だ。
それでも、刀身は魔物の肉の中に入っている。
中から身体を焼かれる痛みとは、どのようなものだろう?
文字通り、身を焦がされるのだ。
人間だったらショック死もいいとこだ。
だが、それでも魔物は生きている・・・どころか叫び続けている。
多分、痛みによるものじゃない。
魔物は痛みに滅法強いと、ダゴラスさんに聞いたことがある。
どっちかと言うと、これは命の危険を感じ取っているかのような声だ。
アイスシャウトは抵抗しようとして、身体を暴れさせる。
両手が塞がっているので、攻撃は仕掛けてこないが、突き刺さっている短剣が身体に合わせて上下左右に激しくぶれる。
相手は太い氷の支柱を砕くような身体能力だ。
強化された俺の体で対抗しようとしても、抑えられる訳がなかった。
ぐっ・・・短剣が抜ける・・・
「離れて!!」
そんな声と同時に、短剣がスルッと体から抜ける。
思いっきり短剣を掴んでいた俺は、横へとダイナミックに吹き飛ばされる。
狙った訳じゃない。
偶然だ。
しかし、それで距離は取れた。
・・・直後。
「老錬なる氷よ!!」
「氷よ!」
姉妹2人で能力を唱える。
大量の拳大の氷が、あられのように勢いよく降ってきた。
その中に、特大サイズの氷が混じっている。
多分、姉の方の能力だ。
大量に生成された氷の雨は、ガンガンと音を立てて魔物に降り積もる。
魔物は身体を焼かれたからか、支柱を両手で支えたままその場を動かない。
氷で魔物が見えなくなるぐらいに積らせていく。
容赦ない攻撃だ。
自分の火力が弱いと分かっている者こそ、苛烈な攻撃を行うことが多い。
速攻と特攻こそが、自分自身の弱い戦闘面をカバー出来る数少ない手段だから。
攻撃は最大の防御とよく言うが、まさにそれだと思う。
だが、そんな容赦ない攻撃でも、大してダメージを与えていないようだった。
一向にダウンする気配がない。
分厚い毛皮が緩衝の役割を果たしているということもあるんだろうが・・・それ以上にタフなのだ。
撃たれ強い。
魔物の生物としての強み。
そんな敵に物理的な氷の玉をぶつけても、大してダメージは蓄積しない。
それでも氷を降らす。
降らす降らす降らす。
魔物が支えている氷の支柱しか完全に見えなくなったところで、彼女はさらに追撃をかける。
「大いなる氷よ!!」
4回目のチャント攻撃。
今回の氷は1番大きかった。
魔物の上に、氷塊が徐々に体積を大きくしながら作られていく。
ギチギチと音を出しながら大きくなっているが、攻撃までのタイムラグが少々長い。
恐らく、魔物の動きを大量のあられで封じたのはこのためだ。
・・・大技が来る!
「ハァ!!」
彼女の気合いと共に、大きな氷塊が落下した。
積もったあられすらも、大きな氷塊がガリガリと下へ押し潰し、氷の支柱は杭を打つかのように押されていく。
その後、プチッと何かが潰れるような音が聞こえて、氷の全てが崩れた。
「・・・終わった?」
目の前を確認する。
崩れた氷の隙間から、赤い液体がどくどくと流れてきた。
・・・魔物は死んだ。
「はあ・・・」
ひと段落ついて、大きく溜息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。お前達は?」
「2人とも無事です」
3人とも怪我なしか。
・・・良かった。
もし、怪我をしてここを動けなくなったら大変な目に合うだろう。
とにかく疲れた。
魔物1頭にこれだけの体力を消費した。
彼女達も、かなり能力を使っていたからか、疲れている印象を受ける。
・・・魔物1頭でだ。
この先、魔物と接触する可能性はかなり高い。
こんな戦闘を何回も出来るとは思わない。
それだけ体力の消費が激しいのだ。
戦闘って本当に疲れる・・・
不自然な程に。
そう。
おかしい。
以前強化した俺は、こんな短い戦いでスタミナを減らさなかった。
こんなので疲れていたら、今頃はヴァネールに焼かれて墓の中だ。
なのに、今はこんなに疲れてる。
前と今で違うこと。
・・・持っている魔剣が違う。
もしかしたら、持っている魔剣によって強化の幅が違う?
確かに、ダゴラスさんの魔剣や召喚王の魔剣は強力だった。
今持っている魔剣は色々と・・・小さい。
サイズも小さいし、感じ取れたエネルギーも小さいし、能力の威力も小さい。
・・・そういう点が作用してるのかもしれない。
他にも疑問はある。
前は魔剣と繋がることで魔剣の名前が分かったりした。
今は全然分からない。
・・・分からないのだ。
これは一体どういうことなんだろうか?
「アイスシャウト、すごい叫んでたな」
「来ますね・・・魔物」
確実に来るな、これ。
こんな密閉した空間で大量の魔物に襲われたら、もう終わりだ。
さっきも思ったとおり、1頭でこれなのだから・・・
「疲れてないか?」
「まだ・・・大丈夫です。これを後数回しろと言われても困りますけどね」
「だろうな。俺も少し疲れたよ」
疲れたとは言ったものの、今は動かなければいけない。
命が惜しければな。
・・・妹さんには申し訳ないけど。
「もう行きましょう。襲われないうちに」
「賛成だ」
「ねえ・・・大丈夫なの?」
彼女の妹が、姉に対して不安そうな声で話す。
おや・・・妹さんの声を初めて聞いた。
見た目どおり、かわいい声だ。
まあ、俺に話しかけてくれた訳ではないが。
「大丈夫。お姉ちゃん達で何とかするけど、手伝えそうだったらさっきみたいに手伝って?」
「うん・・・無理しちゃだめだよ」
「当たり前よ。お姉ちゃんだってこんなところで倒れたくないからね」
・・・姉妹愛がすごいな。
仲むつまじいと言うか、何と言うか・・・
仲が良いってことはいいことだ。
こんな状況下でも互いを心配し合えるなら、問題ないだろう。
そんなことを思っていると、小さな妹さんがテクテクとこっちまで歩いてきた。
ん、この子人見知りするんじゃなかったか?
・・・なんだろう?
「さっ、さっきは・・・ありがと・・・」
「・・・俺?」
「・・・うん」
・・・感謝か。
正直すごい嬉しい。
にやけてしまいそうだ。
それを無理矢理堪えて俺は言う。
「どういたしまして」
慣れない笑顔を表情として選択して、妹さんに明るく返事してみる。
さぞかし変な笑顔だったろう。
意識して作る笑顔の滑稽なこと・・・
でも、妹さんは俺の表情を見ると、親しみを込めた笑顔を見せてくれた。
「うん!」
・・・いいね。
理由もなくどんどん嬉しくなっていく。
やる気が出てきた。
俺に対して警戒心が緩くなったんだろうか?
だとしたら、なおさら嬉しい。
「さっそくですけど、行きましょう」
「ああ・・・そうだな」
今回の戦いは、余計な戦いだと思っていた。
けど、彼女達との距離が少し小さくなった気がする。
出発前の儀式としては丁度よかったかもしれない。
「疲れてると思うけど、頑張ってくれな」
「大丈夫だよ・・・それに危ない時は・・・その、さっきみたいにお兄ちゃんが助けてくれるんでしょ?」
「・・・お兄ちゃん?」
悪魔のお兄さん、ね・・・
「まあ、とりあえず行こうか」
「ですね。行きましょう」
何故か姉の方が、俺達の方を見て笑ってる気がする。
・・・気がするだけだが。
戦った直後。
疲労感の抜けない状態。
だけど、妙に嬉しい感情が渦巻く俺。
そんな中で、俺達は魔物の徘徊する洞窟を行くことになったのだった。




