83話 洞窟の捕食者
俺はソイツに何回か会っている。
名無しの森で。
或いは空中要塞で。
霧がかかった球体状の体。
空中に不自然に浮かんでいて、顔はない。
あるのは口だけだ。
その口はニヤリと笑っていた。
口から覗かせる歯は人間のような歯で、余計にいやらしい。
「・・・闇の器の捕食者?」
いや違う。
言ってて気付く。
確かに似ているが、決定的に違う特長が1つがあった。
体が青いのだ。
黒いのではなく、青い。
青い霧とは不思議なものだ。
霧ではなく冷気のようにも見える。
とにかく言えることは、俺1人で遭遇していたら、死んでいたということだった。
出会い頭に1発、太い氷柱のような氷を生やし、それをさらに伸ばして攻撃してきたのだ。
それを難なく鉄塊のような魔剣・・・陰影豪鎖が弾いた。
ブラックイーターが出す、槍の射出は半端じゃなかった。
コイツも同じだ。
今の俺では、反応すら出来ない。
「凍りつく器の捕食者だ」
アイスイーター?
なんなんだよ、ソイツは。
「ブラックイーターが雪山の環境に適応した個体・・・それがコイツだな」
「ブラックイーターの氷版ってことでいいんですよね・・・」
「だな」
ダゴラスさんは魔剣を構え直す。
その姿からは気合が感じ取れる。
殺気とは違う、闘気・・・と言えばいいのだろうか?
名無しの森では全然実力を発揮していなかったんだ、やっぱり。
「霊性なる炎よ!」
突如として魔剣が業火に包まれた。
俺とダゴラスさんの距離は離れているが、それでも熱気が届く。
それもあったかいなんてものじゃない。
・・・熱い。
ヴァネールの扱っていた炎と同質のものを感じる。
元々存在感を感じさせない魔剣が、強く自己主張を始める。
鉄塊のような攻撃的で重鈍なイメージの姿が、さらに威圧感を増す。
「リベンジ戦ってところか」
そう言ってニヤリと笑う。
アイスイーターの笑う顔とは全然違う、高揚感溢れる表情だ。
何気に気にしてたのだろうか?
「そこでちょっと待ってろよ」
そう言って、ダゴラスさんは姿を消した。
パキンと氷が砕ける程の瞬発力をもって。
正確に言えば、姿を消した訳じゃない。
移動が速すぎて、目で追いきれないだけだ。
姿がブレて見える。
五感が強化された状態の目で、捉えられるかは分からない。
少なくとも、素の人間の状態では無理だった。
凄まじい勢いで周りに氷の棘が生えたりしたかと思えば、次の瞬間には溶かされたり、氷の巨大な手が全方向から多数出現したかと思えば、根元からスッパリと切断されていたり・・・
洞窟の内装が、瞬間的に変化していく。
絶え間なくパキパキと音を出して形状が変わっていく。
まるで洞窟が生きているみたいだ。
洞窟の環境そのものを武器としているような・・・どうしようもなく異質な攻撃だった。
手数は圧倒的に魔物の方が上。
しかし、それ以外の全てがダゴラスさんの方が上だった。
戦況次第では、手数が有利な場合は確かに十分にある。
それは確かにあるが、比較的限定された状況に限られるだろう。
基本的に戦闘に必要なのは力、速度、効率の3つだ。
その3つが成り立っている上で、さらに応用として手数などの要素が加わる。
中途半端なステータスで応用をしかけようとするよかは、十分に練り上げた基本の方が通用するくらいだ。
魔物の敗因はまさにそこだった。
始まってから、10秒もかからなかったと思う。
魔物の口に、魔剣が真正面から刺さっていた。
見ていて痛々しい。
それなのに、全く痛がることなくジタバタと動いてやがる。
・・・痛覚がないのか?
魔剣が突き刺さった結果、炎が燃えて、魔物の身体に纏わり付いている冷気を霧散させていく。
致命傷。
誰もがそう思うだろう。
でも、俺は知っている。
魔物はしぶとい。
知能では劣るが、生命力は高い。
普通の致命傷は、魔物にとって致命傷足り得ないのだ。
「コォォォォ・・・」
大剣が突き刺さっているにも関わらず、魔物は口を大きく開けて、冷気を出していた。
冷気がかかったダゴラスさんの防寒具の端が、あっという間に凍りつく。
・・・あの冷気はやばい。
「むっ!」
ダゴラスさんも危険に気付く。
魔剣を引き抜こうとするが、それは叶わなかった。
身体から生えた無数の氷の手が、燃えている魔剣の刀身を掴んで放さないのだ。
氷の手は勢いよく溶かされているが、それでもダゴラスさんの防寒具が凍りつく時間の方が速い。
これは・・・助けた方がいいか?
俺が行って何が出来る訳でもないが・・・
「ダゴラスさん!!」
「大丈夫だから、こっちには来るなよ!」
そうは言うが、本当に大丈夫か?
一見ダゴラスさんの方が不利に見えるが・・・
「ふん!」
ダゴラスさんが気合を入れる。
それが伝わったのか、突き刺さった魔剣の炎がさらに激しく燃えた。
業火だ。
普通の火力ではない。
「キリリリイアアアアアア!!」
アイスイーターがそれに呼応するかのように叫ぶ。
鳥のような声を、拡声器で大きくしたような音。
自然界の中では、全く自然的ではない音だった。
みるみる内にダゴラスさんに纏わり付いていた氷が解ける。
魔物を構成している氷も同様だ。
ますますその温度は上がっていき・・・
「ハァ!!」
コンマ数秒、猛烈に光り輝いて、その直後大爆発を引き起こした。
「うおわ!!」
これもまた、ヴァネールと同じくらいの規模の爆発。
アイスイーターは粉々に砕け散ってしまう。
その瞬間は見れなかった。
衝撃が凄まじいせいで、まともに顔を向けられないからだ。
・・・生物が砕け散る。
なんともグロテスクな話だ。
だが、細々に散った身体の破片すらも、凄まじい爆発は存在を許さない。
文字通り、魔物の身体はもうなくなっていた。
爆発の余波が俺を襲う。
音も振動も何もかもが反響しあう。
ここは洞窟だ。
洞窟という閉鎖された空間。
そんな中で爆発が起こったら、どうなるか?
・・・崩落する。
俺の予想通り、周りの氷がピキピキと音をたててひび割れる。
これは・・・
「うお!」
「ちょっ!!ダゴラスさん!」
何でこんな場所でそんな能力を使った?
洞窟の中で爆発を起こせば、こんなことになることを考えてなかったのか?
・・・考えてなかったんだろうな。
だって、ダゴラスさんだもん。
「ど、どうするんですか!」
「うおお・・・考えてなかった・・・」
やっぱりか!
だが、それすらも今はどうでもいい。
今、俺はどうしたらいい?
「・・・逃げましょう!」
逃げないと、崩落に巻き込まれるかもしれない。
いくらダゴラスさんでも、これは何とかならないと思う。
やはり逃げるしかない。
「おう!逃げるぞ!」
自分が主犯格の癖に、高らかに声を上げるダゴラスさん。
別にいいんだけども・・・
「乗れ!」
そう言ってその場にしゃがみこむ。
これは見たことあるぞ。
名無しの森での時だ。
つまり・・・
「またですか!」
「まただ!いいから乗れ!」
そうこうしている内に、天井から顔ほどの大きさの氷が落ちてきた。
もう崩れるか。
これ、下手したら生き埋めだな・・・
氷の下敷きになるなんて、俺は嫌だぞ。
「は、早く!」
「いくぞ!」
素早く立ち上がって、助走もつけずに走る。
助走をつけなくても、初めからトップスピードに到達する。
人外の脚力が成せる技。
そこからさらに・・・
「簡捷なる俊足を!!」
ルーンを唱えた途端、ガクンと俺の身体が後ろへ流される。
空気抵抗が強くて、俺の身体が反ってしまうのだ。
速い速い速い!!
車で走っているかのようだ。
空気が当たりすぎて、息を吸うのも難しい。
でも、爽快で気持ち良いとも思う。
だって、ララよりも速いのだから。
「火よ!」
前方に火の玉を発射する。
火の明かりで、暗がりの奥の方までよく見透せた。
ガラガラと氷が砕けて落ちる。
多分、出来るだけ速く走っているんだろうが、一向に出口が見えない。
・・・この洞窟を作ったのはダゴラスさんだったな。
「後、どのくらいで出口ですか!!」
風の音に負けないくらい、大きな声で聞く。
「忘れた!!」
ええ!?
嘘でしょ!?
「人間は完璧じゃない!悪魔もだ!物忘れくらいはするだろ!」
言い訳に聞こえた。
実際には口にしないが。
そもそも、助けられてる身でそんなことを言ってはいけない。
本格的に洞窟が崩れ始めてきた。
後、どのくらいで出口かも分からない。
光も何も射してこない。
落ちてくる氷の量が増えて、躱しきれなくなっていく。
俺をおぶさってても、大して機動力は落ちないだろうが、あんまり本気を出されるとこっちがその衝撃に耐えられないかもしれない。
バキバキバキと、嫌な音がする。
側面の氷と地面がひび割れていた。
でっかいひび割れで、それは今も急激に広がっている。
目の前の地面には底も見えない程の割れ目・・・クレバスが出来ていた。
「やばいですって!!」
「飛ぶぞ!」
言い終わる前にダゴラスさんは飛んだ。
急に上方向へジャンプするものだから、舌を噛みそうになる。
・・・もう喋るのは止めよう。
口は固く閉じているべきだ。
足場は限定され、頭上からは落ちてきた氷が迫る。
俺を両手で持っているから、魔剣は使えない。
「手、離しても大丈夫か!!」
無理無理無理!!
無理ですって!
片手でも離したら俺、どっかにすっ飛んじゃいますって!
口を開く訳にもいかないから、俺は大振りで頭を横に振る。
それはもう大袈裟に。
それを見て、ダゴラスさんはむず痒そうな顔をする。
本当なら、氷はかわす必要がない。
剣で斬ればいいのだ。
人の体くらいの氷が落ちてきているが、それでも余裕で斬れるだろう。
・・・俺がいなければ。
はっきり言って、俺は重荷以外の何者でもない。
両手を塞がれるなんて、飛車角落ちもいいとこだ。
金銀まで落ちてるんじゃないだろうか?
ダゴラスさんは実力の半分も出せないだろう。
役に立つ要素が1つでもあればいいが、それだって何もない。
本気で今の俺、情けない。
と、思ったその時。
「クルルリリシィアア!!」
鳥が奇声を上げたらこうなるであろう声。
アイスイーターが目の前にもう1頭待ち構えていた。
まだいたのか。
しかも、敵意むき出しだ。
この洞窟の現状を見ても、全く逃げる気配がない。
・・・俺がいる今の状況では戦えない。
でも、このまま素直に通してくれるとも思わない。
いずれにせよ、戦うか逃げるかの判断はダゴラスさんに任されていた。
「このまま掻い潜るぞ!」
・・・らしい。
どっちにしろ、俺は必死にダゴラスさんの背にしがみついていればいい。
それしか出来ることはない。
なら、全力で掴まっててやる。
アイスイーターは周りの氷・・・ひび割れている氷すらも変容させて、氷の棘を作っていく。
また並外れたスピードの攻撃の予感。
グングン相手との距離が近付いていき、攻撃を仕掛けるタイミングとかわすタイミングがシビアになっていく。
魔物はどうせ、崩れていく洞窟で生き埋めになる可能性なんて考えていないだろう。
恐怖心がないのだ。
それはつまり、相手は最大限攻撃に集中しているということでもあった。
ジャキンと一斉に棘が伸びる。
根元が地面と繋がっているので、伸びるスピードはいっそう速くなる。
こっちも相手に向かって走っているようなものなので、体感的には棘のスピードはもっと速い。
鋭く冷たい先端が、ギリギリまで俺らに迫る。
「全力で掴まれ!!」
頭で理解するより、体が先に反応する。
指示に従って、腕をより深く首に回し、全力でダゴラスさんの首を絞める。
気使う必要はない。
遠慮は俺を殺す。
だから逆に殺す気で力を込めた。
それが瞬き1回分のやり取り。
そして・・・
シィインと鋭い音が、耳のそばで聞こえる。
横に何かが掠れる音。
氷の棘だった。
頰に掠れるかどうかの距離。
そこまで攻撃に接近したと俺が認識した直後、氷の棘が枝分かれした。
木の枝のように。
枝は全方向に伸びて、無差別に全てを襲う。
枝分かれした分、強度が落ちたのか落下している氷にぶつかると、枝の方が粉々に砕けた。
それでも氷の枝は脅威だ。
硬いものは貫けなくていい。
俺らさえ貫ければ・・・
これ、避けられるタイミングか?
そう思う程、厳しい状況と姿勢。
だが、構わず棘の攻撃に突進していく。
横方向に抜け道はなかった。
平面でかわすことを考えた場合、攻撃が当たらないことはもはや望めない。
それをダゴラスさんは、俺が考え付くよりもだいぶ早く解答を出して、行動に移した。
「うっ」
ダゴラスさんはジャンプした。
走るスピードを緩めないで。
速度を維持したまま、直角に近い鋭利な角度で飛んだ。
思わず呻いてしまう。
方向転換が急すぎて、骨に負担がかかる。
ピキリと音が鳴り、筋肉にGが伝わる。
しがみついているだけでこれだ。
飛んだ本人の体に、どれほどの運動力が働いているのか、想像も付かない。
横方向に伸びる氷の棘を掻い潜って飛ぶ。
言葉にすると簡単だが、普通なら体をおかしくしているはずだ。
例えば、現世にあるジェットコースターは、落下の際通路に丸みをつけて力の吸収を行う。
今のは直角にジェットコースターが落下したようなものだ。
普通なら死者が出てもおかしくない。
だからという訳でもないが、首に押さえつけた生えたての左腕の感覚はもうないに等しかった。
飛んだことによる速度の低下は一切ない。
そして、洞窟の天井はそんなに高くない。
攻撃をかわしたと思ったら、その次には天井が俺らに迫っていた。
・・・叩きつけられる!
ダゴラスさんが天井に接触する前に、体を素早く捻る。
体をひと回転させて、足を天井に向ける。
視界が滅茶苦茶動くせいで、周りの視界が無数の線にしか見えない。
途端に気分が気持ち悪くなる。
スピードを殺さないで、天井に叩きつけられるように着地?して、そこからもう1回地面に向かって足を蹴った。
重力なんか関係ない。
力で法則を無視する。
それが能力の法則だ。
蹴った天井が砕けて、ひび割れがさらに酷くなる。
その強力な脚力を持って、これまた地面に叩きつけられるように着地した。
コンマ数秒遅れて、バリンと氷が砕ける音がする。
見事に、アイスイーターの攻撃を掻い潜ぐり抜けた。
・・・足だけで何とかしてしまった。
枝分かれしたあの氷の攻撃に、通り抜けられる程の隙間はほとんどなかった。
経験とセンスによる達人の極地。
ダゴラスさんに見きれないものなんて殆どないと思ってしまうほど見事だった。
余韻に浸ることもなく、素早くダゴラスさんは駆け出す。
立ち止まる暇はない。
一刻も早く洞窟から出なければいけない。
そう。
俺は焦ってた。
俺が焦ろうが焦らまいが、結果は変わらない。
俺は背負われてる身なのだから。
けど、この不安は決してそんな理由では消えはしない。
だから俺は少し身を乗り出してしまった。
出口があるかを見たかったのだ。
・・・それがいけなかった。
「がっ!」
身を乗り出した途端、俺の頭に激痛が走った。
その痛みと共に、クラクラと景色が揺れ出す。
視界の端に、赤く染まった拳大の大きな氷の塊が見えた。
・・・うっわ。
景色が回って見える・・・
上下左右が分からない。
さっきのダゴラスさんの重力の法則を無視した動きの時とは違う。
あれは体ごとグルグルと感覚が振り回された感じがしたが、こっちは頭の中だけグルグルと回っている。
体に力が入らない。
ダゴラスさんの大きな体にしがみつけなくなる。
周りの音が聞こえない。
唯一聞こえるのは、キーンという頭の中で響く奇妙な音だけだ。
ズルリと密着していた両者の体が離れていく。
はっきりと意識が戻ったのは、空中に俺の体が投げ出されてしまった時だった。
丁度出来立てのクレバスを飛び越えようと、大きなジャンプをしていたところだった。
最悪のタイミングではない。
でも、明らかに良くはなかった。
俺の体が離れた瞬間、ダゴラスさんがそれに気が付いて、すぐに後ろを見る。
「バッカやろう!!」
言いながら手を伸ばす。
空中では方向転換は効かない。
でも、能力はそれを覆す。
これと似たような状況が前にあった。
空中では方向転換をしたい時、悪魔はどうしてた?
・・・風の能力を使ってたはずだ。
後ろに手を向けて、何かを唱えようとする。
でも、それは実現しなかった。
「危ない!!」
俺の痛みで霞んだ視界。
それで捉えた存在を見て、叫ぶ。
ダゴラスさんのすぐ後ろに、新たに現れた魔物・・・アイスイーターが体を変形させながら攻撃を仕掛けていた。
流石は狩人と言ったところで、声と同時に魔剣でその攻撃を防ぐ。
アイスイーターはとにかく手数が多い。
至近距離からあらかじめ展開された無数の氷の攻撃を、鬼の形相でさばいていく。
それだけで余裕がないことは見て取れた。
必然、俺に構っている余裕はない。
どんどんダゴラスさんの戦っている姿が遠くなっていく。
空中で回避が出来ないから、考えられないくらい素早く正確に攻撃を打ち落としている。
痛みの走る頭で理解出来たのはそこまで・・・
俺は深い深いクレバスの中へ、吸い込まれるように落ちていった。




