82話 氷の洞窟
進化とは、ある一定の方向から見た長所の増大だと思う。
暑さに適応した、寒さに適応した、高山地帯に適応した・・・
進化と言っても、様々な方向性がある。
少ない食料でも生きていけるように、体を小型化させたり、逆に天敵を作らないように体を大型化することもあるだろう。
長所を引き延ばす。
生きる為の変化だ。
だが、それは同時に短所も強化してしまっていることにも繋がっている。
寒さに適応すれば、暑さに弱くなるだろう。
暑さに適応すれば、寒さに弱くなるだろう。
単純な話だ。
だから生物は、根本的に完璧になることが出来ない。
人間だってそうだ。
悪魔だってきっと同じだ。
悪魔の使う能力は、個人個人で偏りがあると聞いた。
熟練すればする程、そのブレ幅は大きくなるのだ。
完璧なんてありえない。
生物とはそういうもの。
それら、全ての生物には元々1つの原型があった。
・・・オリジナルだ。
そこから枝分かれするかのように、分岐していった。
その様子は、1本の木に例えることが出来る。
誰かに仕組まれて出来たのではないのかと思うくらい、綺麗な図だ。
どの生物にも長所と短所があり、それがうまく噛み合って、バランスをとっていく。
・・・邪魔者がいなければの話だが。
俺は人間だ。
邪魔者なのだ。
そしてこの世界には1人しか人間はいない。
故に目立つ。
洞窟から外に出て、歩くこと1時間。
さっそく俺は敵意に晒された。
・・・魔物だ。
目の前に、真っ白いもっさりとした体毛に包まれた、ゴリラのような生き物がいた。
雪景色にその体毛がうまくカモフラージュされて、気が付かなかった。
ダゴラスさんが歩くのを止めなかったら、接触していたかもしれない。
・・・流石狩人だ。
「ダゴラスさん・・・」
「安心しろ、大丈夫だ」
俺と魔物を挟んだ場所に立っていたダゴラスさんは、腰に付けた短剣をベルトから引き抜く。
背中には、例の鉄塊みたいな魔剣が背負われていたが、それは使わないらしい。
「火よ」
唱えると、短剣の刀身が紅蓮の火に包まれていく。
白い景色の中で燃える火は、一種の美しさを感じさせる。
その短剣も魔剣だったのか。
「ヴモオォォォォ!!!!」
「ぐっ・・・」
火を見て、白いゴリラは叫ぶ。
雪を乗せた風の音が聞こえる中で、魔物の声が異様に響く。
うるさいし、とにかく耳が痛い。
ありえないくらい頭の中がツンとやられる。
声で頭が痛くなるなんて初めてだ。
これも能力?
・・・ダメだ、動けない。
その場に俺は膝を付く。
痛みが体を鈍らせる。
そのくらい頭が痛かった。
鼓膜が破れてもおかしくないくらいに。
「フッ!」
それでもダゴラスさんは、平気そうな顔でゴリラの元へ駆ける。
それは一瞬で終わった。
胸にナイフを突き刺したのだ。
胸の辺りから火が引火する。
速い・・・
名無しの森で見たスピードとは段違い・・・
足を強化したララと同等だ。
エネルギーを消耗する前と、後ではこんなに違うものなのか。
「ヴモォォォ!!!!」
胸がナイフに刺さって、燃えてもなお叫び続ける白いゴリラ。
コイツ・・・ちょっとおかしい。
この声、もしかして。
ダゴラスさんは間髪入れず、2撃目を与える。
今度は喉だ。
喉を横にスッパリと斬りつける。
結果、声は出なくなりかすれ声がかすかに耳に届く。
喉を斬っても叫ぶなんて・・・
しかし、それも徐々に血が抜けていくと共になくなり、やがてはパタリと倒れてしまった。
すぐに終わってしまった。
簡単に。
魔物は強い。
それは十分に分かってるつもりだ。
油断したらすぐに殺される。
そんな相手が雑魚だと錯覚させられるような戦いを見せるということは、やっぱりダゴラスさんは桁違いに強いということの証でもあった。
「共鳴する響凍者だ。仲間を呼ばれた」
「やっぱり・・・」
あの叫び声はどちらかと言うと、威嚇ではなく何かに呼びかけるような種類のものだった。
頭の痛みから、何かの攻撃かと思いもしたが・・・
「共鳴する響凍者なんて山奥にしかいないのに・・・やっぱりお前さん、すごいな」
「そんなことで褒められても、嬉しくないです」
「ああ、すまんすまん」
謝られても困るんですけど・・・
俺が魔物を呼んだようなものだし。
でも、気になるのは・・・
「魔物って単独で行動してるんですよね」
「だな。それが?」
「呼ぶ仲間なんているのかと思って」
単独で動いているなら、仲間なんていないはずだ。
なら何故叫んだ?
「魔物に仲間はいないがな、ただ周りの魔物を呼び寄せて得られるメリットはあるぞ」
「それって?」
「他の魔物に襲わせて、それを横から掠め取るんだよ」
せこいな。
横取りかよ。
死体漁りの方がまだ良いかもしれない。
ゴリラが死体漁りしている姿は想像しにくいけど。
「横から掠め取れるように、雪景色と同化出来る白色の体毛を生やしてる。さっきやった叫び声で捕食者の動きを鈍らせて、獲物をぶん取る訳」
「叫ぶのにもちゃんと理由があるんですね」
「この雪山の生物は基本的に強い。戦ってスタミナを消費するよか、他の生物に戦わせた方が良いこともある」
「確かに・・・」
ケースバイケースな話でもある。
逆に言えば、自分で獲物を殺した方が早いこともある。
だから、叫ぶのは襲う対象が強かった場合だ。
今回はダゴラスさんがついてる。
叫ぶのは当然の反応だった、て訳だ。
「じゃ、逃げるぞ」
「ですね」
魔物は放っておいても、勝手にやってくる。
さらに呼ばれたら非常に面倒くさい。
逃げるが勝ちだ。
「老練なる火よ」
ダゴラスさんは、手の平に火を作り出す。
さっきよりも火力が強い。
「ペース上げるぞ」
「・・・はい」
心なしか、周りの温度が上がった気がする。
火の熱気が周りに拡散しているような・・・
強い吹雪にも負けず、火はメラメラと燃えていた。
「雪を崩す場所は慎重に選ばないとな」
ダゴラスさんはそう言って、目の前の腰程もある雪を勢いよく溶かしていく。
全然慎重な速さじゃないように感じる。
雪を溶かす際は、考えて道を作らないと雪崩を引き起こす可能性があるらしい。
さらに雪に隠れたクレバスなんかにも注意しなければならない。
なので、前方を歩く奴は神経をかなり使う・・・はずなのに、ダゴラスさんは一向に疲れる様子がない。
・・・超人かよ。
そうして歩くことさらに2時間。
吹雪の中を2時間も歩くのは辛い。
と言うか、吹雪の中を歩くのは本来なら自殺行為だ。
現世なら、天候が安定してから行くのが定石。
が、ここは何時でも吹雪が止まない異常な山脈だ。
いくら待っても雪は降り止んでくれない。
行くしかないのだ。
休憩もなかった。
止まったら、それこそ体温が低くなってしまう。
体は動かし続けなければいけない。
普通はそれでいいのだが、今回は魔物の出現にも注意しなければいけない。
まあ、ダゴラスさんがいれば大丈夫だろうが・・・
それを続けた結果はあった。
目の前には洞窟があった。
氷で出来た、とてつもなく高い断崖。
それを無理矢理くり抜いたような大きな穴。
「氷の洞窟だ。ここがウルファンスのいる居城へのショートカットになってる。この雪にもいい加減飽き飽きだろ?」
「とりあえず・・・寒いです」
「中に入れば少しはマシな筈だ」
「ですね」
気温自体は変わらないだろう。
それでも、この強風がなくなるのはありがたい。
俺達は洞窟の中へと足を進める。
中に入ると、空気がヒンヤリしているのが分かった。
外も寒かったが、あれは寒かったのであって、ヒンヤリとはしていない。
何とも微妙な感覚だが、肌で感じる空気感は歴然とした違いがあった。
岩なのかと思いきや、そこは全面氷でできていた。
氷の中に包まれているその内観は元々のイメージどおり綺麗だ。
外から入ってくる光を微妙に反射しながら、俺達を中へ誘うかのように、コォーと音が反響していた。
奥は暗い。
光は射していないようだ。
・・・明かりが必要だ。
しかし、その心配はいらない。
ダゴラスさんのその手には、未だに火が灯っていた。
周りを広範囲照らす程、その火の明かりは強い。
十分に洞窟を通過出来るだろう。
「じゃ、行くぞ」
外と変わらぬペースで進む。
雪が積もっていようが、何もなかろうが移動速度は変わらない。
それが狩人の歩きだった。
洞窟内は歩き進める度にキラキラと微妙に光る。
火のせいだ。
ダゴラスさんの灯す火しか光源がないものだから、神秘的な雰囲気だ。
「ここにも魔物はいるんですかね」
自分の声が反響する。
小さな声でもよく聞こえそうだ。
・・・もし、ここに魔物がいるのであれば、ソイツらにも聞こえてそうだ。
「いるだろうな。外よりも過ごしやすいだろうし」
「・・・大丈夫ですよね」
「ああ、大丈夫さ。俺のそばを離れない限りな」
離れたらやばいのか。
ますます見失わないようにしなければいけないじゃないか。
「でも、こんなところに洞窟があったんですね」
大きな断崖に、こんな洞窟があるのは不自然だ。
自然的に作り出されたような感じがしない。
「この洞窟は作ったからな、俺が」
「ダゴラスさんが?」
「そうさ、狩場にこういう場所を作っておけば、後々便利だろ?」
「でも、魔物はいるんですね・・・」
「仕方ないだろ。長年放置してるんだから」
長年ってどのくらいだ?
悪魔は多分長寿だ。
そしたら、時間の感じ方も違うと思う。
だからダゴラスさんの言う、長年がどのくらいのスケールなのかよく分からなかった。
「魔物はどこにでもいる。数はそんなにいないが、普通の生き物よりも適応性が遥かに高い。ともなれば、長時間長距離雪の中をウロウロしても、支障はないわけだ」
「その過程でこういうところを根城にするってことですか」
「そういうこと。まあ、俺より強い魔物はいないだろうから、怖がるなよ?」
「・・・別に怖がってませんよ」
「そうか。なら、いいんだがな」
ダゴラスさんが一緒にいることで、安心は覚えている。
それでも油断はしない。
最終的に、自分の身を守るのは自分なのだから。
まあ、それはいい。
それはいいんだが、それとは別に不安なことが1つある。
「火、出し続けてて大丈夫ですか?」
エネルギー切れ。
俺が不安なのはそこだ。
ダゴラスさんに倒れられたら、もうどうしようもない。
今、俺は普通の人間だ。
特別強い訳じゃない。
ダゴラスさんの体重は半端じゃないだろう。
確実に成人男性以上の重さはある。
倒れられたら、まず俺じゃあ運ぶのは無理だ。
重いし大きい。
しかも、吹雪の中で運ぶ。
・・・無理に決まってる。
ダゴラスさんを見捨てるしかなくなる。
むしろ、俺1人でも無事に帰れる気がしない。
魔物に襲われたら即効でゲームオーバーだ。
つまり、ダゴラスさんに倒れられるだけでも俺の死に直結する。
何てか弱いんだ・・・俺は。
だから余計に心配なのだ。
今もダゴラスさんは火を出し続けているが、エネルギーは大丈夫なのか?
・・・ララみたいには運べないですよ?ダゴラスさん。
「全然余裕だよ。こんなんでエネルギー切れを起こすほどヤワじゃないぞ」
「森の狩りの時はエネルギー切れ寸前だったのに?」
倒れる寸前までいってたじゃないか。
「あれは転移を無理して使ったからさ。2人の狩りが久しぶりだったから、少しはしゃいだだけさ」
「はしゃいでたんですか・・・」
「それに、あの時は魔物がいるとは思わなかったしな」
「闇の器の捕食者・・・」
「そう。今考えれば、あれも結果的にはお前さんが呼び寄せたことになるな」
俺もそう思う。
予想外のイレギュラー。
ダゴラスさんでも予想し得なかったトラブル。
それは俺が原因だったのだ。
あの時から俺は、魔物を呼び寄せていたことになる。
「俺も極度に消耗してなければ、すぐに倒せたさ」
「そんなに転移にエネルギーって消費するものなんですか?」
「転移は基本的に大きな固定型の陣を使って、複数人で使用するのが一般的だからな。俺みたいにちっさな紙に血で書いた雑で即席の陣を使うなんてまずしない。そんなことしたら、エネルギー切れで気絶どころか、1秒後にはミイラになってる」
ダゴラスさんの保有しているエネルギー量が、尋常じゃないことが分かる発言。
「もし、1人で転移を使うような場面がでても、魔石で対処するのが普通だな」
「確か魔石は貴重って言ってましたよね」
「貴重さ。だから持ってるのは、騎士団の中級騎士クラス・・・少しはまともに戦えるレベルの奴ぐらいか。たまに一般の悪魔も持ってるっちゃ持ってるが・・・」
騎士悪魔。
俺も戦ったな。
魔剣持を持ってても、十分強いと感じたあの悪魔。
今はどうしてるだろうか。
「ダゴラスさんは魔石は?」
「持ってないよ」
「持ってなくても大丈夫・・・ですか?」
「言ったろ、大丈夫だ。心配するな」
やれやれといった顔で俺を見るダゴラスさん。
心配なんだよ。
1回ララがエネルギー切れで倒れたのだから。
ダゴラスさんも、そうならないかと思うとな・・・
幾ら尋常じゃないエネルギーを持っていたとしても、切れないわけじゃない。
・・・絶対に底はある。
「・・・信じますよ?」
「信じとけ信じとけ。どうせ、俺が倒れたらお前さんもお終いだとか思ってるんだろ?」
「まあ・・・」
「倒れないよ。前みたいに馬鹿なことはしない。何せ、今は非常時なんだからな」
・・・油断はしてないみたいだった。
ならいいんだけど・・・
「そうこう言ってる内に、お客さんが来たみたいだぞ」
お客さん・・・魔物のことか。
それにしても、洞窟内に入ったのは俺らなのだから、お客さんなのは俺らの方じゃないのか?
そんなくだらないことを考えて、精神を落ち着かせる。
大丈夫大丈夫。
ダゴラスさんがいる。
あの白いゴリラみたいな魔物だって、あっという間に倒したじゃないか。
「クルルル・・・」
鳥みたいな鳴き声が聞こえる。
洞窟内を音が反響しているから、正確な位置までは判別出来ない。
でも、すぐ近くにいることは分かった。
「お前さんは後ろにいろよ」
ダゴラスさんの指示に従って、数歩後ろに下がっておく。
さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・
鳥のような鳴き声と共に、ソイツは暗がりから姿を現した。




