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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第2章 地獄篇 ラース領辺境
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8話 悪魔の食卓で

 

 言葉での表現が難しい顔で、みんな椅子に座っていた。

 笑顔は崩さないが神妙な面持ち、と言ったところだろうか。

 最年少のスー君ですらがそうだ。

 食べ物を口に運ぶのを止めて、子供らしくない顔をしている。


 さっきまでとは大違い。

 そこまで重いとは言わないが、それなりの重量感を持った空気の中で、ダゴラスさんは口を開く。


 「まず、誤解がないように言っておくことがあるんだがな」


 とダゴラスさんは前置きして。


 「悪魔はみんな、心が読めるんだよ」


 と言った。

 ・・・?

 ちょっとまてよ。

 最初から疑問全開なんだが・・・

 心が読めるって・・・

 俺の心も?


 俺の顔が強ばる。

 今までの会話だってそうだし、これからもそうだ。

 心を読んで会話していたのか?

 普通にまずくないか、色々と。

 

 「心を読んでいるんですか・・・今も?」

 「いや、普段はその力を悪魔は使ったりしないよ。だから安心しろよ」


 おお・・・出し入れ自由な力なのか。

 ホッとする。


 ダゴラスさんが嘘をついている可能性を一瞬考えはしたが、そう考えること自体が無意味だと思ってやめた。

 俺はダゴラスさん達を信じるって決めたし、それに何より会話の主導権は本来ならあっちが握っているのだ。


 心が読めるってことはそういうことだ。

 俺が何をしても無駄。


 抵抗しようとしても無駄。

 逃げようとしても無駄。

 下手に出て交渉も無駄。

 嘘をついても無駄。

 全てが無駄だということだろう。


 相手が何をするのか先に分かってしまうのに、この状況で俺は何が出来るのか。

 何も無いのだ。

 だからこそ、今のダゴラスさん達の態度には、自分達を信頼して欲しい、という優しい気持ちが溢れていた。

 

 もし、ダゴラスさん達に何らかの悪意があったとして、心が読めることを俺に話すメリットがあるだろうか?

 俺に手の内を見せてまでしたいこと。

 ・・・無いだろう。


 俺をどうにかしたいなら、気を失っている間にも出来ただろうし、騙したいなら心が読めることをわざわざ言う必要はない。

 そのまま騙してしまえばいいのだ。

 だからダゴラスさんは、そういうことを俺に言っているんだな、と俺は思った。

 

 あくまで推測だから、もしかしたら間違っているかもしれないけどな。

 まあ、ダゴラスさん達を信じるという点では何も変わりはしないので、どっちだっていいかもしれない。

 騙されてもいいんだよ。


 一回信じたら、もう後悔はしないつもりでいかないとな。

 そう割り切らないとって、さっき決めたばっかりじゃないか。

 俺の納得したような顔を見て、口元をニヤリとさせたダゴラスさんは話を続ける。

 

 「俺ら悪魔はな、みんなこの能力を持って生活してるんだよ。人間みたいにな。でも、みんな能力を持ってるってことはな、プライバシーも何もあったもんじゃないんだよ。家族以外の悪魔連中に能力を使われたら私生活丸見えだからな」


 考えてみればそうだった。

 人間に使えるなら悪魔に使えるのも十分あり得る。


 話の中で、ダゴラスさんは仕事をしたと言った。

 仕事は社会の中でしか生まれない。

 社会があるってことは、悪魔と悪魔が複数で協力して生きてるってことだ。

 それこそ人間みたいに。

 けど・・・

 けど、そんな能力を持ったまま社会が成り立つものなのか?


 「・・・どうやって生活してるんですか?」

 「そのままさ。みんな、普段は能力を使わないで生活してる」

 「でも、それじゃあ勝手に能力を使う悪魔も出てくるんじゃないんですか?」

 「いや、例外はあるにはあるが・・・滅多に無いな」

 「・・・」


 疑問がまだ晴れない。

 人の世界じゃあ犯罪者はどこにだって必ずいる。

 人間のような社会を作っているなら、悪いことをする悪魔もいるだろう。

 いや、悪魔みたいな特別な生き物だからそういう悪いことをしないってことなのか?

 ・・・分からない。

 

 「疑問だろ。そりゃそうだ。教えてやるよ。悪魔の社会にはルールがあるんだ」

 「・・・現世で言う法律みたいなものですか?」

 「そうだな・・・こっちは悪魔バージョンの法律ってところだ。法律って言っても1つしかないが」

 「たった1つだけ?」

 「そうだ。魔王っていう俺達のリーダーがいるんだけどな、そいつが昔に作ったんだよ」

 

 社会を構成するなら上に立つ者がいるってことは分かる。

 悪魔の上の立場・・・魔王。

 実に分かりやすい。

 でも、ルールが1つだけって少なすぎないか?

 

 「そのルールってのはな、必要も無いのに他の悪魔に対して能力を使ったら、魔王や直属の部下がその悪魔を殺す、それだけのルールだ」


 ・・・随分過激なルールだ。

 殺すって、直接的すぎて現世じゃあ批判されそうなルールだな。

 でも、抜け穴満載なルールっぽいな。

 

 「思ってることは分かるよ。それでもまだ隠れて違反する奴はいるだろって言いたいんだろ」

 

 その通りだった。

 能力を使ってないって言ってるくせに、人の心境を読むのうまいな、ダゴラスさん・・・

 

 「これが違反できないんだよ。信じられないだろうけど」

 「・・・どうやってるんですか?」

 

 と言うとダゴラスさんが、苦いドリアンを食べたみたいな渋い顔をした。

 なんだろうか?


 「んー・・・なんて言うかな・・・説明しにくいな。おい、マリア」

 「何?あなた」

 「お前の方が説明上手いだろ?そういうのに関わってた仕事だったし。教えてやってくれよ」

 

 説明しにくいからと、マリアさんにバトンタッチするらしい。

 

 「しょうがないわねえ」

 

 と言うと、マリアさんが俺に目を合わせる。

 承諾したみたいだった。


 フウ・・・とひと呼吸置いてから、マリアさんは話し始める。

 なんか申し訳ないな。


 「んー、何て言ったらいいかな・・・悪魔ってね、みんな人間と同じように社会の立場っていうのがあるんだけど、まあ・・・現世に比べたら社会って言えるようなものではない素朴なものだけれども。その社会の中で、同じサイクルを繰り返しながらみんな生活してるわ」

 

 そこはダゴラスさんとの対話で何となく分かっている。

 問題はその次だ。


 「ある悪魔が、その生活の中で能力を使ったとするでしょ?」

 「はい」

 「同じサイクルで生活していたら、その悪魔が仕事や普段の用事以外の時に能力を使った時点で、自分のサイクルに綻びが出来るものなのよ」

 「・・・生活に乱れが出来るっていうことですか?」

 「まあそんな感じね。で、その悪魔は能力を使う以上、綻びが出るのは絶対に避けられないわ」

 「でも綻びが出たとして、他の悪魔はその変化に気が付けるものなんですか?」

 

 それこそ生活が乱れるきっかけなんて、普段の生活の中で普通にゴロゴロ転がってると思うが・・・

 例えば、体調不良とかで生活に変化が起きた場合、それとうまく見分けられるのか?

 その他にも、何かのトラブルで誤って能力を使ってしまったりとか。


 「気付けるのよ。悪魔は、自身や他の生き物が起こす感情の変化にものすごい敏感なの。意識しなくても、簡易的に自然に察知してしまうの。悪魔に元々備わってる精密探知機みたいに思っておけばいいわ」

 「悪魔の精密探知機・・・」

 

 悪魔と名前が付くだけで超高性能そうなイメージになってしまう。

 勝手な俺のイメージだが。


 「でね、考えてみて。周りにいる悪魔全員がその精密探知機を持っているのよ?ごまかしようがないと思わない?どんなに自分のしたことを隠してもいずれは必ずバレてしまうのよ。・・・つまり悪魔っていうのはね、社会で生きる限り嘘をつくことの出来ない生き物なのよ」


 分かったような・・・分からないような。

 俺自身がその精密探知機らしき何かを持っているわけじゃないから分からないけど、必ずなんて言葉を使うあたり、そういう感覚には悪魔はとてつもない自信があるんだろう。

 どういう仕組みかは分からないけども。

 でも・・・まだ疑問はある。


 「じゃあ悪魔は不満だらけじゃないですか。嘘が付けない世の中なら、ストレスを感じるんじゃないですか?」

 

 問いに対して、マリアさんは即答する。

 

 「そこが私達悪魔と人間の違いの1つね。嘘を付けない厳しい世界だと見るか、嘘を付く必要のない開放された世界だと思うか、それは価値観の違いよ」

 「価値観の違い・・・」

 「そうよ。私達の世界の常識と、あなたの世界の常識。育つ環境が違えば当然価値観も違ってくるわ」


 ・・・似たようなことを、スティーラにも言われた気がする。

 この世界に入る前。

 自分の心を移した場所。

 ドアを創造した時。

 そこで言われた言葉。

 頭が悪いくせに頭が固い。


 ・・・その通りだよ、本当に。


 今思えば、こういう時のための予習だったのかもな。

 自分の常識で考えるなって・・・


 そして思う。

 ダゴラスさんの言葉。

 平和という言葉がこの世界に必要かどうかも怪しい、という言葉をどう言う意味で言ったのかを。

 

 つまりこの世界は、嘘を付けないとかそういうことではなく、嘘を付く必要が無い常識の方が強い世界なのだ。

 争いの元は殆どが嘘や欺瞞から始まる。

 この世界には、その元がないから争いようがない。

 逆に争ってどうするんだ?下手に違反すれば殺されるだけなのに、とかそういう感じなんだろう。


 平和という言葉は言ってしまってはなんだが、戦争や闘争があるから存在している言葉だ。

 逆に戦争や闘争という言葉が無いのであれば、平和という言葉も必要が無い。

 平和がずっと続くといいね、なんて言葉は過去に戦争かなんかあったから吐く言葉だ。

 対して平和だけが存在する世界があったのなら、それはまた別の言葉でその世界の状態を表現されるんだろう。


 それを実現してしまった世界。

 それがここ。

 そういう常識なんだ。

 この世界は。


 いまだに信じられないと、俺の一部がつぶやいている。

 でも納得するしかない。

 常識なのだから。

 納得しよう。

 

 「まあ結局のところ、違反する悪魔は極稀に出てるんだけどね」

 「ん?あれ?」


 違った。

 それでも違反する奴はいるらしい。

 丸く結論づけられたと思ったらこれだ。


 「でも、その悪魔達は死ぬんですよね?」

 

 魔王か何かによって裁かれてるんだろ?

 さっきそう聞いた。

 

 「そうね。でもね、とても力の強い悪魔というのはいるものだわ。魔王に逆らえる程の力を持った悪魔や、それだけの力が無くても他の方法を使って自分の欲を満たそうとする強大な悪魔もいるのよ。そっちの世界にも、色々な意味で常識はずれの超人が時々いるでしょう?」

 

 確かにそうだった。

 いるよな、常識はずれの人って。

 いい意味でも、悪い意味でも。

 それは悪魔でもやっぱり同じなのか。


 ・・・常識はずれの悪魔。

 魔王には逆らえない・・・現世。

 ・・・それって、もしかして。


 「その強大な悪魔って、現世で伝説になってる悪魔ですか?」

 「・・・」

 

 ダゴラスさんとマリアさんが驚いたように顔を見合わせる。

 おお、ビンゴだった。

 一回現世の悪魔について考えたからな。

 繋がってピンときたよ。


 「君、冴えてるわね。その通りよ」

 

 褒めてもらえるなんて光栄です。

 素直に喜ぶ俺。


 「一旦人間の世界に悪魔が行くと、隠れる場所が山ほどあるから手がつけられないのよ。最悪だったのは、ベルフェゴールが昔に力ずくで現世に行って病気をまいたことね。あれで何人死んだのか分からないくらい人が死んだのよ」

 

 それ、聞いたことがある気がする。

 金星の悪魔だったっけ?

 でもそれ、すごい昔の話なんだが・・・


 でも、現世の伝説に登場している悪魔のことを考えると、悪魔の能力って心を読むこと以外にも色々ありそうだな。

 伝説では、色々な悪魔が色々な悪事を働いていたみたいだし。


 ・・・というか、記憶喪失の割には結構いろんな知識が頭の中に残ってるな、俺。

 一瞬そんなことを思った。


 「でもまあ安心して頂戴。元々悪魔は殆ど優しくて温厚だし、人間よりも心が綺麗なのがいっぱいいるんだから!それに、強大な悪魔も魔王とは無駄に争いたくないし、戦いなんて断然現世より少ないのよ」

 

 太鼓判を押すようにマリアさんはそう言った。

 ああ・・・それじゃあ俺はまずひと安心していいんだな。

 地獄に着いたはいいものの、いきなり悪魔と出会って内心ビビっていたのだ。

 これは吉報である。

 おみくじなら大吉だな。


 「さてと、これでいい?あなた」

 「ああ、やっぱりマリアは説明が上手だな。ありがとう」


 ダゴラスさんはスッキリな顔をしていた。

 どうやら話の要点は済んだらしい。

 見ると、スー君はいつの間にかぐっすり椅子にもたれかかって寝ていた。

 ごめんな、話が長かっただろ?

 いつの間にかだいぶ時間が経っていたらしい。

 

 「もう夜も遅いな。話はまた、明日でもいいか?」

 

 ダゴラスさんはスー君を見たあと俺にそう提案して来た。

 もちろん断る理由なんかこれっぽっちもない。

 相手方に迷惑や負担はできるだけかけたくないからな。

 というかまた明日ってことは・・・

 

 「泊めてもらえるんですか?」

 「そりゃそうだろ。お前さん、行くあてなんてないだろうし」

 

 その通りでした。

 断ったところで、その後どうしていいか分からない俺がここにいた。

 情けねぇ・・・

 ちょっとうなだれていると、ダゴラスさんは俺に言った。

 

 「まあ、無理やり結論を言うと、俺達がこんな話をしたのはお前さんが他の悪魔に会った時、驚いたりして暴れたりすると厄介だからな。そこらへん分かってもらいたかった訳だよ」

 「・・・本当にありがとうございます」


 本当に感謝だった。

 喜びの気持ちが湧いていた。

 本当にそんな感情心がで満たされた時、人間は幸せに一歩近づけるのかもしれない。

 少なくとも今はそう思う。

 そのぐらい感謝してるってことさ。

 

 そんなこんなで、今夜の説明会はお開きになった。

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