70話 殺戮の夜5~銀騎士の行く先~
・・・あまりに唐突で、頭が真っ白になる。
周りの光景は赤色だ。
シャミールの首から吹き出た、大量の血による光景。
その先に血まみれの銀騎士が立っていた。
銀騎士と俺との距離は、10メートル程離れている。
シャミールは俺とそんなに離れていない位置に立っていたはずだ。
そのぐらい離れていれば、普通剣は届かない。
なのに、シャミールの首無し死体が俺のすぐそばで倒れていた。
遠距離からの攻撃・・・なのか?
能力発動の気配はなかったが・・・
いや、それどころか銀騎士の気配自体が感じられない。
何だ?
実際に俺は肉眼で銀騎士を見ている。
しかし、気配がまるでない・・・
見ているのに感じられない。
まるで空気みたいだ。
そこにあると知っているのに、そこにあると意識出来ない感じ。
・・・俺はそれと似たような感覚を感じたことがある。
「・・・」
銀騎士は黙ったまま、俺を見ている。
正直気味が悪い。
シャミールから解放されたことを喜ぶべきなのか。
それとも、1回は俺を助けてくれたシャミールが殺されたことを悲しむべきなのか。
それは俺には分からない。
分かったことと言えば、それはシャミールはもういないということだ。
悲しくはない。
助けてもらったのに恩も感じない。
会話した機会が、こんな場面だけだからだろうか?
シャミールの死体を見ても、気持ち悪いと思うだけだ。
・・・だんだん感覚がマヒしている気がする。
シャミールだって隊長だ。
殺される覚悟ぐらいは出来ていただろう。
きっと彼も、何者かを殺してきた経験はある筈だから・・・
そして、そんなシャミールが一瞬でやられる程の相手。
不意打ちとはいえ、隊長格を殺したのだ。
そんな相手に俺がかなうはずもない。
「・・・」
鏡のように輝く剣をその手に持って、シャミールを殺した張本人は動かない。
魔剣と思わしきその剣には、血も何も付着していない。
相手が武器を持っていると、やっぱり警戒はしてしまう。
初対面の時は俺を襲わなかった。
今はどうだろう・・・
銀騎士は、シャミールの頭を踏み潰した片足を、ニチャリと音を立てて上げる。
目玉が飛び出ていて、脳みそのようなものが足の裏に張り付いている。
はっきり言ってグロイ。
普通の人間なら吐いているところだ。
歩いてくる。
銀騎士が。
どうする?
逃げるか?
でも、俺を攻撃しなかったってことは・・・
「お前、俺を助けに来てくれたのか?」
試しに質問を投げかける。
「・・・」
だが、その返答は帰ってこなかった。
・・・反応がない。
ワザとか、或いは・・・本当に意思疎通が出来ない何らかの理由があるのか。
・・・俺はその場で突っ立っていることにした。
余計なことは何もしない。
相手に敵意がないことを証明する。
コイツも、俺の心を読めないと仮定しての話だが。
そして予想通り、銀騎士はそのまま剣を持って、俺の横を通り過ぎて行った。
・・・やっぱり襲わない。
敵ではないみたいだ。
緊張状態が少し緩む。
銀騎士の行き先は分からない。
当てもなくウロウロしながら悪魔を殺しているのかもしれないし、目的地があるのかもしれない。
多分、単独で俺が行動を始めたら悲惨な結果で終わるだろう。
そこは確信を持って言える。
ポポロとの合流はもう考えない方がいい。
彼は俺を救ってくれた。
だが、その彼の為にさらに危険を犯すと俺が死ぬ。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
ララをこの背に乗せているというこの状況の時点で、よくやっている方なのだ。
深追いしてはいけない。
俺の中で、そういう確信があった。
今、通路を戻ってポポロとの合流を目指すか。
それとも、銀騎士の後を追って、迫り来る魔物や悪魔達を退けてもらいながら進むか。
・・・もう答えは明白だ。
俺は、銀騎士の後を追うことにした。
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ポポロは魔物を殺すことに積極的だった。
銀騎士は悪魔を殺すことに積極的だった。
2つの違いは、立場の違いによるものに起因する。
至極単純な理由だ。
敵味方がただ逆なだけ。
殺す対象が変わっただけ。
・・・いい加減、本当に吐きたくなってきた。
頭では分かってる。
悪魔達は敵だ。
敵なのだ。
俺に不当なことを強いる奴等だ。
俺は何もしていないのに、封印だと言っているような勝手な奴等だ。
銀騎士の通る場所は、悪魔が潜んでいる場所ばかりだった。
必然、銀騎士は襲い掛かってくる悪魔を殺す。
銀騎士にとっての敵は、俺と同じ魔王側の悪魔だからだ。
そして出来た死体の数々。
その死体の道を黙々と通る俺。
気持ち悪いを通り越して、罪悪感が心の奥から染み出してくる。
簡単に命が奪われていく。
銀騎士の剣の一振りで。
大概の悪魔達は銀騎士の気配に気付けず、出会い頭に瞬殺されていた。
数は関係ない。
全て皆殺しだ。
銀騎士は離れた場所から剣を振る。
ただ、それだけの動作で悪魔の体は斬れてしまう。
悪魔達は反撃も出来ずに死んでいく。
理不尽で、圧倒的な殺しだった。
原理は分からない。
固有能力なのかも分からない。
明らかに戦ってはいけない部類の相手だということぐらいは、見ていて理解出来た。
後ろから見ている限り、銀騎士は本気を出していないように思える。
美しいフォームから、剣を振っているからだ。
動作に余裕がある内は、本気を出していない。
・・・俺が戦ったら、まばたきを完了させない内に首をはねられているだろう。
「・・・」
死への恐怖感から開放される代わりに、死体への嫌悪感に苛まされる。
魔物はまだいい。
意思疎通も出来ないから。
だが、悪魔達は知性がある。
話せるし、仕事もする。
人間と同じだ。
そんな悪魔達の死体を大量に見るのは・・・ツライ。
だって、俺と同じに話せるし、考えもするんだぞ?
それが簡単に殺されていく。
普通にそれを見れている方がどうかしているというものだ。
銀騎士は殺しを平然と行っていく。
ただ、単調な作業を行うかのように。
そのおかげで俺は、先に進める・・・
銀騎士はある地点で足を止める。
大きな扉の前だ。
俺はここに1回来た。
扉に見覚えがある。
・・・魔王のいた部屋だ。
「嘘だろ」
ここに向かってたのか。
敵側の方へノコノコ向かってたのか、俺は。
ここまで来たら、さすがに銀騎士の目的は分かる。
魔王を殺す気だ。
この騒動のどさくさに紛れて。
魔王のいた部屋は、確かに重要そうな部屋ではあったが、俺の目指す場所じゃない。
俺が行きたいのは、ポポロに教えてもらった部屋である、物資補給庫だ。
断じてここじゃない。
・・・銀騎士から離れた方がいい。
俺はそう思った。
絶対に酷い戦闘になる。
俺も巻き込まれかねない。
攻撃に巻き込まれて死ぬのはごめんだ。
俺はそそくさと来た道を戻ろうとする。
だが・・・
「ギリリリシリアィリシ」
闇の器の捕食者が背後にいた。
俺と目線が合った途端、あの嫌な音を発する。
「ハハハ・・・」
・・・またか。
しつこすぎる。
召喚王は一体、どれだけ魔物を召喚してるんだよ。
遭遇率があまりにも高すぎる。
この道は1本道だ。
他に逃げられる道はない。
背後には、扉を切断して先へ入ってく銀騎士が見えた。
クソ。
クソクソクソ!
あの部屋へ行くしかない。
絶対厄介なことが起こると分かってるのに!
ブラックイーターは攻撃の動作に入っていた。
もう俺に選択肢は残されていなかった。
俺は全力で銀騎士の後を追う。
もうダメだ。
運に身を任せるしかない。
自分からボスのいる部屋へ入るなんて・・・
愚の骨頂だ。
そう思いながらも、俺は扉の先へ入る。
扉はないから閉められない。
どうする?
しかし見てみると、ブラックイーターは扉の先から1歩も中に入ってこなかった。
何かを警戒しているかのように、入ってこようとしない。
・・・攻撃はしてこないか?
だが、そこから1歩も動こうとはしない。
結果、俺もこの部屋から出られない。
「どけよ!」
そんなこと言っても、魔物はどかない。
当たり前だが、魔物は言葉を理解しない。
野生動物と同じだ。
召喚されたとは言っても、どこかから転移させただけのただの魔物だ。
俺の言うことなんか聞く筈もない。
そんなことをしていると、ブラックイーターは体を変化させる。
手に大槍を作り出そうとしていた。
名無しの森での戦闘。
そこでの出来ごとを思い出す。
あれは切り離しが出来たはずだ。
「・・・!」
やばい。
槍を投げて殺す気か。
逃げ道はやはり1つしかない。
後ろだ。
俺は走る。
細長い通路を。
全面ガラス張りになっている部屋へ向かって。
後ろから槍が迫るが、俺は攻撃の気配に合わせて槍を掻い潜る。
それ以降、魔物は攻撃を仕掛けてこなかった。
暗い道を進んで行く。
比較的短い距離だから、先の光景はすぐに見えた。
・・・赤かった。
悪魔の死体で赤く染まっている赤の光景よりも、さらに赤い。
炎と炎のせめぎあい。
ガラスの向こうからは、巨大な龍同士が食い合っている様子が全面に渡って映されていた。
ヴァネールと襲撃してきた女悪魔だ。
お互いの力量は互角みたいで、最初に激突した時間からかなり経っているのにも関わらず、激しい戦闘を行っている。
もうガラスの向こうは別世界だ。
常人が生きていける世界ではないだろう。
「怪獣映画かよ・・・」
おおむね正しい表現だ。
お互い龍同士に戦法なんてありはしない。
力と力のぶつかりあいだ。
これを止める術は、どちらかが勝つ意外にはないだろう。
ガラスの向こう側が炎の海となっているのに、この部屋は燃やされていない。
それは何故か?
ルフェシヲラが結界でこの部屋を守っていたからだ。
彼女の結界がいかに強いかがよく分かる。
この灼熱の炎から、部屋を守りきっていた。
ただ、当人は物凄く苦しそうにしている。
よく見ると、結界が燃えている。
少しずつだが、燃やされているのだ。
結界は磨り減ったり、逆に増えたりしている。
結界を補強し直すのを繰り返して、辛うじて耐えているんだろう。
今の結界を作るだけで手一杯なようで、その場から動けないでいるようだ。
そんなルフェシヲラを守るように、立ちはだかっている者が1人いた。
魔王だ。
魔王は銀騎士と真正面から睨みあっていた。
その手には、1つの魔石が握られている。
「人間・・・」
魔王は俺を見つけた途端、目を見開く。
何故ここに?と言いたげな目だ。
分かる。
逃げるにしたって、こんな所に来る必要は皆無だ。
俺だってこんな所に来たくはなかった。
今だって逃げ出したい。
だが、逃げ出したら今度こそ俺はあの醜悪な魔物に串刺しだ。
どっちの方向にも死の香りが漂っている。
魔王は一目俺を見た後、銀騎士に向き直る。
「その鏡のような鎧に剣。気配断ちのその能力。72柱、第23位・・・バルバトスだな?」
「・・・」
魔王は銀騎士に対して問いかける。
が、魔王が相手でも、銀騎士は無言を貫いていた。
「最早、感情も捨て去った殺戮者よ。マリアに操られて、その意思は満足出来るのか?」
「・・・」
「問いかけもやはり無駄か・・・」
そのセリフを聞いて、銀騎士の鏡のような銀の甲冑がガタガタと動き出す。
その直後、甲冑の隙間という隙間から、銀色の液体があふれ出してきた。
あれは何だ?
・・・水銀?
とにかく、その液体は普通じゃなかった。
ドロドロしている割に、粘性がないように見える。
まるで、溶かした金属のような・・・
でも、あの液体が熱されているとは思えない。
床にあの液体が落ちても、何の影響もないからだ。
・・・水銀とそっくりだった。
その液体は徐々に甲冑の周りに纏わり付いていく。
甲冑の各部分に付着して、丸みを帯びた形状から攻撃的な形状へと変化していく。
そうしてくっついた液体は、その後金属のように固まっていった。
甲冑のデザインが劇的に変化していた。
まさに戦闘モードでも入ったみたいな変化の仕方だ。
余った液体は、宙に浮いて剣の形状へと変化していく。
その数4本。
銀騎士が最初から持っていた全身鏡のような剣と全く同じ見た目だ。
もしかして、最初から持っていた剣もこうして作られたものじゃないのだろうか?
どこをどうやったらあんな能力を獲得出来るのか、不思議でならなかった。
液体金属とでも言うのか。
常軌を逸した能力だった。
多分、さっき液体から固体に自由に変化しているのを見る限り、液体から固体に変化させるのは自由なんだと思う。
その液体金属にも、そこにあるべきはずの気配が感じられない。
あれにも気配断ちの能力が適用されているのだろうか?
「死の金属・・・自然干渉系である土の能力派生の中でも、最高の能力の1つ」
「・・・」
「まあ、お前は戦えればそれでいいんだろうが・・・」
そう言って、魔王は握っていた魔石を上へ放り投げる。
「空駆ける聖馬!!」
魔王が声高らかに言い放つと、魔石が赤く光り輝く。
召喚だ。
その眩い赤い光は一箇所に集まって、形を形成していく。
翼があり、首が長い。
四本の足に、美しい尻尾。
そして1対の翼。
赤い光は失せ、その姿をあらわにする。
・・・それは、俺の知っている空想上の生き物だった。
ユニコーンだ。
その馬は綺麗だった。
気高さがある。
多分、現世にいるどんな馬よりも美しいだろう。
空駆ける聖馬は、主人であろう魔王の下へ降り立った。
大きさは普通の馬と同サイズだ。
常識外にでかい訳ではない。
なのに、凄まじく強いと思わせる何かを感じる。
それに呼応して、銀騎士も剣を構えた。
銀騎士の構えは何気に初めて見る。
今までは剣をただ空振っていただけだ。
それだけで、相手は斬れて死んでいった。
多分、今回はそうはならない。
ガラスの向こうは真っ赤に燃えている。
ルフェシヲラの結界はいつまでもつか分からない。
流石に、襲撃者も俺を巻き添えに炎をぶっ放すことはしないだろうが、魔物を俺に襲わせているのを考えると、それも何だか怪しい・・・
ああ・・・巻き込まれないといいが。
こうして、銀騎士バルバトスとユニコーンの戦いが始まった。




