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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第2章 地獄篇 ラース領辺境
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7話 悪魔の家族

 

 ・・・


 いきなりだが、今俺は一軒家の広間で食事を取っている。

 室内はかなり広く、人が10人居ても狭いと感じることは無いだろう。

 

 室内の中央に置いてあるテーブルには、ステーキに焼き魚、新鮮な野菜が所狭しと置いてあり、そのどれもが香ばしい匂いを放っている。

 

 備え付けのフォークとナイフを使ってステーキを口に運ぶ。

 何ということだろうか。

 口の中で油が広がり、柔らかい感触が舌に伝わってくる。

 あの世にはこんな絶品があったのかと感心してしまう。

 そばにあった水を手に取り、口に含んで一息つく。


 ああ・・・極楽だ。

 そんな極楽な空間には、俺の他に楽しく談笑している3人の人達がいる。

 いや、人じゃないな・・・


 悪魔だ。

 人間ではないのだ。

  

 「でも、君がすぐそばの海岸で倒れてた時なんてビックリしたわよー、ホント!」

 

 快活な声の持ち主である悪魔の女性、マリアさんは俺を見ながら笑顔で言った。

  

 「ホントだな。人間なんてここに来ること自体が珍しいのにそれが倒れてると来たもんだ」


 その言葉に対して、マリアさんの隣にいる、逞しい肉体を持つ悪魔の男性、ダゴラスさんも同調して答えた。


 「ハハハ。ホントに助かりましたよ」

 

 違和感無く、その会話に合わせて俺は答える。

 柄にも無く、明るい口調で。

 

 「ねえねえ!お兄ちゃんこれもおいしいよ!これもおいしいよ!」


 元気に俺にチキンを差し出すのは、人間で言う小学校低学年ぐらいの悪魔の少年、スー君だ。

 さっきから俺達の会話に混ざらず、俺の腕を引っ張りながら気を引こうとしているようだった。

 悪魔の手は硬く、爪が鋭いのでちょっと痛い。


 この家。

 女性に男性、そして子供の3人が一軒家に住んでいる。

 どういうことかって?


 答えは一つ。

 ここは悪魔の3人の家族が住む家なのだ。


 ・・・分からない。

 何故さっきまで俺が怖がっていた悪魔と、楽しく談笑して食事をしているのか。

 俺にはよく分からない・・・


 当事者なんだから、もう少しなんか言えるんじゃないか?とか思うだろう?

 いつの間にかこうなってたとしか言い様がない。

 いや、ホントに・・・


 というか、空中から海面に着水する時もこんな言い回しだったな。

 進歩がない・・・


 ついさっき目が覚めて、悪魔の眼光に怯えていたら急に悪魔に腕を掴まれてここに案内された。

 なんの説明もなく、「私はマリア。あっちにいるのが夫のダゴラスよ。こっちのちっちゃいのがスーだから」と、それだけ言って3人家族は食事をしながら世間話に入った。

 ダゴラスさんが「さあ食べるか!」という言葉を合図にして。

 ついでに俺も混じえて。

 

 明るく楽しそうに。

 俺のことも詳しく聞かずに。

 ただそれだけ。

 それだけ。


 そして今に至る。


 とりあえず俺は様子見として、食事を頬張りながら会話に合わせて喋ったり頷いたりしていた。

 面識が無いし、何より正体の分からない警戒すべき相手が、こんなに楽しそうに話しかけてくる。

 恐怖と興奮と疑問とちょっとの好奇心が同居しているような心境だ。


 そしてなにより衝撃だった。

 悪魔がこんな家族みたいに生活してるのだから。

 普通の人だったら、食事にも手をつけないこの状況。

 悪魔の提供する食べ物なんてロクなもんじゃないとか思いながら逃げるんじゃないか?


 でも、俺はそうしなかった。

 テンションが変な方向に入ってるのとは全く別に、新しい感情が俺の中に芽生えつつあるからだ。

 感謝の気持ち。

 まさにそんな感情が俺の中で踊っている。

 

 だって、不思議だ。

 悪魔とは、こんなにアットホームなのかと俺は驚いてる。

 見た目を除けば、普通の温かい家族と変わらないし。

 明るい家族の雰囲気に当てられているのか、俺も同じ調子で明るく会話に混ざる。

 いや、意識して明るく努める。

 

 そうしなきゃ失礼だと思ったからだ。

 得体の知れない俺を。

 海岸に打ち上げられていたらしい俺を助けてくれただけでなく、こうして食事も提供してもらっているのだから。

 この家族には恩がある。


 だから俺に何かを要求してくるのなら、出来る限り答えねばと思う。

 悪魔だからって、命を差し出せと言われても困るが。

 

 「なんで俺を助けようと思ったんですか?」


 家族の会話を遮って聞いてみる。

 家族に合わせて明るくしていた口調を一旦止めて。

 相手の態度は至って善人、だが悪魔・・・

 結局はそれで俺は突っかかってる。

 どうしたらいいかよく分からないんだよ。

 この状況に。


 毎度毎度疑問だらけだ。

 キリがない。

 見慣れない異形に会う機会も、これからは沢山あるんだろう。

 だからせめて、友好的に接してくれる者には普通に対応しなきゃならない。

 今後のためにも。

 今のように、外面を堅い態度で維持するのではなく、中身もちゃんと伴って。

 

 だから聞く。

 真面目な顔で一番の疑問を。

 悪魔達とは姿形の違う人間。

 会話を聞くところによると、かなり珍しいらしい人間。

 助けるだなんて思うだろうか?


 「・・・困ってる者を助けるのは普通でしょ?」

 

 当たり前でしょ?みたいな感じでマリアさんに言われた。

 ・・・そりゃそうなんだが。

 なんて言えば良いのか・・・

 そう思っていると、ダゴラスさんは俺の思っていることを見透かしたように言った。


 「お前さんの言いたいことは何となく分かるよ。俺も一回人間の世界に行ったことがあるからな」

 「行ったことがあるんですか!」


 思わず大きな声で聞いてしまう。


 「あるよ。仕事でな」


 悪魔はどうやら現世に行けるらしかった。

 というか悪魔も仕事をするのかよ・・・

 意外だ・・・

 でも、現世に悪魔の伝承が残っているのってそういうことかもしれない。

 現世で伝えられているイメージとは全然違うけど。


 「言っちゃあ悪いが、人間の心ってのはどんなものよりも汚れてるからな。困ってる奴を助けないっていうこともきっとあるんだろう。あっちでは」

 

 前世での人間関係を記憶喪失で忘れているから、俺も明確にはそうだと言えない。

 だけど、そうだなと心の中で何となく思ってしまう。

 

 「そんな中で俺達の世界に来たんだ。なんでお前さんを助けたのかって疑ってるんだろ?」


 図星だった。

 当たってるよ、ダゴラスさん。


 「・・・はい」

 「お前は正直だな!まあ俺達は大丈夫だ。そんな悪い奴はここにはいないさ!」

 「そうだよそうだよ!」

 

 笑顔でダゴラスさんとスー君も言ってくれる。

 人を安心させてくれる笑顔だった。

 悪魔面でちょっと迫力があったが。


 ん・・・


 話を聞いたら何となく信じる気になれた。

 俺は、ダゴラスさん達に対して正直に話すことにした。

 さっきまで疑ってたくせに。

 まあ自分でもすごいいい加減だとは思うが、これも直感だ。

 自分を信じてみようじゃないか。

 今後のためだと思って。


 好意には誠意で返す。

 俺の誠意は正直に、だ。

 今はそれくらいしか結局返せるものはない。

 失礼なことでも何でも聞いてみよう。


 「貴方方は・・・その・・悪魔、なんですよね?」

 「そうだよ。お前さんのイメージとは違ったろ」

 「・・・そうですね。最初に目を合わせた時ビビっちゃいました」

 

 マリアさんに目線を合わせて言うと、にっこり微笑み返してくれた。

 マリアさんは角と浅黒い肌を除けば絶世の美女だ。

 野性的な目つきも今では逆に魅力的に映る。

 だから笑顔もとても綺麗だ。

 

 「ははは、そうだろそうだろ!こんな怖面じゃあ何説明してもアレだからな。そういう時はこうやってみんなで食べて喋ってが一番だ!」


 いきなりテーブルに俺を連れてってくたのは気遣いだったらしい。

 ・・・感謝だ。


 「俺達は険悪な関係や争いを好まない。何よりこの世界で、同族同士争うってことが無駄なことなんだよ」


 おお。

 立派な思想だと思う。

 色々な意味で。

 だから、彼らが聞いたら失言だと受け取られかねない発言をついしてしまった。

 

 「何て言うか、平和主義者っぽいですね」

 「・・・」

 

 家族が急にポカーンとなる。


 ・・・


 ・・・この発言ってちょっと失言だったか?

 

 「んー・・・本当に何も知らないんだなあ・・・まあ仕方ないんだけど」

 

 またしてもダゴラスさんは、俺の心境を察しているような顔をして話した。


 「もう一回言うがな、この世界で争うってこと自体が無駄なことなんだよ。平和なんて言葉は一部を除いて本当に必要かどうかも怪しい」

 

 強調して言われると、その言葉は深い意味を持っているのだと無意識に気付く。

 だが、その言葉の真意は分からない。

 そんな様子の俺を見て、ダゴラスさんは口を開く。


 「話、かなり長くなるけどいいか?」


 見ると、マリアさんもスー君も真剣な顔で俺のことを見ていた。

 とても重要なことらしい・・・

 聞けるというなら、ぜひ聞いとくべきだろう。

 多分彼から聞ける話というのは、聞いて損な類の話ではないだろうから。

 それに、天使であるスティーラから聞いた情報ではいくらなんでも少なすぎる。

 この世界について、俺は何も知ら無さ過ぎるのだ。

 赤い海を見て、赤い月を見て、悪魔を見て、改めてそう思う。

 

 「お願いします」


 俺は椅子に座りながらお辞儀をして、そう言った。

 

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