69話 殺戮の夜4~道を阻む者~
物資補給庫。
そこは、空中要塞に設置されている、2箇所の転移の陣の内の1つが設置されている場所だ。
空中要塞は常時空中に浮いていて、地上に降りることは緊急時意外には殆どない。
従って、物資の補給には転移を使うのだ。
食料や武器、魔石などなど、様々な所からこの要塞に転移を使って送られてくる。
そうポポロは俺に教えてくれた。
カタコトな言葉で。
その補給庫に抜け穴がある。
ラース街の時と同じだ。
それを利用しない手はあるまい。
この混乱に乗じて脱出を図る。
物資補給庫は要塞内部、下の方に位置している。
だから俺達は、下へ下へと降りていく。
下のフロアからは、さらに魔物の進入が激しかった。
下のフロアには重要な部屋も多い。
動力室なんかがそうだ。
そこを占拠されたらマズイと、雑兵達と魔物達の戦闘はそこに集中していた。
下へ行く度に、爆音らしき音が遠くから反響してくる。
室内でもお構いなしに能力をぶっ放しているんだろう。
物資補給庫もその近くにある。
転移の陣を求めるなら、その戦闘の場を切り抜けなくてはならない。
ポポロがいれば安心だろう。
・・・ポポロがいれば。
それを期待していいかどうか、分からなくなってしまった。
目の前に手練らしき悪魔がいたからだ。
「身内の悪魔に裏切りの思念を感じて駆けつけてみれば・・・お前だったとは」
「・・・」
その悪魔は黒装束みたいな格好をしていて、まるで忍者だった。
手には短刀を持っていて、先端を俺達にむけている。
「セスタって言ったっけか」
そう言う俺に対して、鋭く睨みつけてくるセスタ。
非常に厳しい目線だ。
「オマエがたぶらかしたのか?人間」
「・・・」
どう答えたらいいのか迷う質問だ。
俺はポポロをたぶらかしてなんかいない。
ポポロが自発的にやった行為だからだ。
でも、俺がいなければ裏切るなんて行為はしなかったとは思う。
なんとも答えにくい。
「ポポロ・・・」
セスタはポポロに対して悲しげな表情を見せる。
魔王の前でのやり取りを思い出す限り、両者の仲はとても良いものだと感じた。
何か思い入れでもあるんだろう。
「ララ様の醜態を見ておきながら、お前まで裏切るとは・・・」
「オレハ・・・イク。マリアサマノモトニイク」
「そうだな。そう言うよな」
「・・・」
「前々からずっとそうだったもんな。ポポロは」
この時一瞬、ヴァネールが見せたのと同じ、諦めに似た表情を彼女は見せた。
・・・来る!
「ニゲロオオォォ!!!」
「一閃!!」
同時に二人は叫んだ。
ポポロは叫びながらセスタへ突貫する。
セスタもポポロへ短刀を振りながら突っかかってきた。
刀身が合わさった瞬間、金属音と共に紫電が周囲を舐める。
ヴァチヴァチと電撃が周りに拡散して、壁に焦げ跡を作っていく。
「クッソ!」
状況なんてものはいつでも変わる。
こういう時は特にだ。
そうだ。
こういう時こそ思い切りが必要なんだ。
「おおお!!」
俺はセスタの向こう側を突っ切ることにした。
後方に逃げたところで、迷うのがオチだ。
なら突貫してやる!
両者が戦っている端ののスペースを、俺はララを抱えながら走る。
拡散している電撃が、俺に当たらないことを祈るばかりだ。
「キルァアア!!!!」
「ハアアア!!」
さっきからギャンギャン金属音が飛び散っている。
電撃の音も相まって、周りがうるさい。
だが、戦っている両者はお互いのことに手一杯なようで、俺に注意している暇はないようだった。
その隙に、俺はあっさりとセスタの横をすり抜ける。
「よし!」
後はそのまま真っ直ぐ進むだけだ。
後ろの音が怖いが気にしない。
「なっ!」
俺はコンマ数秒ひるんでしまう。
目の前に魔物が押し寄せていた。
大量だ。
通路の1番奥の曲がり角から、急に出てきたのだ。
奥は魔物で溢れ返っているようだった。
俺はストップする。
あれは行けない。
行ったら死ぬ。
だが・・・
俺は後ろを見てみる。
2人は熾烈な戦いを繰り広げていた。
「2突3閃!!」
「アアアアッッ!!」
無理だ。
引き返せない。
2人は常人が介入出来ないぐらい、余ったスペースを目一杯使って戦っていた。
セスタの激しい電撃を食らいながらも、剣撃を真正面からなぎ払っている。
ポポロはタフではあるが、電撃を食らって痺れているのか動きがどんどん遅くなっている。
・・・押されている。
セスタは素早い動きでポポロを翻弄しながら、遠距離で電撃を放ちつつ斬りかかって来る。
その剣撃ですら電気を纏っている。
普通なら感電死しているだろう。
それでもポポロは耐えていた。
俺が逃げられるまでの間だけだと思ってのことだろうか。
だが・・・
「ポポロォ!!逃げられない!!」
俺は戦っているポポロに叫ぶが、何の反応も返さなかった。
ポポロは狂った顔で敵と戦いっぱなしだ。
今度こそ理性を捨てている。
そんな彼に、俺の言葉が聞こえる筈もなかった。
俺を助けるために召喚した魔物が、なんで俺を殺すんだよ。
訳が分からん。
こうでもしなきゃダメだったのか?
そうしている間にも、魔物は俺達に迫っている。
引くに引けないこの状況で逃げるのは無理だ。
でも進めもしない。
完全に挟まれたのだ。
どうする?
どう切り抜ける?
せめて武器があれば・・・
そう思わないではいられない。
と、その時。
ゴガンと天井が崩れた。
俺達のいる天井じゃない。
魔物達でひしめいている方の天井だ。
分厚い瓦礫が一気に魔物達にのしかかる。
魔物達の悲鳴が聞こえる。
魔物の種類は様々だ。
だから悲鳴もそれぞれ違っていた。
それらの悲鳴が出す不協和音すらも、崩れてきた瓦礫で押しつぶされる。
「来い!」
戦いの音や、瓦礫の音、魔物の悲鳴が重なる中、そんな声が聞こえた。
上からだ。
瓦礫が降ってきた天井からは穴が見え、上の階が丸見えになっていた。
そこから見える顔1つ。
天井から見える奴は、深いフードをかぶった魔術師風の悪魔だった。
前に何回か見ている杖をソイツは片手で持っている。
顔は深くかぶっているフードのせいでよく見えない。
でも、ソイツが何者かはすぐに分かった。
・・・シャミールだ。
巨大な岩石を操っていた土使い。
ソイツが魔物を瓦礫で押しつぶしたのだ。
何でコイツが・・・
いや、考えるな。
状況なんてものはいつでも変わる。
こういう時は特にだと、さっき思ったばかりじゃないか。
考えるな!
俺は考えるよりも先に、瓦礫に向かって真っ直ぐ進む。
瓦礫が段差のように積み重なっているおかげで、瓦礫は登りやすい。
だが、それでも天井には届きそうにない。
そこで、シャミールは杖を振る。
それに合わせて、俺の先に転がる瓦礫が宙に浮き出した。
まるで階段のように。
・・・これなら登れるだろう。
俺はすぐさま浮いた瓦礫を足場にして、上の階に足をかける。
バランスを崩すこともなく、スムーズに行けた。
・・・確実に俺のセンスは向上しているようだった。
「シャミール!!貴様ぁ!!!」
セスタは戦いながら怒号を発する。
怒りに満ち溢れた声だ。
ポポロとはまた違った態度。
ポポロと違って、シャミールに特別な思い入れはないらしい。
セスタは電気を帯びたナイフをこちらに向かって投げた。
電気を帯びているせいか、ナイフがやけに美しく見える。
そのナイフが俺に到達するまでの間。
その短い間にシャミールは杖を振る。
たったそれだけの動作で、崩れた瓦礫が浮いてナイフを俺から阻んだ。
さらにナイフを投げようとするセスタだが、かなり暴走気味のポポロがそれを阻止する。
「ハハハハハ!!!」
「クッ!」
戦う2人を尻目に、床に開いた穴が閉じられていく。
これもシャミールの能力だろう。
元々かなり床は分厚かったようで、修復が終わる頃にはもう2人の出す戦いの音は聞こえなくなっていた。
・・・またしても危なかった。
助けられていなかったら、俺はどうなっていたことか。
魔物は手加減しないだろうし、殺されていただろうな。
俺は警戒心ながらシャミールを見る。
警戒しても全くの無駄だということは分かっていたが、それでもその態度は守る。
一応の意思表示というやつだ。
悪魔は俺の心を読めないみたいだし。
そうした俺の態度から察したのか、シャミールは口を開いた。
「何故助けたか?と言いたげだな」
「・・・そりゃそうだろ」
だって敵なんだぜ?
それとも何か?
ポポロみたいに何か事情があるのか?
「お前には恩がある」
「恩?」
コイツに何かしたっけか?
・・・初対面が空中要塞。
その間に俺が何か出来る訳もない。
「私の弟子が、お前に命を助けられたと嘆いてな」
「弟子・・・」
「会ったことはないか?お前がラース街を逃亡している時に、砦で戦った悪魔を。ヴェネール様の炎から結界で守った悪魔、セムトラを」
「・・・」
ああ・・・
唐突に思い出した。
風使いや、土使い、腕力を強化した悪魔など、結構な数の悪魔と戦った。
土使いを除いて、砦で戦って気絶した悪魔をララが結界で守っていたな。
その中に混じっていた悪魔。
風使いのセムトラ。
風を使って移動速度を上げて戦っていたあの騎士悪魔だ。
「いたな。そういえば」
「思い出したか?そのセムトラだ」
なるほど。
セムトラとシャミールは師弟関係だったのか。
「でだ、セムトラが言うんだよ。2度人間に見逃してもらったと」
「・・・確かに見逃した」
1度目はセムトラを気絶させて人質に取った時。
2度目はヴェネールの炎から結界で守った時。
砦の結界で守ったのはララだから、2度目のそれはセムトラの勘違いでいいだろう。
でも、セムトラと戦った時は確かに殺せる状況ではあった。
あの時俺は殺すのを躊躇ったっけ。
「だから命だけは助けてやった」
シャミールは仕方無さそうな顔でそう言った。
・・・弟子を殺さなかったから俺は助かったってことか。
あの時の俺の選択は間違っていなかったってことか・・・
「・・・逃がしてくれるのか?」
期待を込めてそう聞いてみる。
助けてくれるのなら万々歳だ。
味方は1人でも多い方がいい。
さっきみたいに魔物に対しては俺はあまりに無力だ。
だが・・・
「ダメだ」
とシャミールに言われた。
ダメ?
何故?
「今の時点で、もう返すべき借りは返した。お前を助ける理由もなくなった」
・・・らしい。
でも、考えてみればそうだ。
本当に俺を助ける気があるのなら、その時点で魔王連中に心を読まれてばれていただろう。
あくまでシャミールは、魔王の命令に背かない形で俺を助けたんだ。
それなら心を読まれても何もやましいことはない。
つまり・・・
「結局は敵かよ」
「当たり前だろう。ポポロやララ様は例外としてだ、魔王様を裏切れる悪魔がそうそういると思うか?」
だよな。
当たり前のことすぎて反論出来ない。
裏切りなんてのは、本来そうそう出来ないことだ。
それを簡単に許してしまったら、組織として成り立たなくなってしまう。
出来ないことではない。
だが、それをするにはあまりにもリスクがでかすぎる。
だからそれをやろうとする者は少ない。
それは抑圧された社会だ。
だが、悪魔と人間のやれることは全く違う。
その人間にとっては抑圧と取れることも、悪魔は心から肯定的に受け取ることが出来る。
それを破ろうとする悪魔の方が少ないのは、当然のことだ。
むしろ、よくララとポポロは俺に味方してくれたなと思う。
よっぽどの動機だったに違いない。
「魔物もじきに、お前めがけて襲ってくるだろう。死にたくなければついてくることだな」
・・・逆らえない。
シャミールが言ったこと。
その言外にはもう次はないというメッセージが込められているのが分かる。
雰囲気が殺す気まんまんだったからだ。
逃げたら容赦なく殺されるだろう。
ポポロからの助けは期待出来ない。
ララはこのとおり気絶中だ。
「さっさと歩いてもらおう」
シャミールが俺を急かしてくる。
・・・歩くしかないか。
俺がそう思った時。
「魔物が来ないうち・・・」
ザシュッと音が聞こえた。
シャミールの言葉は、その音でいったん途切れた。
何回も耳にした音。
剣で体を斬られる音だ。
・・・俺が斬られた訳じゃない。
シャミールの頭部がなくなっていた。
一瞬で。
切断面から血しぶきが舞い、まるで石油でも掘り当てた直後のように勢いよく吹き出ている。
その直後、シャミールの体は横にバタッと倒れたので、俺が血のシャワーを浴びることはなかった。
「・・・に・・行く・・・ぞ」
コロコロと転がる頭部から、残りの言葉が漏れ出る。
それが、シャミールの最後の言葉だった。
あまりに突然のことで、頭がボーっとする。
何が起きた?
シャミールが死んだ?
誰に?
そうだ。
誰に。
俺はすぐに後ろを向く。
シャミールの頭部が転がる先。
手には剣があって、その剣は刀身も柄も何もかもが銀色に輝いている。
まるで鏡のようだ。
手に持っている剣とは違い、腰にもう1本剣を差している。
顔はこれまた銀色に輝く兜で覆われていて、男か女か判別出来ない。
シャミールを殺したこの張本人は、その転がった頭部をトマトかなんかのように、軽く足で潰した。
プッチュ、と気持ち悪い音が響く。
優しさの欠片もない行為。
感情のなさそうな佇まい。
そこには、血まみれに輝いた銀騎士が剣を持って立っていた。




