63話 断罪者の炎
魔王の言によると、俺の窮地に陥った時に起こる意味不明な身体強化は、この世界の理から外れた何からしい。
その何かまでは、魔王は教えてくれなかった。
とりあえず、俺のあの異常な何かはこの地獄の世界のどこにも存在しないってことだ。
でも、こんなの現世にもあるとは思えない。
これって一体・・・何なんだ?
そして、魔王はこうも言った。
俺の力が上がっていると。
俺の地獄への影響力が強化されていると。
その原因が、ルフェシヲラが俺を本気で殺そうとしたことによるものだと。
だから、魔王はこう言ったのだ。
「今回召喚王がこんなに早く私達の居場所を察知したのは、ルフェシヲラ・・・お前が原因だ」
ルフェシヲラが驚愕の顔をする。
信じていた者に裏切られたみたいな表情だ。
そりゃそうだろう。
魔王様と慕って、魔王のためにと思って行動したんだから。
俺にとってはいい迷惑だけどな。
「だから、雑兵達の感情操作は止めておけ。自分の首を絞めることになるぞ」
「・・・ご存知でしたか」
まじかよ。
コイツ、自分の部下に能力をかけてたのか。
それはいくらなんでもやりすぎだ。
例え、どんなに俺を殺したくても。
「今回の空中要塞の移動に同伴する者の編成は、お前に一任してあったな」
「はい」
「が、まさか幻想種とこんな所で戦うなんて思わなかっただろう。お前の編成は、七罪帝がいる各地に派遣している隊長をなるべく補助する形だったからな」
「・・・はい」
ルフェシヲラが大人しく話を聞いている。
流石は魔王。
まあ、声だけは幼いが。
「そしてこの有様だ」
「・・・」
「何かあるか?」
魔王の気配が、より凄みのあるものに変わっていく。
強いとか弱いとか、そんなオーラじゃない。
異質なオーラだ。
この場を支配する空気。
それは誰にも止められない。
止めもしない。
「・・・」
「・・・」
沈黙が続く。
ルフェシヲラはそのまま口を開かない。
気まずい訳ではないが、この沈黙の意味を俺は察している訳でもない。
だが、今ここで時間をかけているのはマズイことぐらいは分かる。
ガラスの向こうでは、3頭の龍が唸りを上げて徐々に近付いていた。
ルフェシヲラの結界は、尚も維持されてはいるものの、前線で戦っている悪魔の消耗が激しい。
現状維持は難しそうだ。
「・・・今、ここで人間を殺してはいかがですか?」
「・・・」
やはりルフェシヲラは、俺を殺したいらしい。
同時に緊張感も倍増する。
「カムント城まで輸送して封印など、手間のかかることはせずに今、ここで殺してしまってはどうですか」
「それで?」
「目的の人間がいなくなれば、それで事態は全て丸く収まります」
「・・・」
魔王は何も答えない。
確かに、魔王側の立場から考えればそれが手っ取り早い。
・・・認めたくないが。
「・・・災厄」
「・・・?」
「ここでマリアがいれば、全て楽だったろうに」
ルフェシヲラが不可解な顔をする。
俺もだ。
意味不明。
何でここでマリアさんの名前が出てくる?
魔王とマリアさんが面識があるのは知ってはいるが・・・
「精神誘導を扱う者として、お前に聞きたい」
「・・・はい」
「お前は精神操作を受けた自覚はあるか?」
「魔王様もご存知の通り、私はそれに抗う術を持ち、また心を読む能力を妨げることも出来ます」
「私の欠点を補助する形で勤まるのは、お前かマリアだけだったからな」
「マリア様程ではありませんが・・・」
弱点。
テレパシーの能力に精通することで補える欠点。
・・・魔王は何か弱点を持っている?
「もし、お前がマインドコントロールを前回の人間を殺した後にかけられていたとしたら?」
「・・・マリア様が私にかけたと?」
「・・・」
・・・確かに、心を読む能力以上の能力を獲得しているのなら、普通の悪魔を騙せる。
いわば、社会のルールを逸脱出来る危険な存在。
さらにそんな存在以上の能力を手にしているのなら、それすら騙しとおせる。
恐らく、魔王が自分の手元にマリアさんを置いていた理由もそれだ。
そして、ルフェシヲラも同様にテレパシーをチャントして使える悪魔なら、それも魔王自身の手元に置いておきたいはずだ。
もう一方の理由である弱点については分からないが・・・
「・・・失礼ですが、それが人間を殺すこととどんな関係があると?」
「残念ながら、それを私は教えることは出来ない」
「・・・何故ですか」
「教えても理解出来ないからだ、と言っても納得はしないだろうな」
「・・・」
魔王の言葉通り、ルフェシヲラは納得してしていないっぽい。
不満の態度が見て取れる。
「マリアの能力が常軌を逸してることは分かるな」
「はい。恩を受けた身で言うことではありませんが、とても恐ろしい能力を持った方です」
ルフェシヲラが恐ろしい・・・
マリアさんがどれだけ特別扱いになっているかは、よく知らない。
だが、やっぱり只者ではないんだな。
「その能力があれば、記憶も改ざん出来るだろう」
「・・・」
「何も話せないと?」
「話しても理解出来ないように、マリアが仕組んである」
「・・・」
ここで、ルフェシヲラが一考するそぶりを見せた。
テレパシーをする時の状態によく似ているが、恐らく違うだろう。
本気で何かを考えている顔つきだ。
そして、少しして・・・
「今は黒龍を倒すのが先決かと・・・」
と言った。
話を逸らしたな?
心を読んだかなんかして、判断したのだろうか?
俺には知る術がない。
何より、今は動揺の顔も消えてポーカーフェイス状態だ。
俺に分かる筈もない。
「・・・お前の判断に全て従っていたら、今頃全滅だろうな。今は何とか抑えられているが・・・時間の問題だろう」
魔王がガラスを見ながら、重い言葉をルフェシヲラに浴びせかける。
外では、未だに激しい戦闘を行っている。
要塞と言ってるだけはあって、砲台のような物が龍に向かって放たれているのが見える。
まあ、それもダメージは入ってはいないようではあるが。
魔王の話を察するに、これは責任問題の話のだろう
普通なら、ルフェシヲラの言うとおり、目先の問題を解決してからがいいと思うんだが・・・
なにせ魔王なので、何か考えがあるのかもしれない。
「・・・今回は私の判断ミスです」
「では、その原因の一端を担った悪魔の精神誘導、これは止めてもらおうか」
「・・・」
ルフェシヲラはまた黙りこくる。
ポーカーフェイスは崩さないが、黙っているせいでこれも納得していないということが態度で分かる。
「お前はその精神誘導を、兵の士気向上に役立てるとかつて言ったな」
「はい」
「今回お前は行き過ぎた。それが今回の事態に繋がったのだ」
「・・・」
「約束してくれるな?もう精神誘導を味方には使用しないと」
「・・・はい」
静かにルフェシヲラはそう言った。
魔王は重い雰囲気を即座に鎮める。
いつの間にか彼女は冷や汗をかいていた。
・・・プレッシャー。
重圧がやけに酷かったということだろう。
まあ、それにしたってあっさりとはしてるのか。
やけに簡単にルフェシヲラが折れた・・・という感じだ。
よく彼女のことを知っている訳じゃないが、簡単には説得され無さそうな性格をしているかと思ったんだが・・・
これも魔王だから簡単に出来たことなのか?
「・・・お前の判断では、第2隊長のヴァネールは各地に派遣した隊長の元へ遣わさせたんだったな」
「空中要塞での出発は完璧な気配断ちの結界内部で行いましたから、襲撃はないだろうと・・・」
「だが、ヴァネールはここにいるぞ?」
魔王が少し笑った気がした。
ルフェシヲラの背後を見ながら。
むっ、と思って俺も目を凝らしてよく見てみる。
ルフェシヲラもだ。
そこには、俺にトラウマに近い体験をさせてくれた張本人。
炎の老騎士が、1番奥の扉の前に立っていた。
俺を襲った時の姿そのままで。
ビクッと俺の体が反応する。
コイツは、魔王とは別方向の怖さを感じる。
暴力的な恐怖。
強者の威圧。
そんなものが、老いた悪魔から放たれているのだ。
相変わらず、覇者みたいな雰囲気を漂わせている。
「ヴァネール・・・来い」
魔王の言葉を聞いて、ガシガシと歩きながら近付いてくる老騎士。
その周辺には炎は発生していない。
あの恐ろしい炎だと連想してしまう為か、違和感を感じてしまう。
炎のインパクトが強すぎるのだ。
そんな俺の視線をガン無視し、一心に魔王を見ながら歩いていく。
「魔王様・・・」
ルフェシヲラが静かに言う。
意外な展開だと言わんばかりのようだ。
「今回の襲撃は目に見えていたからな」
「・・・」
きついな。
目に見えていたって言葉。
ルフェシヲラに結構効いただろうな。
俺も言われたらこれはきつい。
「・・・では、さっそくだが行ってもらおうか。ヴァネール」
「はっ」
老騎士ははっきりとした返事で答える。
どんな者でも、彼の意思を惑わすことは出来ない。
そんな気がした。
---
前線に出ていた悪魔達が消えていく。
巨大なハンマーを持った巨漢のロンポット。
重力を操る女悪魔。
杖を持つ、フードを被った土使いの悪魔。
ボロボロの大剣を持った狂人の悪魔。
忍者のような格好で、電撃を操る悪魔。
その他大勢の悪魔達。
全てだ。
黒龍は3頭共に健在。
黒炎を口から溢れ出して、こちらに向かってくる。
所々に傷はあるが、それが動作に影響する様子は微塵も感じられない。
つまり、絶体絶命ってことだ。
なのに、全員撤退。
何故か?
1人の男が出陣するからだ。
要塞の破片と思わしき物が散らばっているが、そのいくつかは黒炎が燃え移って引火していた。
岩で出来ているのにだ。
油がかかっている訳じゃない。
ただ単純に燃えている。
あの老騎士と一緒だ。
同質の炎。
徐々に侵攻していた黒龍の動きが止まる。
急にだ。
その目線の先には彼がいた。
魔王のいる空中要塞と、黒龍を挟んだ場所に堂々と炎によって浮いている者。
俺が老騎士と呼んでいた悪魔・・・ヴァネールだ。
俺が逃走していた時は、炎の海をその周辺に顕現させていた。
だが、今回は様子が違う。
炎の海は広がっていない。
代わりに、炎で出来た巨大な大剣が彼の背後に、何十にも渡って浮いていた。
いや、大剣と呼ぶのはちょっと怪しいな。
どちらかと言えば十字架に似ている。
キリストが貼り付けにされていた十字架のような形。
下の部分が刀身のような形になっていなければ、もうそのまま十字架と言ってもいいくらいだ。
その大きさは、人間が10人いても担げないであろうぐらいには巨大だった。
そんな炎が彼の周囲に一瞬で現れた。
「グルルルル・・・」
龍達が警戒していた。
大人数の悪魔達に囲まれて、たじろぎもしなかったあの凶暴な黒龍がだ。
たった1人の悪魔にビビッているように見える。
魔王いわく、俺をヴァネールが仕留めそこなったのは、周りに悪魔がいて邪魔だったかららしい。
ルフェシヲラは俺を仕留めようとかなりの大人数を使ったが、それが裏目に出たと。
そう聞いた。
その場に居たルフェシヲラは、その話を黙って聞いていた。
どうやら反論する気はないらしい。
全面ガラスが張られているこの室内には、さっきまで前線で戦っていた面々が揃っていた。
魔王がルフェシヲラを使って、ここに呼んだのだ。
彼らはみんな消耗していて、誰1人余計な口を開かなかった。
魔王の前だからということもあるかもしれないが・・・
「ガアアアアアァァァァ!!!」
黒龍が叫びだす。
空気が揺れて、空間が若干歪んで見えた。
それなのに、ヴァネールは慌てることなくその場静止している。
貫禄の姿勢だ。
十字架型の剣もそのまま浮いたままだ。
余裕が感じられる。
実際、ここにいる悪魔達は安心した表情で、ガラスの向こうの光景を見ていた。
彼なら大丈夫。
彼に任せておけばいい。
そう思っているかのような様子だった。
黒龍が首を上方向に上げて、大きく息を吸い込む。
ブレスだ。
黒い火炎放射。
結界で防いでいたものの、その結界はもうない。
ルフェシヲラが全部解いてしまったのだ。
今は空中要塞を包む、下の階級であろう悪魔達が作った結界があるばかりだ。
多分、ルフェシヲラの作る結界よりは頑丈ではないだろう。
炎負けするような気がする。
彼が敗れたら一巻の終わり。
つまりはそういうことだった。
龍達はヴァネールが何もしないことをいいことに、最大限まで胸を膨らませて攻撃を溜めていた。
前線で悪魔達が戦っていた時の2倍。
そのくらいにまで胸が膨らんでいる。
きっと龍達も本気だ。
ヴァネールが強いことを感じ取っているんだろうか。
そこでやっと彼が動き出す。
正確には、周囲に浮いていた十字架型の大剣がだ。
炎で出来た十字架は、さらに炎の質を高めてメラメラと輝きだす。
火は拡散せず、まるで十字架に全て押し込められているみたいだ。
どんどん輝いていき、いつか見た転移の強い光に匹敵するほどに大きく光を放っていく。
その中で、刀身を龍達に向ける十字架が数本あった。
いよいよ攻撃か?
俺がそう思った、その時。
ヴァネールの様子を見て、危機感を募らせたのか3頭の黒龍は、一気に黒炎を口いっぱいに吐いた。
波だ。
ヴァネールの攻撃とそっくりの、炎の大波がすごい勢いで迫ってきた。
唯一違うところは、その波が黒いことぐらいか。
極めて広範囲に、そして高密度に炎を吐いてきた。
炎が厚すぎて向こう側が見えない。
明らかにやばい。
黒い炎が接触するまで数秒。
その短い時間の中、ヴァネールは口を開いた。
「規模の大きい攻撃だが・・・強くはない」
は?とその言葉を理解出来ない自分がいた。
何を言ってるんだと。
それが余裕から出た言葉だと、俺は後から知ることになる。
「焱滅・罪の怒り」
十字架の先端から、炎が放たれた。
莫大過ぎる炎の光線が。
「うわっ・・・」
あまりの輝きに、目を閉じたくなる。
さっきの龍の叫びが余興みたいに思えるほど、空気の振動が酷かった。
炎の発する音が、ゴゴゴゴゴとまるで地割れのようなもので、違和感を感じる。
こんなのは炎の出す音じゃない!
太すぎるその光線は、太陽が形を変えただけのように思えた。
海なんてものじゃない。
逃走の時に使った炎の技の数々が、どれだけ生易しかったのかを俺は自覚させられる。
後手で打ったはずのその攻撃は、あっさり先手に早代わりした。
黒炎の波は、あっという間に莫大な炎の光線に飲み込まれる。
視界一杯まで攻撃が見えるので、どのくらいの規模なのか想像もつかない。
ただ、黒炎が一瞬で消えたことは分かる。
認識出来たのはそれだけだ。
その後、光線はパッと機械の電源が落とされたかのように消失する。
極太の光線を放った十字架は消滅している。
それでもまだ十字架のストックはかなり残っている。
あの数だけ光線を放てると思うと、身震いがする。
純粋に恐ろしい。
・・・怖い。
後に残るのは、龍達の死骸・・・ではなかった。
黒龍は死んでいなかった。
信じられないが、あれだけの規模の攻撃を受けたのに、生きていたのだ。
「んっな・・・」
どんだけタフなんだ・・・あの龍・・・
正直、一瞬で死んだかと思っていた。
現世の兵器にも対抗出来ない1発かと思ってた。
なのに耐え切ったのだ。
ただし、その姿はボロボロだ。
翼には小さな穴が無数に開き、全身が焦げていた。
かなりダメージを受けているようで、何も反撃する様子がない。
「焱滅・罪の恐怖」
そこでまた、ヴァネールは攻撃を仕掛けた。
自身は動かず、十字架を動かして。
残った十字架が全て動く。
上空に昇って。
その狙いは、攻撃で動けなくなった黒龍だ。
「・・・死ね」
残酷なセリフ。
それと同時に、十数の巨大な十字架が3頭の龍達へ襲い掛かった。
当然龍達にその十字架を避ける手段はない。
簡単に、あっさりと刀身がその黒い体に突き刺さっていく。
十分に強かった悪魔達の攻撃を、ものともしなかったあの黒い体に。
「ガ・・・・アァ・・・」
苦しそうな声を上げて、血しぶきを全身から出していく。
吹き出た血すらも十字架は燃やしていく。
全身も同じように燃えていく。
なのに、龍達はまだ死なない。
普通なら、即死であろう攻撃なのに。
現在進行形で燃やされているのにだ。
生命力がケタ違いすぎる。
まさかこんなにしぶとい生き物がいたなんて、驚きだ。
「これで最後だ」
ヴァネールはそう言って、指を鳴らす。
すると、龍達に突き刺さったさらに輝きを増す。
これは・・・
「ガ・・・・」
龍がかすれ声のような音を出した、その刹那。
十字架が大爆発を起こした。
全部だ。
全部の十字架が爆発した。
衝撃が、結界を通り越して空中要塞にまで伝わってくる。
映画でも見ている気分だ。
あまりの規模の攻撃に、感覚がマヒしてきた。
龍達の体は粉々になって、さらにその体の破片すら燃やされている。
全部が燃えていく。
残った炎の中で、ヴァネールは燃えていく龍の残骸に言い捨てた。
「本物の炎とはこう言うものだ」




