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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第2章 地獄篇 ラース領辺境
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6話 失敗とその後

 結果から言うと、海への着水は失敗した。


 ・・・腹這いの状態で着水してしまったのだ。

 海面と自分の体が並行な状態で。

 

 普通、着水の時には水面に対して体を垂直にして飛び込む。

 水の抵抗による衝撃があるからだ。

 衝撃を減らさなければ、骨折などの怪我、高度が高ければ死ぬことだってある。

 運動エネルギーによる、衝撃が原因の死亡。


 予備知識は持っていた。

 持っていたんだ・・・

 持っていたのに、この有様だった。


 見事だったとしか言い様がない。

 水に叩きつけられるエネルギーを微塵も失うことはなく、全身で受け止めていた。

 カエルのような不格好な体勢で。


 これを意識して行うのは逆に難しいだろう。

 本当に芸術とでも言うべき着水だった。


 ・・・アホだった。

 いや、現世だったら絶対に死んでいた。

 アホなんかで済ませられないだろう。

 完全なる俺のミス。

 ・・・言い訳ついでに、詳しい経緯を説明しよう。


 橙色の空を下降しながら、島のすぐ近くの海にポイントを絞った俺は、体を傾けながら、あるいは捻りながら順調に海面に接近していった。

 体制を変えながら、四苦八苦してなんとかポイントの真上まで移動した俺は考えた。

 後、やるべきことはなんだ?

 ・・・何も考えつかなかった。


 何でかって聞かれても分からない。

 本当にもう何も無いな、と思ってしまった。

 ただそれだけ。

 俺に対してはっ?と聞かれても、はっ?と俺も答えるしかない。

 なんでこうなったのか、俺も分からないんだから。

 

 それでよかったはずだった。

 俺はそう思い込んでいた。

 いや、もちろんよくはない。

 やるべきことを俺は忘れていた。

 ・・・着水時の姿勢だ。

 

 そのまま海に下降していく俺は、自分の身に迫る危機を目にしながらも気付けなかったのである。

 後はそのまま待つだけだなんて、のんきなことを考えた。

 緊張の中にほんの少しの余裕が生まれたからだろうか?

 やっぱり俺には分からない・・・


 馬鹿だと思ったんなら笑えばいい・・・

 俺はもう笑ったよ。


 俺は思う。

 自分で自分のことを卑下する人は結構いる。

 大したことがない失敗や、それなり失敗、色々な理由でだ。

 口にこそしないが、心の中で自分を否定したりする奴は割といたりするのだ。

 

 だが安心しろ。

 自分を否定することはない。

 なぜなら、こんな酷いマヌケがここにいる。

 俺に匹敵するマヌケはそうそういないだろう。

 恐怖心で体が動かなかったんならともかく、忘れてたって・・・

 

 自分がマヌケなことに気がついたのは、着水の1秒前。

 とんでもないバットタイミングだった。

 なんでこんな直前になって思い出す?


 いや、こんな高度で冷静に、どのあたりに着水しようかなんて考えるあたり、俺はまだよくやれてたのかもしれない。

 しかも記憶喪失の状態でだ。

 本当なら何も出来ずに終わってたのかもしれない。

 でも、今となっては全ていい訳だ。

 

 このことに気づいた時にはもう手遅れ。

 手遅れなのは分かっていたが、少しでもマシな体制をと思って手足を動かす。


 結果。

 見事なカエルのポーズだった。

 無様だ。

 実に無様だ。


 海面に体が叩きつけられるのと同時に、俺は意識を失った。

 そんなしょうもない失敗オチ。


 ああ・・・なんて俺はマヌケなんだ。

 俺って結構天然なのだろうか?

 記憶がないから分からないが、俺の生前は結構苦労していたんじゃないだろうか?

 まあ、終わったことは仕方ない。

 今を見つめるのだ。

 俺は。


 そして現在に時は戻る。

 俺が海面に叩きつけられる所までの回想をして、自分のマヌケさ加減に頭を痛めるのはもう終わりだ。

  

 今現在、俺はベットに寝ている。

 白くてフカフカのシーツ。

 厚い羽毛布団。

 普通のベットだ。

 気持ちがいい。

 ずっとこのまま寝ていたいくらいだ。

 そんな中で、俺は目覚めた。

 

 何だろう。

 なぜベットにいるのかよく理解出来ない。


 いったいここはどこだ?

 何故、ベットに寝ている?

 

 最後に見た記憶の場所とここが明らかに一致しない。

 どういうことか。

 考えられることは1つしかない。


 これは誰かに連れてこられたな・・・

 

 そう思うしかなかった。

 だってベットに寝かされているってことは、そういうことだろ。

 助けてもらったのかどうかはよく分からないが、今の状況に悪意のようなものがあるかもしれない。

 ・・・油断は出来なかった。


 試しに手を動かしてみる。

 指の関節が全て曲がり、グーの形になっているのが分かる。

 動作はいたってスムーズだ。

 問題無く動くようだった。


 足は?

 同じようにして足の指をグーにしてみる。

 問題はない。

 

 同じ調子で横にしていた体を起こす。

 全く問題無い。

 体調良好は良好だった。


 喜ばしいことだった。

 あれだけの高度から海面に叩きつけられて、死ぬどころか後遺症も無しなのだから。

 何回も言うように、俺はすでに死んでいるのに、死ぬなんて表現はちょっとおかしいが。

 それにしても、怪我の1つも無いのは異常だ。

 どういう事なんだ・・・

 

 ・・・まあいい。

 無事だったのだからよしとしよう。


 まずは状況確認だ。

 周りを見てみたところ、ここはどこかの部屋らしかった。

 

 俺が見る限り普通の部屋。

 生活臭のする、人の住んでいそうな部屋。

 いや、実際住んでいるだろう。

 生活痕がいたるところに残っていた。


 火の燃え盛る暖炉、冬の時期に飾られているようなクリスマスツリー、目の前には机と椅子が置いてある。

 机の上には読みかけの本が置いてあって、遠目なので見えづらいが子供っぽいタッチの絵が書いてある。

 児童向けの絵本だろうか?


 ベットのすぐ横には窓があり、これまた子供っぽいタッチの絵が書かれたカーテンが、景色を隠すように閉められている。

 部屋は暗く、暖炉の火と窓のカーテン越しにさす、ほのかな赤い光だけが光源だった。


 まるで、現世に普通にあるような子供部屋のようだ。

 

 もっと部屋の中を見てみたい。

 暗いのであまりよく見えない。

 光源が欲しかった。

 

 俺はカーテンに手を伸ばす。

 光を求めて。

 見えない物を見るために。

 掴んだカーテンは、途中で突っかかることも無く極めてスムーズに横へ動いてくれた。


 夜だった。

 が、真っ暗ではない。

 まるで、街の真ん中にいるような明るさが感じられる。

 しかし、外の景色を見る限り建物らしき建造物は何も無い。

 ベットから目覚める前に見た、赤い海がすぐ近くにあるのみだ。


 夜なのに、昼のように明るい景色を演出している黒幕はどこだろうか。

 上を見る。

 

 赤い月が、現世の月の何倍もの赤い光を放っていた。

 妖しい月。

 赤い景色の創造主。

 従来の月よりも魅力的に感じられる月だ。

 惹きつけられるように見る。

 

 「綺麗だ・・・」


 思わず呟く程綺麗だった。

 そして、ここが現世でないことがよく分かる。

 ああ・・・俺は地獄に来たんだな・・・

 

 地獄の割りには暖かくて、気持ちいいけど。


 ベットの感触を楽しみながら、視線を元の位置に戻す。

 さっきまで見えなかった部屋の隅々。

 今ははっきり見える。


 部屋の隅。

 一番部屋の奥にあるであろう位置。


 半分空いているドアがある。

 ドアの空いている部分から光などは漏れていない。

 向こう側も真っ暗だった。


 だから気付かなかった。

 気付けなかった。

 

 2つの眼光が赤い月の光に反射して、ドアの隙間から垣間見えていた。


 「・・・!?」

 

 ゾクッとした。

 体の芯から芯まで全部。

 

 その目は人とは違う目だった。

 どちらかというと、獣に似ている目。

 だけど厳密には違う。

 人と獣の中間くらいの目だった。


 眼光が鋭い。

 普通の人間には出せない眼光だ。

 正直な話怖い。

 そうだよ、天使みたいな存在がいたんだから反対の存在だっているだろう。


 悪魔とか・・・


 そう、悪魔だ。

 2つの鋭い眼光の正体。


 角が2本ある。

 ヤギについているような大きな角。

 さらに体は人間の形をしていた。

 7頭身ぐらいの身長。

 そして浅黒い肌。

 それは、俺の見る限りにおいて悪魔だった。


 そう。

 ここは地獄だ。

 なら悪魔がいてもおかしくはない。

 だって地獄といえば悪魔が定番じゃないか。


 だから聞いてみた。

 恐る恐る、恐怖心を隠すように。

 

 「・・・誰だ?」


 悪魔は人間と契約して願いを叶える存在だと俺は記憶している。

 なら、意思の疎通くらいは可能だろう。

 

 それに、今の俺にはこれくらいしか出来ることが無い。

 そのくらい恐怖心が心を支配していた。


 悪魔は多分、俺を殺そうと思えば殺せるだろう。

 偏見もいいとこだと、思ってはいけない。

 だって悪魔なんだから。


 だから・・・

 だから、悪魔からこんな言葉が出てくるとは予想だにしなかった。


 「あら! 目が覚めたのね!よかったわ!」


 大きくて快活そうな女性の声が、部屋中に広がった。

 

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