5話 橙色の空、黒い雲、そして赤い海
風を切る音がする。
体を切り裂くような鋭い音だ。
せっかく気持ちが良かったのに・・・
何だっていうんだ、この音は。
なぜそんな音がするのか気になって目を開けてみた。
・・・
俺は空中にいた。
しかも下に落ちていた。
橙色の空の中で、黒い雲を横切りながら。
「スウウゥゥゥ・・・」
勢いよく肺に空気を溜め込む。
そして吐く。
声を乗せて。
高らかに。
「ぎゃあああああああ!!!!!」
やばいやばいやばいやばい!!
死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!!!!!
なんで落ちてるんだよ!
どうして?
分からない!
分からない!!!!
思考が纏まらない!
死ぬことしか考えられない!
死んでしまう!
「あああああ!!!!」
叫んでしまう!
叫ばずにはいられない!
本能からの絶叫。
脳からの危険シグナル。
目の前の世界が、俺を待っていた。
---
色々叫んでいるうちに落ち着いた。
いや、パニックは抜けて切っていないが、さっきよりはまだマシだ。
少なくとも、もう死んでるのにどうして「死ぬうゥゥゥゥゥ!!!!!」なんて言ったんだろう・・・と、思える程には回復していた。
人には聞かせたくない醜態。
一人だから別にいいんだが。
これだけ叫び続けても、一向に地面と接触するような展開になっていない。
これは相当な高さだろうなと思う。
たぶんウン千メートルぐらいはあるんじゃなかろうか。
とりあえず・・・
落ち着いたらまず先にすること。
状況の確認だ。
まず・・・下を見るのだ。
空気が顔にあたってついつい上を向いてしまうのを、グッとこらえる。
顔だけではなく、眼球も下の方を見るように動かす。
顔が風に当たって痛いが、ここは我慢だ。
そうして俺が見た景色は・・・
海だった。
見渡す限りに広がる海があった。
ただし、地球にあるような青い海ではなく、赤色の海。
血を半透明にしたらこうなるような色をしていた。
邪悪な血の海。
見て思う。
とりあえず、落下の衝撃でどうにかなるのは避けられそうだ。
ひとまずホッとする。
・・・次だ次。
状況は動き続けている。
さっさと思考を切り替えなければ。
自分自身に注意喚起を促したところで、さらに注意深く下を見てみる。
すると、海の上に浮かぶ巨大な大陸と、その周りに存在する大小様々な島を見つけた。
一個の街ぐらいはまるまる入りそうな、広大で大きな島。
一軒家ぐらいしか面積がなさそうな小さな島。
島々の中央に位置する大陸。
山脈が広がってるがここからでもよく分かる。
・・・険しそうだ。
大陸にはたくさんの小さな光が灯っている・・・ように見える。
他に見えるものを探してみる。
島々の遥か先を見てみたが、赤い水平線が見えるのみだった。
これが、俺の見える今の全てだ。
俺は落ちながら考える。
これからどうするか。
海に落ちる。
それは確定だ。
地面に落ちたら間違いなく俺は無事じゃすまない。
死んだ後のこの状況で、さらに死ねるのかどうかは分からないが、あえてリスキーな道を行くことはないだろう。
さて。
問題なのは、海のどこに落ちるかだ。
泳ぎ疲れて海の底なんて展開にはなりたくないから、陸地のそばがいいだろうな。
この高度なら、多分どの島の近くに落ちるか選べるだろう。
どの位置がいいか・・・
この選択で、今後の対応が変わってきそうな気がする。
落ちて焦りそうな思考を落ち着かせつつ考える。
大部分を占めている小さな島はとりあえず除外だ。
それではどこがいいか。
大きな島がいい。
できるだけ大きな島。
俺は見つめてみる。
光の灯っている大陸の端っこを。
人の住んでいそうな島。
実際に人がいるかは分からない。
実は無人島なのかもしれない。
けど、誰かいるかもしれない。
助けてもらえるかもしれない。
反対に襲われるかもしれない。
ここは天使が言うに、地獄なんだろ?
どんな奴がいるかも分かりやしない。
地獄のイメージはあまりよくない。
俺に限らず、人間みんなそうだろう。
そんな中で、俺がこう考えるのも無理はない。
そう考えると、山脈がある険しそうな島は行きたくなかった。
山は危ない。
現世では多くの動物が山に生息している。
人を襲うタイプの動物も数多くいる。
ここがそうなのかはまだ分からない。
だけど、もしそうだったとしたらまずいと思う。
俺は動物に襲われて対処出来る方法は持っていない。
様々な可能性が頭をよぎる。
何が正しくて、何が間違っているのか。
・・・俺は決めた。
人がいそうなところがいいだろう。
映画館では、スティーラに門に行けと言われた。
けど、こんな広大だとどこに門があるかも分からない。
誰かに聞く必要がある。
光の灯っている場所。
どんな奴が出てくるかは確かに分からない。
でも、俺はその得体の知れない奴らに頼る必要があった。
クソッ。
スティーラの言葉から、地獄の道は一本道だと勝手に想像していた。
それくらいも教えてくれない彼女に今更ムカっときている。
そもそも、こんな高度から落ちるなんて聞いてないし。
落ちるかどうかくらい教えてくれてもいいだろう。
・・・
考えても仕方ないことだった・・・
とりあえずやることは決まったな。
光の灯っている島のすぐそばの海・・・
そこに俺は落ちる。
決まったんなら話は早い。
俺は即座に考えたことを実行した。