40話 花畑の中で
〜ルフェシヲラ視点〜
「そんな・・・」
私は誰もいない謁見の部屋を見て、愕然とする。
魔王様がいない。
人間もいない。
これはどういうことか。
・・・異常事態だ。
魔王様がご自身で言われ、実行することに意志が折れたことはない。
そして魔王様は、この部屋で人間の説得に入ると確かに仰っていた。
なのにいない。
・・・これは私のミスだ。
そして、あの方の陰謀でもあると思われた。
これは、必ず阻止しなければならない。
見てみると、部屋の中央には剣の刺さった跡と、ガラスの破片が散らばっている。
周辺のガラスに異常はない。
と言うことは・・・上か。
上を見てみると、案の定天井のガラスが割れていた。
天井から誰かが入って来たということはまずないだろう。
ラース街に張られている結界外くらいの高度から進入しないと、騎士団の面々が気付くはずだ。
さらに言うと、街の結界が破られることもまずない。
あれは破ろうとしても、破ることの出来ない強力な結界だ。
・・・人間が天井を突き破って外に出た?
いや、魔王様がそんなことを許すはずがない。
ララからの報告では、人間と魔王様が2人で室内に残ったことは伝わっている。
クソッ、その時点で違和感を感じるべきだったのだ。
人間と魔王様を2人きりにするなど・・・
だが、それにしてもこの謁見の部屋に何者かが介入する余地などなかった。
人間単独では成し得ないこの状況。
やはり、あの方の手引きだろう。
魔王様は、何も出来ないだろうとは言っていたが・・・
「「中央執行所の各隊全員に告ぐ!魔王様と人間の消息が不明になった!至急、中央執行所内部、及び周辺の捜索を開始しろ!繰り返す!魔王様と人間の消息が不明になった!至急、中央執行所内部、及び周辺の捜索を開始しろ!!」」
私は、テレパシーを使い居城に滞在している部下達全員に指示を出した。
恐らくこの事態に気付いているのは、王立騎士団団長や、副団長の面々だけだろう。
結界の破れる繊細な音に反応出来るのは、熟練の経験を持った悪魔だけだからだ。
しかし、この異常事態にまさか全員が気付けなかったとは・・・
いや、気付ける訳がないのだ。
あの方の扱う能力はそういう代物だ。
だから魔王様は、あの方を側近という立場に置いていたのだ。
そう私が思案していると、シュウー・・・と、音が耳に入ってきた。
結界の音だ。
居城の周り、そしてその周辺の広大な敷地に結界の膜が何重にも張られていくのが分かる。
結界担当の兵達だろう。
魔物侵攻など有事の際には、居城の周りだけではなく、敷地内に等距離で建設されている砦にて結界を張ることが決められている。
普通は外からの侵攻に使用するのだが、今回は皮肉にも、中から逃げようとする者を閉じ込める形だった。
王立騎士団の面々は対応が速い。
砦の結界は、展開規模の広さから手間がかかるものだが、テレパシーと素早い連携によって、あっという間に張られていく。
私が違和感を感じ取ったのは、結界が破られた瞬間からだ。
あの方の簡易的な催眠では、結界が破られるという異常事態と、それに違和感を感じさせない処理が追いつかなかったのだろう。
だが、居城に駐在している悪魔全員にこの催眠をかけていたと言うのだから恐ろしい。
しかし、これは結界を破った相手の現在位置を特定する手がかりにもなる。
城の内部にいる私にも結界の破れる音が聞こえた・・・と言うことは、1番近くの結界が破られたのだろう。
1番近くの結界と言えば、ヒガンバナのある中庭・・・2つの兄弟門、守撃相殺と守理相殺だ。
だが、あの結界の能力が付加された門は、4段階目のチャントも付加されている非常に強力な魔具だ。
あれを破るとは・・・
しかも、門番もしっかりと配置されていたはずなのに・・・
いや、考えるのは後だ。
人間の居場所は見当が付く。
私もそこに行かねばとは思うが、まずは兵達に指示を与えるのが先だ。
私がそうして謁見の部屋で、テレパシーを送っていると・・・
唐突に謁見の部屋のドアが開け放たれた。
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〜人間視点〜
階段を降りた先は、転移回廊のような通路が続いていた。
現世にあるような、整備された地下道と同じだ。
言ってしまえば、ただの廊下。
そこを通るためだけに作られた場所。
まあ、とりあえず行こう。
俺は廊下を丁度いいペースで走り出す。
数分の間走っていると、次第に何かが見えてきた。
その何かとは、この道が行き止まりだということを教えてくれる壁だった。
もうこれ以上奥には進めない。
だが、俺は別段焦らない。
何の変哲もない木材で出来た梯子が、行き止まりの壁に立てかけられていたからだ。
高さは5メートル程。
多分、脱出用に作られたものだろう。
その梯子の先にある天井には、輝く石が組み込まれている代わりに、上下に開くドアがあった。
天井にドアってことは・・・ここは地下なのだろうか。
階段を下りている間、現在の高さが分かるような窓なんかは一切ついてはいなかった。
だから、俺はどのくらい下に降りているのかを把握しないままここまで来たのだ。
そんなどこにいるのかも分からない状態の俺が、どこに繋がっているかも分からないドアの先に行く。
本当に無謀なことだ・
心底そう思った。
よし、行こう。
無謀だろうが何だろうが、行かなければいずれ捕まる。
捕まらない方法は、俺が動き続けることだ。
今は少なくとも、動き続けよう。
俺は梯子に手を掛ける。
梯子は頑丈な素材で出来ているようで、俺の重さにビクともしていなかった。
まあ、このくらいで壊れるような物を脱出用に設置したりはしないか。
そのまま梯子を上りきると、天井にあるドアに目を向ける。
ドアノブも何もないから、押せば勝手に開くだろう。
俺が思った通り、その扉は押すだけで簡単に開いてくれた。
重さもそんなに感じない。
そして、その扉を押していくと、隙間から光が漏れ出してきた。
やはり、ここは地下だったようだ。
ここから先は外。
と言うことは、悪魔との遭遇率も跳ね上がるだろう。
覚悟してドアを開け切る。
注意深く外の景色を頭だけ出して覗いて見ると、これまた驚いた。
そこは一面花畑だったのだ。
赤色の花が出す、独特の香りが鼻につく。
・・・花がある場所。
俺は中央執行所へ入って来た道順を思い出す。
恐らくここは、城の中庭だ。
門と中央執行所を挟んだ場所にある。
俺が脱出するにあたっての障害は、やはり門か・・・
門一箇所につき、警備している悪魔が2人いたはずだ。
そして、門は常時閉められた状態。
そこを突破するにはどうしたらいいか。
まず、悪魔に見つからないように突破するのは不可能だろう。
戦闘は避けられない。
もし仮に戦闘に勝ったとして、門を開けられるかどうかは分からない。
あの門に描かれた模様を見る限り、強力な能力が付加されているんだと思う。
門に張られている能力・・・大体は想像がつく。
結界の能力だろう。
その能力を破ることが出来るかどうか。
それはこの魔剣にかかっている。
俺は手に持った魔剣を見てみる。
緑色に薄く輝いているその刀身には、未だに力が渦巻いているように見える。
だったらこれで、あの結界を破れるのではないだろうか。
だが、一方で不安な点も残っている。
エネルギーは空っぽだと、声なき声が言っていたこと。
果たしてこれは、本当に使えるのだろうか・・・とか。
いや、使ってみることしか結界を突破する方法なんてないんだが・・・
俺は音を立てないよう、慎重に地下からその身を這いずりだす。
目立たないように、ドアも丁寧に閉めておく。
ここで悪魔に気付かれたくはない。
悪魔との戦闘は正面からだと不利だろう。
だったら、不意打ちしかない。
気付かれていない内に、1回の攻撃で気絶させるか・・・致命傷を負わせるしかないだろう。
殺す覚悟で攻撃をしなければ、あの超人的な悪魔なんて倒せはしない。
悪魔には悪いが・・・そうするしかない。
普通なら、気絶させる選択肢を取るんだろうが・・・
俺は花畑に身を隠しながら、かがんで前進する。
幸い、がかがめば全身を隠してくれるぐらいの高さまで花は生えていた。
視覚的に悪魔に見つかる確立は少ないと思う。
・・・俺がミスしなければな。
かがみながら前方に進んで行くと、壁に突き当たった。
出口側の鉄柵がある壁だ。
後はそれに沿って進んで行けば、いずれ門に辿り着くはずだ。
壁に体を密着させながら、周りに悪魔がいないか確認をする。
まだ周りに悪魔はいないようだった。
・・・今はまだ。
紫色の花は、壁際までビッシリと生えているので、ここでもまたかがみながら壁に沿って進んで行く。
横に壁があるので、俺が注意して見なければいけない場所が減って、幾分か楽になった。
360度周りを注意しながら、花畑の中を長時間進んで行くなんて芸当は俺には無理だろうから、俺としては大変助かる。
そうして順調に進んで行くと、第1の難関が見えた。
・・・門だ。
俺が中央執行所にララと入った、あの時と同じ警備の悪魔が2人いた。
城の入り口に2人。
城の出口に2人。
入り口と出口はさほど離れてはおらず、何かトラブルがあれば相互補助が出来るような距離で門が設置されている。
位置的に、城の入り口側の悪魔2人は出口側の鉄柵を常時見ている形になるな。
つまり、入り口側の悪魔をどうにかしない限りは、出口側の悪魔と交戦した時点で、無条件に発見される。
そして、テレパシーで援軍が送られてしまうと言うことだ。
・・・ますます厳しい。
どうすればここを突破出来るだろうか?
タイムリミットさえなければ、ここら辺りでじっくり待って交代の隙も狙えただろうが・・・
生憎、俺に残された時間はかなり少ない。
只でさえ移動に時間がかかるというのに、ここで立ち往生している暇はないし・・・
クソッ。
不安要素が多すぎる。
不意打ちとは言え、悪魔と戦闘することに不安を覚えるのに、さらに門を無事に破れるとかその他の警備をしている悪魔のことも考えなくちゃいけないだなんて・・・
これは無理すぎるだろ。
人間以上の存在である悪魔に反発するということ自体、やはり間違いだったのだろうか。
だが、行動しなければ今の状況は打開出来ない。
それはよく分かっている。
分かってはいるが、失敗する時の想像がどうしても止まらない。
止まってくれない。
不安は焦りへ。
焦りは恐怖へ。
恐怖は煩さへ。
・・・感情が。
感情が抑えきれなくなっていく・・・




