33話 転移回廊
気持ちいい感触を手放しながら、俺は目を開ける。
目を開ける前に見た、最後の景色。
家の裏庭。
杖をついたダゴラスさん。
赤い光。
そのどれもが今は失われていた。
そして今は、明るい部屋にいるのが分かる。
高くそびえ立った漆黒の柱。
大理石のような石で出来た堅い床。
天井には大きいシャンデリアが20メートルはある高い天井に吊るされており、元は暗いであろう室内を輝かせている。
部屋の広さはかなりのもので、俺が死んでから最初に来た映画館ぐらいの広さはあった。
部屋の形は綺麗な円形で、周りには通路に繋がると思われる入り口が何本も等間隔で作られていた。
上から見ると、丁度お日様の形になるんじゃないだろうか?
その丸くて広い室内の中央に、俺達は転移されて来たようだ。
これだけ広くて通路があるってことは、悪魔の出入りが激しいはずだ。
そのはずなのに、他の悪魔が1人もいやしない。
今は使っていないんだろうか?
肝心の転移に使った陣を見てみる。
陣は、俺を中心に半径5メートルはあるだろう。
こちらの陣も、かなり広かった。
これなら大量の物資も問題無く運んでいけるだろう。
隣を見てみると、マリアさんが真剣な顔で目の前を一点に見つめていた。
俺も、黙ってその視線を追いかける。
そこには・・・
「お久しぶりです、マリア様」
悪魔の女がいた。
肌は白く、マリアさんのように肌が浅黒く無い。
ピンク色のロングヘアーで、髪はポニーテールで纏めている。
まだ少女のような面影が残ったような、整った顔だ。
背もあまり高くなく、人間で言えば中学生みたいな悪魔。
だが、角はちゃんと2本付いていて、高級感たっぷりの銀色に輝く鎧を着用していた。
重厚感タップリな鎧を、中学生のような体格をした悪魔が着ているものだから、ギャップが凄いことになっている。
見た目から騎士っぽい感じがするが、警備か何かでもやっているのだろうか?
「久しぶりね、ララ」
マリアさんが女騎士に対してそう言った。
どうやら旧知の仲のようだ。
言葉使いからして、あっちのララとかいう女騎士の方が立場は低いらしい。
「元気にしてた?」
「ええ。ただ、マリア様が魔王様の元を離れてから城も随分寂しくなりましたが・・・」
「あら、私1人が辞めたぐらいで変わるかしら?」
「変わるに決まっていますよ。あなたが城を去ったことが、我々にとってどのくらいの損失か分からないのですか?」
「ああ、思い出した・・・相変わらずね。私が仕事を辞める時も、1番反対していたのはララとサタンだったものね」
やっぱりマリアさんは周りの悪魔から信頼されていたようだ。
予想通りと言えば、予想通りだったな。
「当たり前です。貴方のような72柱としての強大な力を持ちながら、それを生かさないなど・・・」
「もうそれはいいのよ。それよりも・・・」
マリアさんは俺に視線を向ける。
気まずそうに会話が終るのを待っていた俺への配慮かね。
それはありがたいんだが・・・
ララと言ったか。
さっきから、その悪魔が俺を見る時の目線が非常に厳しい。
睨んでいるを通り越して、殺気を放っている。
俺が話しに混ざろうとしなかったのも、これが原因だ。
俺のことを警戒しているようだった。
悪魔はみんな優しいんじゃなかったのか、マリアさん・・・
「・・・例の人間ですね」
「そう・・・念のために言っておくけど、くれぐれも丁重に扱ってね」
マリアさんは、厳しい目線で話している悪魔に話し返す。
しかも笑顔で。
・・・怖い。
旧知の仲じゃないのか?
なんで悪魔同士が、そんな殺気を放ちながら話すんだよ。
さっきの懐かしそうな雰囲気はどうしたんだ?
急に変わった空気に戸惑う俺。
そして、悪魔の女が俺に向き直る。
「はじめまして、私はララ・シーメールと言う者です」
「あっ・・・どうも」
急に殺気を放ちながら自己紹介してきたもので、戸惑ってしまう。
きっと俺は、人見知りか何かだと思われてしまったのではないだろうか?
でもそんなことはどうだっていい。
早くそのピリピリ来る殺気を何とかして欲しい。
マリアさんも止めて下さいよ・・・
「貴方が記憶喪失なのは、マリア様から聞いています。」
「・・・」
テレパシーか。
どうやら俺に関して色々、マリアさんは事前に街の方に話しているみたいだな。
あらかじめ話していたからって、別に何も問題は無い。
むしろ、話が早く終わってくれそうで、逆に助かりそうだ。
だから早くその殺気を収めてくれよ・・・
「あなたも色々聞きたいことがあって、ここに来たのでしょう」
「そうですね」
「きっとその望みは叶えられます。魔王様は寛大な存在ですから」
「・・・助かります」
仮に、ここで望みは叶えられないでしょうと言われても、引き下がらずにしつこく食い下がるだろうが・・・
だって、そんなこと言われたって困るのだ。
今のところ、唯一の情報源が魔王にしかないのだから。
ララと言った騎士の格好をした悪魔は、マリアさんに顔を向きなおす。
お互いに厳しい視線を放ったままだが。
いい加減話しにくいので、そろそろ本気で何とかして欲しい。
「では、早速ですが・・・いいですね?」
「ええ、ここでダラダラとは出来ないものね」
「はい。昨日から人間の転移のために、全物資の転移作業を停止していますから。それに、マリア様だってこれは不本意なことでしょうから・・・早く終わらせるに越したことはないでしょう」
この会話の意味が分からない。
この2人はあらかじめ、何かのやり取りを決めていただろうから、言葉を省略しても伝わるだろうが、俺は全然理解出来ない。
騎士の格好をした悪魔は、再度俺に向き直る。
「本来なら、掟に反した悪魔に言うべき言葉なのですが・・・魔王様の命令なので、言わせていただきます」
「・・・」
・・・嫌な予感がする。
まず前置きがやばい。
掟に反した悪魔って・・・
俺の直感が叫んでいる。
これから言われることは、絶対に俺にとって不利益なことだと。
「これから、あなたを拘束します」
「・・・」
あらかじめ、そんな予想をしていたとこだったので、それほど衝撃は受けない。
どうせそんなことだろうなと思ったからだ。
しかし、焦りはする。
焦らない訳が無い。
予想が当たって欲しくない時に当たってしまった。
だが、こういう時にこそ落ち着かなくてはならない。
高鳴りそうな心臓の鼓動を落ち着けながらも考える。
そうだ。
俺が拘束されなくちゃいけない理由って何なんだ。
「何で・・・何で俺が捕まんなくちゃいけないんですか・・・」
「詳しくは聞いていません。ですが、強いて言うなら魔王様の命令だからです」
「ちょっ・・・ちょっと待ってください。俺は何も悪いことはしていませんよ」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって・・・」
おいおいおい。
上司の命令だからって、実行する自分は何も知らずに相手を拘束するのかよ。
「その魔王って悪魔の言うことなら、何でも聞くってことですか」
「そうですね。魔王様の言うことは絶対聞くと言う義務は無いですが、間違っていると言うことがまずありませんので」
「何で・・・」
ダメだ・・・
この悪魔は心から、そう思って言っているんだ。
俺がそう思う理由として、目線が全然揺らいでいない。
悪魔の嘘が分からない俺では、彼女の嘘を判別することは難しいが、この場合は分かりやすい。
よっぽど嘘を付き慣れていない限り、嘘を付く時は目線を一瞬外してしまうものだ。
悪魔の社会では、悪魔同士で嘘は付けないから、慣れているということは無いだろう。
つまり、この悪魔は本当に俺を拘束するつもりだ・・・
「ちょっ・・・マリアさんも何か言ってくださいよ!」
「・・・」
「マリアさん!!」
「・・・」
マリアさんは何も言ってくれない。
・・・そうか。
不本意なことってそう言うことか。
マリアさんは俺に嘘を付いていたのか・・・
じゃなきゃ、ここに俺を連れてこないだろう。
お互いにこの状況を分かっていたから、早速俺を拘束しようとしているんだ。
これじゃあまるで、指名手配犯を一旦かくまっておいて、知らない振りをしながら最後には警察に引き渡す奴じゃないか。
「それでは・・・」
そう言って、俺に接近してくる騎士の格好をした悪魔。
これはあれだ・・・
俺が何を言っても、最後には絶対に捕まえるパターンだ。
クソッ。
何も悪いことをしていないのに、何で捕まらなくちゃならない。
理不尽な行為に対して、怒りが突然溢れ出す。
何でだよ。
何で訳も分からず、嵌められなきゃいけないんだ。
おかしいだろ。
頭がクラクラする。
心臓も高鳴りを抑え切れない。
興奮してきている。
俺は思った。
逃げたいと。
ただただ逃げたいと。
俺を騙したマリアさんや、ララとか言う悪魔に対する怒りはもちろんある。
だから逃げたいと思った。
ここで捕まったら、後で怒ることも出来なくなる。
だが、悪魔から俺は逃げることが出来るのだろうか。
ダゴラスさんは、超人的な動きをして狩りを行っていた。
そう。
悪魔は能力を使うのだ。
騎士の格好をした、明らかに戦闘職であろうララとか言う奴も、もちろん能力持ちに決まっている。
おまけによくよく見れば、腰に剣をぶら下げているじゃないか。
・・・逃げ切るのは絶望的だった。
逃げたら足を切られて動けなくされるかもしれない。
だが、さすがに殺されるということは無いだろう。
・・・多分。
が、ここで捕まったら後々何をされるのか分かったものじゃない。
それに、俺を騙したマリアさんの元部下なんかに捕まりたくはない。
それでは、あっちの思うつぼじゃないか。
そう思っている間にも、どんどん悪魔は接近して来ている。
マリアさんはそのまま微塵も動いてはいない。
と言うか、こっちの方を見てすらいないし。
見てみると、体を俺の方向から背けている。
マリアさんは、この拘束にいくらか抵抗を持っていると言うことなんだろうか。
でも、騙したことについては許しがたいことだ。
一体何のためにこんな・・・こんな酷いことをするんだよ。
捕まる前にちゃんとした理由も聞けないなんて、おかしすぎる。
やばい・・・
どうしたらいいんだよ。
誰か・・・
誰か助けてはくれないのか。
周りを見てみるが、そこに他の奴がいる訳も無く、例えいたとしても俺を助けてはくれないだろう。
だってこれ、秘密裏に捕まえようって感じではなくて、公式に許可を得ているようなのだから。
・・・積んだか。
俺がそう思った、次の瞬間。
俺の足元が赤く輝きだした。




