24話 悪魔の生活16~平穏の日~
俺が森で気絶、そして起きてから3日目。
俺の周りには、白い煙がモウモウと漂っている。
触れると湿り気を帯びているかのように感じられ、動かした体の動きに合わせて拡散していく。
その煙の正体は水蒸気だ。
それもだいぶ温かい。
水蒸気の発生源は水であり、その水は俺とスー君の体をスッポリと覆っている。
水の上には黄色いみかんのような果物が悠々と浮かんでおり、時折発生する水の波にゆらゆら揺られていた。
つまりだ・・・
今現在、俺とスー君とで入浴中だった。
結構な広さの檜風呂で。
そろそろ体を清めなければ体が汚いわよ、とマリアさんに言われて風呂に入った次第だ。
俺も丁度入りたかったので、是非是非とお願いした訳だ。
俺の体の状態のことも考慮すると、この日辺りの解禁がベストらしかった。
まあ実は、1、2日前にマリアさんから体を拭いてあげるという申し出があったのだが、丁重に断らさせて頂いた。
他の者に体を拭かれるのはちょっと嫌だ。
何だろう・・・パーソナルスペース的な何かが働いていたのかもしれない。
「気持ちいいねぇ、お兄ちゃん」
ホッコリしながらスー君は言う。
ずいぶん気分がよさそうだな。
対して俺は、あんまり風呂を気持ちいいとは思わない。
そもそも体が温まることによって、気持ちよくなるという感覚がよく分からない。
温まったから何なのだ?
「そんなに気持ちいいかなぁ?」
「ええ!気持ちよくないの!?」
驚愕した顔で聞くスー君。
そんなに驚くことか?
「いや、だって水に浸かって体を温めているだけだろ?」
「そうだけどさあ・・・けど違うじゃん!」
何と言っていいか分からないが、納得もしていない様子だ。
自分の感覚を言葉で表現しようとすると難しいよな。
感情の言語化と言うんだろうか?
まあ気持ちは分かるよ、スー君。
俺も同じさ。
「お風呂って筋肉を温めてるから、疲れて硬くなった筋肉とかほぐしてるんじゃないの?ほら、筋肉痛とか」
「んー、それって筋肉をほぐしてるんじゃなくて、血行をよくしてるんじゃないか?だって、筋肉痛とか起こした後の入浴は禁物だって言うじゃないか」
「・・・何で?」
スー君が純粋に疑問を聞いてくる。
「筋肉痛を起こした際によくやる、一般的な治療法はアイシングって言って筋肉を冷やすんだよ。温めるのとは逆」
「温めちゃいけないの?」
「それもいいけど、筋肉痛を起こした後はダメだろうなぁ。やるなら筋肉痛が引いてからがいいらしい」
「ふーん」
今度は納得したような、してないような声をスー君は出した。
きっとよく分かってないな、この子。
自分から言い出した手前、実際に口に出すことは出来ないが、実は俺もよく分かってない。
うろ覚えの知識をちょっと披露しただけだ。
知ったかぶりもいいとこなので、これ以上スー君に追求されても困るだけなのだった。
しかも、論点がずれているような気がしないでもない。
と言うか悪魔の体に筋肉痛とかあるのかどうかもまず分からないし。
そもそもの話、筋肉痛になる原因自体が科学的に解明されてないんじゃなかったっけ?
原因がよく分かってないのに、その後のケアの話が出てくるのは少し変な感じではある。
現世ではそんなことばっかなんだけどさ・・・
原因が分からないのはよくあること。
そんな理屈を付けたところで、風呂が気持ちよくないことには変わらない。
俺にとって風呂と言うのは、汚れを落とすという作業感がかなり強い行為なのだ。
まあ、人それぞれと言ったところか。
・・・あれ?
前にも俺は・・・
不思議な疑問。
だが、すぐに霧が晴れていくように消えていく。
・・・まあいいか。
「ところで、スー君の学校ってどうなのさ?」
「僕の学校?」
「俺、地獄のことあんまり知らないからさ、どんな学校なのかと思って」
前々から子供部屋でスー君が勉強しているのを見ていて、興味が湧いた。
学校。
俺の認識では、学校とはまだ未熟で、他人の意識に左右されやすい意志の薄弱な者が多く活動する所だ。
似た性格の人達でグループを作ることが多いため、非常に陰湿で負の感情が篭もりやすい。
一言で言うと、悪魔や魔物とは別の意味で魔の巣食いやすい場所なのだ、あそこは。
それが若いからというだけで、見逃されているのがタチ悪い。
まあ、未熟であること自体は仕方ないことでもあるのだが。
人間は学校という教育を施す施設を作るべきでは無かったと思う。
人間の本質は個々でかなり違いがあるというのに、同年代同士という共通点だけで同じ場所、同じカリキュラムを受けさせるのは愚行なのだ。
その教育によってどれだけの才能が殺されたのだろう。
現世で活躍した偉人はほんの少数だが、本来ならもっと数が多かったはずだ。
別に教育をするなとは思っていない。
教育は大切なものだ。
とまあ、学校に対していい印象は持っていないのだが、それはあくまで現世の話。
地獄の学校とはいかなる場所か、かなり気になるところではある。
それにしても、生前俺は学校に対して苦い思い出でもあるのだろうか?
やけに教育のことになると、現世と比較したがる傾向があるな。
「んーとね、友達と遊んで、勉強する所だよ」
随分淡々とした回答をスー君は答えた。
本当に淡々としてるな。
「もっと他には無いの?」
「だって、簡単に言うとそれだけなんだもん」
「委員会とかさ、部活とか無いの?」
「何それ?」
逆に聞かれてしまった。
そう言えば、小学校に部活とかは無いんだっけか。
「じゃあクラブは?」
「それはあるよ」
「どんなのがあるのさ?」
「サッカークラブとか、美術クラブとか、狩り人クラブとか」
おお・・・色々あるじゃないか。
と言うか、サッカーって地獄にあるんだ。
スポーツくらいはあるだろうと思ってはいたが、サッカーがあったとは。
ハンタークラブは何をするのか検討は付かないが、美術クラブは分かる気がする。
知性が発達している生物と言うのは、芸術にどうしても惹きつけられてしまうものだ。
逆に知性が無い、または著しく低い生物と言うのは、俗物的であることが多い。
何事も効率効率で、その過程にある物事を理解しようとしないのだ。
それがダメとは思わないが、いいとも思わない。
とりあえず、ハンタークラブだけが不可解だったので聞いてみる。
「ハンタークラブって何やってるの?」
「生き物を観察したり、どの植物が食べられるかを見分けたりする授業があるんだけど、それが好きな生徒は放課後に残ってみんなで勉強してるよ」
ダゴラスさんのような狩りの仕事は、この世界では割とポピュラーなことが分かる。
子供の内からそういう知識を身に付けさせているのか。
現世では、何でもかんでも養殖化や工場化させているので、そんな狩りの職業の人達はどこかの民族だったりしない限り殆どいない。
狩りという行為自体が非効率的だからな。
現世では。
「思ってたより、現世の学校とあんまり変わらないなぁ」
「現世って人間の世界?」
「そう。俺がいた場所」
「人間の世界の学校ってどんなことしてるの?」
「スー君とそんなに変わらないよ。友達と遊んで、勉強して、クラブか何かやって」
あえてスー君には、俺が現世の教育について否定的であることは教えない。
本当はこんなこと思っちゃいけないのだ。
だけど、そう思えてしまう何かが現世にはある。
そのことを純粋な存在が知る必要性は皆無に近い。
俺個人としても知って欲しくないところだ。
「それじゃあ、そんなにこっちと変わらないんだね」
「ん?ダゴラスさんとかに人間の世界について教えてもらったりすることはないの?」
「僕も聞きたいんだけど、全然教えてくれないんだ。だからお兄ちゃんと最初に晩ご飯を食べた時、色々聞けて楽しかったよ」
「・・・そっか」
スー君は現世についてあんまり知らないのか・・・まだ子供だもんな。知ってる方がむしろ少ないか。
そんなことを思っていると、頭がクラクラしてきた。
風呂に入ってからかれこれ30分。
十分長風呂だ。
上がろう。
「さて、俺はもう上がるよ」
「えー!もう上がるの?」
充分入ったように感じたが、スー君はまだ入っていたいようだった。
子供のくせに珍しいな。
普通子供は風呂に入るのを嫌がるもんじゃないのか?
「だって俺、もうのぼせそうだよ」
「お兄ちゃんのヘタレー!」
「何とでも言ってろ。それに早く上がらないと、マリアさんに怒られるんだよ」
「なんで?」
「今の体で長風呂はあんまりよろしくないらしいんだよ。本来ならかけ湯だけで十分だって」
ちなみに、ここにはシャワーなんて気の利いたものは存在しない。
あらかじめ、蓄えておいた水を使っているらしい。
現世に比べたらだいぶ原始的な生活ではあるが、俺にはこれが性にあっているようだ。
だって全然不便に感じないもの。
「ママに怒られるのか・・・」
そう言うと、スー君があまりよろしくない顔をした。
表情から恐怖心が少し滲みだしている。
自分の母ちゃんが怖いんだろうな・・・
みんなそんなもんだから安心しろよ。
逆に過保護な母ちゃんだと、将来苦労するかもしれないぞ?
「分かった。僕も上がる」
「ああ、それがいいよ」
そう言って、湯船から体を引き上げる。
元々、スー君が俺と一緒に入っていたのは俺のお目付け役とでも言うのか・・・まあ、俺が風呂でブッ倒れたりしないか見ていてくれることを兼ねた入浴だったと思う。
子供相手ならそんなに気を使うことも無いだろうと、マリアさんが配慮してくれた。
女性に介助されながらの風呂は多分、精神的に別の意味で地獄だったろうからな。
マリアさんの計らいに感謝だ。
風呂を出ると、途端に寒さが俺の体に触れてくる。
廊下から流れて来る風に乗って来ているようだ。
裸なので、余計敏感に感じる。
「さむっ」
見てみると、スー君はそんなに寒がっている様子はない。
子供は風の子、ということだろうか。
それとも悪魔が寒さに対して耐性があるのか・・・
でも、一回狩りに行った時、ダゴラスさんはバッチリ防寒対策してたような気がするが・・・
「寒くないの?」
「ある程度なら別に寒くないよ。お兄ちゃんは寒いんだ?」
「だって季節的に今の地獄は冬なんだろ?普通に寒いじゃないか」
「周りのみんなから寒いなんて聞いたこと無いよ。寒いって聞いたのお兄ちゃんが初めて」
そりゃあ多分俺が人間だからだろうよ。
この子は悪魔の常識と人間の常識をどこか同じに見ている節があるな。
それは別に悪いことでは無いんだが・・・
「俺とスー君は違うからな」
「・・・何が?」
「見ての通り、体さ」
「体?」
「だってさ、見るからにスー君の体の方が頑丈そうじゃん」
スー君の体は、ダゴラスさんと同じように浅黒く、同世代の人間に比べてかなり屈強だ。
既にうっすら筋肉が付き始めている。
シックスパックまで出てるじゃないか。
俺の腹を見てみる。
ある程度筋肉質だが、シックスパックまでとはいかないようだった。
子供に負けるなんてな・・・
今更気付いたのだが、悪魔には尻尾がない。
大概の人は悪魔に尻尾があることを想像するんじゃなかろうか?
かなり古い言い伝えや、書物にもそう描かれてたみたいだし。
けど実際は違ったようだな。
前も言ったが、言い伝えなんてそんなもんだ。
所詮は人間が残してきた物だし、信用する方が間違っている。
内容の改変を考えない方がおかしいのだろう。
「他の友達とそんなに変わらないと思うんだけどな」
「そりゃあ悪魔同士だからね。人間にとっては凄いのさ、悪魔は」
「へえ」
スー君の顔がニヘラとしている。
子供って単純だな、と俺は思った。
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その後、スー君と一緒に子供部屋に戻った俺は、マリアさんに体の調子を確かめてもらってから夕食を食べることになった。
もちろんベットの上で。
今はマリアさんが調理しているので、その間、俺は何をするわけでも無く待っていた。
さっき、風呂から上がって廊下を移動したのだが、全然問題無く体を動かすことが出来た。
もういい加減、動き回っても問題無いんじゃないかと思うようになってきた。
動かないことに苦痛を感じるわけでも無いが、動いてもいいのなら動きたい。
動いちゃダメなんだろうか?
「動いちゃダメなのかな?」
「ダメだと思うよ」
勉強机のそばに置いてあった椅子に腰掛けながら返答するスー君。
今日は特別やることも無く、俺と話をしていたいそうだった。
光栄なことだ。
俺でいいならいくらでも会話の相手をしてあげられる。
けど、動いてはダメらしい。
「やっぱりマリアさん怒るかな?」
「前に僕も風邪を引いた時ベットに寝かされたんだけど、勝手に動いたらね、凄い形相で怒ってた。寝てなさい!って」
うーん。
マリアさんの凄い形相か・・・
美人なだけに、どんな顔になるのか想像できない。
家に来てから短い期間だけど、怒ってる素振りすら今のところ見てないもんな。
やはり、それは家族だから見せる顔なんだろう。
「お兄ちゃんはいつ動けるようになるって言われたのさ?」
「一週間って言われた。言われてから3日経ってるから、後4日だな」
「じゃあそれまでは動けないと思うよ。うちのママはそういうところ厳しいんだ」
「そっかぁ。まあ居心地いいから不満は全然無いんだけどさ」
「ならいいじゃん」
まあそうなんだけど・・・
そういった受け答えをしていると、マリアさんがノックして入室して来た。
どうやら夕食を作り終えたらしい。
片手には、お盆に乗せた料理が美味しそうな匂いを放っている。
この匂いは・・・
「魚ですか?」
開口一番こんなことを聞くのは失礼だが、ベットにいる間のささやかな楽しみの1つが食事なのだ。
大目に見て欲しい。
そんなことは分かりきっているかのようにマリアさんは俺に話しかける。
「よく分かったわね?」
「いやー、こう見えても鼻はよく効く方なもので」
鼻がよく効くので、長牙ネズミと二尾サルの死体を運ぶ時、実は結構苦労していたくらいだ。
死臭は大概、思わず鼻を摘む程のきつい匂いだと思う者が殆どだ。
実際のところ、それは死んでから時間がかなり経った結果であり、死んだ直後の臭いというのはそんなに酷くない。
狩りをして死体を運んだ時に感じた臭いは、鉄のようなものだった。
あの時は、死体の方も出血が酷かったからな。
臨時で俺の目の前に置かれた小さいテーブル。
その上に料理がどんどん置かれ、見事にテーブルが装飾された。
スープに浸された魚に、レタスみたいな野菜、ホカホカの芋っぽい食べ物。
俺がこの装飾を崩してしまうのは若干もったいないと思わせる程、バランスのとれた献立だったが、食べることを止める選択肢は俺の中には無い。
「それじゃあ、いただきます」
手を合わせて食べる前の挨拶をする。
何も考えていない中身の伴っていない挨拶だったが、マリアさんは笑顔でそれに頷いてくれた。
マリアさんの軽い会釈と同時に俺は、備え付けのフォークを持って料理に口を付けた。
「・・・相変わらずうまいですね」
「それはよかったわ」
「どれも食べやすいです」
「消化にいい物を選んで作ったからね。君は胃にも負担がかかってたから」
胃にも衝撃が伝わってたのか。
でもその割には、食べ物があんまり胃に入ってくれないみたいなことにはならなかったな。
これもマリアさんのおかげだろう。
食べ物にまで気を使ってくれちゃって。
「スー、あんたは居間に行ってご飯食べちゃいなさい」
「ここで食べちゃダメ?」
「ダーメ!」
「何でさー!お兄ちゃんと一緒に食べたい!」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
けど、マリアさんの言うことに口は挟めないんだ。
すまんね。
「あんたは怪我してないでしょ。ちゃんと動けるんだから居間で食べなさい」
「みんなで一緒に食べたほうがいいよ!」
「・・・」
ああ・・・
マリアさんの怒った顔ってこういう顔なのか。
眉間にシワを寄せて、威圧感を放っている。
確かに怖い。
けど、ちょっと沸点が低い気もする。
「・・・ちぇ」
そう言って不満を表しながら、スー君は廊下へと出て行った。
マリアさん、厳しいなあ。
「まったく・・・珍しいわね、あの子があんな我侭言うなんて。君、だいぶ懐かれたみたいね」
「・・・そうなんですかね?」
スー君とは普通に話していただけだが・・・
別に一緒に遊んだわけでもないしな。
懐かれているなんて微塵も思わなかった。
「まあいいわ。それより、だいぶ体の調子も良くなってきたみたいね?」
「そうですね。ここから風呂に移動するまで全然支障は無かったですよ」
自分の健康っぷりをアピールしておく。
もしかしたらベットからの移動を許可してくれるかも。
「でもまだ安静にね」
釘を刺されてしまったようだ。
まあそうですよね。
スー君からも言われちゃってたし。
「ええ、もちろんです」
「うん、聞き分けのいい子は私好きだな」
「いい子って・・・多分俺、成人超えてますよ?」
確か前にも俺を子供扱いした時があったな。
いつだったっけ?
「だって私から見れば、君はまだ子供よ?」
そんなに俺は子供っぽいか。
先日マリアさんが言っていた、記憶喪失と純化の話を思い出す。
俺の今の状態が純粋だから、精神年齢的にも幼いということ何だろうか?
「俺が記憶喪失だから?」
「そうね。今の君は自分が成してきたことや、これから成すべきことをまだ理解していないから・・・」
「記憶が戻れば子供っぽさも無くなっていきますかね」
「うーん。私個人としては、そのままのほうがいいと思うんだけどなあ」
「子供っぽいって言われて嬉しい奴はあんまりいない気がしますけど・・・」
「子供みたいに純粋な心を持ち続けることはすごく大切で、すごく難しいことなのよ?」
・・・それはそうですけどね。
子供のように偏見のない視点で物事を見ると、色々見えてくることがある。
それは大切なことばかりだ。
子供の頃に見えていた大切なものは、大人に成長するに従って忘れ去られていく。
もし、大人の立場でその視点を失わずにいることが出来たら?
きっとその人間は、素晴らしい感受性を持って社会に関わっていくんだろうなと思う。
ただし、ちゃんとした大人になる過程で出来た下地があったらの話だが。
経験の下地が無い純粋な大人なんて、幼い子供と変わらない。
・・・つまり俺だ。
この状況は仕方ないとは言え、あんまり子供っぽいとは言われたくなかった。
「それに、私を何歳だと思ってるの?人間の成人程度は私にとって、まだまだ子供よ」
そっか・・・
そうだったな。
マリアさんの年齢は不詳だったんだ。
今思い出した。
見た目ばっかりに目がいってしまうから、ついつい若いと思いがちなのだ。
ちなみに、マリアさんが何歳かは聞く気になれない。
そんな勇気ねえよ。
「話を戻すんだけどさ、君はベットの上で腕を動かし続けるくらいなら、全然問題ないところまで回復してるの。風呂で腕を振っても痛くなかったでしょ?」
「そうですね・・・じゃあ腕はもう完全にくっついてるんですよね?」
「そうよ」
おう・・・
それを聞いて安心したよ。
前々から腕はある程度動かしていたのだが、腕を動かす度に内心おっかなびっくりだったのだ。
いつ腕がポロッと取れるか不安だとか思っていたのだ。
もうそんな心配はしなくていいみたいだな。
「でも、体を動かし続けるのは厳禁なんですよね」
「それはダメね」
だよね。
ついさっきも、マリアさん本人が言ってたし。
そしたらマリアさんは一体何を言いたいんだろうか?
「でも、一応腕は完治ってことでいいんですよね?」
「経過観察は必要だけどね。それで、本題なんだけどいい?」
マリアさんは純粋な笑顔から、いやらしい笑顔に表情を変えた。
笑顔自体は変わってないんだが、雰囲気は変わった。
おお?
なんでか知らないが、またまた珍しい表情をしているじゃないか。
まるで、何かよからぬことをするかのような顔だな。
「君の腕が使えるようになったからさ、私から頼みたいことがあるのよ」
マリアさんからの頼みか。
何だろう?
断る気は毛頭ないが、俺にも出来ることと出来ないことがある。
むしろ、今の状態なら出来ないことの方が多いだろう。
何でもかんでも引き受けて、完遂できる訳じゃない。
それでもよければ・・・
「いいですよ。頼みって何ですか?」
まずは一言聞いてみる。
聞いてみてから判断だ。
聞いてみなきゃあ話にならん。
そうして聞き出したマリアさんの一言は、この何気ない日常の中で1日を過ごした俺の予想とは、少し違うものだった。
「明日から、私のお仕事手伝ってくれない?」




