225話 リターン・メモリー27~過酷の大地~
1日目。
死んだ子供達を土葬した後、俺達は歩き出した。
アモールの暗殺者達はヘリか何かでここまで来たのだろう。
周囲には何の乗用車も残されていなかった。
さらに俺達が乗ってきた装甲車のエンジンは、完膚なきまで破壊されていた。
車のバッテリーも抜かれている。
やっぱり、計画的な襲撃だったようだった。
町にはもう戻れない。
かと言って、乗用車もない。
車はあの町では爆破される危険性があるため、富裕層以外はみんな所持していない。
そして富裕層は厳重な警備の敷かれている場所に住んでいる。
車もその中だ。
今の俺の状態では強奪は不可能だった。
俺のケガも深刻だった。
弾は貫通している。
中毒になることはないだろう。
簡易治療キットで出血を止め、消毒して包帯を巻いただけ。
本来それだけの治療では足りないのだが、仕方ない。
医療施設は俺達を受け入れないだろう。
多分、アモールの息がかかっているだろうから。
歩くとせっかく出血が止まった個所が赤く染まることもあった。
比較的短時間に包帯が尽きる。
それでも俺は歩いた。
肉体的苦痛よりも、精神的な苦痛の方が今は大きい。
だから、歩けたんだ。
2人の子供は町へ帰そうとは思ったが、2人ともあの町に置いていったら殺されそうだった。
だから、一緒に連れていくことにした。
死ぬと分かっていて、あの町には置いていけない。
次の町まで距離にして400キロ。
途中には砂漠まで広がっている。
不毛の大地。
中間地点には何もない。
死の熱風だけが存在する場所。
だが、目指すその町の先からは湖が広がっているらしい。
そこを俺達は目標地点とした。
徒歩。
それは原始的な移動方法にして、最も過酷な修練にもなる。
旅は行うだけで過酷だ。
自分の身は自分で守らなきゃいけない。
だが、アリアですら熱中症で倒れる悪環境なのだ。
普段から栄養を満足に摂取していない子供達のスタミナがどれだけもつか。
けど、行かなくちゃいけない。
行かなくてはいけない。
生き残りたいなら。
人に殺されるか、自然に殺されるか。
どちらが良いのかは分からない。
誰に殺されるかなんて、殺される当事者には関係のないことかもしれない。
だって、そんなことを問題とするのは生きて残された者だけだからだ。
死んだ者は、黙して語らない。
だから、ここでもし死んだとして、人に殺されないことが幸せだったかどうか。
それは誰にも分からない。
・・・子供達が納得するかどうかも分からない。
とにかく、今は進むしかない。
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2日目。
子供のペースに合わせて歩く。
ケガをしていなければ背負ってやりたいが、今は難しい。
数日もすれば、だいぶ良くなると思う。
俺の体は普通の肉体じゃない。
自然治癒能力も強化されているようだった。
強化されたこの体は荒野という環境ですら肌を焼くことなく適応している。
俺は問題なかった。
アリアも何とかついてきている。
子供のペースに合わせている分、体力の消費が抑えられているのだろう。
だが、子供の方が深刻だった。
親元を離れること。
先の見えない将来。
不安がっていた。
精神が不安定な状態で、この環境は危険だ。
疲弊が激しすぎる。
「・・・シェンメイ、スー、大丈夫か?」
簡単な英語で子供達に話しかける。
この2人は前、サッカーで遊んだ時に面識があった子供だった。
同い年の女の子で、黒髪のポニーテールの子がシェンメイ。
ショートカットの女の子がスーというらしかった。
両方とも純粋なアジア系。
見た目は日本人と大して変わらない。
どこにでもいる、純粋な子供。
年齢は10歳程。
まだ、かなり幼い。
「だいじょうぶ」
俺の言葉にシェンメイが答えた。
この子はまだ母国語以外に英語が使える。
だが、スーは英語を話せなかった。
うまく意思疎通が出来ない。
集団行動においては、致命的な要素。
けど、子供を見捨てるほどのものじゃない。
それに、アリアもいる。
彼女はこの国の言葉が扱えた。
だから、大丈夫。
「ねえ?」
シェンメイが聞いてくる。
「どうした?」
「これから、どこにいくの?」
「・・・君達を安全な場所まで運ぶ」
「そこでわたしたち、せいかつするの?」
「そうだ。必要なお金は渡す」
「・・・どう、いきたらいいの?」
・・・咄嗟に答えられなかった。
どう生きたらいいのか。
そんなの、俺達だって分からない。
分からないから、こうして荒野を歩いている。
「自分で探すしかない。俺達も、一緒にしばらくは探すから」
「・・・どうして、わたしすてられちゃったのかな」
「・・・生き物だから」
「生き物?」
「そう。生き物はみんな生きようとする。だから、生き残るためには何だってする人もいる。分かるかい?」
「わかんない」
「そうだよなぁ・・・」
分かるはずがない。
こんなこと、本当なら子供が考えることじゃない。
親から無償の愛を受ける立場。
それが当たり前のことなのに。
人間はそれすら出来ない。
自然からあまりにも離れてしまったヒト。
人間社会から離れられず、依存してしまったヒト。
あまりにも、俺達は弱い。
「・・・歩こう」
「うん」
休憩を挟みながら、少しずつ俺達4人は前進していった。
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3日目。
スーの足が出血した。
包帯は生憎切らしている。
俺の服を千切り、消毒液に浸して巻いてやった。
シェンメイは大丈夫なようだ。
子供にしては頑強な体をしている。
逞しいことは好ましい。
生きる活力の塊を見ているようだった。
アリアも子供に負けまいと頑張っている。
まだ、余裕がある。
何キロ歩いたかは正確には分からない。
座標地点がどこかも分からない。
だが、方角だけは合っていた。
野生の勘ではあるが、確信があるのだ。
強化された俺のセンスは、方向感覚を狂わせやすいこの荒野でも遺憾なく発揮してくれている。
「魁人、休もう。スーちゃんも限界だって」
アリアが深刻そうな顔をして、後ろから声をかける。
見ると、スーが足を庇いながら歩いていた。
ここの地形が平坦じゃない分、余計に足へ負荷をかけている。
これ以上は歩けない。
「・・・休もう」
そう言って、荷物を下ろす。
総重量20キロは下らないバックパックを地面に置く。
このバックパックは特別頑強な素材で作られていて、行軍の時でもよく使っていた。
だからボロボロだ。
だが、今は俺達の命を繋ぐ生命線になっている。
「・・・スーちゃん。足を見せて?」
腰を下ろして、スーにアリアが話しかける。
靴を脱ぐと、汗の発酵した臭いと共に包帯から血が滲んでいた。
「・・・酷いな」
相当痛かったに違いない。
けど、スーは何1つ文句を言っていない。
そのことに悲しさを覚える。
「スーちゃん、じっとしててね」
布を外し、消毒液でまた消毒しなおす。
そしてまた巻き直す。
清潔ではないが、いくらかましな処置。
今の状況では、こうするしかない。
出血した場所は細菌の溜まりやすい部位だ。
何かに感染しないといいが・・・
悩んでいると、アリアが耳打ちしてきた。
「・・・本人は大丈夫だって言ってるけど、多分もう歩けないわ」
「心を読んだのか?」
「うん」
なら、徒歩は無理か。
「・・・食料とか、捨てる?」
「ダメだ。まだ先は長い。予定の半分も今日は歩いてないし」
「じゃあ、どうするの?」
少しだけ悩んで、方法を思いついた。
「・・・俺が背負うよ」
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4日目。
背中にバックパックを背負い、前に部分にスーをくくりつける。
重くはない。
子供の体重にしては軽いくらいだ。
・・・それも異常に。
ロクな食事を取っていないと、成長の著しい妨げになる。
日本の同年代の子に比べて、身長が低い。
戦争孤児だって同じ特徴を持つ。
それだけあの町が子供にとって地獄だったってことだ。
アリアが大丈夫かと時折聞いてくるが、それより自分の心配をしてほしいもんだ。
彼女だって、かなり辛いだろうに。
俺は・・・問題ない。
行軍の方がまだ辛かった。
江藤さんとの訓練を思い出す。
あのサバイバル経験が、こんな形で役に立つなんてな。
人生、分からないもんだ。
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5日目。
今度はシェンメイの消耗が激しくなった。
子供の体力の限界が近付いている。
よくここまで頑張ったと言いたい。
けど、道はまだ長い。
また、同様にアリアも体力を奪われている。
俺だけが、まだまともに動ける。
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6日目。
シェンメイが倒れてしまった。
原因はアリアと同じ、熱中症。
そして疲労。
ここには体を冷やすような環境は存在しない。
アリアの同意の元、水を飲ませた。
貴重な水を消費する。
が、これが良かったのかシェンメイの体調はある程度良くなった。
でも、歩けない。
・・・荷物を捨てる決断をした。
アリアに食料品は持ってもらい、後の所持品は全て捨てる。
バッテリー、スマホ、数着の着替え、ザイル、装飾品などなど。
全部、砂の上に放置した。
夜になるとこの辺りは急激に冷え込む為、テントやシュラフは捨てなかった。
生きる為には仕方ない。
そう、仕方ない。
バックパックの上からシェンメイをくくりつけて、俺が全部運ぶ。
荷物を渡したことで、アリアの負担がますます重くなる。
でも、2人で必死に耐えた。
無言が多くなっていく。
歩くだけで必死だ。
移動するだけで苦痛だ。
人間がどれだけ楽な思いをして生きてきたのかを思い知らされる。
車、最高じゃないか。
あれがどれだけ人間にとって利便を提供してくれるのか、今更思い直す。
人間の本来の姿は、こんなにもちっぽけだ。
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9日目。
水がいよいよなくなる。
もう食料品もない。
今まで切り詰めてきたが、どうやらここまでのようだった。
後は、自分の活力だけで歩いていくしかない。
水がないことを意識すると、喉が急激に乾き始める。
子供達も呻きだした。
限界が・・・近い。
俺の体力も底が見え始めてきた。
普通の人間から見たら、尋常じゃない程のスタミナだった筈なのに。
これじゃあ、アリアは死ぬほど辛いじゃないか。
そう思ったら、まだ歩ける。
「まだ、歩けるか?」
無言で歩いているアリアに聞く。
子供達はとっくにもう喋ってくれなくなった。
寝ているか、熱にうなされて呻くだけ。
・・・無理もない。
「・・・」
アリアは何も話さなかった。
ただ、俺を見てニコッと笑うだけ。
・・・危険な兆候だ。
絶対に無理をしている。
水とは、全ての生き物にとって必要なものである。
水がなければ生きてはいけない。
が、水は時として人に災害として牙をむくこともある。
水の性質は、地球の性質と酷似している。
地球の自然環境は人間の汚染にも、ある程度柔軟に対応する。
出なければ、人間の活動はもっと早く地球を殺した筈だ。
水もまた同じ。
どんな色にでも染まり、生命の源になる。
ろ過して綺麗にすることも、逆に汚すことも出来る。
人間は水から・・・地球から離れられない。
けど、俺とアリアはそんなことを望んでいない。
行きたいんだ。
向こう側へ。
決意が足を動かした。
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10日目。
アリアが倒れた。
もう、3人は動けない。
・・・奇跡でも起こらない限り。
「・・・」
無意識に光る石を手に取っていた。
今の俺では3人も運べない。
後、少しの筈なのだ。
もう50キロも離れていない。
行けば、助かる。
そう信じるしかない。
・・・光から生命力を奪い取る。
俺は命を分捕る略奪者だ。
念じた。
強くなりたいと。
この過酷な環境の中でも、3人を助けられる存在になりたいと。
俺の願いが実際に反映されていく。
全身の細胞が死んでいっては甦っていくのを感じる。
細胞単位で肉体が変異を起こしている。
急激な体内変化の影響で、体の中に生息する微生物が死滅する。
だが、この頑強な肉体にそれらの存在はいらない。
共存という関係を、強者が求めないように。
・・・目を開けると、俺の体は力と引き換えに化け物のようになっていた。
顔面を触る。
ここだけはまだ、ヒトだった。
けど、見えた両手からは漆黒の肌が覆っている。
人間の手ではない。
まるで・・・魔物みたいな手。
非人間的形状からは、とんでもないくらいの力が漲ってくる。
これなら・・・運べる。
俺はいよいよ現金以外の荷物を全て捨てた。
もう、保険はいらない。
3人を担ぐ。
重くはない。
命が・・・力を与えてくれているから。
もし、俺が足を止めたら、最後だと思った方がいい。
もう止まらないつもりで行く。
死ぬ覚悟を決めた。
生き延びる。
人間の執念は限界を超える。
知性とは、肉体では越えられない限界を超えるために存在するのではないか?
肉体以外で可能性を探ること。
人間の本来のあり方はこれなのだろう。
だが、俺はその本質から外れつつある。
肉体の限界を奇跡で補強してしまえる。
そんなのは人間の在り方じゃない。
けど、それが俺にとっては丁度いいくらいなのかもな。
自身の体を見て、そう思った。
強化後は凶暴になったりするのが常なのだが、今はとんでもなく冷静だ。
命の危機を傍に感じているから?
・・・分からない。
分かるのは、また前へ進めることだけ。
さあ、行こう。
命の道を歩もう。
俺は3人をかかえて、前へ走り出した。




