224話 リターン・メモリー26~逃走の決行~
深夜、俺達は逃走を決行した。
必要な所持品を持ち、出口を潜る。
警備スタッフは賄賂を握らせて黙らせた。
どうせ村人が確認したらバレるだろうが、時間稼ぎにはなる。
この町では深夜であろうと起きている住人は起きている。
だからそれを警戒して路地裏からまわった。
外に出て、真っ直ぐ装甲車を止めている場所へ。
距離にして5キロ。
でも・・・そこには街からの警察関係者と思われる人物が、数人隠れていた。
「・・・待ち伏せだ」
「私も感じる。全部で6人、隠れてる」
装甲車まで後600メートルの地点で、違和感に気付いた。
人間離れした俺の感覚が、人間の気配を知らせていた。
この辺を深夜にうろつく奴はいない。
いたとしたら変人か、犯罪者か。
ただの犯罪者ならば容易に気配を手繰ることが出来る。
だが、これはそういう感じじゃない。
意図して気配を隠している。
「・・・車を使うか、徒歩で移動するか。どうする?」
「私は・・・徒歩でも大丈夫」
嘘だ。
事前に地図で確認したが、この町を中心とした半径400キロメートルに次の町は存在しない。
一切合切が岩石地帯という、過酷な環境。
迷ったら砂漠にも出てしまうだろう。
近年は自然環境の汚染が原因で砂漠化が著しい。
地図よりももっと乾燥した土地は多いと見た方がいいだろう。
400キロもの過酷な道のりを、食料を切り詰めて踏破するという難行。
彼女にはちょっとばかし重いと感じる。
前回彼女が倒れた時には、車があったから助かった。
そう。
この町を脱出したいのなら、車が必要だ。
「・・・ちょっとここで待ってろ」
「待って。まさか・・・」
「そう、そのまさか」
人をまた殺す。
今の俺なら何とかなる。
「・・・今度こそ死んじゃうかもしれないのよ?」
「砂漠を無理して渡って、そのまま死ぬ確率は高い。お前にそんな危険なこと、絶対にさせられない」
「でも、魁人が死んじゃうのも嫌よ」
「・・・なら、分かるだろ?お前が死ぬのも俺は嫌だ。どっちも無事にこの町を切り抜けたいなら、やるしかない」
命を保持したいのであれば、命を懸けるしかない。
数多の革命家がそうしたように。
可能性という言葉は、最善を尽くしてこそ発言出来る。
俺は今からその条件を満たすのだ。
「・・・」
彼女の言葉を待たずに、俺は前へ出た。
この付近に一切の障害物はない。
射線を遮るものは何もない。
つまり、裸1つの突貫。
徐々に装甲車へと近付いていく。
距離が短くなっていく。
なのに、一向に隠れた狡猾な人間6名は姿を現さない。
「・・・やあ」
そう声が聞こえた。
30メートルもない距離にある装甲車から、1つの影が出てくる。
今日は満点の星空だ。
故に、相手の顔の細部まで確認出来た。
男性。
壮年だろう。
歳は30代後半かそこら。
武器は所持していない。
顔はアジア系だが、日本人ではない。
でも、流暢に日本語を話していた。
「誰だ?」
「私かい?なんだ・・・悲しいな。気付かないのかい?」
「お前みたいな奴なんか知らねえよ」
「ふぅ、元同志だと聞いていたのに。察しが悪いな」
同志。
その言葉が意味するのは・・・
「アモール」
俺の言葉に、男がニヤリと気持ち悪い笑みを零す。
「この地区のアモールに努めている者さ。この国の教会出身だね」
「・・・暗殺者か」
「その言葉を安易に使ってはいけないよ。我々は表に社会的な身分を持っているんだからね」
偽装の身分。
それは暗殺対象に近付く際に与えられる。
社会保障番号やIDなど、アモールに用意出来ないものはない。
「・・・だからそんな警察みたいな恰好をしてるのか」
「何事も装いさ。見た目も、立場も」
・・・気に入らないタイプだ。
俺が見たところ、社会に復讐心を抱いているタイプ。
人を殺す過程で、社会的な立場をさんざん利用して、その社会の在り方を貶めようとするタイプ。
意味を貶めることで、快楽を得る類の人間だろう。
何回か、外部からの暗殺者と合同で任務にあたった時に見たことがある。
こういう奴は、人の弱みを握ることに長けている。
「我々がここに来た理由は分かっているね」
「アリアか?ここにはいないぞ?」
「嘘は言っちゃあいけないね。彼女と単独行動を取れる訳がない。外部からの協力者が皆無なのに」
「いないものはいない」
「ふぅん。君はシラをきるのか」
「嘘の吐きようがない。だって事実だから」
嘘を吐くコツは、自分もそう思い込むこと。
迫真の演技はこれによってでのみ成立する。
だが・・・
「まあ、いいだろう。後々ゆっくり探せばいい」
「・・・今から俺に全員殺されるのに?」
俺の発言に男はククッと笑う。
まるで、全部予想出来ているみたいに。
「死体の傍に放置されていた車あっただろ?に取り付けられたドライブレコーダーで確認はさせてもらった」
「・・・」
「実に素晴らしい動きだった。まるで江藤さんを見ているようだったよ」
「知り合いかよ」
「あの人は有名だよ?世界中の暗殺者の手本のようなものさ。知らないはずがない」
江藤さんって、そこまで有名だったのか・・・
知らなかった。
「だから、こちらでも対策はしているんだよ」
「俺を止められるってか。やれるならやってみろよ」
俺は本気でそう言った。
今の俺なら、銃弾だって見切れる。
特攻じみた攻撃だって、無謀にならない。
それだけの身体能力を手に入れた。
「・・・では」
男が装甲車の裏側へ手招きする。
・・・そこから出てきたのは、拳銃を突き付けられて両手を挙げている子供、5人だった。
サッカーをして遊んだ子供達。
暴行から救った子供達。
暗殺者と思われる5人の大人が、子供に対して銃で脅している。
みんな、瞳が黒々と濡れていた。
「お前っ・・・!!!」
「弱みは握るものだ。住民に話を聞いたよ。子供と仲が良いんだって?私達では銃を持っていても君に勝てそうもないからね。こうさせてもらった」
「・・・親は・・・どうした」
「必要以上に犠牲者は出さない。金を払って子供を売ってもらったんだ。親御さんは喜んで子供を引き渡してくれたよ」
「・・・」
言いようもない怒りに襲われた。
世の中の理不尽に対する怒り。
自分に対する怒り。
アモールに対する怒り。
グチャグチャに混ざって、感情が黒くなる。
何故、子供がこんな扱いを受けなければいけないのか?
こんなに・・・小さいのに。
ありえない。
何もまだ世の中のことを知っちゃいないのに。
どうして?
分からない。
分からない・・・!!!
「10秒以内にアリア様の居場所を吐け。10秒経つごとに子供を殺す」
「待って!私はここにいるわ!!」
間髪入れず、彼女が向こうから大声をあげた。
全てが崩れそうで怖い。
俺達の夢。
子供達の命。
どれも大切なものなのに、俺は・・・
「ああ、アリア様。ご無事で何より」
男は満足して、暗殺者の1人に合図を送った。
迅速にアリアを確保しようと男の1人が歩き出そうとした・・・その時。
「うあああああああああ!!!!!!!」
もう怒りを抑えられなかった。
暗殺者達に向かって、俺は走り出す。
銃をみんな構えた。
2発、俺のわき腹と肩に命中する。
その代わりすぐに男達の元へたどり着き、2人の目を潰した。
「クソ!!!」
男が母国語で弾丸を俺に撃ってくる。
耳たぶに掠って痛みがやってくる。
でも気にしない。
すぐ横にいた暗殺者の1人を殴る。
俺の拳から血が出たが、相手は顎が砕けた。
一気に3人の子供が解放される。
だが同時に流れ弾が子供の3人に当たってしまった。
「やめろ!!!!」
悲鳴のような叫び声を出して、子供をかばう。
左腕を撃たれて、血が流れる。
子供を見る。
1人が死んでいた。
もう2人は胸を撃たれて重傷。
体が痙攣していた。
「おい!動くな!残りの子供もそうなるぞ!」
「何でだ!!何で子供を撃つ!!」
「・・・お前だって分かっているんだろう?いずれその子供達は社会にとっての悪に染まる。まともな教育を受けていないからだ」
「だからって・・・!!」
「アモールの教えを忘れたようだな。もはや同胞でも何でもないな」
男は俺に銃を向ける。
頭を狙っていた。
ヘッドショット。
確実に俺はこれで死ぬ。
死ぬ?
子供を守って?
・・・案外、それもいいかと思った。
「・・・」
男が無言でトリガーを引いた。
だが・・・
「やめて!!!」
重傷を負っていた子供の1人が、母国語で叫ぶ。
俺の前に立っていた。
胸から血を流しながら。
弾が子供の頭部へ・・・
バタリと俺の体に子供が倒れる。
即死だった。
・・・ありえない。
なんで?
恩?
そんなのいらないのに。
どうしてかばう?
どうして?
せっかくこうしてかばったのに、逆にかばわれるなんて。
ああ・・・世の中は残酷だ。
神様がもしいるのなら、言ってやりたい。
子供を何で守ってやらないのかと。
子供すら守らない神様なんて、最低のクソ野郎だ。
そんな神様、いらない。
そう思った。
子供すら守れない俺もいらない。
そう思った。
気が付いたら前へ出ていた。
暗殺者の1人を首をひねって殺す。
殺したと同時に、子供を突き飛ばした。
最後の1人が銃撃を俺に浴びせる。
腹に3発命中。
子供は・・・無事だ。
痛みを無視して突っ込む。
相手の両腕を掴む。
もう、子供を殺させないために。
俺は男の喉に噛みつく。
血が溢れた。
男の掠れた悲鳴が、俺の耳に届く。
遠慮なんか、しない。
殺してやる。
初めて本気で怒りながらそう思った。
男が後ろへ倒れる。
馬乗りになって殴る。
殴るのをやめない。
子供の痛みはこんなものじゃない。
今まで散々子供達は苦しんだろう。
それでも健気に生きていた。
健全に生きられなくても、確かに子供達は笑っていた。
なのに、どうしてこんな殺され方をされなければいけないのか?
もっと死んでもいい人間はいるはずだ。
日本にもそういう奴は腐るほどいる。
なのに、何でよりにもよってここの子供達なんだ?
何か、悪いことをしたのか?
悪いことと良いことはみんな一緒だと俺とアリアはかつて言った。
けど、子供達はそれ以前の問題で、ただひたすら純粋だった。
そうだ。
俺が子供に魅かれたのは、ただ純粋だったからだ。
真っ白なキャンパス。
まだ、絵の具が塗られる前の。
何の罪もない。
けど、殺された。
悔しい。
悔しすぎる。
「ああああああああああああ!!!!!!」
「魁人!やめて!!魁人!!!」
「殺してやる!殺してやる!!!」
「もうやめて!!!」
駆け寄ったアリアに強く頬を張られた。
それで一気に我に返る。
「・・・もう、死んでるわ。その人」
俺は延々とアモールの男を殴っていた。
強化された拳で殴ったせいか、目玉が飛び出して汚いことになっている。
脳みそも出ていた。
すでに死んでいたのだ。
・・・気が付かなかった。
「・・・嘘だよ。こんな世界、間違ってる」
両手が赤黒くなっていた。
血だ。
血が・・・
「もう嫌だ。辛い思いをしてまで生きたくない・・・」
「・・・」
アリアは何も言わずに俺を抱きしめてくれた。
強い抱擁。
彼女は嗚咽していた。
「・・・残酷すぎるよね」
「酷い。こんなの酷いよ。こんなこと・・・」
「でも、自殺はやめて。お願い」
俺は片手に銃を持っていた。
男から奪い取ったのだろうか?
分からない。
けど、俺は銃口を自分の頭に向けていた。
「死んじゃダメ」
「何で?もう、生きていたくない」
「死ぬのはいつでも出来るでしょ?今、生きなきゃ子供達はどうなるの?」
その言葉で目が覚めた。
そうだ。
まだ、生き残った子供がいる。
銃を捨てて、生き残った子供達を確認する。
2人は既に死亡していた。
残ったのは重傷を負った子供が1名。
無傷の子供が2名。
酷い現実が俺の胸に刺さっていく。
この破片も、一生取れそうにない。
けど、このまま子供を救わなかったらもっと心の傷が増えることになる。
「・・・大丈夫か!今、助ける」
重傷を負った子供に近付く。
弾が右胸と腹を貫通していた。
肺から空気が漏れているんだろう。
呼吸がまともじゃない。
腹からの出血も酷い。
これじゃあ・・・
「・・・アリア」
彼女に聞く。
助けられるかどうか。
けど、彼女は首を横に振った。
アリアは心を治す。
実際に体を治せる訳じゃない。
ここには医療器具もない。
どうすることも・・・出来ない。
「ゴホ・・・ゴボォ・・・」
子供が血を吐いた。
血が逆流している。
「・・・死ぬの?僕」
「・・・ごめん」
嘘は吐けなかった。
真実は時として残酷なものだ。
こういう時に嘘を言うことは、世間では優しさと言うのだろう。
けども・・・俺は嘘を吐けなかった。
「・・・もうすぐ死ぬと思う」
「・・・おかあさん」
子供が泣いた。
俺とアリアも泣いた。
どうしようもない。
だから泣くしかない。
生き残った子供2人は、諦めたような顔で重傷を負った子供のことを見下ろしていた。
「おかあさん・・・おかあさん・・・」
子供の目から生気が失われていく。
魂が抜けていくのが分かる。
そう。
世界は魂そのものだ。
万物は魂で構成されているのだ。
俺は、大切であるべき命がなくなっていく中で、そう悟った。
「おかあ・・・さん・・・」
これが最後の言葉となった。
子供が死んだ。
・・・死んだ。
もう2度と話せない。
もう2度と笑わない。
もう、2度と。
「・・・祈ろう」
せめて、生まれ変わった時は良い生活が出来るように。
1分間だけ、俺とアリアで祈りを捧げた。
・・・こんな世界を作った、憎き神様にお願いして。




