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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
222/244

222話 リターン・メモリー24~夢の話~

 車の運転は初めてだったが、問題なく走行出来た。

 アリアの元に戻ったのはテントを張ってから40分後。

 この装甲車は荒野での走行も可能とするタイプの車だったらしい。

 激しい地形でも難なく前へ進んでくれた。


 熱中症に陥った彼女を後部座席に横たわらせ、応急処置を行う。

 彼女は熱失神か熱疲労による肉体の衰弱だと思われる症状が見られた。

 こういう場合の処置は、とにかく体を冷やすこと。

 だからまずは体を半裸にした。


 上半身ブラ1枚という状態にする。

 汗の生々しい香りに加えて、彼女の白い肌が露になる。


 「・・・」


 まずい。

 一瞬欲情しそうになった。

 そうだな。

 最近自己処理をしていない。

 彼女がつきっきりで傍にいるためだ。

 下の方が反応しているが、まあ仕方ない。


 昂る精神を押さえつけて、タオルに水を吸収させる。

 それを絞って、彼女の前頚部の両脇、腋窩部・・・つまり脇の下に入れてやった。

 タオルを入れた部分には太い静脈が体表近くに存在している。

 これが1番熱中症に効果的だ。


 さらにペットボトルから少量彼女に水を飲ませる。

 症状が酷いと水を飲む気も失せるらしい。

 だが彼女は自ら水を飲んでくれた。


 「大丈夫か?」


 明らかに大丈夫ではないアリアに対して、愚かにもそう確認する。


 「うん、ありがとう。早速足手まといになっちゃったね」

 「んなことない。この旅はお前が主役なんだから、絶対足手まといなんかじゃない」

 「違うよ。主役は2人。そうでしょ?」

 「・・・そうだったな」


 2人で1人。

 彼女は都市部の宿でそう言っていた。

 一心同体だと。

 こんな俺なんかに。


 「まあ、とにかくごめん。必要だったから服、脱がせたけど・・・」

 「いいよ。魁人になら見られてもいい」

 「おい・・・」

 「私は、本気でそう思ってるんだよ?」

 「・・・」


 それは突然だった。

 黒い感情が渦巻く。

 性欲。

 それは原初の欲求。

 全ての生物が持つであろう、尊いはずの求心力。


 だが、今この時ばかりはそう思えない。

 醜く、薄汚れた羞恥心。

 人は自慰や繁殖行為に対して罪悪感を抱く。

 何故かって?

 それは理性があるからさ。


 相手に種を植えること。

 それはその対象を支配したと思えるような行為で。

 醜く淫らなその様は、人に生理的嫌悪感と本能的魅力を同時に感じ取らせる。

 拭い切れそうもない感情だった。


 「・・・ダメだ」


 我に返って、ハッとした。

 今、自分を見失ってた。

 性欲に突き動かされていた。

 これじゃあまるで・・・


 「どうしたの?」


 純粋そうな目で見るアリア。

 それが逆に俺を貶めているように感じてしまう。

 俺は、矮小。

 そう自覚せざる負えない。

 目の前の神聖な存在を汚そうとしてしまったのだから。


 「俺・・・今、ちょっと・・・」

 「・・・我慢しなくていいんだよ?」


 止めろ。

 誘うな。

 彼女の言いたいことは分かる。

 けど、俺はそんなのは嫌なんだ。


 孤独でいること。

 それは強さの証。

 何にも依存することのない、どこの誰でもない者。

 そういうスタンスで俺はいい。

 俺の恋は、それでいい。


 「・・・」


 無言で俺は後部座席から運転席へ戻る。

 何も考えずに、俺はギアを変えてアクセルを踏んだ。



 ---



 しばらくの間、装甲車で移動した。

 検問が敷かれそうな場所は避けるべく、道路は使わないことにした。

 いくら装甲車と言えど、荒れ野を突き進んでいたらいずれは進めない場所も出てくるだろう。

 だが、厄介な相手に発見されるよりはまだいい。


 地図を見ると、小さいが町があるようだ。

 警察はいるだろうが・・・町から少し離れた場所で車を廃棄すればいい。

 交通網が殆ど遮断された場所だ。

 簡単には追手もやって来ないだろう。


 彼女の容体は回復した。

 服を着て、無言のまま車内から景色を眺めている。

 もちろんクーラーはガンガンにつけておいている。

 外に出た時がしんどそうではあるが、彼女の症状を考えればこの方がいいだろう。


 気まずくない沈黙の車内。

 黙っていて気まずい関係なら、いっそのこと離れてしまえばいい。

 要するにその程度の相性と関係性しか持ちえないということだ。


 人なんて、無理して付き合うことはない。

 死を覚悟するほどの精神力を持っているなら、そんな生き方は簡単すぎる。

 だが、今の人間達は弱い。

 嫌いな人間と付き合っていかなければ生きてはいけないと自分で考えている。

 そしてそれは、彼らの常識でもある。

 社会の責務を盾にして、自らの意思で生きることを放棄しているのだ。

 そんな人間に、旅は過酷すぎる。


 広野で生物を見かけることは皆無だった。

 生物は様々な環境に適応出来るが、それでも住めない場所はあるものだ。

 この地域は雨が滅多に降らないらしい。

 さらに言うと、川や湖といった環境もない。

 水がとにかくないのだ。

 ある意味、砂漠より生きにくい。


 そんな環境の中で建設された町。

 多分、廃れている。

 そんな場所にはヌーディスト達や犯罪に手を染めている連中がたまり場にしていることが多いらしい。

 犯罪の横行している場所。

 隠れ蓑にはピッタリだが、彼女をそんな場所に連れていくことには抵抗が少しあった。


 他の男に誑かされたら?

 俺がその前に止める自信はある。

 だが、彼女が自らの意志でその男についていったら?

 ・・・俺は止めようがない。


 「ねえ?」


 アリアが声をかけてきた。

 沈黙に苦しくなった訳ではないっぽい。

 もしそんな先進国の人間みたく振る舞われたら、とても悲しい。


 「どこへ行こうとしてるの?」

 「とりあえず逃げるんだ」

 「・・・人を殺したのね」


 たった一言で、全てを見破られた気がした。


 「うん、殺した」


 嘘は吐かない。

 これは俺自身が誓ったこと。

 せめて、彼女には誠実でいたい。


 「・・・力も使ったのね」

 「使った。じゃないとお前、死にそうだったから」


 アリアが後部座席から助手席へと乗り込んでくる。

 半袖から露わになった白い腕が、目の端に映る。

 死にたくなるくらいの罪悪感を、その美しい色合いから感じた。


 「・・・また心の形がおかしくなってる。君の身体も・・・」


 俺の変色した手を見て、悲しそうにそう言った。


 「いいじゃん。顔は変わってないだろ?だったら俺だって分かるだろ」

 「そんなことじゃないの。魁人が魁人じゃなくなるのが・・・嫌だ」

 「俺みたいな人間、いくらでも代わりがいる。俺がどうなろうと悲しむことじゃない」

 「私にとって、魁人は魁人しかいないんだよ?」

 「・・・でも、まだ話せてる。大丈夫。俺は俺のままだから」


 変わってしまった俺の精神性に杭を打つ。

 表に出さないように。

 それすら彼女は看破してしまうのだろうけど。


 「それに、死んだら元も子もないだろ。生き残ることを優先的に考えないと」

 「・・・強くなった力は元に戻ったの?」


 ・・・痛いところを突かれたな。


 「戻ってない」


 そう。

 強化して、一定時間が経つと元のステータスまで戻る筈だった。

 でも、戻らない。

 軍人との戦闘からだいぶ時間が経っているのに。


 「・・・力を使えば使うほど使用者の身体に奇跡が馴染んでくる。私みたいな代弁者みんなそうなの」

 「力、使いすぎたのかな」

 「力って、取り返しのつかないものなの。奇跡って、起こしてから後悔してももう遅いものなのよ」


 奇跡とは人の思いに影響されず起こる、神の力。

 奇跡が起こす結果は必ずしも良いこととは限らない。

 奇跡を個人的に発生させられるのなら尚更そうだ。

 彼女の言っていることはよく分かる。


 「俺が使いたいから使うんだ。何も気にしないでいい」

 「私は・・・」


 彼女はそう言って、黙ってしまった。

 何かを言いかけた。

 こんな風につっかかるのは初めてだ。


 「・・・何でもない」

 「・・・寝てろよ。まだ体調回復してないんだろ」


 俺は後部座席で寝るように彼女へ促す。


 「ううん。ここでいい。魁人の隣でいいの」

 「座ったままじゃ寝にくいぞ」

 「いいの」

 「・・・分かった」


 そう言って、彼女は眠る。


 数時間後夕日が落ちた。

 街の明かりがなくとも、完全な闇にはならない。

 星の光が俺達を照らしていた。


 夜の走行はライトをつけなければいけないので、目立つ。

 目立つ行為は控えたほうがいい。

 夜は素直に野宿することになった。

 所謂車中泊というやつ。

 これはこれで楽しいかもと思う。


 車を止めて、装甲車の横でシートを敷き寝っ転がる。

 彼女も隣で同じようにした。


 「・・・暗いね」

 「俺はよく見えるけどな」

 「目も力で変えちゃったんだね」

 「ああ。遠くを見渡したかったから。今じゃあ双眼鏡みたいに色んな物が見えるぞ」

 「便利そうだね」


 2人して笑いあう。

 

 「星も綺麗」

 「1等星から6等星までクッキリ見えるな」

 「私も見えるよ。星座とかは全然分からないけど」

 「俺も分からん。そもそも星座って古代から知られてたんだろ?」

 「うん。メソポタミアとかギリシャ、昔のエジプトでももう星座は作られてたんだって」

 「昔は娯楽も少なかったんだもんな。そりゃあ星の光に情景も抱くか」


 世界中の人々は、星に憧れを抱く。

 それは今も昔も変わらない。


 最初、魚は地上に夢を抱いた。

 地上生物は、空へ夢を。

 鳥は水中に夢を。

 願いは循環する。

 なら、地球のどこへでも行けるようになった人間は、どこへ夢を抱く?

 この開拓され切った青い星のどこに憧れを持つのか?


 その答えは上空を彩る漆黒の闇の向こうにあるのではないだろうか?

 人間の科学が発達すれば、いずれ星間飛行も可能になるだろう。

 その傲慢さを持ってすれば、それは不可能ではない。

 だが、きっとそこでも人は栄え、苦しみ、袋小路を作っていく。

 人間が目指すべきなのはもっと先。

 もっと先にある。


 「空にある星って住めるのかね」

 「殆ど住めないって。人間が暮らすには適さない場所が殆どだよ」

 「テラフォーミングとかってなかったか?」

 「ジャック・ウィリアムスン?」

 「そう、その人」


 教会の図書で読んだことがある。


 「その話で言えば・・・火星が1番地球の環境に近いって知ってる?」

 「へぇ・・・知らなかったよ」

 「火星の地下には凍った水が埋没してるの。だから、それさえ溶かせれば地球と似た環境になるんだって」

 「そこが人間の住める星になるのか?」

 「実行不可能レベルで予算が必要だから、現状では無理なんだって」


 詳しいな。

 まさか彼女が星の話しに詳しいとは思わなかった。


 「・・・お前も星の本とか読んだのか?」

 「いっぱい読んだよ」

 「じゃあ、俺と同じだな」


 また2人で笑いあう。

 ほんのり月明かりに照らされて、彼女の笑顔が神秘的に映える。


 「私、宇宙に行きたい」

 「・・・俺も」

 「そうだよね。人間の存在なんか一切忘れて、誰も見てない向こう側に行くの。神様だって見てないような、ずっと向こう側」

 「俺も同じだ。宇宙って多分冷たくて寂しいところだけど、それでも行きたい。行って、果ての果てには何があるのか見てみたい」

 「だよね!私もずっとそう思ってたの!」

 「ハハハ。この力を持ってると、どうしても地球が汚いと感じちゃうもんな」

 「・・・そうだね」


 残酷な話、今の俺達には夢を叶える力がない。

 宇宙に行くなんて、遠い夢でしかない。

 人類が開拓しきった、この地球で生きていくしかない。


 「じゃあ、今の旅でも生き残れるようにならないとな」

 「そうだね。今日のことで倒れてたんじゃ、宇宙になんて行けないよね」

 「まあ、頑張って行けるような場所ではないけどな」

 「それでもいいよ。夢は夢でも、捨てなければそれはまだ夢のままだから」


 その言葉に共感した。

 この残酷な人間の支配した世界では、そう思っていたい。

 夢はよく現実と対比される。

 現実的な思考と結果がいつも優先される。

 なんと面白味もない社会だろうか。

 人間は、いつも妄想や空想をするから面白い。

 現実的になりたいのなら、それはいっそのこと夢を描いて先人に作られた機械に全部運営を任せればいい。

 機械は忠実に人間の意志通り動いてくれることだろう。


 「いつか行きたいね」

 「行けるなら行ってみたいな」

 「きっと行けるよ!」


 彼女は確信に満ちていた。

 現実じゃあ、子供の話だと笑われてしまう。

 だけど、彼女の確信めいた発言に、希望を託したい。

 そんな気持ちになってしまった。


 夢のある話は好きだ。

 だからもっと彼女のことが好きになってしまう。


 「・・・まあ、明日は早い。星を眺めるのもいいけど、お前も早く寝ろよ」

 「私はもう少し、もう少しだけ・・・」

 「そっか。分かった」


 俺は彼女を邪魔しないように目を閉じた。

 未来を考えるなら、明日を考えなければいけない。

 こういう現実的な思考は嫌いだ。

 だが、それでも夢のことを思うならそう考えるべきだ。

 現実的な思考とは、馬鹿げた夢を叶えるために存在するのだから。


 「じゃ、おやすみ」

 「おやすみなさい、魁人」


 本当なら車で寝るべきなんだろうが、こんな綺麗な夜空なんだ。

 1日ぐらいはいいだろう。

 力を使ったせいで疲労が溜まっていたのか、すぐに俺は意識を焼失した。

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