221話 リターン・メモリー23~海外での殺人~
雲1つない青空だった。
空に浮かぶ可視化された水蒸気は日光を遮ることなく、俺達に降り注ぐ。
こんなことを言ったら怒られそうだが、絶賛被爆中。
強烈な紫外線は30度の熱風と共に、俺達の肌を微量ながらも破壊していた。
「・・・暑いね」
「せめて木があればいいんだけどな」
ここは都市部から離れた荒野。
文明的なものが何もない場所で、ひたすら長い長い道路を直進していた。
遠くの景色が歪んで見える。
やばい。
俺はまだ余裕があるが、これじゃあ彼女がダウンしてしまう。
「帽子がなかったら、熱中症になってるよ」
「後、脱水症状にも注意しておけよ。水分補給はマメにな」
「うん、大丈夫」
とは言うものの、彼女の表情が疲れ気味だ。
休憩したいところではあるが・・・
周りは岩石地帯で、影の出来るような高い遮蔽物はなにもない。
座ったら日光の熱を蓄えた岩でやけどしそうだ。
道路も同様、かなり熱い。
とても休憩出来る環境じゃない。
「夜になったら涼しいよね。砂漠ではそうだって聞いたことあるから」
「逆に気温差がありすぎて辛いぞ。本当に一気に気温が下がるからな。まるで寒冷地みたいに」
高緯度の地域では氷点下にまで気温が下がるらしい。
同地域では、最高気温が50度を超すこともある。
うまく工夫して切り抜けないと、体調不良を起こして大変な目に合うんだとか。
「そういう意味でここはまだマシな方だな」
「・・・日本の天候が天国みたい」
「いや、日本も日本で厳しいよ。だけど、科学の発達でクーラーとか多用してるから、そう感じないだけであって」
室内育ちの人間には中々分かりずらいことだろう。
「日本の外の環境でずっと野外生活してたら、慣れてないと死人もでるよ」
「・・・ホームレスの人って凄いんだね」
「そうさ。都会の中のサバイバルを生き残ってる人達だからな」
ホームレスに対する嫌悪感は彼女にはないようだった。
普通、女性は清潔感のある者を好む。
普通の生活をしていても、汚い箇所があればNGの女も多い。
ホームレスなんて論外だろう。
そういう女性ほど、人間として弱い部分が非常に多い。
女性が存分に浸かっている人間社会の上に、先進国で生まれた人間の好む清潔感の維持が成り立っているのだから。
需要と供給が整った環境だからこそ、世界の本来の姿を知らない。
くだらないことだ。
1回発展途上国の紛争にでも巻き込まれたら良い。
恐らく1日も持つまい。
軟弱な生き物は、本来この地球に生きる資格がない。
でも、歪な人間社会はそれを生かす。
生かした結果がこのありさまだ。
アモールも対極ではあるが、人間社会の生み出した産物の1つだろう。
「でも、ここまで来るとホームレスの人達でも暮らせないね」
「こんなとこ、好んで暮らす奴なんか殆どいないよ。普通は川や海の傍に住むものなんだから」
「人間は水がないと生きていけないもんね」
「生物と水は切っても切れない関係にあるってことだな」
俺の言葉を聞きながら、水をガブ飲みする彼女。
おいおい・・・水は大切なんだぞ。
水のストックはまだ4リットル程残ってるけど、そうは持たないだろう。
「あまり飲むの止めろよ~。俺はまだ余裕だけど、後々調理に使う分がなくなるぞ」
「ごめんね。でも勝手に手が動くの」
「いや・・・気持ちは分かるけどさ」
子供の頃、餓死しそうになった時、ご馳走を見た途端に本能的に走って食った経験がある。
何も考えずに行動してしまったのだ。
人間の体は飢えると自動化してしまう部分が確かに存在する。
「ふぅ、ふぅ・・・」
「・・・」
「ふぅ、ふぅ・・・」
「・・・」
1時間もすれば、お互いに無言状態に。
話す体力もなくなったか。
俺から話しかけても彼女はそれすらキツイと思うし・・・
やっぱ、このたびは彼女の身では無謀だったのだろうか。
「だめ~。無言でいたら意識失っちゃいそう」
ついに彼女が根をあげた。
アスファルトの道路は熱いだろうに、それも気にせず地面に座り込む。
もう、駄目だな。
「自力では動けない・・・よな?」
「ごめんなさい。体、あまり言うこと聞いてくれないの」
「別に謝ることじゃない。お前みたいな反応する方がこの環境では普通だ」
特に彼女の場合、インドア生活まっしぐらだったからな。
無理もない。
成人男性でも激しい消耗は避けられない。
むしろ良くここまで歩いたと、彼女の根性を褒めてやりたいくらいだ。
「・・・ヒッチハイク出来る車を探すか、このまま岩石地帯まで俺が走って民家を探すか。どっちがいい」
俺は選択肢を提示する。
彼女は支持するだけでいい。
俺が彼女の手足になってやる。
「・・・どうしようね?」
「珍しいな。お前が迷うなんて」
「人がいなければ、こんなに私って脆いんだって思ってさ」
「だから俺がいるんだろ?日本みたいに弱音を吐ける場所はこの国に存在しないぞ?」
俺達は2人きりだ。
それ以外の人間関係はいらないと思ったからだ。
だから、他の人間の助けなしにこのルートを抜けたかった。
「・・・民家があったとして、どうするの?」
「強盗。命までは奪わない。ここはまだ砂漠化してない地域だし、都市部から300キロも離れてない。十分に家が建ってる可能性はあるよ」
「こんなところに好んで住む人はいないんでしょ?」
「嫌々住んでる人もいるんだよ」
例えば、先住民族の地を守るためとか。
人が疎ましくて辺境の地へと住み始めた変人とか。
理由なんて考えたらキリがない。
人の数だけ考え方や実際の行いに違いがある。
「・・・お願い」
「了解」
俺は彼女を道路から離れた場所まで連れてテントを張る。
道路側から死角になる形で。
「俺、少しの間走ってくるから動くなよ。テントの中でじっとしてろ」
「うん」
道路を走行している輩に彼女単独で接触させるつもりはない。
俺がいない間に警察がこの道路を走行するとも限らない。
警察は見つけたら逃げるか自力で排除する方向だ。
「・・・行ってくる」
「・・・ごめんね」
彼女の謝罪を聞きながら、俺は荷物を置いてテントの入り口をしめる。
太陽光は容赦ない熱をテントに浴びせていた。
熱が篭りそうだが、直接日光に体をさらすよりはいいだろう。
「さてと」
すぐそこに落ちていた光る石を拾い上げる。
この光る石はどこにでも落ちている。
例え国外であろうと。
地球全土に落ちているようなのだ。
これが何かは分からない。
だが、これが俺に神秘を与えてくれることは知っている。
力をこめる。
石の中に入っていた命のエネルギーが表出する。
それを残さず体内に吸収した。
俺の心が汚染されていくのが分かる。
どんどん汚くなっていく。
意志なき物質が経験してきた命の過程ですらも、微量の毒が流れている。
どうしようもなく、この世は汚い。
それを俺は全て受け入れる。
人間に溜まっていた穢れを、全く否定しない古代。
古代に生きた人間は自身の邪悪な部分を肯定し、時代を追うごとに躍進していった。
それは血の時代とも呼ばれる。
人間同士がまだ地球の各地で、血みどろの領地争いをしていた頃だ。
同族の人間を殺すため、そして自身の生活を潤わすため。
人間は知恵を使い、人を公然と蹴落とし、殺してきた。
暴力的な思想はさらなる進化を人類にもたらした。
産業革命。
高度成長。
どんな形にせよ、ストレスは人間に刺激を与える。
良い意味でも、悪い意味でも。
古代の人間のストレスは純粋に、命の危機だ。
これがもっとも人間に躍進を与えるものだ。
困難と淘汰があれば、人間は強くなれる。
それは穢れの歴史の中で、しっかりと育まれてきたのだ。
今の状況すらも人間の意地汚さで打開出来る。
汚らわしい性質を前面に出すことで、いつだって人間は進化出来る。
必要以上に善性を求めなくてもいい。
必要な分の悪意をこの体に蓄える。
だから俺は力を手に入れられる。
目を開けた。
身体能力が軒並み向上しているのが分かる。
全身に力が漲る。
代償として俺は、また人間性を失った。
大切な感情を失うこと。
それは自然と一体化することと同義なのだろうか?
・・・考えるのは後だ。
彼女が待ってる。
時間はかけられない。
急ごう。
俺は駆け出す。
荒野の地形に足をとられない。
獣並みの俊足を手に入れていた。
俺の脚力は人間の筋肉では到底辿り着けない領域にまで到達している。
時速50キロ以上で、しかも全力の走力をキープ出来る人間など存在しない。
瞬間的にその速度を叩き出せる人間はいるだろう。
・・・瞬間的には。
道路から横方向に道を外れて進む。
似たような地形は進行方向を狂わせる。
人間の地形把握センスは進化の過程で失われてしまった。
だから普通はコンパスなどで対応する。
が、今の俺にそれはいらない。
ただ景色を見ただけで、ここがどこだか判別がつく。
まっすぐ走れる。
俺は・・・人間を超えていた。
20分程東へ進む。
小高い丘があったので、のぼることにした。
そこから見えた景色は、一面の岩、岩、岩。
付近に建造物は見当たらない。
俺の強化された目ですら何もとらえられない。
民家を探すのは絶望的だった。
ただ、もう1つ新しい可能性を発見する。
新しい道路が2キロ程先にあったのだ。
そこを走行中の車も。
・・・装甲車だった。
3つの車が列をなして走行している。
恐らく、人民解放軍。
襲えば報復の手が伸びてくるに違いない。
だが、ここで車を奪わなかったら、どうなるのか?
アリアのことを思い浮かべる。
最悪の事態が想定された。
「やるしかないか」
即決した。
やるしかない。
心の準備など後回しでいい。
今、生きるために最善を尽くすだけだ。
装甲車は南西方向から来ている。
俺が接近すれば、丁度横から奇襲をかけられる。
俺は全速力で走った。
風がゴウゴウと音を立てる。
車で走っているような感覚だ。
足への負担も全くない。
軽やかだ。
腕をチラッと見る。
人間の規格を離れ、健全な人の形に支障をきたしていた。
黒々とした鱗のような、硬質化した肌に包まれた両腕。
俺の体内にある血管が超常的なスピードで脈打っているのがよく分かる。
通常の人体からでは考えられないほどの血圧上昇。
血液の循環がよくなると代謝が良くなる。
その代謝は急激な身体能力の上昇を可能にする。
それを実現するには・・・体が人間をやめていかなければいけない。
代償は重い。
心臓を鼓動出来る回数は元々限られている。
俺は今、寿命を減らしている。
即席のレベルアップは、寿命というかけがえのない命そのものを必要とした。
だが、生きるためであれば。
古代の人間がそうしたように、それが醜い行為だと自覚していても、先に進むための力が手に入るのであれば。
命の総量を増やして歪に形態変化を招いた両足で、俺は飛ぶ。
先頭を走行中の装甲車と感覚的に距離を測って、ボンネットに着地した。
「!?」
車の中には運転席と助手席に1人。
それ以外はいない。
車内にいるアジア系の軍人は俺を見て驚愕していた。
恐らく強化ガラスであろう前方のフロントは、俺の腕力でも割れない。
俺からは手の出しようもない。
すると、助手席に乗っていた軍人が怒声を口から響かせながら側面の窓ガラスを開けた。
その手には銃が握られている。
流石本物の軍人。
自衛隊とは実戦での判断力が違う。
だが、それは俺に対してだとミスチョイスな選択だった。
窓から出された腕を引っ張り、銃を持った手の指をオラウータン並みの握力で引きはがす。
指の関節がボキボキと鳴り、軍人が悲鳴をあげた。
すかさず銃を奪って、車内に銃撃を浴びせる。
確実に脳天にヒットさせ、車を停止させる。
車がスピンして、道路の真ん中で止まった。
後ろを走行していた車もそれに合わせて急停車する。
さあ、ここからだ。
命懸けの闘争が始まった。
車内から軍人が降りてくる。
総勢4名。
もちろん火器を装備していた。
95式アサルトライフル。
この国で正式採用されている銃。
こういうタイプの武器の場合、火線を見極める目がなければ接近は出来ない。
俺にはその目が備わっている。
自分のセンスを信じて俺は走った。
セーフティーを外し、軍人は何の躊躇いもなくトリガーを引く。
俺は火線を見切って、低く俊敏なチーターのように前へ。
感覚的には0.5秒か。
軍人の懐まで入り、渾身のパンチを相手の顎に食らわせた。
脳が振動を起こし、軍人が倒れる。
すかさず隣にいた2人目を処理する。
それを後方から見たリーダーらしき人物は、ライフルを全弾打ち尽くした後、再び弾丸を装填することなく大型ナイフを持ち出した。
・・・ナイフ戦に心得があるらしい。
新米は必ずナイフによる格闘戦を想定した訓練が行われるが、実戦でナイフを使う場面は実際のところあまりない。
なのに、こうやって臨機応変にナイフへ装備を変える辺り、実戦経験が豊富なのだろう。
修羅場を潜ってきた人間の臭いがする。
奪い取った拳銃で後方にいたもう1人の軍人の頭を打ち抜く。
何の抵抗もなく、額から血を吹き出し死亡した。
残るは後1人。
銃を弾切れまで打ち尽くす。
俺のように回避は出来なくとも、停車した装甲車に隠れてうまくやり過ごされる。
銃の残弾を把握していたのだろう。
打ち尽くすと同時に、彼は走ってきた。
アスリート並みの走力。
銃の再装填の時間も許さずに、ナイフが俺の胸部を切り裂こうと襲い掛かる。
相手の半袖から見える筋肉の躍動がよく見える。
そこから回避すべき方向を判断することは簡単すぎた。
動作からは次の手が読めない。
そういう戦いを何回も重ねてきたのだろう。
だが、無駄だ。
ナイフを余裕で両側から両手で挟み、白刃どりをした。
流石にこのことは予期していなかったのだろう。
リーダーの軍人の目が見開かれる。
両手を横方向にズラし、相手のナイフを捨てさせる。
そこからは一方的だった。
目を潰し、腹に掌底を叩き込む。
軍人が吐き出しながら、血の涙を流す。
苦しみから早く解放してやろうと、死んだ軍人のライフルを取り、頭部を打ち抜く。
銃声がして、目を潰された軍人は動かなくなった。
死んだのだ。
慣れた光景。
今更悲しむこともない。
軍人だったから、覚悟のある人間だった。
それだけで殺す罪悪感は十分に相殺出来る。
「・・・」
死体はそのままだ。
装甲車の1台だけ盗んで、後は逃走。
俺にはこの現場を隠蔽出来る手段がない。
殺されたことはすぐにばれるだろう。
軍人を私的な理由で殺す奴は殆どいない。
今回の殺人がばれれば、恐らくアモールにも・・・
「・・・いいさ。なんだって殺してやるよ」
言い捨てて、俺はどこまでも逃げる為に車へ乗った。




