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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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219話 リターン・メモリー21~初めての買い物~

 雑踏がそこかしこから聞こえる。

 アジア系の人種が行き交う大通り。

 人通りの激しい市場。

 そこをアリアと俺で歩いていた。


 「わぁ・・・凄い人の数だね」

 「こういう所、苦手だ」


 人の息で空気が汚染されていた。

 見渡す限りの人、人、人。

 どうしてこんなに人間が集まるんだ?と思うくらい。


 「こういう場所ではスリなんかに注意しないといけないらしいぞ」

 「どこ情報?それ」

 「どっかの中国人からの情報。観光客から聞いたことがあるんだ」

 「じゃあ、荷物持ってる私達は注意しなくちゃだね」


 ここが日本語の通じない国だということを良いことに、好き勝手に話す俺達。

 貴重品は俺が全部持っているから、盗まれる心配はないと思う。

 そこら辺の人間に負ける気はしない。


 「で、食料品を買うんだろ?どこ寄ればいいんだ?」

 「ん~、こっちかな」


 アリアが先導して先に行く。

 人の心の声を頼りに、地図なしで市場を右往左往。

 一応今晩は安宿を取ってあるが、これ、戻れるのか?


 「こっちこっち」

 「うへぇ・・・迷いそう」

 「大丈夫だよ。私、ちゃんと覚えてるから」

 「待ってくれ。人ごみは辛い。てかお前、よく平気だな」

 「こんなのちょちょいと躱せるよ」


 見るとアリアはお祭りが出来そうな人ごみの中を、スラスラと歩いていく。

 人と人の隙間をうまく歩いているのだ。

 人の心を読めるって、便利だな。


 対して俺は人の集団からくる圧迫感でストレス気味。

 うまく前を進めない。

 大衆に耐性がないんだな、俺って。

 都会よりも田舎の方が絶対に向いている。


 「ここだよ!」


 手を振って俺を呼ぶ彼女。

 元気だな。

 この分なら、旅をしてもへこたれなさそう。

 活力があるっていうのは良いことだ。

 生きるということに対して、アクティブになれる。


 「・・・スーパーマーケットか」

 「ここが地元で安心安全の食品を売ってるんだって」

 「食中毒で動けなくなりたくないもんな」


 そう。

 他国では食料に注意しなくてはいけないのだ。

 食材が日本人の腹に合うか合わないかとか、そういう問題じゃない。

 毒が入ってるか入ってないかの問題だ。

 日本じゃおよそ考えられないこと。

 けど、中途半端に発展してきた国に滞在している時は、衛生管理や食品に関して色々な意味で妥協を許してはいけない。


 アリアが建物の中に入っていく。

 俺もそれに続いた。


 「・・・中は日本とそんなに変わらないんだな」


 食品や生活用品の数々が、棚に陳列されている。

 冷房が効いているのか、ちょっと涼しい。

 少しボロッちいが、それを除けば立派に店らしい店と言える。


 「じゃあ買おっか」

 「おう」


 ショッピングカートを転がして、食品の置いてある棚へ。

 生鮮食品はあまり買わないことにしている。

 だって長期間の旅だし、なるべく保存の効く食材の方が好ましい。


 「何買う?」

 「まずはカンズメじゃないか?」


 丁度、目の前にはカンズメが。

 結構色々な種類が売られている。


 「魚に貝、肉にタイ米。どれもおいしくなさそう」

 「日本の食品が例外なだけだよ。世界の標準で言えば、これくらいが丁度良いんじゃないか?」

 「そうなのかなぁ・・・」


 不満そうな声だな。

 まあ、アモールの教会でおいしいものを食ってきただろうから舌は肥えてるんだろうな。

 さぞ美味なる食事をしてきたに違いない。


 「うわぁ、シュールストレミングまである」

 「・・・これか?」


 透明な袋の中に、密封状態で入っているカンズメ1つ。

 オレンジ色を基調とした綺麗な缶。

 ・・・何で袋に入ってるんだ?


 「駄目だよ、その袋開けたら」

 「・・・何かあるのか?」

 「それ、世界一臭い食べ物って言われてるの。塩漬けのニシンが入ってて、発酵の臭いが強烈なのよ?」


 試しに袋の臭いをかいでみる。


 「うっ・・・」


 強烈な臭いが漂っていることに気が付いた。

 なんだこりゃ。

 カンズメに入ってるのに凄くくさい。


 「臭いで気絶する人もいるんだよ」

 「こんなの、誰が食うんだよ」

 「スウェーデンの人。記念の日にお祝いで食べるんだって」

 「・・・よく食えるもんだ」


 言ってしまっては悪いが、吐き気がする。

 元の棚に戻して自分の手をかぐと、臭かった。

 ・・・触らなきゃよかったな。


 「こういうマニアックな食べ物はよして、無難な食品を選ぶぞ」

 「例えばどんなの?」

 「ほれ」


 カートの中にポイポイ商品を入れていく。

 主に肉系のカンズメ。

 タンパク源はあって損なし。

 持てるだけ持った方が良い。


 「じゃあ、次ね」

 「ん、何買うんだ?」

 「栄養食品」


 彼女の移動した先。

 そこには日本発の栄養調整食品があった。

 チョコとか、チーズとか色々味がある。

 俺もお世話になったことはあるが・・・これ、そのまんま日本語表記だな。


 「日本からの輸入品なのかな?」

 「・・・日本の食品は安心だからってことだろ?こういう国だと人気があるらしい」

 「じゃあ、生鮮食品も探せば日本産のあるかな?」

 「あるだろ。聞いた話じゃあこの国の人達、中流家庭から自分の国の食品食わないらしいぞ」

 「食べ物を作った人間も食材も穢れてる。聞いてていい気分しないなあ」


 同感です。

 俺もそう思いますよ。


 「おお、他にも色々日本の菓子がいっぱいあるな」


 棚には日本語表記の菓子類が置かれていた。

 スプーンでねるねるするやつ。

 ハイなチューイングガム。

 旨いし安い棒。

 ポキポキ折れるチョコが塗布された棒。

 ポテチ。

 どれも見慣れたもの。


 「でも日本で買うより断然高いな」


 恐らく、2倍くらいすると思う。


 「わざわざ輸入してるから、それくらい値段をつけないと元が取れないんじゃない?」

 「そうまでして日本のおやつを食べる奴がいるのか」

 「こうしてこの店に置いてあるってことは、需要があるってことでしょ?」


 その通りだ。

 誰も買わなきゃ、ここに置いたりはしない。

 向こうも商売をやっているのだ。


 「チョコレートは買っておくぞ。いざという時の行動食になるし」

 「でも、お腹一杯になれないんじゃない?」

 「腹一杯になっても動けなくちゃ意味ないだろ」

 「そういう状態ってあるんだ」

 「命懸けの登山を経験したら、嫌でもそういうの覚えるぞ」


 江藤さんとの訓練を思い出す。

 標高2000メートルの山脈で走りながらの登山。

 普通はそんな所で走るなんてありえないし、もちろん死ぬほど辛かったのだが、それでも江藤さんはバシバシ俺をしごいてた。

 その時に食ってたのがチョコレートだ。

 食欲のない時でもバリバリ食える。

 しかも沸騰したお湯でチョコを溶かすとこれがまた食いやすい。


 「ってことで、チョコレート採用」


 ポンポンチョコレートをカゴに入れていく。

 ついでにオヤツもひとしきり。


 「糖分の次に必要な栄養素を持った食べ物と言えば?」

 「・・・野菜?」

 「正解。保存の効くもの選ばないとな」

 「野菜って直ぐに腐っちゃわない?」

 「意外と長期保存出来るものもあるぞ?例えば・・・」


 そう言って、お目当ての野菜を手に取る。


 「玉ねぎとかな」


 若干ツーンとする臭いを周囲に撒いている球体上の野菜をアリアに渡す。


 「これ、腐らないの?」

 「腐るけど結構消費期限長いんだ。1~2か月の保存が効く。ただし、涼しいところでの保存だけど」

 「でも他の野菜を買うよりはいいかもだね。玉ねぎって色々な料理に使えるし」

 「そうそう、意外と万能なんだよな」

 「後はどんな野菜があるんだろ?」


 様々な色形をした野菜を吟味していくアリア。

 真剣に悩んでいる彼女の横顔が、少しかわいい。

 何かデートみたいで面白いな。


 「後はジャガイモとかかな。保存方法にもよるけど、人参もベターだって聞いたことある」

 「へぇ・・・魁人は料理好きなの?」

 「何でさ?」

 「だって詳しいじゃない。食材とか」

 「これ、一般常識の部類に入るぞ」


 お前がお嬢様なだけなんだよ。

 心を読まれることを想定して、敢えてそう思っておく。

 ・・・そういえば、かわいいと思ったこともばれてんのかな。


 「・・・私、覚えなきゃね。魁人を支えられるように」

 「いや、俺も知ってるだけで調理とかは上手くないし、お前とどっこいどっこいだよ」


 本当に、そうなんだよな。


 「料理は切る、焼く、炒める、煮込むが出来れば大概の調理はオーケーらしいな」

 「言ってるの聞くと簡単そうだけど、きっと難しいんだろうね」

 「誰もが出来てたら、料理人なんていらないからな。それだけ奥が深いんだろうよ」


 俄然、やる気の削がれる話。

 ここで向上心を燃やすことの出来る奴は、なんとポジティヴなこと。

 とても羨ましいよ。


 「・・・じゃあ、私達でも出来そうなのは?」

 「焼くのと煮込むぐらいだな」

 「練習しておく!」


 ・・・なんだか彼女、ポジティヴだな。

 新しい環境にワクワクしているせいなのだろうか?

 妙に楽しそう。

 俺はと言うと・・・どこにアモールの手先がいるか分かったものじゃないから、気が気でない。


 「じゃ、次々いっちゃおう」


 俺の警戒を他所に、彼女はどんどん前へ進んでいく。

 ・・・俺は思う。

 本当に彼女に付いて行けるのだろうか?


 人と付き合って、疲れることはないのか?

 一生人と仲良く出来ることなんてあるのか?


 人は喧嘩をする。

 様々な理由で。

 分かりきってることじゃないか。

 人間の生態は等しく醜い。

 だから社会で群れるし、個人単位では争いが絶えない。


 俺と彼女は人間の中でも例外的存在ではある。

 だが、それでも人の部分は数多く残ってる。

 俺はネガティヴだ。

 そんな部分から、人間臭さを漂わせている。

 ・・・醜く、汚らわしいのだ。

 そんな俺が、彼女と一緒?


 いつか、この人間関係が壊れる日は来るのだろうか?

 それが恐ろしくてたまらない。

 ・・・見捨てられるのは嫌だ。

 同様に見捨てるのも。

 だが、今まで何人もの人間が争ってきたのを俺は見た。


 いい思い出のない学校生活。

 その中で、親友同士の女学生がいた。

 2年も一緒に遊んでいたような仲だったが、ある日ちょっとしたことで喧嘩をし、傷害にまで発展した。

 その日以来、親友は親友ではなくなった。

 友達ですらない。

 縁は絶たれたのだ。


 ほんのちょっとしたことで、積み上げてきた関係性は崩れていく。

 そのくらい、人と人との繋がりは弱い。

 脆弱で、脆い。


 じゃあ、俺と彼女は?

 ある日喧嘩をするかもしれない。

 仲直り出来ないかもしれない。

 どうする?

 その時、俺はどうすればいい?


 今まで俺は気に入らない人間は無視するか殺してきた。

 でも、彼女にそんなこと、出来ない。

 逆に守りたいくらいなのだから。

 でも、それがある日彼女から拒否されたら?


 ・・・怖い。

 何で怖いと今更思った?


 ・・・幸せだと、感じたからじゃないか?


 今、この瞬間が幸福だと、俺が思ったからじゃないのか?

 だから不幸を恐れた。

 彼女とのこの関係性を失いたくないために。


 ああ、結局俺も醜いじゃないか。

 人間だ。

 ちゃんと、人間をやっていた。


 「・・・大丈夫だよ」

 「うお!?」


 いつの間にかアリアが目の前に立っていた。

 とびっきりの笑顔で。


 「そんなに不安にならなくても大丈夫。私、ずっと君の傍にいたいと思ってる」

 「・・・心、読んだ?」

 「そんなの読まなくても直ぐに分かるよ。何年付き合ってきたと思ってるの?」

 「俺・・・」


 ダメだ。

 彼女に励まされてるなんて。

 男として、情けない。


 「今はいいじゃない。一緒にお買い物楽しも?」

 「・・・そうだな」


 ごまかしかもしれない。

 でも、人間はごまかしながら生きていく人間だ。

 じゃないと、人生の重圧に耐えられなくて死んでしまう。


 「それじゃあ、改めてレッツゴー!」

 「・・・本当に元気だな」


 呆れるほど、楽しそう。

 それを見ていると、今後の不安が薄れていく。


 ・・・なるようになるしかない。

 そう納得しよう。


 「次、何買えばいい?」


 次へ次へと新しい食材に目を向ける彼女を追いながら、俺はデートもどきを楽しんだのだった。

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