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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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218話 リターン・メモリー20~機内の中で~

 綺麗な空間に俺はいた。

 話は出来ない。

 非力な存在。

 それでも俺は生きていた。


 「・・・ごめんね、魁人」


 聞こえる。

 優しい誰かの声が。

 俺は・・・抱きかかえられていた。


 誰に?

 どんな風に?

 けど見えない。

 俺の目はまだ発達していなかった。

 まだ未熟なのだ。


 俺はまだ、俺という存在を手に入れたばかりで。

 だから縋るしかなかった。

 誰に?

 ・・・分からない。


 でも、目の見えないこの身でも感じることは出来る。

 人の温もりを。

 温かい無償の愛。

 俺はこの身でそれを受け止めていた。

 いっぱい、いっぱい。

 後悔しないように。


 「私、ドジだからさ・・・魁人のこと、もう見てあげられないんだ」


 悲観に暮れてはいたけれど、優しい声だった。

 愛おしいという認識を、俺とこの人はお互いに持っていたんだ。


 「ごめんね。でもね、私から贈り物はしてあげられるから・・・」


 俺という存在はあまりにちっぽけだったことを誰よりも理解していたこの人。

 代替えのない、唯一無二の者からの言葉とプレゼント。

 俺はちゃんと受け取っていた。


 どのようにしてかは分からない。

 でも、どうして俺にプレゼントをしてくれたのかは分かる。

 愛してるからだ。

 俺も愛してた。

 いや、愛してる。

 俺を見ていてほしかった。


 「もっと、もっといっぱいあげたい。私の全部をあげたっていいんだ。けど、これだけしかプレゼントに出来ないみたい。ごめんね」


 謝っていた。

 何を誤ってそんなことをしているかは分からない。

 でも俺はその言葉を・・・享受し続ける。

 今はまだ、何でも受け取らなければ・・・

 この冷たい世界では、俺は生きていけないから。

 何でも欲しい。

 大人のような強欲ではなく、純粋な欲求。

 生き残るための行為。


 「好きだよ。愛してる。ずっとずっと、絶対一生愛してる。一緒にはいてあげられないけどね、ずっと見守ってるよ。それくらいしか出来ないけど、それだけは約束する」


 ・・・その人の涙腺が崩壊したように涙が流れ出る。


 「だからね、魁人。生きて」


 出来なかったことを、誰かに託すように。

 俺は受け取り続ける。


 「悲しいこと、いっぱい待ってると思う。生きたくないって思うかもしれない。でも、生きて。私からの一生のお願い」


 口を開くが、声が出ない。

 泣けもしない。


 「・・・ね?魁人」


 どうしても。

 どうしてもこの人に約束したい。

 ただただそう思った。


 声を出そうと努力する。

 考えて努力はしていない。

 本能で、努力していた。


 「・・・だぁ、だぁ・・・」

 「魁人・・・」


 弱弱しいシグナル。

 そんなものでも、この人を満足させてあげられたみたいだった。

 その証拠に、俺を包む優しさがこんなにも部屋に満ちている。


 温かい。

 あたたかい。

 ・・・あたたかい。


 「・・・ありがとね」


 笑顔でこの人は、俺にそう言った。



 ---



 「魁人君?」


 ・・・覚醒した。

 アリアの声で。


 「・・・ごめん、眠ってたみたいだ」


 微妙に揺れる機体の中で、夢を見ていた。

 ずっと、ずっと昔だった気がする。

 よくは覚えていない。

 けれど、きっと大切なことだったんだろう。


 「大丈夫?涙出てるよ?」

 「ああ・・・」


 頬に水が溜まっていた。

 目が潤んでいる。

 きっと、鏡で見たらブサイク面だろう。


 「俺、泣いてたんだな」

 「嫌な夢を見たの?」

 「いや、逆。すんごいいい夢見たんだ」

 「いい夢で泣けるなんて、夢の中の魁人君は幸せだったんだね」

 「うん、幸せだった」


 忘れていた幸せがそこにあった気がする。

 こんな汚れた世界でも、綺麗なものはあったんだと。

 そう思えるような・・・


 「じゃあ起こすのはよした方が良かったね。ごめん」

 「いいよ」


 彼女に起こされるのは不快じゃない。

 アリアのやったことなら、多分何でも許せるし肯定出来る。


 「もう少しで到着だって。そうアナウンスで言ってたからさ」

 「もう到着か」


 十数時間はここに乗りっぱなしの予定だった筈だ。

 なのに、短い時間だったように感じる。

 人は幸せな時、時間は短く感じる。

 逆に不幸だった時、時間は長く感じる。

 偉人はこれを相対性理論に例えたらしい。

 この例えで言えば、俺は確かに幸せだったんだろう。


 俺は横を見る。

 窓側の席。

 その窓からは俺が見たこともない景色が広がっていた。


 どこまでも続いている雲海。

 雲の海。

 真っ白で、上はひたすら青く輝いている。

 天国があったら、多分こんな場所。


 ここは飛行機の中だった。

 狭い座席の中、俺は寝ていたのだ。


 「もったいないよね、もう少しこの景色を見れたらと思うんだけど」

 「もっと良いもの見れるよ。この先、旅をしていれば」

 「そうだよね。こんなの目なんかじゃない、綺麗な場所があるんだもんね」


 彼女の瞳はキラキラ星みたいに輝いていた。

 これから訪れる未来が、幸せだと確信を抱いているように。

 普通の人がこういう態度を取っていたら、俺は愚かだと評価しただろう。

 でも、彼女への評価は・・・悪くない。

 単純な差別。

 それだけのことだ。


 目の前の座席に取り付けられている画面を俺は見た。

 飛行機の現在位置。

 日本からはかなり遠いい。

 人の足でここまで歩くのに、何年かかるのだろう?

 それを僅か数十時間程度で済ますのだから、人間の知恵は恐ろしい。


 機械を使い、利便性を図る。

 これは素直に人間の長所だと認めてもいい。

 人に罪はあれど、技術や機械に罪はない。

 でも、罪のある人が使わなければ、罪なき知識達は瞬く間に消滅してしまうだろう。


 「向こうの空港に着いたら何をする?」

 「宿探し」

 「どうやって?」

 「人に聞くの」

 「言葉は?」

 「私、話せる。忘れたの?私はイタリアの生まれなのよ?」

 「でも、すぐに日本に来たんだろ?」

 「それでも色々話せるわ。大丈夫。心配しないで?」


 何をこんなに神経質になっているんだろう?

 そう、言葉の壁だ。

 言葉は巨壁だと思っていい。

 そびえたつ高い高い壁。

 日本人はこの壁を乗り越えることが出来ない。

 そして俺は日本人同士ですら壁をよじ登れない。


 俺は成長して人と話すことを覚えた。

 確かに表面上は社交的になった部分もあるだろう。

 けど、他人に心を開いたことはない。

 その隙間には深くて見えないクレバスが存在している。

 1歩足を踏み外せば、俺は壊れてしまう。

 そのくらい深い、闇の穴。


 俺は怖い。

 話してコミュニケーションを取ることが怖い。

 今まではそれを抑えてきただけだ。


 「魁人君・・・魁人は私が守るから」


 決意が秘められたその言葉は、俺を情けなくさせ、それでいて彼女を守りたいという欲求の増進ともなる。


 「俺が守るよ」

 「私も魁人を守るよ」

 「呼び捨てかい」

 「そろそろいいでしょ?」

 「2年間も君を付けてたんだな、そういえば」

 「そうだね。けど、もうやめる。今日から魁人。そう呼ぶね」


 妙にくすぐったいな。

 なんだろう?

 この気持ちは。


 「お互いに対等。それでいいでしょ?」

 「・・・いいよ。対等に、お互いを守ろう」

 「支えあおうね?」

 「ああ。生きてる間はな」

 「ちょっと、生きてる間って何?」

 「いや、だって・・・」


 俺なんかいつ死んでもおかしくない身だし。

 そう言おうと思ったが、言う前に彼女が言った。


 「死なないように頑張る。これ、約束」

 「努力しても、かなわないことはあるんだぞ?」

 「それでもいい。生きる為に努力するの。だから、死ぬことなんか考えないで。お願い」


 そのお願いという言葉が、あの夢で出てきた人の言葉を思い起こす。

 生きて。

 お願い。

 誰かにそう願われた。

 それだけを覚えている。

 何となく、気分が良くなった気がする。


 「分かった。約束する。出来るだけ、生きてみる」

 「ちゃんと、約束してね」


 彼女が指切りげんまんを迫る。

 まるで子供だ。

 でも、そういうところも魅力的だった。


 「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本・・・は嫌だから・・・」


 彼女は一瞬考えて。


 「私の言うこと1回何でも聞くこと!指切った!」


 そんな勝手なことを言って、アリアは指を話した。


 「何でもって・・・何でも?」

 「そう、何でも」


 ニカッと悪いことを考えていなさそうな顔をして、堂々と言ってるし。

 悪いことは考えていないんだろうが・・・


 「物理的に無理なお願いとかするなよ」

 「大丈夫大丈夫。ちゃんとしたお願いごとにするから」

 「本当かよ・・・」


 と言いつつも、実は信頼している。

 別に困ることもない。

 と、そこで機内アナウンスが機内に響いた。


 到着予定。

 後、数十分後。

 そういうことを言ったらしい。

 アリアの通訳で理解した。


 今の俺では英語も理解出来ない。

 間違いなく俺1人では仕事にもありつけない。

 飢え死にもいいとこだ。

 よく、この飛行機に乗ったもんだ。

 彼女の存在は、それだけ俺にとって大きい。


 「申告書、書かないとね」

 「これ、全部英語だな」


 目の前には黄色い紙が1枚。

 どうやら、この紙に書かれてある物を所持していた場合、持ってきてあることを申告しなければいけないらしい。

 国の決まり。

 メンドクサイ。

 でも、書かなければ罰金とのことだ。


 主には食べ物系とかが多いらしい。

 食べ物は一切持ってきていない。

 アリアも全部ナシでいいよと言っている。

 とりあえず彼女の言う通りにしておこう。


 「お前、慣れてるな」

 「そう?」

 「いや、だって俺、何したらいいか全然分からないのに、全部スラスラとこなしてくからさ」


 搭乗ゲートの場所や待機場所だって、彼女の指示があったから無事につけた。


 「飛行機、乗ったことあるのか?」

 「赤ちゃんの時、1回だけね」

 「・・・まじか」

 「私がこういうことに迷わないのは、周りにそういうことを知ってる人達がいっぱいいるから。心読んだらすぐに分かるよ」

 「ああ・・・そういうことか」

 「これで良い人か悪い人かも分かるよ」

 「そっか。それならいいか」

 「もし悪い人がいたら、守ってね」


 もちろんと、俺は頷く。

 それで満足したんだろう。

 その後は何を言うこともなく、ただ静かに空港への到着を待った。



---



 「ビザの許可貰うの、ちょっと緊張したね」


 バックパックを背負ったアリアはそう言った。


 「ちゃんと通れたな。パスポート、本当に上手く出来てたんだな」


 俺も荷物を背負って、歩き出す。


 「それにしても、機内の中でゴミを散らかしっぱなしにする人達がいたよね。あれ、汚い」

 「考え方の違う人なんか日本にもたくさんいたからなぁ。それが世界なら文化すら違う。今の内に、そういうの慣れた方がいいな」

 「そっか」


 2人は話しながら空港の出入り口まで歩く。

 もう1歩出たら、外国だ。


 誰も俺達を守ってくれる人はいない。

 けども、それでも俺達はこの道を選んだ。


 真正面にある日光で輝いたガラスのドアは、優しい光で俺達を祝福しているみたいに見えた。

 本当は分かってる。

 この先辛いことばかりだ。

 人を恨みたくもなる道なのだ。


 でも、行こう。

 彼女を支えよう。


 「行こ!魁人!」

 「おう!」


 ドアを開けて、外へ。

 ザワザワと風が俺達にあたる。


 俺達の旅が、この瞬間から始まった。

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