217話 リターン・メモリー19~自身の力~
時雨貴子。
外国から連れてこられたアリアとは違い、純粋な日本出身の代弁者。
代弁者の女性は通称聖女と呼ばれる。
彼女は存在する全ての意思を直接見ただけで理解し、本質を見抜くことが出来た。
木、魚、動物、人間、そして土や岩さえも。
果ては地球の意思すらも。
だが、無機物の意思自体を読み取りはしても、理解は出来ないのだという。
生きていない物質に宿る意思は人間の想像出来る意思のようなものではなく、ただ無機物に宿るエネルギーが、石の存在する方向性を純粋に示すためにそこに存在するらしい。
簡単に言うと、石は石でそれ以外の何者でもない。
ずっと石の性質を保って存在し続けるし、何に干渉することもない。
ただ、そこに在る物。
そういった石の役割を保持し続ける意志のようなものしか感じられないのだという。
逆に生物は多種多様な感じ方が出来るらしい。
植物は無機物と殆ど同じで、ただ繁殖して次代に意思を繋げることを良しとする意志以外、何も感じられない。
動物だと人間より単純化された思考が覗けるのだという。
人間は・・・察しの通りだ。
「私の力って、そういうものなんです」
時雨が俺にそう説明してくれる。
「アリアは人の心を弄って心の蘇生を図ります。その過程で相手の心の状態を詳しく見ることが出来ます。私の場合は有機体・・・有機物や無機物問わず、全ての本質を見通せるというものです」
「何で・・・そんな話をしてくれるんだよ?」
「アリアと一緒に旅をするんでしょう?貴方も力を持つ同じ仲間として、聞いておくべきだと思いませんか?」
「・・・」
自分の肥大化した両腕を見てみる。
上腕から手の指まで、浅黒く皮膚が染まっている。
触ってみると、人間の弾力はなく硬質化された感触が伝わってくる。
「貴方はまだ自身の力について知らないのでしょう?」
「あまりな。だけど、自分を強化出来る力ってことは知ってる」
「アリアから力の代償について聞いたとは思います。それに心当たりは?」
「・・・これだよ」
俺は両腕を時雨に見せる。
異常化した腕。
人間のような腕ではない。
黒人の筋肉質な腕だって、こんな歪な輪郭をしていない。
「俺、光る石を持って祈るって言うか・・・なりたい理想の自分をイメージするとこんなになるんだ」
「それはむしろ願った自分になれたのですから、代償ではなくむしろ獲得した分なのでは?」
「でも、変化って言ったらもう・・・」
自分で言ってて思い出す。
俺のもう1つの変化。
「・・・情緒不安定になるんだ」
「どのように?」
「・・・サイコパスみたいな思考に染まったり、急に悲観的になったり」
「貴方はそれをデメリットだと思いますか?」
「思う」
「良かった。自分の心にブレーキを持っている方で」
ブレーキ?
何を言っているのか理解が出来なかった。
「こういった特別な力を持つ者は自制が出来ないとすぐに滅びます。貴方も、私も、琥太郎も、アリアも」
「・・・使いすぎは注意ってか?」
「私とアリアは力を使うたびに自身の命を。琥太郎は視力を代償に力を行使します。貴方は・・・私の見る限りでは自分の心・・・と言ったところでしょうか」
「自分の心が代償なのか?」
「貴方は万物の活力・・・エネルギーを自分の中に取り込むという力を持っているようです」
俺の力を見せることなく、彼女はまるで俺を全て把握したみたいにそう言った。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
自分が侵食されていくようなあの感じ。
それとも一致するかも。
「私の言うエネルギーは魂そのものです。無機物にも魂は宿っています。生物の魂とは性質が違いますが、貴方はそのエネルギーを取り込んで自分を作り変えた結果、そのようなメリットとデメリットが生じたのだと思います」
「俺が魂を取り込んだ?しかも、光る石の?」
「私も光る石は見えます。あれは他の無機物よりも中に入っているエネルギーが多いようです。貴方はそれに触れて、自分に取り込んだのですよ」
その言葉を聞いて思い出した言葉が1つある。
略奪者。
まさい、人間の本質を示したような言葉。
連想されるは、俺の特別なこの力。
よりにもよって、魂を奪うとか。
「幼少の頃、力を使って人に大怪我させたんだ。初めて石の力を借りた時、自分が自分じゃないように思えた。それで俺は施設に飛ばされたんだ。これってそういうことだったんだな」
「これから自分の力を理解出来なければ、アリアを守るどころの話ではなくなります。力の代償をよく知ることです」
「今の話じゃあ、代償は俺の心だって言ってたな」
「その通りですね」
「じゃあ、俺のこの体の変化は何なんだ?身体能力は底上げされてそのままだし」
力を使えばある程度元の身体能力には戻るけど、若干底上げされている。
そこがいつも疑問だった。
これは一体どういうことなんだろうか?
「貴方の中にある魂・・・エネルギーの量は決まっています。アリアもそれは分かるでしょう?」
「うん、私にも見える」
「確か、俺の魂の形が変だって言ってたな」
「そうだね。今も変だよ。普通の人間じゃないみたい」
アリアって何気に酷いことを言うよな。
まあ本当のことだから否定出来ないんだけど。
「魂を取り込むと元あった値を超えて貴方の体に蓄積されます。そうすると肉体の方が魂に耐え切れずパンパンに膨れ上がります。その膨らんだ値が今の体の変化だと思っていいでしょう」
「・・・石のエネルギーを取り込んだ分だけ変化が起こるのか」
「風船に例えると良いかもですね。膨らませれば膨らます程風船は大きくなりますが、風船の限界値を超えて空気を入れると破裂します」
俺の体が膨らんで破裂したイメージをしてしまった。
コメディみたいに笑えないし、気持ち悪い。
「貴方はそれと同じです。力を使えば理想の自分に近付けますが、肉体の限界値を超えて強化すると・・・取返しのつかないことになるんじゃないでしょうか?」
「なんで疑問形なんだよ」
「貴方みたいな力を見るのは初めてですし・・・エネルギーを自分の体に取り込める人なんて聞いたことありません。ただでさえ力を使える者は世界でも少数なのですから」
世界に十数人。
力の引き起こす奇跡の結果は代弁者にとって様々だと聞く。
その中でも俺の力は・・・異質なのか?
「貴方の場合、力を使いすぎると自分を見失います。殺人鬼になるか・・・善人のようになるかは取りこんだエネルギーの性質で違う結果になるでしょう。同時に、体も限界を超えて強化すれば、最悪の事態も想定出来ます」
「・・・やばそうだな」
「最悪人間やめちゃうかもですね」
「人間卒業ってか?」
「比喩ではないですよ?」
だろうなぁ。
「積極的に使わない方が身の為です。アリアの傍に1秒でも長くいたいのであれば」
「・・・ああ、無茶はしない」
「と言っても、貴方ならするでしょうね」
知ったかぶりじゃない。
完全に見抜かれている。
・・・恐ろしい。
そう感じた。
力を使い全てを知って、彼女は少なからず影響された部分もあるだろう。
人の心は醜い。
人の本音を見れるなら、こんなに有り難いことはないと普通は考えそうなものだが、本当は違う。
人の本当の心を覗くことは、劇薬を飲むことと同じだ。
彼女がどうしてこんなにも穏やかでいられるのか、不思議で堪らなかった。
それほど強靭な心の持ち主だということなのだろうか?
「てか石のエネルギーが体を変化させるなんて、まさに奇跡だな」
「エネルギーには様々な役割があります。脳の状態を回復させたり、身体機能を増長させたり。世の中には不思議なことが色々あるんですよ。死んだ脳を蘇生させる術があるのですから、肉体の変化ぐらいあってもおかしくはないでしょう?」
「そうだな。なんの不思議もない」
・・・人間は思考実験を繰り返し、世に満ちた隠れた法則を暴き立てる。
現実には不可能な現象を頭で構築し、理論立てていく。
また、人間の想像出来る全ての現象は実際に存在可能な現象なのだという。
脳内でイメージ投影された竜や魔物も、魔法使いも、神と呼ばれる存在すら現実にいるかもしれない。
いつの日か俺達の力も、科学的に立証されるのかもしれない。
思考実験は繰り返される。
それも人間の欲望や理想を糧にしながら。
今はこういった力はアモールの独占で研究が進められていない。
奇跡を科学で汚すことは許されない。
そういう教義があるからだ。
だけど、もし科学的に解明された時が来たならば、それは新しい時代の到来を意味するだろう。
「・・・この力、公表したらどうなるかな?」
純粋な、子供のような疑問だった。
これもまた、思考実験と呼べる可能性への踏み台。
俺がこれを想像出来るなら、実際に創造することは出来るだろう。
だから気になった。
俺の疑問を聞いて、時雨は難しい顔をした。
とても、とても難しい顔。
「・・・命は本来受け渡しすることの出来ない個別の資源のようなものです。だから地球と呼ばれる世界はこの形を保ってきました。命同士は肉体に宿る限りエントロピーとは何の関わりもありません。ですが、混ざり合うことが可能になるならば、そこに新しい道が開けるような気がします」
エントロピー・・・示量性と示強性。
命が混ざり合うことは決してない。
だが、俺の力はそれを可能にしている。
「力の公表も新たな道を切り開く可能性と言えるでしょう。それが人の定める悪の道や正義の道に傾こうとも・・・この袋小路の世界を壊すきっかけになりうるのであれば・・・貴方はそう考えているのではありませんか?」
「俺は・・・閉塞感のある世界が嫌なだけだ」
ただ、新しい道があるのであれば。
それを想像する余地が存在するなら、もしかしたら実現出来るのかもしれない。
可能性を。
ただ、可能性を。
定められた結果から逃れられる未知の世界。
俺はそこへ逃げたいんだ。
「・・・貴方は混沌の意思をそのまま生き写しにしたような人間ですね」
「混沌?」
「地球や私達、人間のことですよ」
「人間が混沌とした生き物だってのは分かるが・・・」
混濁な生物。
元の心は純粋で、人生の経験を経て俺達は生きる方向性を決めていく。
それは自然界の法則を大きく踏み外す人間の有様を強化するようなもので。
心は生きる過程で醜くなっていく。
だからこそ人間を混沌と表現したい・・・のかもしれない。
「私はね、地球の声が聴けるんです」
「聞いてる。アモールじゃあ有名な話だ」
「地球もまた、意思を宿しています。人間と同じように、願いも持っているんですよ」
「地球に願い事なんかあるのかよ」
「アモールに所属していた貴方がそんなことを言うとは、驚きです」
ちっとも驚いてなさそうに彼女はコロコロ笑う。
「俺は離反者だからな。人間社会では生きられないし、アモールでも生きられない。どこにも属さない中途半端なアホさ」
「だからこそ、貴方は新しい道を見つけられる」
「・・・見つけられないかもしれない」
「可能性はある。そこに貴方は魅かれたんじゃないですか?」
俺がこの旅に同伴する理由。
彼女はもう理解し尽くしているみたいだった。
「・・・お前は何でも知ってそうだな」
「見たものであれば、ですね」
本当に頼もしくて恐ろしい。
「アリアも同じです。私はそんな貴方達に可能性を見出しました」
「・・・何のだよ?」
「命の可能性を知ること。混沌の願いを叶えてくれそうな人」
また出たな、混沌。
何を指して言っているのか、いよいよ分からない。
「貴方達なら、きっと自分の居場所を見つけられますよ」
「そうだといいな」
心から、そう思った。
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「では、私達はもう行きます」
時雨が腕時計を見て、立ち上がる。
影武者を使っている以上、時間的な余裕がないのだろう。
「時雨さん、色々ありがとう」
「いいんですよ、アリア。また会えるかどうかは分からないけど、出来ることならまた協力しますから」
「うん、感謝してる」
女同士の友情をそこに感じた。
また疎外感を感じる。
人の友情を見ると、不快感がせりあがる。
こんなに美しくて綺麗な場面なのに。
「・・・おい」
アリアと時雨が抱き合っているのを見ていると、声をかけられた。
佐々木だ。
俺と殺しあった実力者。
「お前がどこに行くかは分からないが、とにかく気を付けろ。世の中には俺より強い奴が多くいる。アモールは腕利きを世界中に配置しているからな」
「佐々木さんより強いって言ったら・・・」
力を使わないと確実に殺されそう。
さっき時雨に力の代償について警告を受けたばかりなのに。
「俺も・・・場合によってはお前の敵側になるかもしれん」
「状況によっては、ってことだよな」
「そうだ。出来ることなら見つからないことがベストだ。俺ももうお前と殺し合いなんかやりたくもないからな」
「・・・もう戦わないことをこっちも祈るよ」
心底思う。
もう戦いたくない。
けど、そんなことは無理だって分かってる。
俺とアリアが行く先は茨の道だ。
傷なしじゃ通れない、過酷な道。
分かってても、行くしかない。
俺達の居場所はここにはないのだから。
もう後戻りは出来ないのだから。
「さあ、行きましょうか」
時雨が佐々木を呼ぶ。
どうやらお別れらしい。
お互いに立つ。
別れは惜しまない。
みんなと縁を切る覚悟でここまでやってきたからだ。
それぞれ握手を交わす。
確かにその手は温もりを感じた。
俺達は・・・生きている。
生きて、旅立とうとしている。
「貴方達の旅路に、どうか地球の加護がありますように」
時雨は祈る。
空に、大地に、生命に、この地球全てのものに。
そして、俺達に。
雑踏の聞こえる空港内で、俺達は地球の代弁者に祝福された。




