216話 リターン・メモリー18~代弁者の仲間~
アモール組織との決別後、俺達は千葉のとある空港に来ていた。
空港内にある喫茶店。
そこで俺とアリアは待ち合わせをしている。
「・・・本当に来るのか?」
「うん、変装してくるって」
「・・・時雨貴子が?」
「そうよ」
「一応聞いておくけど、同じ代弁者なんだよな?」
「そ!」
そう。
待ち合わせの相手とは、アモール東京支部の代弁者・・・聖女、時雨。
日本アモールの実質的な象徴的存在。
アリアと同じ地球の代弁者なのだ。
一般人ならまず会えない大物の1人。
アリアと同じく軟禁状態の生活を強いられているはずだ。
なのにソイツと待ち合わせをすること。
疑問を持たない方がおかしい。
「どうやって来るつもりなんだ?」
俺はアリアの誘拐犯から受けた傷を不快に思いながら、話を進める。
あの日からもう1週間だ。
アモールの連中は血眼になって俺達を探している。
空港内での見張りもいた。
俺らが高跳びすることを恐れたのだ。
だから今は変装をしている。
サングラスにスーツ。
アリアが攫われてきた時点で所持していた、俺が貯めた金1千万を崩して、そこら辺の紳士服専門店で買ったものだ。
着慣れないものだが、我慢した。
正直今も、アモールの連中が俺達の会話を聞いているんじゃないかと内心ヒヤヒヤだ。
「影武者がいるらしいんだ」
「・・・ソイツも大変だな。側近の1人か?」
「そこまでは分からない。けど、個人的な頼みを聞いてくれてるみたいだから、結構親密なんだろうね」
「そっか」
バレる可能性もあるだろうに、大丈夫なんだろうか?
「色々と不安だよ、俺は」
「でもこうするしか逃げられないよ。日本にいたんじゃこうして逃亡した意味がなくなるんだから」
「そうなんだよな・・・」
多少のリスクは背負わなくちゃいけない。
せめて、アリアだけでも助かるようにしなくては。
緊迫した状態で、十数分が過ぎていく。
約束の時刻を少しオーバーしていた。
「・・・トラブってるか?」
「多分ないよ。メール、来てないから」
「そのスマホだよな」
俺とアリアが挟んだ場所にある、1つのテーブル。
そこにはスマホが1台置かれていた。
「何かあればこれでメールが来るはずだもの」
「時雨が用意した物が安全かどうかは分からない。盗聴器だって仕掛けてるかもしれないんだぞ?」
俺の方でも一応確認している。
スマホにそういった物は取り付けられていなかった。
傍聴用の電波も発信されていない。
でも、油断は出来ない。
「・・・大体直接会ったのは2回だけだろ?後はそのスマホでのやりとり。どうしてそこまで信用出来るんだよ」
「同じ境遇だからだよ」
軽く言ったように表面上は感じるが、実際は重かった。
当事者の重み。
「それに、ここでああだこうだ言ってても仕方ないでしょ?」
「おっしゃる通りで」
まさにその通りだった。
暗殺という職業?柄、不安要素が残ってしまうとどうしても不安になる。
逆に不安は何か改善すべきだと、脳からアドバイスされているということでもある。
でも、今は・・・
「待つしかないっすか」
「そうだね」
「・・・俺みたいにメンドククサイ奴じゃないといいな」
「また自己嫌悪?」
「自己顕示欲の強い奴と、俺自身が嫌いな人間ベスト3に入ってるからな」
「君は君が思ってるほど自己顕示欲は強くないし、愚かでもないと思うよ?」
「なんでさ?」
「私に好かれてるから」
「・・・そう言われても困るな」
照れるじゃないか。
「てかそれ、自意識過剰っていうんじゃないのか?」
「全然。私の好きになった人に対して、私が好きになったことに自信を持たせるのは全然悪いことじゃないよ。だって、好きって1番綺麗な言葉じゃない」
「愛と憎悪は表裏一体とも言う」
「どんなものにだって裏表は存在するわ。そのこと自体はさほど重要じゃない。大事なのは、ちゃんと自分で自分の思ってることが綺麗かって思えてるかなの」
「裏表、どっちも間違ってないと?」
「愛も憎悪も勝手な人間の都合って魁人君なら言うと思ったけど・・・違う?」
「・・・違わない」
「でしょ?」
否定出来ない。
彼女はちゃんと自分というものを持っている。
それも俺と出会った頃から。
それは様々な感情を透かすように見てきた、彼女自身の特質なのだろうか?
「あらあら?楽しそうな会話してるじゃないですか。混ぜてくださる?」
和やかそうな声が俺の背後から聞こえる。
後ろを振り向くと、ワンピースとサングラスの組み合わせで登場した如何にもお嬢様風の女が立っていた。
その横には・・・アリアを誘拐したあの男・・・佐々木がいる。
「・・・遅かったね、時雨さん」
「久しぶりですね、アリア」
優雅に登場した彼女・・・時雨は、これまた優雅に挨拶をする。
一介の人間には出せないであろう特別なオーラが感じられる。
「ごめんなさいね。ここまで来るのに入れ替わってもらった人が3人いらしてね、色々と大変だったんです」
入れ替わった人?
ああ、影武者か。
複数人いても何もおかしくはない。
「別にいいんだよ。私達の為にここまで来てもらったんだから。ね、魁人君」
「ああ、そうだな」
「・・・貴方が魁人さんですか?」
サングラスを外しながら、俺を彼女は見てくる。
優しくて、どこまでも深い黒色の瞳孔。
深すぎて、取り込まれそうだ。
本能的な恐怖を呼び起こすような・・・
「アリアを守ってくださるそうですね」
「・・・それがどうかしたか?」
「いえ、アリアが選んだだけあって、とても面白そうな人だなと」
面白そう?
「どこをどう見ておもしろそうだと?」
「貴方の中身ですよ」
「・・・力、使ってるのか?」
「私の場合、勝手に見えてしまうんです。生き物の本質が」
それは・・・さぞかしキツイだろう。
見えなくてもいいことまで時雨は見えている。
精神的負担は計り知れないはずだ。
「お前も十分凄い奴だなと思うよ」
「あら?そうですか?」
「お前みたいな境遇だったら、俺は自殺してると思う」
冗談じゃなく、本気でそう言った。
「そんなことはないと思いますよ?だって、貴方は強そうですし」
「強くないよ。少なくとも、そこの佐々木って人には殺されかけた」
俺はサングラスをかけた見知った男を見る。
殺し合いを演じた、俺以上に強い特別な人間。
「・・・なあ、佐々木さん」
「・・・そうだな。あの時はすまなかった」
意外な一言。
その後、彼は頭を下げた。
そこに不満は一片たりとも感じられない。
「いや、仕方なかったんだろ?こっちこそすまなかったよ」
日本人の性か、謝られたら謝り返してしまった。
「彼は・・・琥太郎は特別だから、力を使いこなせていない貴方が負けるのも無理はないのですよ?」
「・・・聞いてる。佐々木さんは俺達と同類だって」
「なら話は早いですね」
「ねえ、立ちながら話すのもアレだし、座っちゃいないよ」
アリアからの一声。
それでみんな着席した。
アリアは俺の隣。
時雨は佐々木の隣へ。
向かい合うは男同士、女同士。
「すいません」
時雨が店員に声をかける。
「ホットコーヒーを2つ、お願いできますか?」
「ホットコーヒー、2つですね?そちらのお客様は?」
「・・・え」
「・・・どうしよ」
俺とアリアの目線がお互いを向く。
こういう時、どうすればいいのか分からない。
注文も取らずに、ただ空いていた席に座っていただけだから。
「そういえば、2人は注文していないんですか?」
時雨の何気ない質問。
「・・・頼んでない」
そう言うしかなかった。
世間慣れしていない証拠。
外に出る機会は多かったが、外食とかはしていなかったから。
全然注文の手順とか分からない。
「では、そちらの2人もホットコーヒーで」
「承知いたしました」
店員さんが注文を復唱した後、厨房へ消えていく。
・・・一瞬ドキリとしてしまった。
「世間慣れしていないのは分かりますが、それでは浮きますよ?」
「だよな」
これでアモールの連中にバレてしまっては、言い訳も出来ない。
俺達は色々なことに慣れておかなくちゃいけないっぽい。
「これで国外まで行くのですか・・・いささか心配です」
「面目ない」
「謝ってどうするんですか?これから貴方はアリアを守るんでしょう?」
「・・・そうだな」
会って間もないのに、そんなことを指摘される俺。
少し情けない。
「一般人に溶け込むのは慣れてないんだ。いつも裏で活躍してたから」
「その気持ち、分かるぞ。魁人青年」
「まじっすか」
「まじ、だ」
思わぬところから共感の声が。
佐々木の顔は厳ついが、それでもニカッと笑った気がした。
「・・・そういえば、佐々木さんは同じ暗殺者なのか?」
「いや、俺は守り人だ」
「守り人?」
「彼女を守ってるんだよ」
佐々木が時雨の方を向く。
そこには・・・恋慕の情が見て取れた。
「まあ、ボディーガードという認識で間違いないでしょうね。今のアリアと魁人さんの関係と一緒ですよ。違うのは、個人的な関係か、仕事上の関係か、でしょうか」
「・・・」
2人の個人的な関係についても気になるところではあるが・・・
突っ込まないほうがよさそうだ。
「さて、話の本題に入りましょうか」
空気が変わる。
代弁者と呼ばれる、彼女独特の空気。
彼女は多くの信者を集める役目も担っている。
それはカリスマ性によって成されている大業とも言える。
日本の世襲制で失われている、日本の真なる後継人。
裏では着々と、相応しい人材が暗躍している。
表で活躍している有名人は、所詮偽りの看板だということを浮き彫りにする、人間を惹きつける力。
それが周囲に流れていると感じることが出来る。
時雨はブランド物のバックから、複数の書類を取り出した。
渡航用のパスポート、ビザの写し、往復オープンタイプの航空券、その他モロモロ。
「2人分、用意してあります。顔写真も問題ありません」
パスポートを見ると、そっくりそのまま俺の顔が映っていた。
アリアの分も。
どうやって・・・とは聞かない。
諜報とは、敵に気取られないことを前提にする役割だ。
ならば・・・
「オープンチケットは丁度1年分にしてあります。航空会社に問い合わせれば、すぐにでも帰国の手配がなされるでしょう。まあ、戻らないとは思いますが」
「そうだな」
「うん、戻らないと思う」
俺とアリアが同時に頷く。
それを見て、時雨が微笑ましく笑った。
「出国は問題なく行えます。入国も・・・観光目的と言えば問題ないでしょう。滞在許可の期間を過ぎても、都市から離れて問題を起こさなければ当分は大丈夫の筈です」
「そこは・・・ケースバイケースだな」
「ですね」
見つかれば、地元警察から強制送還を余儀なくされるだろう。
国にもよるが、ワイロは基本きかないと思った方がいい。
「渡航先は・・・なるほど・・・」
「ランダムで選んだんだよ?」
アリアの純粋な言葉に、時雨の顔が心配そうになる。
「心配です。本当に」
「・・・他国にもアモールはいるんだもんな」
「ええ・・・日本のように教会だけではなく、保有企業も多数存在しているようです。その中には、平然と武力介入を行う企業もあるそうです」
「危険、か」
「ですから、アリアを他国へは飛ばさせたくありません。それが私の本音です」
これは俺が答えるべきことじゃない。
俺はただ、アリアの意思を守ることだけが役目なのだから。
「大丈夫、そんなに心配しないで。魁人君が守ってくれるから」
「でも・・・」
「私、他の代弁者さん達が出来なかったこと、してくる。希望を見つけるんだ」
「・・・そうですよね。だから私だって、アリアを応援したくなる」
・・・不安と迷い。
アリアを想ってのことだろう。
「・・・大丈夫だから」
「ええ、私達の分まで、頑張って」
「うん、約束する」
これが何を意味しているのかは分からない。
だけど、口を挟むべきではないのは分かる。
佐々木も、さっきからそれを理解しているかのように無言でいる。
俺もそれに見習った。
守り人の後輩として。




