213話 リターン・メモリー15~緊急の知らせ~
ガガ。
ガガガガッ。
ガガガ。
しばらく音がトレーニングルームで響き渡る。
江藤さんと俺との腕試しパート2。
最近はこの人との模擬戦ばかり行っている。
俺の基礎能力が小林を超えだしたからだ。
今まで相棒だった小林はついに根をあげてしまった。
その時点で江藤さんが俺の指導役にあたった。
力を使うことを制限した俺が勝てる相手じゃないことぐらいは分かってる。
でも、この人と戦うことは1つの基準に触れることと同義だ。
即ち、戦闘力の計測。
江藤さんは暗殺任務に携わりながらも、20年以上生き延び続けている日本で唯一の人物だ。
この仕事の犠牲者は多い。
10年も経てば、みんな死んでいるのが当たり前な世界。
人間誰であろうと失敗する。
失敗しない人間なんか存在しない。
そして、俺達暗殺者の失敗はそのまま死に直結する。
だって、使い捨てなのだから。
だがこうして江藤さんは生き延びている。
今は若き日程暗殺任務を行っている訳でもないらしいが、それでも現役だ。
暗殺者として生き残った年数は、そのまま戦闘能力として判断してもいいそうだ。
そういう意味で言えば、江藤さんは世界トップクラスの実力を持っている。
人外じみた脚力、腕力、技術。
基本的に隙なんかない。
皆無だ。
だから失敗がない。
最強に触れること。
それは俺がこの先、どんなに強い相手と遭遇しようとも想定内に収められることを意味した。
「ぐっ!?」
歯をつぶした模造刀と俺の訓練用ナイフが交差する。
あまりに速い剣速についていけない。
江藤さんの得物ばかりに目がいってしまう。
俺のおろそかになった両足に江藤さんの蹴りが入る。
脛を蹴られ、鋭い痛みが襲う。
それでも転ばないように重心を軽やかに移動させて、前方に転がり込む。
同時に距離を取った。
江藤さん、追撃。
模造刀の突きが残像を残したように2重に見えた。
目の錯覚。
それは俺が刀の動きを見切れていないことになる。
回避は・・・無理。
ならば、肉を斬らせよう。
俺は骨を断つことにする。
俺は片腕を捨てる覚悟を刹那に済ませ、真正面からアタックを仕掛ける。
刀の動きに注視する。
江藤さんの手の動きはトリッキーだ。
手の動作から次の攻撃の手が読み切れない。
腕の筋力が尋常じゃないことの証だ。
突いた刀は俺の急所を外そうと迫るだろう。
何故ならこれは模擬戦。
命は奪わない。
通常なら喉を狙う。
だが今回は・・・致命傷を避けるだろう。
俺はそこに賭けた。
ギャンブルは残酷だ。
失敗か成功かの2つしか存在しない。
だから人は失敗しても痛手にならないように保険を残す。
だが、命を懸けた闘争という現場では保険は適応されない。
生か死か。
極端な2つの結論は覚悟を持って過程が語られる。
それを模擬としたこの一戦に、俺は珍しく価値を感じた。
運以外の要素を塗りつぶすという努力を俺はこの一瞬に怠らない。
ナイフを持った手を細かく揺らす。
フェイントだ。
相手を惑わす。
これで乱れてくれればいいのだが、生憎江藤さんにその手は通じなかった。
「小細工は一切なしだ」
濃密な時間の中で江藤さんが呟いた。
直後、刀を突きから横振りへと変化させる。
このタイミングでの攻撃方法変更。
一切の隙がない。
普通、刀を動かせば大きな余韻が残るはずなのに、それがない。
対応を。
こっちはリスクを支払う。
その分簡単な動作だけで対応出来る。
腕を横振りに対応すべく縦に構える。
そして・・・模造刀は俺の腕に直撃した。
ギリギリと衝撃が伝わる。
横に吹っ飛ばされそうな感覚。
実際、横方向に少し浮いた。
腕を犠牲にしながらも、俺はナイフで江藤さんの喉を狙い・・・
「むう!!!」
きれなかった。
ナイフは喉を掠りはしたが、距離とリーチが足りず当たらない。
横に浮いた体を蹴りで今度こそ飛ばされた。
蹴りは腕の力の3倍あるという。
受け身をとった後、軽く吐いた。
戦意消失。
俺は白旗をあげた。
「・・・うおおおおお!!!すげぇ!!」
周囲の観客・・・同期の暗殺者達が歓声を俺と江藤さんに送る。
その中には小林も混じっていた。
賞賛と嫉妬が混じった目で、俺を見る。
「・・・強くなったな、志紀」
江藤さんが俺を称賛する。
周りの奴らもみんなだ。
でも、小林だけが唯一違った。
「その調子で練磨していけば、いつかは俺を超えるかもしれん」
「いやいや、無理ですよ。今だって完敗でした」
「喉を掠った時はヒヤリとしたがな」
江藤さんの喉からは訓練用ナイフの摩擦によって出来た傷が出来ていた。
出血はないが、薄皮一枚が破れている。
「戦場での命懸けの戦いはこんなものではないが・・・それでも良くやった。決断の必要な選択をよく選び取った」
俺の痛んだ腕を見ながらそう言われた。
「いえ、これはプロテクターつけてるんですよ」
「・・・ほう?」
「ほら」
俺は長袖を捲る。
中から尺骨に合わせて設計された保護用のプロテクターが露出した。
多分、教官殿は俺の腕が折られたのだと思っているんだろう。
けど、実際はこの通り。
少しばかり内出血を起こしているが、それでも骨までダメージは届いていない。
「・・・やるな。気付かなかったよ」
驚いたような目で俺を江藤さんは見つめる。
久しぶりに勉強になった、って感じで。
「だけど、江藤さんが本物の刀を持っていたら輪切りされていましたよ」
「それでも貴様は同じ選択肢を取っていただろう?腕を犠牲にしてでもと。その覚悟を称賛したのだ」
「・・・ありがとうございます」
「格上との戦闘において必要なのは代価だ。手間、犠牲、覚悟。どれを取ってしてみても簡単ではない。それを惜しむ者は非常に多い。だからこそ、命を失う奴も多い。見事なものだよ」
お褒めの言葉を連続でいただいてる。
すごいな。
こんなに褒められたことなんか、今までないぞ。
「なあ」
江藤さんが去り、代わりに小林が出てくる。
・・・不機嫌そうだ。
気持ちは分かる。
鬱屈した気持ち。
俺だって何度も経験してきた。
「手合わせしてくれないか?」
「え」
「だから手合わせ。最近一緒にトレーニングすらしてなかったじゃないか。ここらでお互いの実力を測っておくのもいいんじゃないか?」
「・・・意外だったな。お前がそんなことを言うだなんて」
「なんだよ?お前に俺が嫉妬してるとか思ったのか?」
正解。
心の中でそう思った。
「ここの連中はみんなそんなこと思った経験あるだろ。お前だってそれは同じだろ?」
「・・・だよな」
そうは言うが・・・
あの視線。
少し気になる。
「俺とやるの、嫌か?」
「全然。むしろ歓迎だ」
「ならやろう」
そう言って、向かい合う両者。
小林と手合わせ、久しぶりだ。
少し楽しみでもある。
「小林の武器はナイフか?」
「そ、お前も同じだろ?」
小林が壁にかけてあった訓練用大型ナイフを取り出す。
全然変わってないな。
懐かしい。
こういう感じ、悪くない。
思い出に浸れるって良いことだな。
「じゃ、秒読み。3、2、1」
「!!」
俺の秒読みで同時に動いた。
俊敏な出だし。
だが、基本性能で俺の方が俊敏性は高かったようだ。
技術は同等。
だが、努力では埋められない俺の奇跡の残物が、小林よりも速く体を反応させた。
ナイフを持っている小林の手をそのまま握りこむ。
強烈な握力で握りしめ、動きをストップさせる。
同時に俺はナイフを小林の首へと持っていった。
勝敗は一瞬。
「ま、負けたよ・・・」
周囲にいる暗殺者達が、また賞賛の声をあげる。
今度は不思議と嬉しくなかった。
恐らく、小林がいるためだ。
「・・・お前、凄い速かったな」
俺の第一声。
お世辞じゃなく本音だ。
強化した余韻のある俺の足についてこれたのだ。
差はほんのわずか。
気を抜いていたら確実にこっちが負けていた。
つまり、素の戦闘資質は断然小林の方があるってことだ。
俺のは単なるズル。
けど、勝ちは勝ち。
そういう世界だ。
「・・・お前と戦えて、光栄だよ」
「光栄って・・・そんなんじゃないよ、俺は」
「だって強いじゃないか。この場所では強い奴だけが役に立てる」
「お前も十分に強い。俺は・・・ズルしてるからさ」
「なんだよ?正々堂々だったじゃんか」
そうじゃない。
そうじゃないんだよ、小林。
「俺は・・・」
そう言いかけて、突如トレーニングルームの扉が開け放たれる。
外から桜井さんがやってきていた。
久しく見ない彼の姿は、珍しくあせっていた。
「・・・緊急の依頼だ。準備してほしい」
こういう言い方の場合、意味は1つしかない。
「誰を殺すんですか?」
そう。
暗殺依頼。
通常は何週間もかけて精査され、実行可能かを判断し、仮拠点を設置する。
なのに、緊急の言葉が出てくることがある。
それはやはり非常事態ということだ。
・・・アモールにとっての。
「・・・聖女様が、誘拐された」
俺は驚愕したのだった。
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アリアは身動きの取れない子供に洗礼を行う場合、直接現地まで行くことがある。
もちろん護衛付きだ。
事前に彼女が赴く場所は調査され、安全確認が終了している場所に限られる。
手抜きはない。
しかも、暗殺訓練を受けたここの出身者だって協力する。
にも関わらず、誘拐を許してしまった。
・・・相当の手練れが関わっているってことだった。
誘拐が起こったのがつい15分前。
報告だけでこんなに時間がかかるのは遅い。
もっと早くていいはずだった。
聞くと、通信妨害をされていたらしい。
時間稼ぎと思うしかない。
計画的犯行。
誘拐犯を直接目撃した者は0。
護衛は1人残らず殺されていたらしい。
ただ、たまたま破壊されずに監視カメラが残っていた。
そこに写っていた映像には、たった1人の覆面を被った成人が護衛をナイフで殺し、ガスで彼女を眠らせ、そのまま逃亡した姿が残されていた。
・・・たった1人。
それだけで全てを成したのか?
通常ならありえない。
だが、俺は知っている。
超常の奇跡がこの世界には存在することを。
何より、俺自身がそうなのだから。
メンバー編成が迅速になされる。
対象確保は俺と小林が。
サポーター数人も選出される。
この時国の要人を殺しに教官殿は手合わせ後すぐに飛んだらしく、後戻りは出来ない。
熟練の年長メンバーも同様だ。
つまり、俺達でやるしかない。
30分で全ての準備が整った。
情報によれば、女を担いだ男が車に乗って幹線道路へ進んだ姿が新しく一般人に目撃されたらしい。
警察の介入はない。
まだ、病院内で身元不明の死体を眺めている頃だろう。
慌ただしくなる前に、身柄を確保しなければならない。
出来れば生け捕りで。
何故、このようなことをしたのか?
洗礼をするという情報が、誰からリークされたのか詳しく知る必要がある。
彼女を誘拐して何のメリットがあるのか?
身代金狙いか?
それとも俺達アモールのような使い方をするのか?
いずれにせよ、神秘の奇跡が外部に漏れ出ることは避けたいらしい。
暗殺者達は安住の地をこの国から守るため。
アモールの上部の人間は地球を守るため。
強烈な使命感は浚った犯人に向けて放たれる。
憎悪を帯びた使命感。
それはかつて、世の中に絶望した人間だけが出すことの出来る異質なものだ。
アモールという組織の異常性が、今解放されようとしている。
俺ですら、その視線の一部だ。
必要以上にやる気が出てくる。
もちろん殺る気も。
彼女を誘拐した奴、許さない。
拷問をしてやろうかとも考える。
組織が1つの生物と化す。
1つの目標・・・代弁者の奪還に向けて。
殺人のプロフェッショナル達が、教会の外へ歩みを始めた。




