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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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211話 リターン・メモリー13~心の変化~

 血が気持ち悪い。

 血は臭い。

 血は辛い。

 なのに美しい。

 悍ましい。

 清楚だ。


 命を奪えば、もう2度と引き返せない道に足を踏み入れたことになる。

 覚悟が足りないと、苦しむ。

 迷う。

 俺は取り返しのつかないことをしてしまったと。


 どうせ死ぬ命だ。

 そう。

 みんな、自然に必ず死んでいく。

 なら、あの時殺したのだって別に罪悪感を感じることはない。


 ハハハ。

 そう考えると命って軽いな。

 もっと奪っていいんじゃないのか?

 ダメ?

 どっちでもいい?


 人間は自分さえ良ければどうでもいい?

 家族や大切な人がいればどうでもいい?


 あれ?


 ・・・俺は何を考えている?


 初めての暗殺の日から、様子がおかしい。

 情緒不安定だ。

 心がざわつく。

 落ち着かない。

 今一瞬、何を考えていたのか分かっていなかった。


 命が軽いだと?

 そんなばかな。

 俺は・・・今やばい。

 殺人鬼のソレと同じ考え方になってた。

 破滅的な思考。

 ・・・恐ろしい。


 自分が自分でなくなっていくような・・・

 何だろう。

 嫌な予感がする。


 黒い波が俺の心を侵食する。

 波に飲まれた箇所は、もう2度と顔を見せることはない。

 何故だかそういう確信があった。


 精神的な病。

 そう考えるのが妥当だろう。

 人間を殺すことは、精神的に尋常じゃない負担を与える。

 重い、重い命のプレッシャーだ。

 殺した対象の心境を考えると、さらにそれは増す。


 ああ。

 俺は弱い。

 流石希望の家出身なだけはある。


 そもそも、心の弱い子供に人殺しをさせるなんて・・・

 おかしい。

 最初からそう思うべきだった。


 子供は使い捨て。

 心がダメになったら、捨てればいい。

 替えはきく。

 だって、この腐った世の中だ。

 報われない子供なんか腐る程いる。

 俺は使い捨ての道具だ。


 小林と話していたことが、現実味を帯びる。

 真に自覚した瞬間だった。

 ここにはいられない。

 絶望が俺の背を押す。


 俺は彼女の部屋へ行った。



 ---



 彼女は変わらぬ笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 安らぎを感じる。

 乱れた心の収束。 

 そんな陳腐な俺の心は、地球の意思が表出した存在として崇められている彼女からしたら、愚かしいものに見えているのかもしれない。

 だが、縋らなければいけなかった。

 そうしないと、立てない。


 「・・・魁人君の心が・・・変だよ」


 俺が落ち着いた後、彼女が困惑の表情でそんなことを言い出した。


 「俺・・・どうしちゃったんだろうな」

 「心が何かに溶けてる。こんなの初めて」


 初めてらしい。

 彼女は心の病を負った人々や子供を直してきた。

 本人曰く、人の心が見えるらしい。

 これまで経験してきたこと、感じ取ってきたこと、全て心に宿っている。

 それを彼女は可視化することが出来た。

 そういった特別な力を持つ者は、地球から特別な力を授かった者・・・地球の代弁者と呼んだ。

 その彼女が言っている。

 こんなの初めて、と。


 「俺が俺じゃないみたいなんだ。なんか、感じたことない衝動が突然くるような・・・」

 「・・・ねぇ?」

 「なに?」

 「両手、見せて」


 言われて俺は疑問を持つことなく両手を見せる。

 そうすると、彼女の確認したいことがすぐに分かった。


 「俺の手・・・腫れてる?」

 「普通の大人の人より、大きいね」


 両の手が肥大化していた。

 そういえば、手の皮膚が厚く感じる。

 なのに手から伝わる感覚が鋭敏な気がした。


 「・・・心もそれに伴って大きくなってるよ」

 「・・・俺、成長した?」

 「心はこんな短時間に成長しない。私、先日君を見たけどこんなことにはなってなかった。こんなのおかしいよ」

 「じゃあ、なんだってんだよ?」

 「こういうイレギュラーはね、同じイレギュラーでしかなしえないものなんだよ」

 「イレギュラー?」

 「この場合は、君の力だと思う」


 俺の力。

 特別な力を使ったことによる影響。

 殺人という特別な行為に手を染めたことによって、何か変化したのだろうか?

 それとも、今まで使ってきた力の代償が今になって押し寄せてきたのか?


 「君は前に、力を使えば使うほど力が増していくって言ってたね」

 「そうだね。そう言ったよ」

 「・・・初めて人を殺した時、力を使った?それも思いっきり」

 「使った。俺、あの時抑えきれなかったから・・・」

 「それね、多分もう使わないほうがいい」

 「・・・異常だよな、こんなの」


 膨らんだ手を見つめる。

 力がみなぎるその手で拳を握る。

 握力が強化されているのを感じた。


 「・・・きっと、その力を使えば使うほど心がおかしくなっていくんだと思う。それは良くないことだよ」

 「誰にとって?」

 「魁人君と私にとって」

 「・・・そうだよな。一緒に旅に行くんだもんな」

 「行けないと、悲しいよ」

 「俺もだ」


 決めた。

 この恐ろしい力は、出来るだけ使わない。

 即席の超人化の代償が、一体どれほどのものなのかは分からない。

 けど、軽々しく使うべきじゃない。

 今そのことがよく分かった。


 「私の力はね、使うたびに寿命が減っていくの。他の代弁者達も力を使えば失うものはある。だから、魁人君も何かを失ってるんだと思うの」

 「そりゃそうか。タダで何か出来るほど、この世界は甘くないもんな」


 そのことを誰よりも知っている俺が、何でこの力の代償を見て見ぬふりしていたのか。

 それを認めれば・・・俺は・・・


 生命はただ生きるだけで代償を要する存在だ。

 腹を満たすための肉。

 呼吸するための空気。

 毒を肉体の外へ出すための排泄。

 俺達が生きているだけでも、消費は免れない。

 それはみんな、尊い代償・・・犠牲だ。


 ただ、行き過ぎた代償は罪深い。

 本来生きるのに必要分以上の、過剰な肉の摂取。

 その分痩せたいがための運動による、空気の汚染。

 体内サイクルの循環による、排泄の増加。

 生きる権利を主張する人間達は、世界を汚染しながら人生の謳歌を突き進む。

 俺の過剰な強化は結局のところ、それと同じだ。

 違いは汚染が世界に向けられるか、自分に向けられるかぐらい。


 「お願い」


 彼女の悲痛なまでの願望が、その美しい声に乗って俺の耳まで届けられる。


 「無理はしないで」

 「分かってるよ」


 命は大事に。

 ただし、自分の命や大切な者の命以外は、優先順位を落として。

 俺と彼女の命を最優先に。

 そう決意しなければならない。


 ここでの生活で、自分の身を削る訳にはいかない。

 だって、俺は旅立った世界の中で、彼女を守らなきゃいけないのだから。

 護り人として。


 ただ先に広がった世界への道は、俺達に残酷を仕向けるだろう。

 それは人の悪意だ。

 そういったものから、身を守らなければいけない。

 追跡者からや、先に待つ者達からも。

 それに対抗する闘争の冥利を、俺は暗殺の生活で手に入れるだろう。


 ・・・構わない。

 それが彼女を守る手段になりえるのであれば。

 俺はそう思った。



 ---



 暗殺の日々、続く。


 暗殺対象は、決まって国の要人だった。

 国に関わる者を殺すことで、どんな利益がアモールにあるのか分からない。

 詳しい政治的なことは聞かされないからだ。

 それでもただ、指示に従って人を殺す。


 人は順応性の高い生き物だ。

 人を殺すという作業じみた行為を続けていれば、いつかは慣れる。

 習慣化する。

 俺や小林、その他のメンバーも人を殺すことが常識となりつつあった。


 思考は止める。

 殺す手順と後始末だけを考える。

 後はアモールの上の連中の仕事だ。

 情報操作をし、邪魔だと思った団体を裁判で攻め立てる。

 そうした攻めの材料に、暗殺した人間を使うのだ。

 俺達は実際に殺し、上の連中は社会的に殺す。

 役割分担だった。


 テレビでは、人が暗殺されるたびにニュースで報道される。

 テレビの中のメインキャスターは死亡事件についてまるで直接見てきたかのような態度で語り、容疑者と被害者の関連性について述べていく。

 全くの見当外れだった。

 だって、俺が殺した人間なのに、全く別の人間が容疑者にされてるんだから。


 冤罪。

 そう思うと、心が重くなる。

 人は勘違いする生き物だ。

 無知は罪。

 そうであるならば、勘違いは重罪だ。

 なのに、みんなして勘違いを起こし、冤罪を起こそうと躍起になっている。

 仕事で報道を行っているメインキャスターなんか、いい人形扱いだ。


 テレビとは、広告だ。

 自分にとって都合の良い事実を広めるだけのもの。

 都合の悪いことは隠蔽し、印象操作を行う。

 テレビに映ったこと。

 それが一般人にとっての事実となる。

 そして、アモールに利益が入る。


 蓋を開けてみれば、アモールもまた泥臭かった。

 上流階級の人物特有の、熟れ過ぎた果物みたいなもの。

 だが、目的は地球の意思を聞き、浄化するという。

 それだけは真実みたいだった。


 テレビで俳優が映画の告知をする。

 俳優自体が広告で、金の流れは全て下流ではなく上流へと流れることに、誰も気付いていない。

 俳優が魅力的に見えて、誰も生きた広告なんて発想はしないからだ。

 女優もまた全て同じだ。


 映画を見て感動し、一般人が俳優や女優に憧れる。

 感動する歌を聞いて、俗物達が歌手に憧れる。

 コンサートやライブが開催され、金が動き、溜まるべき場所に溜まる。

 俳優の生きた宣伝広告としての価値が高まる。

 そんな、軽い洗脳じみた方法を使った金の循環。

 これで社会の景気に反映されるはずもなく、それでも生きた広告のために金銭の消費を続ける俗物達。

 いつかそれに気が付いたとしても、満足したから、と言って金を払ったことを後悔しない者達。

 そんな人種に俺は興味はなかった。

 そう思ってからは、テレビを見ることをやめた。


 生の人の声を聞くことにしたのだ。

 世の中を知っている者は多いが、それはネットやテレビなどを通じて情報を手に入れた者達が殆どだ。

 そのニュースを作っている人達は何をしているのかと言うと、実際に自分の目で情報を確認している。

 情報の根源を探るために。

 自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の心で感じる人間は少ない。

 だから俺はそういった方法で情報を収集した。


 海外渡航についての情報は、空港で。

 渡航してきた外国人から話を聞いて。

 旅に必要な諸外国の情報は漏らさない。

 回数を重ねるうちに、嘘と真実の情報がよく見えてくる。

 しばらくすると、人に騙されにくくなった。


 前の俺なら、見知らぬ人間に話しかけたりはしない。

 だいぶ活発になったと感じた。

 アモールの性質から離れてしまったようなのだ。

 それも、俺の力による影響だとアリアは教えてくれた。


 一方で資金も稼ぐ。

 逃亡資金だ。

 暗殺などが多発しているせいで、警察の動きが厳しくなっている。

 無茶は出来なかった。


 細々と金を強奪する。

 十分な資金が集まるまで、さらに2年を要した。


 パスポートの調達にも苦労することになった。

 なにせ、正式に俺達は死んでいる。

 どう身分を証明すれば良いというのだろうか?

 普通ならそう考えるが、そこはアリアの知り合いが何とかしてくれるらしい。

 が、その為の代償としてさらに多額の金を要求される。

 日本と海外は、パスポートがなければあまりにも遠い。

 ここが島国じゃなきゃ、国境を無理矢理超えてやるところなのだが・・・


 人を殺し、訓練を続け、情報を集め、資金を調達する。

 両立に両立を重ねることは、俺に重い負担を与える。

 だが、必死で耐えた。

 目的意識があると、人間は強くなれる。

 人は変われる。

 集団や社会となると、変革は絶望的だ。

 だけど、自分自身を変革することならいつだって出来る。


 この腐った世界を変えようとは思わない。

 変えようと思うには、今更過ぎる世界だからだ。

 でも、こんな場所にいるのも嫌だ。

 そう思う度、俺の目的意識は向上した。


 目の前のことで精一杯な毎日。

 たまに目標を忘れ、戸惑う日もある。

 けど、それでも確かに俺とアリアは着実に夢に向かって進んでいったのだ。


 そして、2年の月日が流れた。

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