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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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210話 リターン・メモリー12~処女の喪失~

 今までの成果を見せる日がやってきた。

 20人の訓練卒業生が、1人の人間を共同で殺す日。

 俺は・・・成績トップとして殺しの役割を担うことになった。


 諜報に10人。

 事前工作に5人。

 現地サポートに3人。

 実行に2人。

 実行役は俺と小林。


 いつも通りナイフと銃火器の点検をし、時間までいつも通りに過ごす。

 潜伏先はとあるビジネスホテル。

 時間は深夜。

 事前に諜報で手に入れた情報によれば、向かいのホテルに大臣政務官と大臣がいるらしい。

 目標は既に補足済み。

 警備員や側近の配置も把握している。

 監視カメラなどの工作も終了。

 全て、順調だった。


 俺と小林は時刻が来るまで、ワゴン車内で待機。

 事前工作で侵入経路は外部から確保してある。

 地上20階の窓口だ。

 屋上からの侵入の為、目立つことはない。


 今回は大臣は生け捕り、その他は廃棄。

 つまり、殺していい。

 痕跡はもちろん残さない。


 通常は睡眠ガスを利用した対象の確保を行うが、今回は力ずく。

 何故なら、あの部屋には高性能な換気口が備え付けられているからだ。

 だから、部屋へ侵入したと同時に側近を無力化し、大臣政務官をスムーズに処理して大臣を確保しなければいけない。


 通常なら侵入は不可能な警備だ。

 深夜だろうがなんだろうが常に安全確認を怠らないよう、警備班で報告を欠かさないやりとりが行われているらしい。

 部屋の中からも、外からも常に人員が配置されている。

 窓には防弾ガラスが設置されており、遠距離からのライフルですら貫通出来ない。

 だけど、俺達なら出来る。

 ・・・殺せる。


 「・・・なあ」


 ワゴン車内で待機中の小林から声がかけられる。

 夜の闇に紛れられるように、黒で統一された服装をしている。


 「なんだよ」

 「今から俺達、人を殺すんだよな」

 「・・・それ、何回目だ?」


 さっきからそればっかりだ。

 緊張によるものだろう。

 強盗を働いている俺はそんなでもないが、こういうことは現場では初めてだからなぁ、コイツ。


 「大丈夫さ。今までの訓練では成功してんじゃん」

 「そうは思うよ。だけど、どうしても落ち着かないんだ」

 「頭では分かっていても、体が言うことを聞かないって?」

 「勝手に心臓がバクバクいってんだよな」


 小林の無理した笑顔が俺の目に入る。

 対して俺は不思議なほど落ち着いていた。

 それが羨ましく見えるらしい。

 俺を見て、さらに落ち着かなくなってしまう。


 「こういう時、どうしたらいいんだろうな?」

 「・・・慣れるしかない」

 「お前だって殺しなんか初めてだろ」

 「適性の違いって奴じゃないか?こういう現場では緊張しない才能あるかもよ、俺?」


 数による淘汰。

 それが肉体を効率よく動かすための鍵だ。

 殺して殺して殺しまくる。

 体が覚えるまで。

 今回は初陣だから、緊張するのは仕方ない。


 人の人生を奪うのだ。

 こういった初陣で、人を殺すことに躊躇いを覚えると後々苦労する羽目になるらしい。

 だから、楽しい思い出を浮かべながら殺すのが1番いいのだそうだ。


 「おい!出番だ!!」


 運転席から声がかけられる。


 「・・・行くぞ。覚悟はいいか?」

 「・・・おう」


 腹は決まったようだ。

 小林が力強く答える。


 まず、ホテルから数十メートル離れたビルの横・・・そこにある裏路地へ。

 手で掴むところが極端に少ない直立の壁が俺達の前に現れる。

 ここをまずは登るのだ。


 俺はジャンプしながら壁を空中で蹴って、2回の窓枠に手をかける。

 これなら強化しなくてもまだいける。

 小林が俺に続いた。


 懸垂の要領で腕を伸縮させ、勢いを付ける。

 上への加速をつけたまま、ほんの少しの窓枠を足場にする。

 勢いが引力によって殺されないうちに、またさらに窓枠へ手をかける。

 1つ間違えば落下して大けがか・・・死ぬか。

 でも、日頃の命がけの訓練の前では、こんなのは朝飯前だった。


 ロッククライムよりも難易度が高いであろう行為をこなしながら、頂上へたどり着く。

 このビルもまた高い。

 地上30階。

 この辺りはそれなりに高いビルが何本も建っている。

 これなら、ビルからビルへ飛び移ってホテルまで行ける。


 「大丈夫か、小林?」

 「ふぅ、なんとか。お前、息切れもしてないよな。すごいよ」

 「尊敬するのは後だ。時間がない。さっさと行こう」


 先を眺める。

 ビルとビルの間には隙間があり、幅は7メートル程。

 うまく飛べなければ死ぬ。

 この高度なら絶対に死ぬ。


 「・・・」


 ビルから俺は躊躇いなく飛ぶ。

 そして、着地。

 我ながら驚異的なジャンプ力だ。


 次に小林が飛ぶ。

 若干緊張があったが、うまく飛んで着地する。

 この調子なら、少し経てば緊張もなくなるだろう。


 これを数回ほど繰り返す。

 忍者のような移動に体はピキピキと音をたてる。

 骨に響いている。

 常人では決して耐えられない肉体への衝撃。

 それすらも人体の再現出来る究極の動きを駆使して和らげていく。

 そして・・・


 「対象ホテル屋上まで到着。侵入経路を目視完了。これよりプランを開始する」


 ただ淡々と傍受対策済みの無線に話しかける。

 その後、了解とだけ連絡がきた。

 他の奴らも概ね順調ってことだ。

 んじゃま、俺達の出番だな。


 救助用ロープを準備し、先端にあるフックで屋上の鉄パイプに片方を固定。

 そしてもう片方を俺達の腰に装着する。

 これはあれだ。

 映画のスパイアクションでよく見る、屋上からビルの壁をスルスルと降りていくあれだ。

 それを今夜、実際に俺達がやる。


 現地サポーターが対象を監視しているはずなので、彼らの指示をひたすら待つ。

 今の時刻は深夜の1時。

 普通ならこの手のバカ議員は女性の接待を受けたりする為に高級店に繰り出すんだろうが、明日は大事な会議があるようなのだ。

 流石に飲みはしまい。


 「・・・現時刻、対象の就寝を確認。さあ、行ってこい」

 

 そう合図が聞こえた。

 小林の目を見てみる。

 覚悟は決まっているようだ。

 そして俺達は、ビルから身を投げ出した。


 夜目の利いた目で向かいのビジネスホテルを確認する。

 ある位置から、極小のレーザーポインターが射出されているのを確認した。

 ポインターの先を指す場所が、俺達の行く場所だ。


 風を受け、耳の傍でゴウゴウと音が聞こえる。

 地上が近付いていく。

 まるで体が軽くなったようだ。

 鳥になっている気分。

 そんな状態も、数秒で終わった。


 ロープを制御し、落下エネルギーを殺す。

 直後、俺達はホテル内部へ侵入した。


 音もなく、ただ静寂の室内。

 そこに殺意を持った死神が2人、侵入した。


 無駄のない動きでロープのフックを外し、片手にナイフを持つ。

 真正面に側近が1人。

 扉の傍に1人。

 侵入から2秒で、全ての準備を整え状況を把握する。


 とっさに小林へハンドシグナル。

 俺が前方の護衛を殺す合図だ。


 「・・・ぇ?」


 声を出される前に喉へナイフを突き刺す。

 突き刺したまま、頭を両手でねじ切った。

 グジュリと液体が泡立った音が室内に響く。

 直後、もう1人の側近も首の方向が180度回転し、死ぬ。


 ・・・ああ。

 俺は初めて人を殺したのだ。


 これから何人もの人間を殺すことになるだろう。

 暗い気持ちが、俺の体を巡る。

 でも、思考を中断して俺はやるべきことに専念する。


 流石に異音が耳に入ったのか、ベットに寝ていた大臣と大臣政務官がそれぞれ起きだす。

 やることは事前に決まっていたから慌てない。

 迅速に俺は大臣政務官の方へ駆け出す。

 殺そうとは思ったが・・・まだ若い男だった。


 「・・・ぅぅぅ!!!」


 ナイフは使わず、手で口を押えていた。

 腕を拘束し、ベットに押し倒す。

 俺が馬乗りの状態だ。

 ・・・やってしまった。

 咄嗟に殺すことを躊躇ってしまった。

 さっきまであれほど落ち着いてたのに。

 側近はうまく殺せたのに。


 「むぐぅ・・・!!」


 男は泣いていた。

 多分、何も分かってない。

 自分がこれから殺されることも。

 きっとパニックになっているだけだ。


 俺は小林の方を見る。

 彼は俺と違い、無駄のない手順で大臣を昏睡させていた。

 これで一応、ミッションの山場はクリアした訳だ。

 後は、この若い男を殺して侵入口から脱出すればいい。

 ただ、それだけの話。


 俺はナイフを持ち直す。

 やけに得物が重かった。

 手汗が尋常ではない。

 ・・・取り乱している。


 どうして?

 人を殺す覚悟はしてきた筈なのに。

 殺されてもいい覚悟でここへ臨んだのに。


 「・・・キツイのか?」


 小林が横から声を出す。

 ああ、もう事が済んだのか。

 早いな。

 流石、本当のNO1。

 俺は力がないと、何も出来ない落ちこぼれだ。


 そう。

 何も出来ない。

 俺は人も殺すことが出来ない役立たず。


 俺と彼女がここを去ったら、多分アモールは追っ手を差し向けてくるだろう。

 その時になったら、人を殺すかもしれない。

 その可能性は大きい。


 だって、誰も身寄りがいない。

 国すらも守ってくれない。

 俺達教会の子供は、死んだことになってるのだから。

 無国籍の犯罪者。

 それがどういった結果をもたらすのかを俺は知っている。

 残酷な現実。


 そうだ。

 彼女を守るなら、人を殺す覚悟を最低限持たなければ生きていけない。

 守ってくれる存在が何もなければ、俺は俺で身を守らなければいけない。

 生きる理由に身を捧げるなら、犠牲を覚悟しなければいけない。


 人間は互いに尊重するように扱うべきだが、結局のところ意見がこの世界に反映されるのはたった1つだけ。

 他は自身の意見を引っ込めなければいけない。

 俺達は・・・強く主張し、邪魔者を殺さなければいけない。

 平和に解決する常識的な方法は、やがて俺と彼女の身を滅ぼすだろう。

 平和的な思考を、初めから異常者は持ってはいけなかったんだ。


 「大丈夫。やるよ」


 ポケットから輝く石を取り出す。

 せめて、渾身の力で殺してやろう。

 殺すものへの、せめてもの礼儀だと思って、俺は力を欲する。


 抑えられた激情が石の力を吸い尽くす。

 これ以上ないほど力が溢れてきた。


 万能感と引き換えの人間性。

 そんなもの、今は求めない。

 非人間的な資質で、俺はこの問題を解決する。


 枕を若い男の顔にやさしく乗せる。

 声が響かないように。


 ナイフを添える。

 そして、刃を額に押した。


 男の体が痙攣する。

 枕が赤くなる

 少女がある日、初めて血を流すように。


 俺は・・・処女を失った。

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