209話 リターン・メモリー11~訓練の終わり~
走る。
飛ぶ。
殴る
蹴る。
斬る。
狙撃する。
傍聴する。
気配を消す。
俺達訓練生は、以上を誰よりも流麗に行える暗殺者として育て上げられる。
都合の良い者を生かし、そして邪魔者を消すため。
俺達は訓練を毎日熟していく。
・・・脱落する者も多かった。
アリアによって目覚めた子供達でも、身体機能に差があることはどうしても覆せない事実だ。
努力すれば成績を抜かせるという訳でもない。
兎と亀の話を希望の家で聞かされたことがある。
兎が怠け、亀が努力して勝つお話し。
物語の中では兎は怠けたが、もし兎が努力して油断せず走っていたらカメには絶対負けない。
そして世の中の兎達は努力を怠らない。
努力することは最早前提となりつつある。
弱い奴と強い奴が極限まで努力したとすると、やっぱり強い奴がより良い成績を残せることになる。
努力は必ず勝つという言葉は、所詮幻想に過ぎない。
むしろ努力をしなければこの世界、生きてはいけない。
努力で勝ったと思える人がいるのなら、以前はさぞかし生ぬるい生活を送ってきたことだろう。
・・・虫唾が走る。
ここでは差別はしないことになっている。
だが、一緒に訓練をしていけばおのずと格差が見えてくる。
元々備わっている資質の格差・・・差別だ。
精神が強ければ、まだここに残ることも出来ただろう。
だが、ここの子供達は弱い。
心が伽藍洞だった者ばかりだ。
だから、成績が良くない状態で周りから優しくされるとそれがプレッシャーになる。
それこそが、脱落の原因だった。
今期の訓練生は総勢40名。
その内過酷な訓練に根を上げて20名脱落。
残ったのは半数だった。
脱落した者がどこへ行くかは知っている。
関連企業や施設でシスターや事務の仕事をするのだ。
そうして、一生アモールの下働きとして使役されることになる。
その時点で彼らの一生は確定されたのだ。
彼らの可能性は閉ざされた。
俺は・・・そんなことにはならない。
毎日ひたすらフルマラソンを走る。
クソ重いおもりを身に着けながら。
走りながら索敵するという戦場での技術も身に付けさせられた。
このレベルの訓練となると、指導出来る人材も限られてくる。
訓練の後半からは、殆どが江藤さん持ちとなった。
時には1週間、教会の所有する森でサバイバルをすることもあった。
ナイフ1本で生き残れとのこと。
水や食料、着替えも全てなし。
事故が起きた場合ですら、放置という厳しい内容のものだった。
その森には野生の熊、鹿、猪がいて、普通に俺らを襲ってくる。
特に熊はやばかった。
単純なウェイトの差というのは、自然界では最強の武器になる。
単純にもみ合っていたのでは人間サイズだと話にならない。
だから、罠を張って殺した。
殺した熊の肉はおいしく燻製にしていただいた。
サバイバル中熊を殺したのは俺と教官殿だけとなっていた。
大概は猪や魚を狩って生き延びたとか。
小林は鹿を狩っていた。
あんな警戒心の強い動物を、どうやって狩ったのか俺はそっちの方が気になるが・・・
「暗殺の重要な点は、自身や組織を特定される痕跡を残さないことだ。ただ政治家連中を殺すのであればこんなに容易い国はないが、日本組織もそこまで無様じゃない。連中は事後処理が上手い。起こってから行動を起こすあたり無様ではあるが、犬のように鼻は利く。だから証拠は一切残すな」
江藤さんには何回もそう言われた。
組織を特定されることは我が家を失うも同然・・・と考える子供は多い。
ここが支えになっているからだ。
だからこんな説教じみた教えでも真剣になって聞く。
俺もそのフリをした。
「暗殺対象の弱い部分を瞬時に嗅ぎ取れ。隙を見つける観察眼を養うことだ。これはナイフでのダミー訓練中にも同じことが言える。対象のもっとも守り切れていない部分を直勘レベルで判断し、即座に行動を起こすのが理想だ」
座学中、こういった感覚的な要素が殺しにおける重要な要素だということを何度も語られる。
そうさ。
頭で考えて行動するのはもう遅い。
状況を感覚的に理解し、考える前に最適の道を選出し、実行に移す。
・・・全て、体で覚えなければいけない。
その場で適した暗殺方法は何か?
計画に支障が出た場合、そういった行動を起こすべきか?
仲間はいるか?
それは頭で考えることじゃない。
全部、体が知っているべきことだ。
少なくとも、人間の死が関わることはそういった感覚的理解を必要とする。
「自身のコンディションを整えることも怠るな。キツイ俺の訓練中にいつも言っていることだが、病気に罹っても俺は一切関知しない。それは全て自分の責任だ。病気に罹るような体調管理をするな。常時ベストコンディションを維持しろ。暗殺現場で体調が優れないではお話にならないからな」
そう言っているのにも関わらず、教官殿は普通に毒を盛った食事を提供してくる。
致死量を超えるなんてことは流石にないが、訓練生全員が食中毒になってしまうという事態が発生したこともある。
そんな時ですら、訓練は行う。
フルマラソンを走り終わった時には、全員糞のついたズボンに蠅が寄ってきたものだ。
「現場にて行動不能状態に陥った場合、自殺薬を飲め。オーバードースによる自殺は原則として行わない。証拠隠滅のためだ。多少は苦痛が増すが我慢しろ。どうせすぐに死ねる。自殺後は身元不明の死体として国に回収されることになる。遺体ではなく死体だから、無縁仏扱いだ。こちらで葬儀が行われないことを、重々承知しておけ」
人命軽薄。
ここでは人の命を助ける技術は学ばない。
そして、自身がいつでも死ぬ準備を整えなくてはいけない。
精神的な面でも、肉体的な面でも、社会的な面でも。
殺す覚悟と死ぬ覚悟。
これで初めて俺らは殺人を行うに値する生物的な権限を所持することになる。
もちろん人間社会的にはNGな行為だ。
表からは批判も出てくるだろう。
だからこそやりがいもある。
仮想的に人間を殺す。
殺す殺す殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
何度でもそれを繰り返す。
その様はボクシングのシャドーに似ていた。
スポーツマンシップもくそもないシャドーではあるが・・・
「周囲に護衛がいる場合は様子を見ろ。必ず暗殺対象にはプライベートな時間が設定されている。人権がどうのという甘ったれたウジ虫は、自分の命を休憩時間中に晒していることを自覚しない。そこを狙え。出来えば密室のほうが良いだろう。外からライフルを使ってもいい。基本的には計画に順守するが、非常事態時には最適な手段を取る心構えでいろ」
だが、命令には絶対順守。
傲慢な奴は命令無視をする傾向が見られる死にたがりが多い。
死なないと自信を持つからだ。
それで死ぬことも多々ある。
それはたいていの場合、対象の護衛による正当防衛を発動させた銃撃による死亡だった。
日本でも銃撃戦は覚悟しなければいけない時はある。
SPとなると、やはりシロウトとは違う。
俺達でも警戒はしなくちゃならない。
慢心と傲慢は俺達の敵だった。
「俺達は殺すことを生業とする殺し屋だ。いいか?殺すことだけを考えろ。情に惑わされるな。赤子、子供、女、老人、必要なら殺せ。例外はない。お前達は初陣で処女を失うだろう。その時、心境もガラリと変わるはずだ。その瞬間を忘れるな。それが殺人を犯す者にとっての高みに上る礎となる」
殺す覚悟。
そうだ。
俺は・・・ここにいるために殺すわけじゃない。
彼女と・・・行きたいから、ここにまだ留まる。
だから指示に従い、殺す。
俺には、強い殺しの動機はない。
確かに人間は憎い。
この感情を抑えることを止めてしまうと、自傷行為に走りそうなくらい。
本当は今すぐ自殺したいのかもしれない。
それをしないのは、彼女の存在が俺の中で固定されてきているからだ。
その願いを実現するために・・・俺は処女を捧げなくてはいけない。
思索と訓練に明け暮れる。
その間お金を貯め続ける。
後悔しないように、俺は必死に人生を歩む。
・・・停滞しないように。
「人を狩ることは動物を狩ることよりも容易い。サバイバルを切り抜けた貴様らなら、問題はないだろう。草を刈るように人を狩れるだろうからな」
暗殺の3日前。
江藤さんからの最後の言葉だ。
・・・訓練生扱いはもうじき終わる。
ここから、人の命を殺めるビジネスに手を染めることになる。
みんな緊張と恐れと、ワクワクの入り混じった顔をしていた。
未知なる世界に全員がその先に行く自分の運命を予想し、想像していた。
そして2日前。
みんなで訓練生向けの卒業パーティーを開くことになった。
「ハハハ、あの時は辛かったよな」
「まさか食事に毒をいれるとか、まじありえないしな」
「・・・このケーキにも入ってたりしてな」
「んなもんとっくのとうに耐性出来てるっつーの。俺の鋼鉄の腹を見くびるなよ?」
「鋼鉄の腹なんか暗殺で何の役にもたたないじゃねぇか!」
「うるせぇ!!」
「ハハハハハハハ!!!」
「やめろって!」
・・・ばか騒ぎだった。
日頃の鬱憤が溜まっていたんだろう。
俺はこういうパーティーは嫌いだが、1日くらいならこういうのもありかなと思う。
シスターも、神父も、訓練生も、子供達もみんな分け隔てなく楽しもうとしている。
だって、数日後俺達は死ぬかもしれないのだから。
今だけは、そのことを忘れたい。
そんな思いがひしひしと伝わってきた。
俺と小林は隅に座って黙ってこの光景を見守っていた。
俺はこういうみんなで集まってワイワイすることは出来ない。
小林も同じだった。
似た者同士で集まって、ヒソヒソとやれればいい。
俺達はそういう人間だった。
「志紀、小林、どうだ?楽しんでいるか?」
声をかけてきたのは・・・江藤さんだった。
江藤さんは教官連中の中でも人気者で、訓練生から話をせがまれていた。
なのに、わざわざ俺の元へ来るとは・・・
「まあ、こっちはこっちで細々と」
「ツートップの2人が何をやっているかと思えば、ヒソヒソ話しか?」
「・・・そういうことですね」
記念すべき日なのに、とは思わなかったようだ。
空気を悪くしかねない俺のような奴でも、ここでは邪険にされない。
江藤さんも例外じゃなかった。
空気感を守ろうとする連中は、きっと仲間はずれにされるのが怖いか、自身が輝いていると思い込んでいるかのどちらかでしかない。
ここの人達は、どちらでもない。
「何の話をしていたんだ?」
「・・・訓練生を脱落した仲間に祈ってたんですよ」
そう小林が答えた。
「・・・志紀、お前もか」
「ええ」
「・・・」
笑い声の中で、3人が少しの間沈黙する。
異常者の中で、とりわけ異常な3人の空気はひたすら思く、重い。
「・・・同情はするなよ」
「しませんよ。多分、訓練を脱退したのは必然だったでしょうから」
「その通りだ。この世に偶然は存在しない。全て、必ず起こるべくして起こったことだけが事実だ。どんな天文学的な確率で起こった事実と結果だろうがな」
「大丈夫です。人に同情なんかしてたら、人を殺すことなんか出来やしませんよ」
常識外の言葉が軽く飛び交う。
それこそが・・・俺達の常識で。
「同情自体はそんなに悪いことでもない。ただ、その同情にも揺るがない強い意志さえあればな」
「あれ?講義で教えてくれたことと反対のことを言うんですね」
「あの時はお前達の教官として話していたからな。今はもう違う。そして今日は特別に俺自身からのアドバイスってことだ」
「・・・なんか、違和感を感じます」
厳しいが、しっかりと面倒は見てくれる教官だった。
なのに、こうも一般人のような目をされるとちょっと戸惑う。
「これからはお前達も一般人に溶け込む機会が多くなるだろう。今の内に陽気に振る舞えるように、ここで笑っとけ」
「・・・これも訓練の一環ってことですか?」
「いや、普通の人間として当たり前のことだ」
「いやいや、俺達普通の人間じゃないですから」
「ハッハッハ!教官ジョークだよ」
・・・まじっすか。
教官殿がジョークを言うだなんて・・・
「まあ、今日くらいは楽しめ。脱落した仲間のことを思うのはそれからでも良いだろう」
「・・・そうします」
そう答えると、教官殿はさっさと訓練生の談笑の中に戻っていった。
その様子を見て疎外感を感じる。
小林も同じだったようだ。
2人して溜息を吐いた。
「・・・お互い、頑張ろうぜ。理解者同士な」
「こちらこそ・・・」
いずれはここを逃げ出すつもりなのに、こうして友好関係が深まることは、俺を苦しめる。
罪悪感を感じる。
苦しいし、嫌になる。
だけど、俺は・・・逃げるのだ。
どうしようもないこの世界から。




