表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
208/244

208話 リターン・メモリー10~教官の腕試し~

 アリア・グランプ。

 地球の代弁者と呼ばれる、アモールの聖女。

 アモール崇拝の対象の1人。


 アモールの教えは、地球の意思を尊重することにある。

 自然保護活動をするのも、慈善活動をするのも全て地球の為だ。

 だが、自然を守ることが地球の意思なのだろうか?

 それは人間には分からないことだ。

 だが、人間とはかけ離れた存在が現在世界で十数人確認されている。


 その人間達は特別な力を有していた。

 炎を無から作り出したり、人の心を読んだり。

 その存在達は、自然現象や頂上の力を地球から授かった者達として認識され、地球の代弁者と呼ばれるようになった。

 地球の意思が肉体を持って、具現した存在だと。

 人外の存在として、彼らはアモールに崇拝された。


 アリアはそんなアモールにある日引き取られた。

 特別な力に目を付けられたせいだ。


 彼女は人の心と自分の心を通わせる力を持っていた。

 その力はただ心を読むだけじゃない。

 閉ざされた人の心を開放し、治療して、快方に向かわせた。

 ・・・奇跡だ。

 すぐさま彼女は現人神として崇拝された。

 以来、ここにずっとカンズメだ。


 教会での彼女の役目は子供を治療すること。

 希望の家に集められた子供達のような、心や知能が発達しない哀れな存在を治療すること。


 アモールに集められた子供達は親から見放された者が殆どだ。

 捨て子は捨て駒にするのに丁度いい。

 施設側で子供が死んだようにシナリオを組み、国に死亡したという手続きを取る。

 国を騙すことなどアモールにとっては容易い。

 国は丁度良い傀儡になってアモールを支える。

 長年に渡って構築された、国の腐敗だ。


 そうして表向き死亡されたのにも関わらず、裏で奇跡的な復活を遂げた子供達はアモールの教義に洗脳される。

 ここで戦闘マシーンとして育て上げられ、邪魔者を殺すことを命じられる。

 地球にとって邪魔な存在を。


 これが今の俺・・・魁人がここまでやってきた本当の理由だ。

 希望の家の子供達も、こうした経緯でここにやってきた。

 つまり・・・希望の家の職員さん達は俺達を売ったのだろう。

 俺達の本当の親と同じく。


 悲しくはない。

 さんざん希望の家で、優子先生が苦しめられてきたのを見たから。

 先生はいつだって気丈だったが、それでも人間だ。

 苦しくないはずがなかった。


 これはこの人間社会が生んだ悲劇だ。

 だから社会に対する不満を若者らしく持っている。

 俺の場合、不満じゃなくて憎しみか。

 子供達はその憎しみを持って、地球の邪魔者を消すことになる。


 地球にとって邪魔な存在とは、人間だ。

 全ての人間。

 ここの教えは・・・全ての人間は滅ばされなければいけないというトンデモな教えだったのだ。


 それを支持したのは、アモールのトップである特別な力を持つ日本の聖女・・・時雨貴子。

 彼女は・・・地球の声を聴くことが出来るのだという。

 アモールとの相性はピッタリだ。


 そして、力を持つ者ではないが日本アモールの実質的な運営を任されている、三国。

 三国と時雨のツートップが、現状のアモールを支配していた。


 彼女らがまず殲滅せんとする対象は、各国の要人全て。

 ハッキリ言って、無茶苦茶な話だ。

 こんなことを考える奴の頭はおかしい。

 だが、アモールはそれを使命として考えている。

 不可能に近くても、やらなければいけないと思っている。


 国の要人を殺す活動は主要各国で進行中。

 中には大統領を殺す国もあるらしい。

 アモールが寄生している都合の良い国は後回しだ。

 まずは・・・いらない国を混乱に陥れる。


 完全にテロリストだ。

 誰かがやらなければいけないという使命感は、革命家のソレに似ている。

 世界を変える革命家は犯罪者と同義だ。

 だから世界の人間は革命家を認めない。

 自身の生きる安息な場所を維持したがっている。


 そういった連中を殺すことには俺も賛成だった。

 どっちみち、今回の暗殺活動は避けることの出来ない通過儀礼みたいなものだ。


 今回は諜報班と実行班、それとサポート班の3つに分かれて日本のとある防衛相の人間を殺すことになった。

 発展途上国での食糧支援や金銭的な寄付がアモールの都合に触れたらしい。

 都合悪い国と国の癒着した関係は作らせない。


 慈善活動をする一方で、アモールは戦争経済によって資金を調達する面もある。

 アモールにとっての人道的な活動とは、人を生かしている地球を生かすことにある。

 地球という根元を延命させるためなら、国に戦争だってさせるし自らが殺すことも厭わない。

 全ては地球の為。

 俺からしてみれば、悪であり正義だった。

 どんなに自らが行う行為に理由を付けてみても、気持ちよく正当化することは出来ない。

 まさに、俺の見方は混沌としていた。



 ---



 暗殺の1週間前、俺はある人から声をかけられた。


 「・・・1回手合わせをしてみるか」

 

 そう言ったのは、俺達訓練生の指導官である、江藤さんだ。

 俺が洗礼を受ける前、教会の講堂にみんな集められた時、俺をジッと見ていた若い人。

 それがこの人だ。

 江藤さんはこれまで何人もの暗殺者を育て上げた、育成のプロフェッショナルだ。

 

 人や動物の殺し方に精通していて、狩りもうまかった。

 俺が人外の脚力とスタミナを獲得しても、何故か遠く及ばない身体能力の持ち主。

 噂では、重装備のSWAT10人を傷もなく殺したとか。

 しかも素手で・・・

 噂が本当かどうかは分からないが、俺と小林の2人がかりでも一方的に叩きのめされるばかりだった。

 俺が見た中で、最強の人間だと思う。


 戦場で兵として働いていた時期もあり、修羅場を経験している。

 こういう経歴を持つのは日本の訓練生では稀だ。

 なぜなら、海外へ戦いに行く奴は多いけど、生きて帰ってくる奴が1人もいないから。

 陰から暗殺者として人を殺すことと、戦場で人を殺すことは別物だと思ったほうが良い。

 そう江藤さんから教わったことがある。


 「いいですよ」


 訓練を終えてクールダウンしようとしていたところだが、指導官の御指名とあれば断るわけにもいかない。

 隣にいた小林が同情の目で俺を見ていた。

 叩きのめされるのが目に見えてるって顔だ。

 そりゃあボコボコにされるんだろうけど・・・今回は本気で江藤さんに抵抗しようと思う。


 俺は予めポケットに入れていた非常用の光る石を持つ。

 今まではめんどくさかったから使わなかったけど・・・敵地に赴く作戦が1週間後に行われる。

 いい加減、ここで自分の限界を図ってもいい頃合いだろう。


 江藤さんは壁に立てかけてあった訓練用の木刀を持ち出す。

 対して俺は・・・いつも使っている刃を潰した訓練用ナイフを選択した。


 「いいのかそれで?リーチの分だけ不利になるぞ」

 「そういう長物は懐に入れば恐れるに足らず、ですよね?」

 「貴様にそれだけの脚力があればな」


 あるんですよ、これが。

 実は、俺に特別な力があることをみんなには知らせていない。

 俺まで崇拝の対象になる可能性があるからだ。

 それだと、十分に身動きが取れない状態にされてしまう。

 今の状況だからこそ、少しの時間だけ自由が存在する。

 その時間こそ、彼女と俺を夢に近付けさせる空白なのだ。


 けど、今回は制限をかけない。

 本気で挑む。

 暗殺の場で自分の力の限界を知らない者はどこかで必ずトチる。

 自分を把握するからこそ、緊迫した場を把握出来る。

 俺はまだ・・・自分の限界を見たことはない。


 お互いに戦う者同士が向かい合う。

 審判はいらない。

 審判を必要とする邪魔臭いルールなど、ここには存在しない。

 これはフェアな世界じゃないのだ。

 フェアなんて言葉は、世間知らずの使う恥の言葉だ。

 世界の本来の姿は、遍く形で不平等なのだから。


 「じゃあ、お願いします」

 「うむ」


 俺はナイフを構えるが、彼は直立したままだ。

 余裕の表情。

 完全に先手を打たせてくれるらしい。


 「・・・」


 ならと思い、石を意識して理想の自分をイメージする。

 教官殿にも勝てるような、そんな技量をいきなり取得することは出来ない。

 だから、純粋に今の身体能力の伸びしろを埋めるような・・・即席の成長を望む。

 数秒後、体に力が溢れてきた。

 さあ、やろう。


 「・・・」


 お互いが間合いを図る。

 それは自分の領域を図る政治的なやり取りを感覚を通して行っているようで、気味が悪い。

 生物のなわばり、という奴だ。

 動物的なカンの鋭い者なら分かる。

 人間は自分の社会的な居場所を重要視すると同時に、自分の影響下にある領域にやってくる存在を排除したいという欲求を持っていることに。


 排除したいという欲求は、威圧感となって周囲に展開される。

 本来視認出来ない筈の江藤さんの領域が、クッキリ見えた気がした。

 ・・・その中に入れば、確実に攻撃をかまされる。


 数手先を予想して、俺はその領域へ一気に侵入した。

 途端、江藤さんの木刀が姿を消す。

 危機を感じて、ナイフを横に構える。

 勢いよく木刀がナイフの刃に当たる。

 衝撃が手に直に伝わって、体中が痺れる。


 それを耐え、軸足を前へ。

 体ごとのしかかる形で体当たりをかまそうとする。


 「ふん」


 それを予見されていたようで、江藤さんは後ろへ下がる。

 その1歩が恐ろしく長い。

 俺は必至で間合いを保つべく前へ前へ。


 江藤さんの2撃目。

 今度はハッキリと視認出来た。

 俺の強化された動体視力は木刀の軌道を読み、寸でのところで回避する。

 相手の攻撃の余韻が残っているうちに、ナイフを突き立てる。


 だが木刀が勢いを殺し、元の位置に返ってきた。

 突き立てたナイフが弾かれる。

 余りの勢いに体ごと横に流される。

 地面に肩から激突しそうになるが、受け身をとってゴロゴロと横へ移動。

 江藤さんが追撃をしかけてきた。


 転がった勢いを使って素早く起き上がる。

 振られた木刀をナイフで受け止める。

 十字に両者の武器が重なった。


 「ぐっ!!!」


 全力で押し返す。

 殺意は乗せないまでも、闘気は十分。

 気迫を刃に込めて睨む。

 江藤さんの顔は・・・笑っていた。


 「うおお!!!」


 木刀とナイフは拮抗していた。

 ただ突くか離すかするだけで戦況が変わるこの状況。

 下手に動いたら、逆に倒されそうで怖い。

 だが・・・やらなきゃだめだろう。 


 空いている片手で掌打を狙う。

 それを読んでいたのだろう。

 簡単にそれを躱される。


 体重移動を正確に行い、足を絡ませる。

 今、ここで離される訳にはいかない。

 

 絶妙な足さばきで俺の足を相手は離してくる。

 手練れの精密な動きに、俺は翻弄された。

 身体能力の問題じゃない。

 これは技量の問題だった。


 距離を離され、木刀を振るのに適した距離感が作り出される。

 相手は容赦なく横薙ぎを放ってくる。

 ナイフでは・・・受け止めなかった。


 急に前に出来た距離感。

 体重移動によって俺はつんのめったように前へ倒れる。

 そして・・・強化されたかつての数倍近い筋力を総動員し、倒れる直前で体を押しとどめる。

 頭の上で横に振られた木刀が通過したのが、感覚で分かった。


 「ほう」


 そして・・・当初の考え通り前へ。

 ナイフはまっすぐ垂直に持つ。

 それは吸い込まれるように江藤さんの胸へ直進し・・・


 「え?」


 江藤さんの体が、ブレた。

 残像の如く。


 いつの間にか、江藤さんは俺の横にステップで移動していた。

 俺でも見えないほどの速さで。

 これが・・・江藤さんの本気?


 「っ!!!」


 衝撃が横腹に襲い掛かる。

 木刀が降りぬかれ、俺は2メートル程吹っ飛ばされた。

 刹那的な苦痛が内臓を走る。

 吐きそうになったが、堪えた。


 「・・・参りました」


 この言葉を放った直後、威圧感が消える。

 俺は、本気でも負けた。

 やっぱり教官殿は強すぎる。


 「・・・ハハハ!志紀!!貴様、久しぶりに手合わせしたと思ったらかなり強くなっているじゃないか!!」


 賞賛の声だった。

 珍しい。

 教官殿はそんなに怒らないが、指導が半端なく物理的に厳しいことで有名だ。

 しかも、滅多に褒めない。

 なのにこうしてお褒めの言葉をもらった。

 ・・・なんか、嬉しいな。


 「よくぞそれだけ力を身に着けたものだ。久しぶりに良い気分になった。志紀、誇っていいぞ」

 「・・・ありがとうございます」


 本当に珍しい。

 きっと、今日は悪いことがあるに違いない。


 「訓練では見えない適性を手合わせでは感じることが出来る。それで言えば貴様はNO1だろう」

 「まじっすか」

 「そうだ。俺は嘘を吐かない!」


 この人も根本に闇を抱えているに違いないのだが・・・そんな暗さは微塵も感じない。

 それも異質な経歴によるものなのだろうか?


 「江藤さん」

 「なんだ」

 「戦場の戦いって、いつもこんな感じなんですか?」


 純粋な疑問だった。

 殺し合いの場とは、一体どのような場所なのか?

 興味で聞くんじゃない。

 自分を向上させたいというプラス思考が今、この時はあったから。


 「いや、実際はこんな至近距離から戦うことはそうはない。余程の実力者なら話は別だがな」

 「と言うと?」

 「銃が戦場における基本的な主戦力になるからだ。遠距離から効率的に人間を殺傷出来る武器が戦場では好まれる。対して暗殺は刃物を使った至近からの殺人や、超遠距離からのスナイプが定石だろう。初めの一手で全てが決まるからな。だが、実力者はそうはいかないことがある」

 「・・・?」


 分からなさそうな顔を見て、教官殿は話を続ける。

 有望な弟子を見る表情で。


 「戦闘は長期化させるべきではない。ある程度弾の軌道を予測出来る手練れなら、長距離からの銃撃は無意味だ。威圧的な効果しか持たないだろう。遮蔽物があるのならなおさらだ。だから近付くこともある。戦場では近距離と遠距離の戦い方を上手く使い分けなければならん」

 「適した戦い方をしろと?」

 「そうだ。俺がこうした立ち合いを滅多にしないのは、暗殺においてこういった行為があまり役に立たないからだ。だから海外に渡航した若年の兵士はここに戻ってこない」


 ・・・聞いていて勉強になる。

 戦場を渡り歩いた者が言うことは、一味違う。


 「だが、貴様なら戻ってこれるかもな」


 期待が込められた言葉だと、すぐに分かった。

 俺はここを逃げ出したい気持ちはあるが、こうして褒められるのは嫌いじゃない。

 2つの心がせめぎあう。

 罪悪感が俺を苦しめる。


 そうして教官殿は、機嫌良く出口へと去っていった。

 俺と違って、息切れもしないで。


 「お前、あんなに動けたのかよ・・・」


 声がした方向を見ると、小林がポカーンと口を開けて俺を信じられないような目つきで見ていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ