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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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206話 リターン・メモリー8~訓練の日々~

 人間を殺すには、どうしたらいいか?

 人間という生物の肉体構造は脆い。

 様々な要因が死を誘発させる。


 毒死、出血死、轢死、圧死、窒息死、ショック死。

 数え切れないほど多くの死に方・・・殺し方が存在する。

 それを最初に教えられた。


 まず、ナイフの扱い方を教わる。

 持ち方や振り方、刺し方、力の入れ方。

 ナイフで100通りの殺し方を再現出来るまでに、殺害方法を俺は仕込まれる。


 練習相手は木製の模擬人形か、生きた動物。

 動物を殺し慣れるまで、30匹は狩らなきゃいけなかった。

 最初は1匹1匹殺すごとに、罪悪感に押されて吐いていた。

 動物が死ぬ時は、突然身を丸めたように小さくなり、低く鳴く。

 そして、突然重力に逆らう体の力が抜けて、重くなる。

 ・・・人間の死に方も似たようなものだと、後から聞いた。


 並行して体力作りにも励む。

 毎日、フルマラソン並みに走らされる日々。

 走れなければ、目標の距離に到達するまで歩く。

 子供の体では到底耐えられない訓練。

 でも、それを強要された。


 筋肉の筋は切れかかり、骨に負担がかかる。

 足の爪は剥がれ、靴擦れで出血が酷い時もあった。

 途中で休憩は許されない。

 休憩すれば、殴られた。


 今時は教師ですら殴らない。

 軍であってもだ。

 ここに陰湿ないじめは存在しない。

 けど、正当な暴力は真正面から存在した。


 俺はそれでも構わなかった。

 いじめより、こういう暴力の方がよほどマシだ。

 ここは狂っていない。

 ストレスがまるでない。

 だから、暴力にも肯定的になれた。


 暴力は指導方法としてはこの上ない手段だと思う。

 使い方やタイミングを誤れば、それは最悪の指導方法となるが、最適に暴力を使えばなんと有効な指導方法だろう。

 暴力を頭ごなしに否定する人は、暴力を使いこなせるレベルの高い人間に出会わなかっただけの話。

 その人の人間としての生き方が歪なだけの話。

 そう俺は実感する。


 スポーツ選手の方が、よっぽど楽をしていると感じる日々。

 でも、苦痛はない。

 むしろ、停滞感ばかりが増していた俺の日常が、今だけは動いていると感じる。

 日常が躍動していた。


 1年で、そこらの大人なら殺せるぐらいまで成長した。

 そして次に教えられたのは、銃火器の訓練。

 人をより、効率的に殺すことが出来る手段だった。


 銃は反動がある。

 その武器の癖を捉えることを、まずは教えられた。

 地下室にある練習用の的で、狙撃訓練を始める。


 数日間はろくに的にヒットせず、弾丸を消費してばかりだった。

 俺はここでも落ちこぼれになるのかと思ったら、反発心が出てくる。

 それを糧にして、的を狙う。

 人間を恨む気持ちを相乗して、引き金を引く。


 俺の気持ちに引っ張られる形で、射撃制度は急激に向上していく。

 元々運動神経が良い訳じゃないのに、訓練を始めていくごとにやたら成績が伸びていく。

 そのことが純粋に嬉しかった。

 そして、もう1年があっという間に過ぎていく。



 ---



 「・・・やっと終わったな」


 そう言うのは、希望の家出身の小林だ。

 同年代にして同期の訓練生として、2年間タッグを組んで訓練を受けている。


 「ナイフでの実戦は辛いな」


 所々血に塗れた両腕を見て、俺はゲンナリする。

 今はナイフでの訓練が終わったところだ。

 普通はゴムで出来た安全な模擬戦用ナイフを使うが、今回は本物のナイフを使っての訓練だった。


 接近しながらの戦闘は、実に泥臭い。

 多少の怪我は覚悟して臨まなければいけない。

 無傷なんてありえない。

 ゴム製のナイフですら、体同士がぶつかったりして内出血が絶えない。

 なのに、本物の刃を使ったなら出血は当然避けられない。

 それどころか事故で死ぬかもしれない。

 体力を削られてと言うよりは、神経を削られて疲れたと言った方が正しい。


 「毎日死なないかとヒヤヒヤするぜ」


 ぜえぜえ言いながら、ペットボトルの水を小林は飲み干す。

 俺もいつも通り、水分補給をしてナイフをしまう。

 俺達の教官殿はもうどこかへ消えてしまっていた。


 「今日の訓練は終わりだな」

 「ああ・・・」


 何も考えず、傷口を水で洗い流してガーゼを当てる。

 水が心地いい痛みを俺に与えてくれた。

 包帯を取り出して、そのまま巻いていく。

 ここで負った怪我は自力で手当てしなければいけない。

 教官やシスターは治療なんか、何もしてくれないから。


 「・・・ずっと無口だった癖に、こんな強くなりやがって」


 俺、ボソリと一言。

 小林は元々人と話せない発達障害の持ち主だった。

 人の助けがなければ靴も履けないような子供だったのだ。

 けど、こうやって健常者の如く俺と訓練を共にしている。

 健常者の如く・・・ではなく、もう健常者なのか。


 「んじゃ、クールダウン行くぞ」


 小林に促されて、俺は外へ出る。

 ボロボロのスニーカーに履き替えて、教会の敷地内である庭へ。

 ここの庭は小学校のグラウンド並みには広大だ。

 10周もすればもう休んでいいだろう。


 柔軟体操をしてから、俺達は走り出す。

 他の訓練生は座学だが、俺達のカリキュラムは特別なので、座学よかはこうやって運動をしている時間の方が長い。


 「お前さ、最近アリア様に会ってんの?」


 小林が走りながら俺に質問してくる。

 よくもまあ走りながら話そうとするもんだ。

 無駄に体力が消耗するだけなのに。

 でもまあ、俺と小林の仲だから無下にもしがたい。


 「ないよ。代弁者様が俺と会うわけないだろ」

 「いやさ、俺がまだ異常だった頃、お前アリア様と仲睦まじく話してたのを見たからさ」

 「あの時はまだ、俺は教会の子供だったからさ。こうやって教育されてるのは、教会内での役割が割り振られたってことだろ?だったら、会う必要と会う必要のない人に分かれて当然だ」

 「・・・だよなぁ。所詮、俺達なんか使い捨てだもんなぁ」

 「それはお前が勝手にそう思ってるだけだろ?桜井さんからそう聞かされた訳じゃない」

 「でも、こんな訓練してるんならさ・・・死ぬことも考えなきゃ、だろ?」


 ・・・確かにそれは言えてる。

 代替え不可能な人物に、死の伴うことは普通させない。

 俺達は・・・道具だ。

 でも、表向きはそうだと言わないでおくに越したことはない。


 「ま、ここで俺達が使われることになったから、こうして俺は普通に話せるんだ。感謝はしなきゃな」

 「そう思えるって、ある意味ポジティブだな。うらやましい」

 「いやいや、こんな俺が外に出たら住所不定の厄介者だぞ?親なんかの保証人もなし。ここじゃないと生きていけないからこんなこと言ってるだけだぜ」


 そう。

 俺達に親はいない。

 国からはもはやいないシナリオになってる。

 つまり、死んだことになってる・・・らしい。


 2年前、洗礼を受けて俺達は正式に死んだことにされた。

 その代わり、新しい人生を手に入れている。

 こうやって、毎日訓練して、来るべき日に備えて。


 「みんな、ここでしか生きられないか・・・」

 「厳密に言えば、心が強い奴しか生きられないだけだろうけどな」

 「・・・そうだな」


 心が弱いことに自覚的である者。

 そういう存在が集まったのがここだ。

 体と違って、心を鍛えるのは容易なことじゃない。

 そういう意味では、外で生きれると思う奴はここでは滅多にいない。


 俺達はみんな死んだことになっている。

 外で味方をしてくれる人は、都会ではまずいない。

 ここを逃げたとしても、孤独の生活を強いられる訳だ。

 そして、みんなそれが怖い。

 だからみんなここにいる。

 ここが孤独のない天国だから。

 ・・・俺もその気持ちは分かるが・・・


 「俺はここで長く生活出来るなら、捨て駒だって構わないけどな。死んだっていいさ」


 これは・・・冗談ではない。

 ここで嘘や冗談は通じない。

 みんな、本心でそう語る。


 外で生きるくらいなら、内で生きるために死をも辞さない。

 ここは、本当に天国みたいな場所。

 こここそが本当の世界で、外こそが虚構なのだと。

 そう思い込む努力を怠らない。

 みんなそう思うしかない。

 そういう風にしか生きられない、弱い人間なのだから。



 ---



 クールダウンを終えた時には、もう夜の7時をまわっていた。

 教会の敷地内にある食堂のある建物へ入り、夕食を取る。


 ここでの娯楽は食事と睡眠、そして読書ぐらいだ。

 外界からの情報を遮断する為、訓練生である俺の行ける場所にはテレビや雑誌が置いていない。

 そういった情報に目を通しただけでも、トラウマを呼び起こしてしまう訓練生がいるからだ。

 だからこそ、俺みたいな外の娯楽を知っている者は満たされなくなる。


 そんな俺を配慮してか、桜井さんが午後9時までならと特別に外出許可を貰っている。

 アリアと唯一仲が良いせいか、かなり優遇されている。

 と、そんな立場を利用して俺は小金を稼ぐことにしている。


 俺には金が必要だ。

 みんなと違って、俺は違う面も持っている。

 別に外の人間になりたいとは思わない。

 でも、内の人間というのもどうかと思う。

 そう思ったが故の金稼ぎだ。


 アルバイトは出来ない。

 住所がないから。

 ツテがあれば雇ってくれる場所もあるかもしれないが、ないものねだりをしたって仕方ない。


 仕事がなければ、金は手に入らないとされているのがこの世の中の常識だ。

 1番初めの頃は、ホームレスの稼ぎ方を調べて実践してみようとしたが、全然効率的じゃなかった。

 もっと、もっとお金が必要なのだ。


 であれば、後はただ1つ。

 犯罪に手を染めてみようと考えたのだ。


 楽してお金を手に入れるとは、何て最低な奴なんだと思われるかもしれない。

 けど、それがなんだ?

 人の勝手な道徳観なんて俺は最初から信じていない。

 仕事をしてお金を手に入れることが正しいのなら、どうして仕事が手に入らない奴がいる?

 どうして貧富の差が出てくる?


 人は言った。

 仕事を探す努力がまだ足りないと。


 まあ、そういう面がある奴はいるだろう。

 楽したい奴がいることも事実だ。

 だが、一生懸命働いても貧富の差があるのは確かだし、努力をした末に自殺に追い込まれることも事実だ。

 そういう人間は、心が弱かったとか、言い訳をしていたと評価される。

 だからアモールみたいな組織が出来る。

 弱いと評価され、人間関係に失望した者達が集まってくる。


 ああ、そうさ。

 この世界は人間の手によって狂わされたのだ。

 強い外の人間も、弱い人間も俺は嫌いだ。

 そういう事実を知っていながらも、仕方ないじゃないかと言い放つ人間が大っ嫌いだ。


 仕方ない。

 全てはそれで処理される。

 諦めた者と、その諦観を利用して食い物にする人間しかいない。

 いや・・・何も知らないで、呑気にから騒ぎしているアホな若者達もいるか。


 こう考えると、俺に安息の場所はないと分かる。

 俺の本質はネガティブではあるが、内側の人間を好きになれそうもない。

 とにかく俺は・・・人間という種の、生きる正当性を見つけたかった。

 ただ、生きるのではなくて。


 だから、俺はお金を貯める。

 目標金額まではまだ遠いけども。


 外出許可を使い、俺は夜道をひたすら走る。

 通行人には気付かれないよう、路地裏を流麗に走り抜ける。

 1時間全力で走っても、まだ走れる。

 表舞台で活躍しているスポーツ選手なんて目じゃない。


 ハードなトレーニングをしている訓練生でも、こんなに長時間全力で走れる奴はいない。

 と言うか、人間がこんな化け物じみたスタミナを獲得出来るかどうかも怪しい。


 ・・・俺は特別だった。

 俺は道端に転がっている普通の石から、特別な石を見抜ける。

 光る石だ。

 クリーム色に薄く輝く石を握って、強く願いを念じると俺は強くなれた。


 足を速くしたいと願えば、その通りになる。

 だから、運動神経の悪い俺でも過酷なトレーニングについて行けた。

 有体に言えば、ズルをしていた。

 そんな行為に、罪悪感を持つことはない。


 努力は確かに美しい。

 だが、生きる力を獲得するにはそれだけでは足りない。

 運も、才能も、悪意も、善意も必要だ。

 努力を続け誠実に生きる者よりも、努力をしながら悪事であろうと自分の能力を向上しようとする者の方が殆どの場合強い。

 それは言い訳出来ない事実だろう。


 光る石をしばらく使い続けると、その石の発光は収まる。

 俺の強化された身体能力も元に戻った。

 けど、微妙に力は残っているらしく、前よりも運動のセンスが良くなっていた。

 それをコツコツと繰り返して、ここまでのスタミナを獲得したって訳だ。


 そして俺はたどり着く。

 ・・・教会から30キロは離れた場所にある、豪邸。

 まだ体力に余裕は残っている。

 このくらいでへこたれるような肉体ではない。

 でも、流石に訓練の後でこれはキツイかも・・・

 いや、これもお金を稼ぐ為。


 俺は気合を入れなおす。

 豪邸には明かりが灯っていた。

 家族がいるようで、談笑が響いてくる。


 「はぁ・・・」


 こういう金を持っている奴が、無邪気に笑っていると殺したくなってくる。

 対して、苦労して生きてきた人間の笑い声はストレスを感じない。

 俺にはハッキリ、その笑い方の違いが分かる。

 今聞こえてくるのは、前者だ。

 ・・・遠慮なく物を強奪出来るからいいんだけどさ。


 「じゃ、始めますか」


 俺は顔が隠れるマスクと手袋をはめる。

 見た目はもう疑いようもなく犯罪者のソレだ。

 2メートルはある門を全力のジャンプで飛び越えて、敷地内へ侵入する。


 その晩、俺は子供1人と女性2人、男性3人を全員拘束し、現金約300万円を素早く奪って、警察が来る前に逃走した。

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