205話 リターン・メモリー7~アモールの男達~
数日後、だだっ広い講堂に子供達全員が呼び出された。
呼び出したのは桜井さん。
そして、講堂で待っていたのは桜井さんを含めた、お偉いさんと思わしき人物数人。
異様な雰囲気を纏った人物達だ。
表現するなら・・・幽霊とでも言うのか・・・
新品のローブやスーツ、私服姿の人と服装に統一性がないものの、全員共通点を持っていた。
人を恨んでいるような目だ。
怖さと凄みがある。
けど、存在感がない。
実力はあるけど、根が暗いみたいな・・・
普通、暗い奴は社会を渡っていくための実力不足や劣等感を理由にそうなっていく。
自分に自信が持てないから・・・
けど、目の前の人達は自信を持つに値するナニカを持っていてもなおネガティブな・・・そんな感じがするのだ。
俺には分かる。
あの人達、普通じゃない。
集まった子供達はシスターさんに誘導されて、講堂内のイスに座っていく。
俺もそれに合わせて目立たないように座った。
全員が落ち着いたのを見計らって、リーダーと思わしき人物が前を出る。
ローブを着た、年配の人。
歳は多分50~60。
皺の多い顔にはいくつもの傷が残っている。
刃物による傷跡だ。
希望の家で何度も見た、特徴のある傷跡。
この人が一般的な生活を送っていないことは、一目でよく分かった。
「私はアモール日本東京支部を任されている、三国という者だ」
しわくちゃな声で、聞き取りにくい。
よく見ると、喉の部分にも傷がある。
・・・ナイフで切られたような傷が。
「・・・君達は、ここにいる桜井君によって選ばれた、優秀な子らだ。感受性が人並み以上に高いが故に、普通の生活を送ることは出来ない」
・・・差別的な物言いだ。
問題発言。
けど、聞き手はそのことをまるで理解していない。
子供達の中で理解しているのは、俺だけ。
ここのシスターやカウンセラーはただ黙って男の話を聞いている。
・・・狂信的な眼差しを持って。
「だから私達が来た。君達は、光るダイアモンドの原石だ。普通の人達には到底成しえないことが出来る特別な存在なのだ。大いに、存分に自分の個性を解放するべきだ」
この男は何を言っている?
解放?
「この世の中に不満を持っていても、君達はそれを表に表現する術を持たない。だからこそ、君達には価値がある。私達の同志になれる。心が病んでいることを気にする必要は皆無だ」
病気。
俺達のことを、この男はそう言った。
・・・イライラする。
表情が少し歪んだ。
その瞬間、視線を感じる。
違和感の方向へ目を向けると、話しているリーダー役の隣にいる私服姿のまだ若い男性が、俺を見ていた。
鋭い眼光で、およそ人の出せる威圧感じゃない。
身長が高く、180センチはある。
日本人にしては珍しく、外国人並みに筋肉が発達しているのが服の上からでもよく分かる。
この人もきっと特別だ。
俺は視線をすぐにそらして、リーダーと思われる男の方を向く。
目をそらす一瞬、若い男がうすく笑った気がした。
「君達は秘儀に触れる資格がある。その為に、貴重な時間を多く使ってしまうことになるだろう。だが、安心してほしい。それに見合った価値がある。いや、一生の宝と呼べるものを君達は手にするだろう」
熱弁だった。
明るく熱いんじゃなく、狂信的で陰湿な熱さだ。
人に嫌われる演説というのは存在する。
共感を得難い、自分の世界を延々と語る類の演説。
この男の話し方はソレだ。
社会ではまず、相手にされないだろうことを、雰囲気が語る。
「ここで君達は学ぶのだ。先人に敬意を表しながら」
清々しい顔をしてその男は後ろへ引いていく。
どうやら語りは終わりらしい。
代わりに桜井さんが前へ。
「桜井です。今日ここにいる方々は、君達に特別なことを教えてくれる先生達です。これから、君達には地球の為になる、多くのことを学んでいってもらいます。君達は何にも心配しなくていい。私達が全力でサポートをすることになりますので」
勝手に話が進んでいる。
もしかして、アリアの言っていた訓練って・・・
「まず、簡単な面接を神父様に行っていただきます。神父様に面接していただく機会は、本来なら滅多にありません。名誉なことだと思ってください」
ここの子供に名誉だなんて、意味のないことをいってどうするのだろう?
と言うか、面接自体に意味があるとは思えない。
一体何がしたいんだ?
「既に面接の場は整えてあります。1対1で神父様とお話しをすることになります」
・・・本当かよ。
あの人と?
生理的に嫌な感じがする。
だって、今にも人を殺しそうな目をしているのだから・・・
「面接を通った者は、先ほど神父様がおっしゃっていた、私達を支える秘儀について触れることになります。これで世の中の役に立てるという自信がつくはずです。これは、大変喜ばしいことです」
内容には触れず、あえて結果が素晴らしいことをただただ伝える。
無口な子供達に。
「面接を通り、洗礼を受けた者は私達の同志となります。みなさん、頑張りましょう」
俺達の意思とは関係なく、桜井さんはそう言った。
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「・・・ここだよ」
俺は1つの部屋の前に呼び出された。
子供達が講堂から順番に呼び出され、最後に残ったのが俺。
伽藍洞な講堂をで暇を持て余しかねた頃、櫻井さんからお呼びがかかった。
そして今この通りって訳だ。
「いいかい魁人君。君には話しておくけど、何も警戒する必要はないんだよ。全て、君の為なんだからね」
「・・・全然意味が分かりません」
「意味が分からないから、中で話すのさ」
「神父・・・様と?」
一応、様付けしておくことにする。
「そうだよ。さあ、中で待ってるから急いで」
「・・・」
心臓がバクバクとなる。
なんでこんなことになった?
いきなり呼び出されて、訳の分からないことを話されて、ここに連れられて。
まるで意味が分からない。
けど、これだけは分かる。
俺は・・・ここの子供達はコレに逆らえない。
そういう感じがする。
人が人に強制する時の空気は知っている。
手順は丁寧っぽかったけど、結局これは逆らえないことなんだ。
そう諦めて、中へ入る。
部屋は薄暗かった。
奥に1人、教皇と呼ばれるじいさんがいた。
テーブルとイス2つ。
応接に使われる、高価そうな家具だ。
その男は高価そうなローブを脱いでいた。
・・・顔からは想像も出来ないほど、体が引き締まっている。
さっき俺を見て薄く笑っていた男と同じだ。
何かと戦ったみたいな・・・そんな肉体。
「やあ、君が魁人君だね」
手に持った資料を持ちながら、彼はそう言った。
テーブルには、他にも何かが書かれた書類が纏めて置かれている。
恐らく・・・
「まあ、そんなに硬くならないで座りなさい」
「・・・はい」
熱弁の時とは違う、柔和な声。
これが本当の声?
それとも熱弁時が本心?
「君は・・・桜井君と何度か話しているみたいだね」
「はい・・・本当に何回かですけど」
自然と敬語になっていた。
威圧感に押されて。
「私は三国と言う者だ。聞いたことは?」
「あります」
アモールは、慈善活動をするための拠点を各地に作っている。
その内の1つが教会。
それらを統括する本部が東京にあって、そこの1番偉い人が三国という人だと・・・そう桜井さんから聞いたことがある。
アモールは世界的な規模で活動している。
それこそ、世界最小の国と同じぐらいには。
「そうか。なら、いいんだ。それより本題に入ろう」
優しい口調で、俺を見る。
品定めという感じで、俺をジロジロ見てくる。
彼にとって、俺は物なのだろうか?
「ここでの生活は楽しいかい?」
「え・・・まあ」
「不満はなにかないかい?」
「別に、何もないです。外よりこっちの方が落ち着いて暮らせます」
「外は・・・嫌いかい?」
何かを探っているのか?
当たり障りのない質問に、汗が出てくる。
下手な嘘は逆効果だ。
そう判断する。
「・・・嫌いです」
「そうか・・・なら、私のことも嫌いかな?」
「・・・」
「そうかそうか。それは結構」
黙ることは肯定したことと同じことだ。
なのに、彼は笑った。
自分と同じものを見るような目を細めて。
「ここはね、似たような考え方の人達が集まる場所なんだ。君なら恐らく、何かを感じ取っているんじゃないかな?」
「なんとなくは」
「なら、分かるだろう。ここではみんなかつて、仲間はずれにされた者ばかりだ。それは何故かというと、この世を生きる人間達にとって私達のような人間は邪魔者だからだよ」
邪魔者。
社会の邪魔。
正義の邪魔。
ゴミ。
・・・俺のことだ。
「テロや非人道的なことを行う者こそが悪で、警察官や法の番人を守る者達が正義だというこの時代。君は・・・そういった世界で生きたいかな?」
「出来れば、生きたくないです」
本心だった。
生きることが苦しいのは、人間が支配する愚かしい世界に生まれ落ちたからだ。
人間が嫌いなのに、どうして人間の社会に溶け込めるのだろうか?
どうして人間の作り出したルールを守れると言うのか?
俺は人間を好きになる努力を出来そうにない。
それも、1つの人間の在り方なような気がして。
「君のような考え方を持つ者は、実は多くいる。自分は孤独だ。誰とも考え方を共有出来ない。辛い人生を歩みたくない。そんな考えを主張しようにも、他者はそれを言い訳だと・・・病気だと判断する始末。そんな扱いを受けた者は本当に多いんだ」
「・・・俺も、その1人とでも言いたいんですか?」
「社会に出たら、そうなると自分でも思わなかったのかい?」
「・・・」
無言の肯定。
それがさらに三国と呼ばれた男の言葉を加速させる。
「だから、我々のような組織があるんだ。考えを共有出来ないのであれば、共有出来なかった者同士集まればいい。社会的弱者は、弱者同士集まればいい。アモールは昔、そうやって出来たんだよ」
「・・・」
「君は親はいないね」
「いないです」
「なら、アモールの人達みんなが、君の家族だ」
家族・・・とは?
家族ってなんだよ。
「これから家族みんなでアモールを支えなくちゃいけない。みんなの場所を、外の人間から守らなくちゃならない。君も、ここの暮らしに安息を覚えているんだろう?」
「少なくとも、外よりは・・・」
「なら、ここで暮らそう。暮らして、アモール・・・そして地球の為になるようなことを、君は覚えるんだ」
「地球って・・・」
アモールは地球を神として信仰している。
そうは聞いたけど・・・
「アモールは環境保護団体でもある。木を植えたり、保護した動物を生態系の中に戻したり、様々な活動をね」
「それは聞いてますけど・・・」
「けど、一向に自然環境は改善されない」
かつて桜井さんの言ったことが脳内でリピートする。
「・・・人間が邪魔だから」
「とまあ、アモールにいるみんなはそう結論するね」
「だって、それ以外になんの原因があるっていうんですか?」
「ないね。完全に。人間が生きていられるのは、全て地球のおかげなのにね」
意見の一致。
やっぱり、俺は・・・
「今、人間がエコに勤しんでいるのは、全て人間達自身が長生きしたいからさ。地球の為じゃない。最終的には人間という種のちょっとした長生きに繋がるから。でも、我々は違う。我々アモールは真に地球の為になることをする」
「でも、人間が邪魔だって言っても、人間はどうしたっているものですよ。切っても切れない」
「だからこそ、やらなくちゃいけないんだよ。これは仕事ではなく、使命なんだから」
人間の使命・・・アイデンティティ?
使命とは、生きる理由?
「人間の業を打ち消すなら、よほど強い動機がなければ到底成しえないことだ。例えば・・・この社会では、自分は生きていけないとかね」
「・・・」
「別に劣等感に悩まされる必要はない。本当なら思って当然のことだし、思わなくちゃいけないことなんだよ。そして、そういう劣等感を背負って生きてきた者しか出来ないことというのが、確かに存在している」
「俺に・・・それをやらせるんですか」
「やらなくちゃいけないんだよ。人間を恨むなら、地球を救うべきだ。いや、地球を救うなんて、建前でもいい。君は人間を・・・殺してやりたいんだろう?」
この男の化けの皮が剥がれた瞬間だった。
酷く醜い表情が、俺の目を縫いとめる。
こびりつく程、自分勝手な主張。
でも、それは人間の社会でも言えることだ。
正直な話・・・犯罪者も一般人も俺は同じだと思ってる。
どっちも同じ糞だ。
だから・・・俺は、この男のことを外の人間と根本は同じだと判断した。
でも、ここで違うと言えば、多分面接に落ちると思う。
そうなればきっと、もう彼女に会うことは出来ない。
それは・・・嫌だ。
「俺は人間を・・・殺してやりたいです」
俺が面接に合格した瞬間だった。




