204話 リターン・メモリー6~少女との日々~
俺はあれから、毎日アリアに会うことになった。
強制じゃない。
両者合意の下で、だ。
桜井さんは喜んでいた。
彼女は中々人と打ち解けないらしい。
また、同年代の他者と合わせようとすると、彼女の方から拒否するのだとか。
連続で会いたいと意思を表明してきたのは、俺が最初らしい。
だから、毎日彼女に会いに行った。
アリアはいつも1人で本を読んでいた。
聞くと、そこらの他人と話すより本を読んだ方がまだ為になるとのことだった。
でも、俺が会いに行くと必ず本を読むより俺との会話を優先させる。
そしてニッコリと笑うのだ。
どうして俺にそんな笑顔を向けてくるのかは、まだ分からない。
きっと彼女は変人なんだろう。
そう思うことにした。
だって、普通の女の子が俺に話しかけたいと思うことはまずないだろう。
こんな、自己嫌悪に塗れた少年なんかに。
とりあえず、そう思っておくことにした。
教会での生活は思ったほど苦ではなかった。
お金が潤っているせいか、食事も3食まともに食べられるし、毎日お風呂にも入れる。
おまけにいつだって教会の中は清潔だ。
そして何より、俺は学校に行かなくてもいいことになった。
特別な児童だかららしい。
勉学はアリアと一緒に、外部から来た教師が教えることになったのだ。
うっとおしい子供達の喧騒から逃れることが出来るのは、俺にとって幸運なことだった。
暴力も嫌がらせもない毎日。
それが当たり前の生活だと気付くまで、少し時間がかかった。
だからこそ、余計に外の人間が嫌いになった。
ここは教会ではあるが、特に洗礼やミサなんかを必ずやらなくちゃいけない訳じゃない。
朝のお祈りをすることにはするが、週に数回は無伴奏の宗教音楽をシスターのみんなとこなし、問題さえ起こさなければ俺は自由な身だった。
特に不自由なく外へ行けるし、買い物も出来る。
歌は聖歌のようで、みんなの声だけで音を作っていく。
楽器は一切なし。
だから、誰か1人でも手抜きすればすぐにばれる。
特に歌の指導で厳しいことはないけど、みんな真剣にやっているものだから手を抜けない。
まあ、俺も綺麗な曲だと思ったから、進んで真剣にやってる。
なんというか・・・自然の声が響いている感じがして。
ここでは怒るという行為は厳禁だ。
みんな、優しい。
人間が人間を怒るということは、本来おこがましいことだからなんだと、桜井さんから教えてもらった。
俺と一緒に希望の家から連れてこられた子供達は、担当のシスターさんやカウンセラーのお世話になっていた。
なんの見返りもないのに、よくやるよと周囲の人間の噂を聞いたことがある。
まあ、そんなことを言う奴らが人道的支援を行えるはずもなく、育児をする者の苦労も知らないで生きていくのだろう。
ここでまともに言葉を話せる子供は俺とアリアだけだ。
子供の数は全員で40人を超える。
それに合わせて、シスターさん達も数多い。
人が行き交う光景が、日常と化していた。
子供のお世話で忙しいのだ。
そんな俺は、手のかからない子としてすぐに覚えられた。
たまにシスターさんの手伝いをしてやったりと、ボランティアまがいのこともしてみた。
相互扶助の精神って奴だ。
人間は1人で自立しようって奴が多すぎる。
助け合って、支えあっての1人前でいいじゃないかと、そういう精神をここの勉学の中で学んだ影響かもしれない。
そんなこんなな生活が続いて、1ヶ月。
俺はまだ毎日、アリアと会っている。
・・・
「ここでの生活、慣れた?」
「まあ、周りはみんな良い人達だし」
俺はその人達が優しい理由が何となく分かる。
俺と同じ臭いが微かに漂ってくるからだ。
それは嗅ぎ慣れたネガティブの臭いで・・・
「ま、ここでストレスを感じる人がいたとしたら、それは活動的な人なんだろうね。ここでは日常が穏やかだから」
「閉鎖的な空間ってことか?」
「心がってことよ」
そんなことを言う彼女は社交的に俺と話す。
外の人間同士が話すように。
「そういえば、君がここに来てからもう1ヶ月なのね」
「だな。今度、桜井さんがここの子供達を集めて何か話すらしいけど・・・」
「ああ、また始まるのね」
「始まる?」
何が始まるってんだ?
「私からは話せないの。桜井さんから聞いてよ」
「・・・分かった」
無理強いはしない。
それもここでのルールだ。
「・・・君と話せる時間が減っちゃうのは嫌だなぁ」
アリアと話せる時間が減るようなことをさせられるのか・・・
でも、仕方ない。
俺はここに来てから殆ど何もしていない。
勉学意外にもさせられることがあるんだろう。
「お前、この部屋からはたまにしか出られないもんな」
「自由がきかないって辛いよ」
「じゃあ、もっと本を読めば?いくらでもシスターが持ってきてくれるんだろ?」
「本なんて、所詮人の書いたものよ。私は直接生の世界を見たいの。生の人とお話ししたいの」
・・・分かる気がする。
本は自分の体験と比べるから面白い。
実体験があるからこそ、本の中の出来事と比較し、楽しむことが出来る。
自分なりに評価することが出来るようになるからだ。
あり得ない話、あり得る話。
共感する話、共感出来ない話。
自身の経験と照らし合わせて、否定や肯定を生み出すものが他人の作品だ。
「あ~あ。君と旅が出来たらな」
「旅か・・・いいね。俺もしたいよ」
純粋にそう思った。
こんな世界に縛られず、何となく別の国へ行ったりする放浪生活。
果てしなく自由で、自分の行動の責任は全て自分で持つ。
社会に組み込まれることのない、除外された歯車の存在。
俺は社会から必要とされない人間だ。
必要とされない人間なんていないという戯言を、俺は信じない。
人間は必要以上に増えすぎた。
人間が生まれ、それを支えるためにもっと人間を増やす。
・・・高齢化社会の負担は、社会を安定さようとすればするほど人間を苦しめる。
だから社会的に人間は増やすべきだという。
でも、人間の都合は社会の都合と必ずしも一緒じゃない。
人間は増やすべきだけど、いらない人間は必ず出てくる。
そう考えると、確かに旅はいい。
いらない人間なら、いっそどこかへ消えてしまえばいい。
自分達の好き勝手に出来る。
他人に迷惑をかけることなんか考えない。
どうせ、人間はどこかにいるだけで迷惑な部分が存在する生き物なのだから。
「・・・いこうよ」
「どこへさ?」
「どこでもいいよ。成人して自由の身になったらさ、私達で旅をしようよ」
正直に言おう。
とても魅力的な提案だった。
現実逃避じみたこの行為は、きっと社会から嫌われるに違いない。
でも、俺は社会貢献なんかしたくない。
このまま静かに暮らして死ねればいい。
そう思ってた。
活動的な人間や、必要とされる人間が勝手に生きて、勝手に社会を存続させて、勝手に幸せになっていればいい。
俺達だって勝手をしてやる。
そう思うと、ワクワクしてきた。
「行くとしたらどこへ行く?」
「どこでもいいけど・・・この国からは出たいな」
「俺、日本語以外話せないぞ?」
「私は話せるよ」
そういえば、彼女は多言語話者・・・ポリグロットなんだっけ。
主要各国の言葉を話すことの出来る、天才。
バイリンガルは別に珍しくないが、彼女の場合話せる言葉は数多い。
彼女なら、十分に世界を渡っていけるだろう。
「でも、俺なんかといいのか?」
「なんでそんなことを言うの?」
「俺より他の人と一緒に行った方が楽しいんじゃないのか?俺、ネガティブだし・・・」
そう。
根暗な奴と旅をして本当に楽しいのだろうか?
俺はきっと楽しめる。
けど、彼女は?
「魁人君じゃなきゃだめだよ」
「・・・本当に?」
「本当に。だって、陽気な人と行ったって疲れるし話題も合わないんだもん。それに今、私の友達って君しかいないし」
「俺も・・・アリアしか友達いないな」
「じゃあお互いぼっちってことだね」
彼女がクスクス笑う。
ぼっちなんていう自虐的なことで、笑える人はあまりいない。
でも、俺も笑えた。
テレビで見る芸能人の番組や、学校で会話する同年代の会話より、こっちの方が数倍笑えるし、楽しい。
お互いに心の仮面をつけた者同士、魅かれ合うものがある。
「成人したら、自由になれる。楽しみも出来たし・・・私、何だか幸せな気分」
「想像するだけで幸せかよ」
「さっきより、今の方が幸せよ」
「心の持ちようってことかな」
世界の見方は心の視点で変わる。
とある偉人がそんなことを言っていた気がする。
「荷物、こっそり準備しなくちゃね」
「お金は?」
「・・・貯めるか盗むしかないんじゃない?」
何気に過激な発言が増えてきたな・・・
「捕まらなかったら、盗みもいいかもな。貧乏人じゃなくて、大金持ち相手に」
「捕まらなかったら盗みたいの?」
「・・・ああ」
本音だった。
簡単にお金を稼ぎたい。
それは誰しもが思うこと。
でも、人間はそれをしない。
法的な抑止力が存在しているからだ。
警察に捕まれば、成人は刑務所行き。
後それと、良心の葛藤なんてものもある。
悪いことが罪悪感から出来ない、日本人に多い特徴。
それだけ、道徳的な教育が進んでいる国ってことだ。
だから犯罪は日本ではそんなに起こらない。
あくまで、世界的に見ればの話だけど。
でも、俺にとって犯罪は悪いことじゃない。
人から物を盗む行為も、生きる為の手段として立派になりたつ。
人の積み上げたものを横から楽して奪うなんて、馬鹿で悪い奴だと普通は思うだろう?
そうさ、人間社会に組み込まれて生きていくなら、そう考えるのは当然だ。
人間同士が生きていくうえで、ルールは守らなくちゃな。
ただ、そんな人間社会に俺は興味がない。
人間という生き物に、憎しみを持っているからだ。
俺は俺のやり方で生きていく。
例え人から否定されても構わない。
社会から見て、クズだと思われて全然いい。
俺は人間社会で生きたら、間違いなく後悔することになる。
旅は・・・可能性が残されている。
少なくともこの選択で後悔なんかしない。
「でも、俺が盗みなんかやったら絶対に警察に捕まるよなぁ・・・」
日本の警察は優秀だって聞く。
テロなんかの大犯罪にはめっぽう弱いけど、軽犯罪的な取り締まりは優秀だ。
平和な日本独特って感じがする。
「大丈夫だよ」
彼女が一言、確信を持った声でそう言う。
「・・・何も大丈夫じゃないよ。俺、そんなに運動神経良い訳じゃないし」
「これからどんどん良くなっていくよ」
「・・・どうしてさ?」
「数日もしたら、多分みんな訓練することになると思うから」
「訓練って・・・」
「強くなる訓練」
なんだよそれ。
意味が分からない。
「ここの教会って普通じゃないこと、君もなんとなく分かるでしょ?」
「まあ、なんとなくは」
ここの人達はみんな本質的にネガティブだ。
幸せになりましょうとは言っているものの、それはみんな不幸だから幸せになるんだ、と言う意味なのだ。
今の現状が不幸だと、みんな思ってる。
社会に不満のある者。
人間不信な者。
障害を持った者。
精神を病んだ者。
みんなここに来た理由は、社会から排除されたから。
シスターさん同士の会話で、俺はそう盗み聞いた。
元々がみんな暗い。
けど、この教会では明るくなれる。
不幸だから、幸せになろうとみんな寄り添いあってる。
だからこそ、希望の家出身の子供達みたいな教育の困難な者でも受け入れる。
慈悲と同情の心を持って。
普通なら、ストレスで多少なりとも心が歪むのに。
「これから、普通じゃないことをやらされる。私がここに入ってきた時、みんなもう教えられていたもの」
「・・・俺もやるんだ?」
「多分。そうして、訓練が終わったら、別の場所に移されるの」
一瞬だけその言葉にドキッとした。
「・・・アリアと離れ離れになるのか?」
「私がそうはさせないよ。魁人君と一緒に旅をしたいもん」
自分自身に誓うように、彼女はそう言った。




