203話 リターン・メモリー5~現人神の少女~
彼女の名前はアリア・グランプ。
この世界に希望をもたらす救世主のような存在だと、桜井さんから説明された。
名前の通り、外国人だ。
どこの国かは分からない。
真っ白い部屋の中。
イスとテーブル、それに少しの本が収納された本棚以外は何もないその部屋の中で、彼女は静かに読書をしていた。
輝くような金髪に、透き通った青い目。
典型的な白人と思わせるような見た目だった。
彼女に無垢な神聖を感じた。
可愛いとか、美しいとかの問題ではない。
汚い人間ばかり見てきた俺には分かる。
彼女はきっと、この世に生まれてきちゃいけない存在なのだ。
それぐらい純真なナニカを感じさせる。
いつか本で見た、天使と呼ばれる存在なのかとも思った。
年の頃は俺と同じ、十代前半。
まだ幼さが残るその顔は、彼女が無垢であることを教えてくれる。
俺は桜井さんに促されて、その部屋へ入る。
この教会の地下・・・それも1番奥まった場所にある部屋の中へ。
桜井さんは中へ入らない。
1時間くらい後に、また俺を迎えに行くらしい。
俺と彼女を残して、彼は扉を閉ざしてしまった。
普通ならありえない。
情緒障害と認識されている人間を、女の子1人と一緒に密室へ閉じ込めるなんて。
・・・それだけ信頼されているのか?
それとも、彼女ならそれでも問題ないとでも思ったのだろうか?
よく分からない。
とにかく、まずは話さなくちゃいけない。
目の前の女の子と。
「・・・はじめまして」
「はじめまして。でも貴方、誰?」
俺達の初対面はこんな言葉で始まった。
かなりぎこちない。
けど、彼女はリラックスしている。
見た目に似合わず、流暢な日本語だ。
ここで生まれ育ったのか、それともバイリンガルなだけなのか。
意思の疎通はとりあえず大丈夫なようだ。
「・・・俺は志紀魁人って言うんだ。なんか、ここで君とお話しするのが俺の仕事だって、ここに入れられた」
「誰がそう言ったの?」
「桜井さんって人」
「ふぅん」
彼女はそう言って、俺の目をまっすぐと見る。
人は基本的に意識しないと人と目線を合わせられない。
自然に力強く目を合わせられる人と言うのは、実は数少ない。
でも、彼女はそれが当たり前というくらい、自然に俺の瞳をのぞきこむ。
「・・・じゃあ、私の名前は聞いてるのね?」
「アリア・・・だったっけ?」
「そう。それが私の名前。よく覚えておいてね。これから毎日会うだろうから」
・・・ん?
「会うのか?」
「・・・そこは何も聞かされていないの?」
「俺はただ、ここに来て彼女と会話しろって」
「・・・」
別に彼女は困った顔をしていない。
なるほど、とかそんなことを思っていそうな表情をするのみだ。
年の割に冷静で知的な仕草をしている。
って言うか同年代の、それも異性とこんなにまともな会話をするのって、いつぶりだろう?
みんな、俺を虐めてきたからなぁ・・・
まあ、初対面だからこんな対応をしているのかもしれない。
時間が経って俺が汚い人間だということを知れば、きっと彼女も俺を拒否するだろう。
仲良くなんかなれっこない。
そんな期待は最初から望まない。
期待して、裏切られるのがオチだから。
どうせ悲しい思いをするなら、俺はまだ傷が浅い方を選ぶ。
だから人付き合いが消極的なのだ。
不安で不安でたまらない。
人が怖い。
肉体を傷付けられるのはまだいい。
ただ、心を傷付けられるのが1番嫌だった。
女子はみんなそうだ。
肉体じゃあ勝てないから、言葉の暴力を使う。
言葉は魔法みたいだ。
ただ相手に嫌味を言っただけで、イライラさせたり悲しませたり、逆に喜ばせたりすることが出来るんだから。
「私ね、君みたいな同い年ぐらいの子に、何回も会わされてるの」
俺が暗い思考に陥っていると、綺麗な声が俺を呼び起こす。
「・・・何回も?」
「そう。護衛さん探しなんだってさ」
「ボディーガードってこと?」
彼女がコクッと頷く。
そんなにして守りたいのは・・・家族だから?
「じゃあ、桜井さんは君の父親?」
「違うよ。私、両親いないもの。2人とも私が赤ちゃんの頃に死んじゃったんだって」
「・・・」
俺と同じだ。
両親がいないってことは、きっと俺と一緒で・・・
「寂しい?」
「うん、寂しいよ。だって、みんな両親がいることが当たり前なんだから」
「・・・そんなことないよ」
「・・・それってどういうこと?」
彼女が首を傾げる。
この子、もしかして・・・
「君・・・ええと・・・」
「アリアでいいよ、魁人君」
「・・・アリアはさ、ここから出たことある?」
「ないの」
やっぱりか。
「最初アリアのこと、いいとこのお嬢さんかと思った。あんまりにも綺麗だったし、なんか外のこと知らない感じだし」
「綺麗?」
「色々とね。だけど、教会に住んでるなら、子供が贅沢な暮らしを許すはずもないもんね」
そう。
今まで施設を転々としてきたから分かる。
親のいない子供は、養子に出されない限り贅沢は出来ない。
だって、俺達は施設で育てられている、集団の中の・・・たった1人なんだから。
「・・・アリアは外には出してもらえないの?」
「たまにここの庭でお散歩させてもらえる。けど、教会の土地から出ちゃいけないんだって」
「なんで?」
「私が大切だかららしいよ?」
・・・そういえば、桜井さん言ってたな。
地球の声を聞ける子供がいるって。
「大切なのに、俺なんかとお話しをさせるんだな。桜井さんは」
「・・・自分が嫌いなの?」
・・・鋭い。
俺の暗い部分を、アリアは見抜いてる。
光が闇を照らすように、俺の心も照らして見ている感じがする。
「嫌いだよ。お前だって嫌だろ、こんな陰鬱そうな男と話すなんて」
「別に、嫌じゃないよ」
・・・意外な言葉が返ってきた。
大概俺は人から嫌われるのに。
それともこれはお世辞?
社交辞令?
「私、人と話せるのって楽しいと思う」
「・・・なんでさ」
「1人って辛いの。人って群れていかなきゃ生きていけない生き物だから」
「でも、群れるのは嫌いだ。上下関係があったり、嫌がらせだってされる。1人でいた方が気が楽だ」
本音をぶつける。
自分が嫌われそうな言葉を、敢えて選んで。
さっさと俺を嫌ってくれ。
その方が後々楽だ。
勝手に期待されて、勝手に失望されるのが本当に嫌だから。
「それでも、1人よりはいいと思うの」
その言葉にイラッときた。
コイツ、ここに閉じ込められているから、人間のことなんか何にも分かっちゃいないんだ。
抑えていた心の暴走の気配がする。
久しぶりだ。
今まで、うまく心をコントロール出来ていたのに。
「この世には死んだ方がいい人間が殆どなんだ。暴力を振るわれたことはないのか?人間はせっかく言葉を話せるのに、結局そこらの動物と変わらずに殴ったり蹴ったり暴力を使うのさ。しかも、人間は嘘まで吐く。何が本当で、何が嘘かも分かりやしない。そんな人間のどこがいいんだよ?」
「・・・今まで君は、そういう人と出会ってきたんだね」
「・・・憐れんだみたいに俺を見るな。こうは言っても、俺はそれで納得してる。人はそういう生き物なんだって」
我ながら本当に悲観的だ。
この年頃なら、社会に反抗したりするのが普通なのに。
よりにもよって、人間に対してもう諦めているんだから。
「悪い人間がいるなら、良い人間だっているよ」
「・・・それは否定しない。けど、その数は少ない。みんな、社会に対してストレスを抱えて生きてる。自分のことで精いっぱいだ。だから、少々の悪いことはみんな見逃す。少しだけ楽をしたいから。けどそんなの犯罪者と大して変わらないよ。みんな、そのことに意識を向けないけれど。そんな人間ばっかりだよ」
「・・・君はこの世界にそんな人間達がいるからそんなことを言っているの?それとも、君と関わる人間がみんなそんな人間だから、そういうことを言ってるの?」
「どっちもだ」
俺は・・・人間だ。
人間である以上、人間はどういう生き物なのか知りたくなる。
人間は何をして生きるのか、どうして生きるのか?
けど、人間は混沌のような生き物だった。
悪いこともするし、良いこともする。
善悪を進んで見つけ出そうとするくせに、自分にとっての善を周囲に押し付けたがる。
その癖自分が少し悪いことを行うと、必死に正当性を主張する。
今まで作ってきた善と悪の考え方を器用に曲げて。
都合が良すぎるんだよ。
そんな人間は、地球に住む殆どの生き物にとって有害な存在だ。
人間は動物を様々な理由で殺して、一方で希少になった動物は保護をする。
どっちも同じ命なのに。
しかも、希少動物を保護する金はあるくせに、隣国の餓死寸前の人間は救わない。
あくまで動物を保護するのは自分の都合の為だからだ。
個人でも、国という集団でも人間は滅ぶべきだ。
死ぬべきなんだ。
それが地球の為なのだから。
俺はそういう結論に至った。
まだガキなのに。
「・・・君は色々見てきたものがあるんだね」
「お前が何も知らないだけだろ」
随分と厳しいことを言ったつもりなのに、彼女は逆に笑顔だった。
なんでだよ。
これだけネガティヴなことを言ったら、他の人間はウザがるのに。
彼女のその薄い笑顔が、俺にとってはまぶしく見える。
俺が汚い人間だということを浮き彫りにする。
「ねえ」
「なんだよ」
「君の見てきたこと、私に教えてよ」
「・・・さっきの聞いて、俺のこと嫌いにならないのか?」
「全然。だって、魁人君は全部正直に私に話してくれたんでしょ?」
・・・嘘は吐いてない。
全部、俺の心をさらけ出した。
「・・・うん」
「私の部屋に来る人はね、みんな嘘ばっかり吐いてた。私と仲良くしたかったのね。自分に都合のいいことばっかり話して、自分の欠点はな~んにも話してくれないの」
「そりゃそうだろ。人間とのコミュニケーションは、まず取り繕うことから始めるんだから」
「それが君の言う汚い人間なんでしょ?」
笑顔が、より一層まぶしく見える。
「だったら安心しなよ。君、とっても良い人間だよ」
「・・・そんなつもりはない」
「それは魁人君がそう思ってるだけでしょ?私は正直に思ったことを話してくれる、本当の人間さんだと思ったな」
「正直に言ってるからって、良い人間とは限らない。正直にすれば、人を殺してもいいのか?」
「いいよ」
なんの迷いもなく、彼女はそう言った。
人殺しは、悪いことじゃないって。
「何かを殺すことは、自然界からすれば自然なことなの。そうじゃなきゃ、生き物は生きていけないから」
「・・・それは自然界のルールだろ?人間の倫理はどうなる?」
「あのね、人を殺すより、ただ普通に人に対して嘘を吐くほうがよっぽど人間にとって害悪なんだよ?」
・・・普通の人が聞いたら、なんて無茶苦茶な子供なんだと思うだろう。
狂ってるってきっと言われる。
犯罪者予備軍だとか、そんな感じで。
けど・・・不思議とアリアの言うことに共感出来た。
「人が人を殺すことは、生態系のバランスを保つ上で良いことなの。だって、今の人類を殺せるのは同じ知能を持った人間だけだもの。人が人を殺さなくちゃ、一体誰が増えすぎて地球に迷惑をかけてる人間を、正常な数まで減らせるの?」
「・・・人は増えすぎだって言いたいのか?」
「そう。人間のバランスは今狂ってる。だから君の言った汚い人間が異常に増えているのね」
人間は多い。
狭い場所を取り合って、醜く争っている。
原始の闘争とは異なる、人間独特の争い。
・・・気持ち悪かった。
「・・・これが、私の正直な気持ち。私だって、君と同じよ」
「俺と同じ?」
「正直な人間ってこと」
「・・・なら、正直な人間に会ったのは初めてってことになるな」
こんな子供、初めて会った。
・・・初めて人間と会話した気分になった。
新鮮な気持ちだ。
なんだろう、この感覚。
喜ばしい?
なんで?
・・・今まで俺は孤独だったからだ。
俺は・・・1人だった。
誰とも気持ちを共有せず、ずっとこの暗い気持ちを抱えてた。
ただ、1人でずっと戦ってたんだ。
人と会話することが、なんだか楽しく思えてきた。
不思議だ。
俺は、本当の人間にやっと出会うことが出来た気がした。
「・・・やっと暗い顔から楽しそうな顔に戻ってきたね」
彼女が俺に笑いかける。
「ね?人と話すって楽しいでしょ?」
ようやく俺は、彼女の言っていた言葉の本当の意味を理解した。




