202話 リターン・メモリー4~環境の変化~
ある日、鬱屈した日々を過ごしていると、アモールから見知った顔の人が来た。
桜井さんだ。
後から聞いた話、結構な重役の1人らしい。
そんな人に、自分の本音を話してしまったのだ。
最初だけ、そのことをとても後悔した。
「やあ、魁人君。久しぶり」
「え?あ、はい」
ベットでマンガをいつも通り読んでいると、桜井さんに声をかけられた。
突然の来訪で、ちょっとあせった。
「元気にしてるかい?」
「はい。少なくとも俺は・・・」
「そうか、それは良かった」
つい2日前のこと。
ここの同居人で俺の次に年長者だった、中学生の篤志が特別外出中に人を殺めてしまった。
原因は昼間から酔っていた人に絡まれて、そのまま。
元々篤志は脳に障害を負っていて、解離性同一性障害だった。
一般に言う、二重人格。
その内の1つの人格が、たまにしか出てこないけど、とても凶暴なのだ。
下手に刺激すると、刃物を持ち出す。
前のしおりみたいに力もたいしたことないと、大事にはいたらない。
けど、今回は違う。
中学生の男なのだ。
力もそれなりについてきている。
おまけに彼のストレスを発散させる方法がスポーツだった。
もちろん、周囲と接触しないよう個人競技に限ったものだったけど。
人を殺めたことは、ニュースになった。
この事件については賛否両論。
ネットでも相当な書き込みがあったらしい・
でも結局、酔っ払いに責任があると判断されたみたいだった。
外では本人達を差し置いて、ニュースを見た人達が大騒ぎだ。
本人達や関係者よりも、外部の人が騒ぎ立てることに滑稽さを覚えた。
だから、今もカメラが希望の家の周りをウロウロしてる。
子供達はそれを見て、怖がってる。
ピクニックもなしだ。
ずっと、ここに籠ってる。
だからこそ、ここに来訪者が来ることが意外だった。
だってここに来るのは、せいぜい警察の人だけだったから。
「さて、いきなりだけど質問していいかな?」
そう言う桜井さんの後ろには、優子先生の姿があった。
俺を見下ろしている。
ニコニコと。
時々、頬がピクッとひくつきながら。
それが妙に気になる。
俺は優子先生を視界に入れないで、そのまま真正面の桜井さんに目を固定する。
「ここのみんなは自分の意思表示が困難だ。ここで私とお話し出来るのは君だけ。いいかい?」
「・・・何の確認ですか」
「今ここには、たくさんのカメラを持った人達が集まってるのは分かるだろ?」
「うん」
補足すると、その原因も知っている。
でも黙ることにした。
「ここの子供達はみんな怯えてる。そのことを話したって、完全に退去してくれる訳じゃない」
「なんで?」
「それでお金を貰っているからさ」
「・・・汚いね」
「そうだね。だから、ここをちょっと出ようかなって先生達と先日相談したんだ」
優子先生の喉から、ゴクリと唾を飲み込む音が、確かに聞こえた。
「黙って子供を連れて行ってもいいんだけど、君はまだこうして意思疎通が出来る。確認しておく必要がある」
「・・・ここを出ていくか、残るか決めろってこと?」
「もちろん事が収まればここに戻ってこられるよ」
「どこへ行くの」
「アモール。君も前に行ったことがあるだろ?」
覚えている。
もう2度と見ることなんかないと思っていた、豪華な内装。
別世界。
「アモールが管理している施設があるんだ。教会、と言うべきかな。君達をそこで保護しようと思っている」
「そこでは・・・安心して暮らせるの?」
「ああ、その努力はするつもりだよ」
「先生達は?」
「・・・残念ながら、そこでは暮らすことが出来ない。先生達にもやるべきことがあるからね」
「・・・分かった」
俺はそう言った。
あえて、深く考えずに。
先生方に恩はある。
あるのだけれども・・・
「よし」
前みたいに頭を撫でられる。
硬くて、大きい手。
不快じゃない。
強い人に守られている感じがする。
「じゃあ、今日から出発だ。話は先生方に通してあるから、君はここを出る準備をするといい」
・・・なんだ。
俺がここを出ていくこと前提に、話をしていたのか。
多分、俺がこの提案を拒否しても連れていかれたんだと思う。
子供に決定権はないから。
所詮、守られるべきとは言っても子供は子供だ。
大人には逆らえない。
「それでは、必要な生活用品をまとめてください。はい、はい。子供達は裏口から車で送ります。先生方も、準備の方を・・・」
桜井さんは、先生達と話を進めていた。
前もって話してあるみたいで、スムーズにやりとりが進められる。
っして、一通り話し終えたと思ったら、バラバラに解散してしまった。
各々が子供の部屋へ行ったり、生活必需品を纏めて保管している部屋に行ったりだ。
・・・本格的な準備が始まった。
「・・・魁人君」
「先生・・・」
少し呆けていると、優子先生が話しかけてきた。
「君も早く準備しなさい?」
「・・・これ、俺が前にアモールへ行ったことと関係ある?」
桜井さんがここに来ること。
それと俺があそこに行ったことを結ぶのは、不自然なことじゃない。
1度だけ、先生の笑顔が消えて顔が歪んだように見えた。
「・・・人って、誰しも他者から認められたいものなのよ。健康で有望な人が社会から認められないことだってある」
「・・・知ってる」
「だからね、これはチャンスなのよ?アモールはどんな人だって受け入れてくれるわ。その中で尊厳を持って生きられる。君はその架け橋をここに作ってくれたのよ」
「みんな、ここを離れるのは俺のせいってこと?」
「いいえ、君のおかげってことよ」
分からない。
ここを離れる方が、俺達にとっていいことなのかどうか。
ここの生活はきついけど、人から否定されることはなかった。
ここでは誰もが弱かったから。
外に出たら、強い人がいる。
社会的にも、肉体的にも。
そういう関係に翻弄されるのは嫌だ。
そんな場所で生活出来るほど、ここの住人は強くない。
「・・・先生はどうするの?」
「私達もアモールに行くわ。君達を保護してくれる場所は私達とは別の場所だけど」
・・・桜井さんの言ってたことは嘘だったんだ。
ほとぼりが冷めたらここに帰れる。
もう、戻れない。
きっと。
「それって経営が苦しいから?」
「・・・色々、足りないのよ。人が生きるために必要なことがね」
先生の笑顔には、疲れの色が混じっていた。
まだ30代なのに、肌が荒れて皺が濃く残っている。
手もガサガサだ。
しおりに噛みつかれた傷も治ってない。
たくさんの子供を育ててきた代償は、自分の時間という残酷なものだった。
「きっと、ここよりいい生活が出来るわ」
ギュッと唐突に抱きしめられる。
働き者の汗の臭いが、先生の服に染みついていた。
・・・俺は一生、この臭いを忘れない。
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送迎にと乗った黒いリムジンから降りる。
黒々として、大きな車だ。
ゾロゾロと黙ったままの子供達が降りてくる。
緑の芝生に、俺達は足を乗せた。
そこは、真っ白い建物だった。
清潔感に溢れていて、潔癖症でも住めそうな家。
きっと、こんなところを建てた人は金持ちなんだなと、思わざる負えない。
「ここが、今日から君達の住む家・・・教会だよ」
桜井さんが全体に目を向けながら、口だけは俺を向いて言う。
普通ならどうコミュニケーションを取ってもいいか分からなくなるだろうに、そんなことは一切ない。
まるで、扱いなれているような気がする。
建物から、幾人か人が出てきた。
そのなりはシスターっぽい。
飾り気のない紺色のローブを着てる。
みんな、女の人だった。
それぞれが物を言わない子供達のそばにつく。
見慣れない服装の女性達に警戒心を抱くが、それでも女性達は笑顔だった。
優しい笑顔ではない。
厳格な笑顔。
けど、対応としては正しい。
子供達に乱れがなくなる。
「さあ、みんなこっちだよ」
桜井さんに先導されて、教会と呼ばれた建物内に入っていく。
中に入ると、清潔な臭いが鼻をつく。
今まで俺は生々しい臭いの中で生活してきた。
そんな俺にとって、ここは自然な臭いの場所とは言えない。
・・・慣れるしかない。
今日からここで暮らさなきゃいけないのだから。
入口から先は、どこかのパンフレットで見たようなどこぞのミサをする広い部屋にそっくりだった。
長い木のイスがたくさん置かれていて、奥には像がある。
像は人の形じゃなくて、星・・・この地球の形を掘ったものだった。
人間には理解出来ないものが、像として飾られている。
理解出来ないから、人間はそこに想像する余地を持ち込むのかもしれない。
まだ、その方が楽に教えを信じることが出来る。
「スタッフさん達は子供達を例の場所へ、案内してください」
女性達が、桜井さんの指示を受けて、子供達を奥へ案内する。
でも、俺には誰1人として傍にいる女性はいなかった。
代わりに桜井さんがいる。
「君はまだだよ。少し私と一緒にお話をしようか」
「・・・ここで?」
「いや、あいた個室があるから、そこでお話をしよう」
彼は俺の背を軽く押して、先へ促す。
広い部屋の隅には、細い廊下があった。
赤色のカーペットが敷かれた廊下は、オレンジ色の明かりに照らされて癒しの空間を演出している。
そこを少しの間進むと、さらに隅に部屋があった。
そこは質素な部屋で、向かい合う形で置かれたソファーとテーブルしかない。
窓はなく、外からこの部屋の状態を知ることが出来ないようになっている。
「そこに座って。緊張しなくてもいいよ」
「・・・」
警戒してたのがバレた。
体の挙動で判断されたんだろうな。
前みたく、対面に両者が座る。
今度は2人だけだ。
俺の傍に、俺という存在を明確に理解してくれている人はいない。
俺は人間として、曲がりくねっている。
障害者だからじゃない。
元々そういう性質を俺は宿していたんだ。
普通の人間から見れば、俺はまず相手にされない類の人間だ。
人と上手く話せないだけで、社会では下のランクと認識される。
人と人が関わるなら、コミュニケーション能力が備わっていないといけない。
俺は人間と話すのは嫌いだから、その能力が培われてきていない。
無口で、生意気で、頑固な人間など、誰が構ってくれるというのだろうか?
「ここはね、弱い人を集めた場所なんだ」
「・・・」
無言でただ聞く。
普通なら、無礼に当たる行為だ。
そんなのは知っている。
けど、口を開けない。
緊張で、開いてくれない。
1人だと、こんなのにも俺はか弱い。
そんな心情を察してか、いつかどこかで見せた、暗い微笑を俺に見せてくる。
「今まで、辛かっただろう」
「・・・何にですか?」
「生きるのに」
「それ、普通の子供にしていい質問なんですか?」
少なくとも、1回情緒不安定と診断された子供に対して言う言葉じゃない。
仮にも俺を預かろうという立場なら、俺の事情だって知ってるはずだ。
「まず初めに言っておくけど、僕は普通じゃない。そして、君も。それを前提に話を進めていこうか」
「・・・」
「安心しなさい。ここで君を取って食う訳じゃないんだからね?」
「じゃあ、何でそんなことを言うのか分からない」
「ここがそういう場所だからだよ」
・・・ここが?
何を言ってるのだろうか?
「アモールという団体については、少し話したね。環境保全や人道的支援を中心に活動している、宗教的団体さ」
「うん、覚えてる」
「世界には救われない人達がたくさんいる。そういうのを解決するには、どうしたらいいか分かるかい?」
「お金、だと思う」
「どうしてそう思うんだい?」
「・・・みんな、お金が欲しくて動いてるから。余裕がある人はお金を欲しがらないのもいるけど、余裕がなくなったらみんな欲しくなる。生きるために。救われないなら、余裕がないってことでしょ?」
今まで散々考えてきたことだ。
頭からスラスラと口に出てくる。
「そうだね。君は閉鎖的な環境に身を置きながら、よくヒトのことを知ってるね」
「・・・知りたくないけど、嫌でも思い知らされる。明るい人は人間の悪いところを無視出来るから、きっと人間のことをよく知らないんだと思う」
「その明るい人間が、今の世の中を動かしているのが実情だね。内向的な部分を秘めた人間は、まず上には上がれない。アルバイトか派遣社員か・・・それとも無職か。ポジティブで挑戦的な人間が社会の下層にいることは滅多にないね」
「・・・弱いから?」
「そう、弱いからさ」
強い人間は社会で活躍出来る。
それは努力の賜物だから。
そう正当性を主張出来る。
弱い人間は努力を怠っているから、そうなのだと判断される。
どんなに心にハンディキャップを持っていても、絶対にそれは変わらない。
「僕はね、心が弱いことを悪くは思わない。同じ弱者の気持ちを知ってる分、優しくなれるからね。このアモールでは、そういった社会的弱者を集めてるんだ」
「じゃああの市民ホールにいた人達も、ここの人達も?」
「全員何らかの重い事情を背負った人達だよ。個人情報の関係で、詳しくは話せないけどね」
意外だった。
みんな、そんなそぶりは見せていなかった。
まともな外の人達だと思ってたのに・・・
「かく言う僕もそうさ。一時期は就職活動にも失敗して、自殺を図ったこともあった。そんな僕を心が弱いと罵った人間もいたよ」
「・・・」
「だけどね、僕はここに来てから救われた。人の主義主張に惑わされない、正しい人の在り方をここで学んだからだよ」
「・・・正しいってなんですか」
そう聞くと、待ってましたとばかりに桜井さんの目が光る。
「正しさは個人の感覚で図られるべきではない。何故なら、社会はそれでは成り立たないから。人間同士で成り立つ、共通の目盛りが必要なんだ」
「それを決めるのは強い人達だけでしょ?」
古代からそうだったと教科書に書いてあった。
統治者が強ければその政策に付き従う。
今の世の中は、強い人が決めたルールで動いてる。
それがひとたび常識になれば、人は疑問を持たなくなる。
なんで空は青いのか?と思う人が滅多にいないのと同じだ。
視覚障害者はみんな、空が青いことを聞くとそんな疑問を持ちだす。
それは見慣れないものだからだ。
けど、目に異常がない人間は疑問を持たない。
だって、それが常識だから。
この世界のルールや在り方が間違っていても、強者が正しいと思えばそれは正しい。
その強者が人権を認めたからこんな国になっているけど。
でも、人間がその習性を持つとしたら、100年後には昭和の戦争状態に戻ってるのかもしれない。
物事の現象について、詳しい知識を持ってる人間は意外に多い。
でも、どんなに知識を持ってる天才だって、自分で考えて生きなきゃそこら辺の人間と大して変わらないようにも見える。
人間は、流されて生きてる。
それも、生きるために。
「でも、その強者が本当に正しくないとしたら、弱い者が正しい?そこにある判断基準はどこにある?僕はハッキリ言える。そんなものはどこにもないよ。人間が勝手に今の価値や基準を作っているんだからね」
「・・・でも、社会で生きていくためには仕方ないって先生が言ってた」
「そうだね。でも、それはもうすぐ終わるよ」
「・・・?」
終わる?
なんで?
「人間の作る社会生活の基盤はいつだって自然の資源なんだ。それを何が育んでいるかって言ったら、それは地球なのさ」
「・・・地球が神様って言ってたね」
「そう。この世の基準は人間が決めるべきじゃない。この星が決めることなんだよ」
「前にも言ったけど、星は何も話さないよ。人間に何か助言してくれるとかはないし」
「いいや、違う。地球の声をちゃんと聴ける子は、ちゃんといる」
・・・正直、信じてなかった。
時々、自然災害は地球が怒っている証だと主張する意見がある。
けど、そんなの本当かどうか確かめられない。
確信が持てない。
でも、桜井さんの目は実際にもう確認済みをしているような感じだった。
「でだ、君をここに連れてきたのはそのことが関係していてね」
「俺が関係してる?」
「その子と一緒に遊んであげてほしいんだ。君がね」
こうして俺は出会うことになったのだ。
地球の代弁者と呼ばれ、この組織の象徴的な存在に。
・・・彼女に。




