200話 リターン・メモリー2~アモールの男~
数日後。
俺と優子さんは巨大な建物の前にいた。
何と言うか、そこらにある建造物より奇妙な形をしていた。
いつかどこかで見た写真の中のコロッセオ。
そんな岩で出来たような建物。
そこに巨大な蓋を被せて、清潔感を何十倍にもしたって言ったらいいのだろうか?
「これ、何?」
「市民ホールよ。今はもう使われてないわね」
「こんなに大きいのに?」
「もったいないでしょ?」
「うん」
使っていないのなら、俺達に譲ってほしい。
切実にそう思う。
道端に捨てられた手の付けられていない食品を見るような目で、建物を忌々しく見る。
「それじゃあ、行きましょ」
「・・・」
俺は優子さんについていく。
建物には何があるのか、誰がいるのか分からない。
新しい場所に行くのは緊張する。
ただ、施設や学校に行くのとは違って閉塞感はない。
不思議な気持ちだった。
市民ホールの中に入る。
入口から先は、豪華な内装が全体に渡って装飾されていた。
こんなに綺麗なのは見たことがない。
思わず目を奪われる。
「あの、小野優子という者なんですが、本日午後1時から桜井さんとお約束をしていて・・・はい。呼び出しては貰えないでしょうか?」
優子さんは受付で何かを話している。
丁寧な言葉だ。
俺はとてもじゃないけど、そんな流暢には話せない。
「お待たせ!」
ニコニコ顔で元の場所に戻ってくる。
受付の人は、受話器を持って誰かと話していた。
「誰か呼んだの?」
「うん。前に言った、私のお世話になってる人」
先生が誰か仲良しにしているところを見ると、何だかイラッとする。
本で読んだ、嫉妬というものかもしれない。
別に先生が好きな訳じゃなくて、多分、人がうまくいっているのを見るのが気に入らないんだ。
俺はうまく人と仲良く出来ないから、色々と恨んでしまう。
ああ、嫌だな。
先生にこんな気持ちを向けるなんて。
憂鬱な気持ちで、ロビーにあった椅子で座って待つ。
そして・・・
「ああ!小野さん。どうもどうも」
「桜井さん。どうもお世話になってます」
先生が立ち上がって、こっちにやって来た人に挨拶をする。
来たのはガタイのいい男の人で、多分歳は中年くらい。
このくらいの歳になると、ビール腹になる人が多いって聞いたけど、この人はむしろ筋肉の方が多そうだ。
スーツを着ているけど、外からでも分かるくらい胸板が厚い。
「やあ、君が志紀魁人君かい?」
「・・・は、はい」
急に話しかけられるものだから、噛んでしまう。
くそ、だから話すのは嫌なんだ。
「あはは、よく来たね」
頭をポンポンと置かれる。
分厚くて、頑丈そうな手のひら。
握力は相当あるんだろうなと、直感で分かる。
「では、ここで話すのもなんですし、ゆっくり話せる所まで案内しますよ」
「あ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる先生。
これが大人の応対なんだろうか?
えらくしんどそうに見える。
ここが使われていないという割には、そこかしこで人を見ることが出来る。
清潔感のある服装の男女。
みんなキリッとしていて、大人な雰囲気が漂っている。
施設の職員さんとは、また違った大人だった。
エレベーターに乗って、最上階まで登る。
1番上は7階みたいだ。
逆に地下は4階まである。
とても大きな建物だと、改めて思った。
エレベーターを降りて、ある程度奥に進む。
「さあ、どうぞ」
廊下の途中にあったドアに案内されて通される。
そこは会議室だった。
20人ぐらい入る、広々とした空間。
奥にはガラスが大きく張ってあって、地上の様子が見渡せる。
こんなに高い場所、来たことがない。
高いって、こういうことなのか。
「お好きな場所にかけてください」
「それじゃあ、お言葉に甘えて・・・」
「・・・」
先生とは反対に、無言で座る。
何だか反抗したい気持ちになってきたから。
ささやかな抵抗だ。
「希望の家にいる子供達は、あれからどうですか?」
「お陰様でみんな元気です。本当になんとお礼を申し上げたらいいか・・・」
「いえいえ、いいんですよ。子供への人道的支援は当たり前のことですから。子供が飢えるだなんてことがあったら、それは我々にとって許しがたいことですよ」
「本当に、あの時はどうなることかと」
「社会的には障害を持つお子さん達は理解されているように聞きますが、実態はそんなに甘いものではありません。十分な支援が出来ていないのが現状です。日本の福祉というのは、まだまだ名ばかりですよ」
言ってる意味は分からない。
けど、両者の仲がとても良いとは感じられた。
何て言うか・・・利害関係?が一致してるみたいな。
「近年においては青少年による事件も多発しています。その原因は貧困であったり、十分な教育が出来ていないことが殆どです。有能な教員の人材が不足していることもあります」
「嫌な話ですよね。うちの子供達は、そういう事件を起こしてほしくないです」
先生は心配そうに俺の横顔をチラリと見る。
俺もそれを横目で盗み見る。
視線が一瞬だけあって、慌てて目を真っ直ぐ向ける。
「ですから、より一層我々のアモール会が国に抗議していかなければ」
「・・・アモール?」
聞きなれない言葉だったので、聞いてみる。
本当は一言も話したくなかったけど、先生と視線を合わせたのが恥ずかしくて。
「魁人君はアモールって聞いたことないのかい?」
「あ、この子はまだ・・・」
先生が慌てて何か取り繕うように話す。
「ああ、全然大丈夫ですよ。ただ、君の年頃なら少しは知っておいた方がいいかな?」
「アモールを?」
「そう。私を含めた、この建物にいる人達みんな、アモールっていう集団に入ってるんだ」
「集団?」
「周りからは宗教って呼ばれてるよ。聞こえは悪いけどね」
宗教・・・
授業で習ったな。
人には守ってる教えがそれぞれあって、その考えの数だけ集団がある。
神様がこの世界にはいて、神様の言う通り生活しないと、不幸になるらしい。
その割には酷いことをしながら幸せそうに障害を終えた人もいるし、何だか信じられない気がする。
けど、そういう人は死んだ後地獄に落ちて苦しむらしい。
反対に、教えを守って生涯を終えたら、天国に上れるらしい。
今、俺や施設の同居人は苦しんでる。
じゃあ、俺達は天国に行けるかというとそうでもない。
そこらへんは、よく分からない。
どうでもよかった。
今苦しいのに、今で精いっぱいなのに、そんなことを考えたくない。
「宗教ってことは、神様、信じてるの?」
「信じてるよ」
「いないかもしれないのに?」
「やっぱりそう思うかい?」
男の人・・・桜井さんと呼ばれていた人は、椅子に深くかけなおす。
「でもね、神様はいるんだよ」
「どこに?」
「ここに」
桜井さんは、自分の足元を指さした。
・・・床?
そう思ってゴンゴンと足で床を蹴る。
その様子を見て、先生は俺を優しく止めて、桜井さんはハハハとにこやかに笑った。
「そこにはいないよ」
「じゃあどこ」
「僕が言ってるのはね、地球のことさ」
地球が・・・神様?
「神様はね、昔々に人を作ったと言われてるんだ。そして科学的な考察では、生物は地球が生まれたちょっと後に、小さな小さな生き物が進化して、今の生き物になったって言われてる。微生物から地上生物にね。そこまでは知ってるかい?」
「うん、学校の教科書で見た」
「生き物が生まれたのはね、地球があったからなんだよ。地球という生き物が生活するのに適した奇跡の環境がなければ、僕達は生まれてこなかったんだから」
「じゃあ、地球が母親?」
「母親か、いい例えだ。君、賢いね」
・・・褒められた。
施設の先生以外に、褒められたことなんかなかったのに。
「そう、母親も素晴らしい呼び方だけど、僕達はこう呼んでる。神様ってね」
「・・・地球って、どんな教えをするのさ。何も話さないのに」
「ちゃんと教えてくれてるよ」
「俺、そんなの聞いたことないけど」
「例えば・・・そうだね。自然災害とか、疫病。それらは人間にとって悪いことだと思うかい?」
災害?
地震とか津波とかか。
「人間が死んじゃうから、多分悪いことだと思う」
ここまでは今まで先生に教えられてきたこと。
ここからは俺が考えてきたこと。
普通の人に言ったら、頭が狂ってると言われかねないこと。
今の俺は、珍しく自分の意見を言いたい気分だった。
ここの空気が、何だか暗くて、とても安心したからだと思う。
「けど、それは地球にとってはいいことだと思う」
「・・・へぇ、何でそう思うんだい?」
陰湿な影のある視線を感じた。
見ると、桜井さんが薄く笑っている。
思わず目を下に向けてしまう。
・・・目を合わせられない。
「動物とか殺してるから。森とかを燃やしたり切ったりしてるから」
「そっか。それで?」
「・・・え?」
「きっとまだ君は言いたいことがあるんじゃないかな?」
「・・・」
驚いた。
この人、まるで俺の心を読んでるみたいだ。
ピッタリ当たってる。
だから・・・ポロッと本音が出てしまった。
「・・・俺、人間が嫌いだから」
「何でだい?」
「苛めるから。差別するから。弱い人はみんな強い人について行っちゃうから。そんな生き物、みんないなくなった方が地球のためでしょ?」
あ~あ。
言っちゃった。
先生にもこんなこと話したことなかったのに。
優子先生にも後で怒られるな。
そう思った。
けど、否定してこない。
あれ?
なんか、2人とも俺に共感してる?
「僕は嬉しいな。そんなに正直に話してくれるなんて。まだ会ったばかりなのに」
「・・・」
「このアモールという団体はね、世界規模で自然環境を保護する活動もしているんだ。植林活動を通した砂漠化の進行を止める活動や、海の水質を改善する活動、太陽光や水流を主とした、エコロジーなエネルギー供給。ちょっと難しいかな?」
「何となく・・・分かる」
「日夜地球の環境を良くするために、色々研究を重ねて努力してるんだ。お陰様で日本にも会員が増えてきて、ここにも1つ拠点が作れている。どんどん規模を増していってるんだ。」
学校の授業を思い出す。
世界各国で、そうした環境改善の運動は行われていると。
「けど、どんなにそうした努力をしていても、一向に環境は改善されない。むしろ環境は汚染されていってる。何故だか分かるかい?」
「・・・何で?」
「それはね、さっき君が言ったとおりの答えさ」
・・・感じる。
必要以上に俺を桜井さんが見ているのを。
「人間がいるからだよ。人間はただ生きていくだけでも、環境やその他の生物を殺すからね。他の動物も生物を殺すけど、人間はその消費スピードがケタ違いだ。どんなものでも調理して食べるし、なにしろ数が多い」
さっき思った、道端に捨てられている加工された食品を思い浮かべる。
誰も、見向きなんかしなかった。
食べても、残す人すらいる。
ちょっとならいいじゃないかと誰もが思う。
けど、60億の人達がちょっとと言ったら、この地球はどうなるのだろう?
「人は家も作るし暖房も焚く。金を払えば地球のことなんか関係なく、自身の土地ということで木々を好き勝手に伐採出来る。元々土地は誰の物でもなく、地球のものだったのにね。勝手に人間が自分の土地だと主張を始めたんだ」
人間の欠点が次々と口から出てくる。
今、分かった。
この人、俺と根は同じだ。
・・・暗い。
この人の心はきっと、他の人から迫害を受けたんだ。
「人間の社会の中でしか、人間は暮らせなくなってきてる。自然を汚染することでしか人は生きていけなくなってしまったんだ。自然保護活動をしても、この勢いは食い止められない。メディアなんかでは優しく言ってるけどね、本当は地球が死ぬ寸前のレベルまで到達してるんだ」
「・・・じゃあ、どうするの?」
「じゃあ逆に、君はこの世界でどうしたい?どうするべきだと思う?」
「・・・分からないです」
「なるほどね」
桜井さんは椅子にギギッと背を預ける。
何かを理解したような感じ。
「小野さん、この子、いい子ですね。大切にしてあげてください」
「ええ、もちろんです」
「すいませんね、話をそらしてしまって」
「全然ですよ。久しぶりに魁人君がスラスラと話しているのを見て、嬉しかったぐらいですから」
「ふふ、子供達の様子も改善されているようですし、今後も運営資金をこちらで援助させていただきます」
「・・・!ありがとうございます!」
・・・また驚いた。
先生が人に対してこんなに感謝しているところを、俺は見たことがない。
「では、詳細に入りたいと思うので・・・」
桜井さんが俺を見る。
もうあの粘つくような視線は感じられない。
普通の社会人らしい雰囲気に戻っていた。
どうやら、俺がここにいては邪魔らしい。
こういう空気を察することは慣れてる。
いつも俺は苛められているから。
桜井さんが部屋に備え付けられていた受話器を使って、誰かと話す。
少しして、俺達の前まで戻ってきた。
「魁人君。男の人がもう少しで来るから、一緒にロビーで待っていてくれないかい?」
「・・・はい」
また、知らない人と関わるのか。
・・・もう、疲れた。
そう思いながら、窓の向こうに広がるビル群を何を思うことなく見つめた。




