199話 リターン・メモリー1~デキソコナイの子供達~
俺は施設育ちだった。
生まれた時から親が死んでいて、血の繋がりもない他人に育てられた。
他人と言っても、児童養護施設の職員だから、全くの他人という訳じゃないけれど。
俺に話しかけてくる施設の同居人はいなかった。
だって、みんなも俺と同じようなものだったから。
ここに連れてこられる子供はみんな特殊だ。
失語症の子や、自閉症の子。
将来社会的に弱い立場に立たされることが分かっている子供達が、ここには集まっていた。
「努力すれば、みんな幸せに生きられるのよ」
職員さんはみんなそう言う。
けど、みんな言わずとも分かっていた。
それは人並みの幸せじゃなくて、他の障害者よりは幸せに生きられるだけなんだと。
俺は、元は普通の施設にいたけれど、暴力沙汰を起こしてここに移された。
情緒不安定と発達障害という診断を受けて。
俺は何をやってもダメな奴だった。
無口で、頭も良くなく、運動も得意じゃない。
全て、人並み以下だった。
一時期はそれで虐められていた。
あまりに人とコミュニケーションを取れないからだ。
いつも俺は、絵空事にばかり気を取られていた。
空を飛びたい。
宇宙に行きたい。
幽霊と会いたい。
でも、心の奥では人と話したいと言う願望もあった。
人とはうまく話せない。
他者の群れの中で、いつも緊張していたから。
ある時、小学校で苛めを受けた。
無愛想な俺の様子が面白おかしく映ったんだろう。
うまく人とやりとりが出来ないのは自分でも分かっていたから、最初は自分のせいだと思って耐えた。
周りはそれに気付いても、気付かないふりをしていた。
俺は人の観察だけはよくしていたから、よく分かった。
日に日に苛めが酷くなる。
靴に画びょうを入れられたり、机の中にカッターの刃を何枚も入れられたり。
犯人が特定出来ないような陰湿な虐め。
けど、誰がやったかは分かっていた。
数日後、俺は怒って苛めっ子にケンカを挑んだ。
相手は複数でつるんでいたから、結局は返り討ちだったけど。
その時に、いじめっ子の1人の目に鉛筆を突き刺した。
それが原因で、俺は子供の親から訴えられた。
どうにか施設側で交渉してくれたみたいだけど、取られるものは取られたみたいだ。
その時から、俺に対する職員の目が恐怖に変わる。
苛められてたんだと言っても、信じてくれなかった。
元々、人とうまく話せるタイプじゃなかったのも原因だろう。
しつこく言うと、ほんの少しだけ信じてくれる人もいた。
けれど、こう言われた。
「やり返したら、苛めっ子と同じになっちゃうでしょ?こういう時は、誰かに相談しなさい?」
でも、そんなの無理だ。
だって、みんな見て見ぬふりをしてたんだもの。
人とうまく話せないんだもの。
相談して、何か変わったんだろうか?
俺は言い訳を言っていただけなんだろうか?
不満を持ちながら、特殊な子が集まる施設に連れてこられた。
この時だ。
俺は普通の子じゃないって気が付いたのも。
ここの施設は希望の家と呼ばれていた。
希望を子供達に持って欲しい、という願いから付けられた、そのまんまな名称の施設だ。
収容出来る人数は多くない。
せいぜい20人程度だ。
何故なら、ここで働いている職員が少ないからだ。
言ってしまっては悪いが、ここの子供達は特殊な対応の出来る大人が求められている。
子供達は社会では生きにくいから、大人達に縋るしかない。
食事から、入浴、排泄、勉強、睡眠、エトセトラ、エトセトラ・・・
成長したとしても、1人立ち出来るかどうかも分からない。
毎日がプレッシャーだ。
それが人材不足の原因。
おまけに施設の経営も厳しいと、職員さん同士の話で聞いた。
半ばボランティアで活動してもらうことの方が多いくらい。
ここはお金も人材も足りていない。
施設を1歩出ると、一般の住宅がすぐそこに並んで建っている。
裕福な生活をしているようで、家々からは毎日笑い声が漏れて聞こえる。
すぐそこには幸せがあるのに、触れない。
遠い。
毎日家々から漏れ出る会話に耳を澄ませながら、想像する。
架空の父さん母さんを頭で作って、話す。
泣きながら、1人で。
そんな俺でもまだマシな方で、自分から勉強や入浴、食事が出来る。
だから忙しい職員さんにほっとかれる。
俺と話せる同居人もまともにはいない。
いつも1人ぼっちだった。
新しく転向した学校では、邪魔者扱いされた。
障害者として完全に扱われていた。
先生方は俺の事情を知っているから、幼稚園児と接するように俺と話す。
それをみんな馬鹿にした。
俺は笑えないのに、みんな笑っていた。
何を話しても無口な子。
転向してから1学期で先生にそう判断されたらしい。
流石に俺を扱いかねているようだった。
この世界は生きにくい。
苦しい。
だけど、こんな弱い自分も嫌いだ。
学校の先生は、不必要な人間はこの世にいないんだと教える。
けど、俺の方は一切見ない。
目を反らす。
きっと、施設の子供達の前でも同じなんだろうな、と確信した。
そんな思いを胸に、数年を過ごす。
・・・俺達は、人間としてデキソコナイだった。
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「ねえ、魁人君」
「なに?優子先生」
ボロボロのベットの上で、路上に捨ててあったマンガを読んでいると、先生から呼び出される。
ベットからノソノソと抜け出す。
俺の部屋は集団部屋だ。
ここで5人の同居人と一緒に寝る。
この施設には個室がない。
部屋の数が少ないからだ。
壁はあっちこっち落書きが書かれていて、穴ぼこも開いている。
この穴は前に子供の1人が癇癪を起してあけたものだ。
俺も止めに入ったが、そのせいで腕に傷が残ってる。
部屋を出て廊下に行くと、すぐそこに先生が立っていた。
小野優子先生。
いつも笑顔を絶やさない、明るい表情が持ち味の先生だ。
ここの施設のリーダーも兼任している。
ただ、この人はニコニコしすぎてたまに怖い。
へこんだり、悲しんだりしたところを見たことがない。
「明日、先生と一緒におでかけしない?」
「・・・忙しくないの?」
とりあえず軽く拒否してみる。
その程度には、人との会話も問題なくこなせるようになっている。
相変わらず自発的に会話をしないせいで、友達はいないけども。
「今回はね、魁人君にもお仕事手伝ってもらおうかと思って」
「・・・」
急に不安になる。
仕事って何?
何をすればいいのか分からない。
そんなことでも、緊張の連続だった。
「大丈夫大丈夫!ちょっと私のお世話をしてくれてる人と、一緒に話すだけだから」
「知らない人と話すの?」
「あら、私も一緒よ?」
「明日って急すぎない?」
「ごめんね。でも、その日に会って話したいんだって」
「俺と?何でさ?」
「うーん・・・」
普通の人達は、ここで少しじれったくなるんだろうな。
でも先生は根気がある。
だからここの子供達と概ねうまくやっていってる。
そんな先生が、俺の耳に口を近付けてこっそり言った。
「君がここで1番偉い子だからだよ?」
言い換えると、1番普通に近い子。
でも、普通じゃない子。
そのくらいは考えなくても分かる。
だって、今までそういう扱いをされてきたのだから。
「私と一緒に、ほんの少しだけ頑張ってみない?」
「・・・」
自分を恨む気持ちが激しく疼く。
俺には欠点ばかりだ。
長所が見つけられない。
ないのかもしれない。
そんな自分を変えたかった。
今思えば、それを先生に見透かされていた気がする。
「・・・いいよ」
「良かった!じゃあ決まりね」
先生がニカッと笑う。
いつも以上に笑っていた。
そんなに嬉しかったのだろうか?
ここの施設で笑う人は殆どいない。
子供も、職員さんも。
だから、この人の笑顔がここでは眩しい。
苦しい中でも笑っていられる、強い人だと思った。
まだ、この時は。




