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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第16章 煉獄篇 志紀魁人の記憶
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199話 リターン・メモリー1~デキソコナイの子供達~

 俺は施設育ちだった。

 生まれた時から親が死んでいて、血の繋がりもない他人に育てられた。

 他人と言っても、児童養護施設の職員だから、全くの他人という訳じゃないけれど。


 俺に話しかけてくる施設の同居人はいなかった。

 だって、みんなも俺と同じようなものだったから。


 ここに連れてこられる子供はみんな特殊だ。

 失語症の子や、自閉症の子。

 将来社会的に弱い立場に立たされることが分かっている子供達が、ここには集まっていた。


 「努力すれば、みんな幸せに生きられるのよ」


 職員さんはみんなそう言う。

 けど、みんな言わずとも分かっていた。

 それは人並みの幸せじゃなくて、他の障害者よりは幸せに生きられるだけなんだと。


 俺は、元は普通の施設にいたけれど、暴力沙汰を起こしてここに移された。

 情緒不安定と発達障害という診断を受けて。


 俺は何をやってもダメな奴だった。

 無口で、頭も良くなく、運動も得意じゃない。

 全て、人並み以下だった。


 一時期はそれで虐められていた。

 あまりに人とコミュニケーションを取れないからだ。

 いつも俺は、絵空事にばかり気を取られていた。


 空を飛びたい。

 宇宙に行きたい。

 幽霊と会いたい。

 でも、心の奥では人と話したいと言う願望もあった。


 人とはうまく話せない。

 他者の群れの中で、いつも緊張していたから。


 ある時、小学校で苛めを受けた。

 無愛想な俺の様子が面白おかしく映ったんだろう。

 うまく人とやりとりが出来ないのは自分でも分かっていたから、最初は自分のせいだと思って耐えた。

 周りはそれに気付いても、気付かないふりをしていた。

 俺は人の観察だけはよくしていたから、よく分かった。


 日に日に苛めが酷くなる。

 靴に画びょうを入れられたり、机の中にカッターの刃を何枚も入れられたり。

 犯人が特定出来ないような陰湿な虐め。

 けど、誰がやったかは分かっていた。


 数日後、俺は怒って苛めっ子にケンカを挑んだ。

 相手は複数でつるんでいたから、結局は返り討ちだったけど。

 その時に、いじめっ子の1人の目に鉛筆を突き刺した。

 それが原因で、俺は子供の親から訴えられた。


 どうにか施設側で交渉してくれたみたいだけど、取られるものは取られたみたいだ。

 その時から、俺に対する職員の目が恐怖に変わる。

 苛められてたんだと言っても、信じてくれなかった。

 元々、人とうまく話せるタイプじゃなかったのも原因だろう。

 しつこく言うと、ほんの少しだけ信じてくれる人もいた。

 けれど、こう言われた。


 「やり返したら、苛めっ子と同じになっちゃうでしょ?こういう時は、誰かに相談しなさい?」

 

 でも、そんなの無理だ。

 だって、みんな見て見ぬふりをしてたんだもの。

 人とうまく話せないんだもの。

 相談して、何か変わったんだろうか?

 俺は言い訳を言っていただけなんだろうか?

 不満を持ちながら、特殊な子が集まる施設に連れてこられた。


 この時だ。

 俺は普通の子じゃないって気が付いたのも。


 ここの施設は希望の家と呼ばれていた。

 希望を子供達に持って欲しい、という願いから付けられた、そのまんまな名称の施設だ。

 収容出来る人数は多くない。

 せいぜい20人程度だ。

 何故なら、ここで働いている職員が少ないからだ。


 言ってしまっては悪いが、ここの子供達は特殊な対応の出来る大人が求められている。

 子供達は社会では生きにくいから、大人達に縋るしかない。

 食事から、入浴、排泄、勉強、睡眠、エトセトラ、エトセトラ・・・

 成長したとしても、1人立ち出来るかどうかも分からない。

 毎日がプレッシャーだ。

 それが人材不足の原因。


 おまけに施設の経営も厳しいと、職員さん同士の話で聞いた。

 半ばボランティアで活動してもらうことの方が多いくらい。

 ここはお金も人材も足りていない。


 施設を1歩出ると、一般の住宅がすぐそこに並んで建っている。

 裕福な生活をしているようで、家々からは毎日笑い声が漏れて聞こえる。

 すぐそこには幸せがあるのに、触れない。

 遠い。


 毎日家々から漏れ出る会話に耳を澄ませながら、想像する。

 架空の父さん母さんを頭で作って、話す。

 泣きながら、1人で。


 そんな俺でもまだマシな方で、自分から勉強や入浴、食事が出来る。

 だから忙しい職員さんにほっとかれる。

 俺と話せる同居人もまともにはいない。

 いつも1人ぼっちだった。


 新しく転向した学校では、邪魔者扱いされた。

 障害者として完全に扱われていた。

 先生方は俺の事情を知っているから、幼稚園児と接するように俺と話す。

 それをみんな馬鹿にした。

 俺は笑えないのに、みんな笑っていた。


 何を話しても無口な子。

 転向してから1学期で先生にそう判断されたらしい。

 流石に俺を扱いかねているようだった。


 この世界は生きにくい。

 苦しい。

 だけど、こんな弱い自分も嫌いだ。


 学校の先生は、不必要な人間はこの世にいないんだと教える。

 けど、俺の方は一切見ない。

 目を反らす。

 きっと、施設の子供達の前でも同じなんだろうな、と確信した。

 そんな思いを胸に、数年を過ごす。


 ・・・俺達は、人間としてデキソコナイだった。



 ---



 「ねえ、魁人君」

 「なに?優子先生」


 ボロボロのベットの上で、路上に捨ててあったマンガを読んでいると、先生から呼び出される。

 ベットからノソノソと抜け出す。

 俺の部屋は集団部屋だ。

 ここで5人の同居人と一緒に寝る。

 この施設には個室がない。

 部屋の数が少ないからだ。


 壁はあっちこっち落書きが書かれていて、穴ぼこも開いている。

 この穴は前に子供の1人が癇癪を起してあけたものだ。

 俺も止めに入ったが、そのせいで腕に傷が残ってる。

 部屋を出て廊下に行くと、すぐそこに先生が立っていた。


 小野優子先生。

 いつも笑顔を絶やさない、明るい表情が持ち味の先生だ。

 ここの施設のリーダーも兼任している。

 ただ、この人はニコニコしすぎてたまに怖い。

 へこんだり、悲しんだりしたところを見たことがない。


 「明日、先生と一緒におでかけしない?」

 「・・・忙しくないの?」


 とりあえず軽く拒否してみる。

 その程度には、人との会話も問題なくこなせるようになっている。

 相変わらず自発的に会話をしないせいで、友達はいないけども。


 「今回はね、魁人君にもお仕事手伝ってもらおうかと思って」

 「・・・」


 急に不安になる。

 仕事って何?

 何をすればいいのか分からない。

 そんなことでも、緊張の連続だった。


 「大丈夫大丈夫!ちょっと私のお世話をしてくれてる人と、一緒に話すだけだから」

 「知らない人と話すの?」

 「あら、私も一緒よ?」

 「明日って急すぎない?」

 「ごめんね。でも、その日に会って話したいんだって」

 「俺と?何でさ?」

 「うーん・・・」


 普通の人達は、ここで少しじれったくなるんだろうな。

 でも先生は根気がある。

 だからここの子供達と概ねうまくやっていってる。

 そんな先生が、俺の耳に口を近付けてこっそり言った。


 「君がここで1番偉い子だからだよ?」


 言い換えると、1番普通に近い子。

 でも、普通じゃない子。

 そのくらいは考えなくても分かる。

 だって、今までそういう扱いをされてきたのだから。


 「私と一緒に、ほんの少しだけ頑張ってみない?」

 「・・・」


 自分を恨む気持ちが激しく疼く。

 俺には欠点ばかりだ。

 長所が見つけられない。

 ないのかもしれない。

 そんな自分を変えたかった。

 今思えば、それを先生に見透かされていた気がする。


 「・・・いいよ」

 「良かった!じゃあ決まりね」


 先生がニカッと笑う。

 いつも以上に笑っていた。

 そんなに嬉しかったのだろうか?

 ここの施設で笑う人は殆どいない。

 子供も、職員さんも。

 だから、この人の笑顔がここでは眩しい。

 苦しい中でも笑っていられる、強い人だと思った。


 まだ、この時は。

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