195話 倒せ
「・・・スー君」
気絶させた筈のスーランが、俺の背後に立っていた。
一瞬攻撃されるかな、とは思ったが、違うらしい。
俺と敵対している黒髪の天使に対して、殺気を放っていた。
「ただの悪魔風情が、私達天使の功労者の背後に立たないでもらいたいものですね」
天使が指を鳴らす。
脅威が第六感を通じて俺の頭にシグナルを発する。
咄嗟にスーランを地面に倒す。
彼の頭があった位置に、空間の捻じれが発生していた。
「・・・やっぱりあんたは助けてくれるんだな」
「お前は恩人の息子だからな。殺せって思う方が無理だよ」
「・・・だから、俺はあんたを殺していいのかどうか、迷う」
実際、彼が必死に悩んでいたことが意思を通じて読めてしまう。
親が死んだ原因と幼少の仲間。
親が支援した、親の仇。
悩むなと言う方が無理だ。
心の支えを失うと、心に大きな傷が出来る。
俗にいうトラウマだ。
「それでも今は協力しないと、どっちとも良いことは起こらないぞ」
「・・・俺にあんな化け物を倒せと?」
「倒さなきゃみんな死ぬ」
「・・・せめて抵抗はしたいな」
「それでこそ、ダゴラスさんとマリアさんの息子」
「その名前を出すな。複雑な気分になる」
言いながら彼は大剣を握りなおす。
「言っておくが、あんたみたいな化け物でも倒せない化け物なんだろ?俺ではせいぜいサポートぐらいしか出来ないが?」
「一緒に戦ってくれるんだな?」
「じゃなきゃ死ぬと脅したのはそっちだろう」
・・・ここに来て思わぬ助っ人が現れたな。
人間らしい面影を残せていなくても、俺を味方として判断してくれることが嬉しい。
天使達が俺を積極的に攻撃しないことをいいことに、話を続ける。
「お前、必殺技とかないか?」
「ある・・・が、頻繁に使えるものじゃない」
「ふぅん。どれどれ」
俺は彼の肩を触る。
少し警戒したようだが、離れる様子もない。
ただそこにある物を取るように、彼の情報を引き出す。
「あるじゃん。天使にも通用しそうな技」
「・・・教えてないぞ」
「今の俺にジャミングの能力は効かないよ」
「無茶苦茶だな。母さんを彷彿とさせる」
「多分、マリアさんはもっと凄いと思うけど」
俺なんかよりもずっと強い。
記憶にある彼女の姿は、半ば神聖化されている。
記憶の美化と言ってもいい。
ただ、誰が何を言おうともそれは崩れない。
「ま、時間がない。話の本題、本気の技ってどのくらいの時間持つんだ?」
「魔石1つで1分。今は2つしかないから2分だ」
「・・・多分な、お前の技、アイツに通用するんだと思う」
「俺にアタッカーを務めろと?」
「俺が死ぬ気で隙を作るから、全力でその後攻撃してくれよ」
本当なら彼とも同調したいが、俺の力はもう相手の魂を吸収する力に成り果ててる。
生きている相手へ気軽に使える代物じゃない。
「・・・分かった」
「よし」
お互いに歩み出る。
前へ、前へ。
世界の運命に抗うように。
「・・・」
天使は何も言わない。
スーランの前で、何かを話す気はないようだ。
ただ、無言だった。
「じゃあ、行きますかい」
それぞれが構える。
天使の動きに対応出来るのは俺しかいない。
だが、天使の防護を突き破れるのはスーランしかいない。
お互いがお互いを補助しあう形だ。
俺は全力で特攻をしなければならない。
「闇の意思の具現 」
スーランの大剣が黒々と染まっていく。
絵具を全部混ぜたらそうなるみたいな、そんな印象。
闇とは違う性質を持った、闇という感じ。
俺の闇が世界よりの性質なら、スーランの闇は生命が溜め込んできた闇だった。
今まで練磨されてきた能力の英知を、一点に圧縮させた現象が隣で発動される。
「・・・」
夢のような共闘だ。
やれる。
そう思い込む。
自己暗示をかける。
目に見えない可能性の道が、また新たに広がっていた。
俺はその内の1本を選び取り、歩む。
攻撃のタイミングを悟られないように、俺は無心で攻撃を開始した。
何も考えず、感覚的に体得した動きを頭で想像し、肉体に反映させていく。
思い描いた動きが、現実の動きとなる。
だがまだ足りない。
肉体的な素質だけでは天使に適応出来ない。
殺すためには、外部からの力が必要不可欠だ。
そう思って取り出したのは、デザートイーグル。
持ち手が大きく歪んでいるため、人間用に制作されたハンドガンは持ちにくい。
邪魔な部品を掴んで壊す。
粗野な風貌になったが、これでいい。
握りなおして照準を合わせる。
通常の人間とは比べ物にならない程の精度を持つ目が、敵を捕らえる。
弾はない。
だから闇を込めた。
拳銃自体の動作に影響しないよう、しっかりと弾の形状に加工して装填する。
火薬は必要ない。
準備を整え、動きながら撃った。
自身が動きながら動く敵を照準に合わせることは、難しいどころの話じゃない。
ただの競技なら、どちらかが静止した状態で撃つものだ。
そうでないと、人間は殆どの確率で的を射抜けない。
人間の性能など、その程度のものだ。
競技の中だけでしか性能を発揮出来ない者が殆どを占める。
闘争には不向きだ。
けど俺なら出来る。
やれる。
クルブラドですらガードせざるおえなかった攻撃を、天使はいとも容易く躱していく。
弾道を予測してとかそういう次元じゃない。
構える前から回避の体制に入っている。
未来予知かとも思った。
敵の動きと自身のスペックが同等の状態で、感知能力が上となると、キツイものがある。
・・・詰め寄るしかなかった。
段数無制限の弾丸を放ちながら、俺は突っ込む。
移動方法がより効率的な四足に近い形状になる。
低い姿勢で空気抵抗を減らす。
人間の骨格では低い姿勢で走るのは無理がある。
だから、骨を特別仕様に変えた。
より前かがみで走れるよう、腰と太ももの強化を行う。
小さく、もっと速く。
それだけを人間が追求すれば、こうなるのだろう。
通常の進化とは違う、人間にとってだけ都合のいい進化を成し遂げた姿だ。
通常の生物の規格を大きく離れている。
人間は走ることに特化していない。
そもそもが走る種ではないからだ。
馬や、チーターなどの方がずっと速い。
人間が走ることを生業としたなら、それは生体としての矛盾だ。
走るなら、ランナーなどの人間ではなく、獣を意識するべきだろう。
攻撃の面においてもそうだ。
四足で地面を支えることで、強力な咬合力を持つことが出来る。
古代に存在したTレックス程ではないが、それも闘争には適した解だろう。
・・・そうだ。
参照するならば、既存の生物では駄目なのではないだろうか?
例えば、恐竜。
6600万年前に絶滅した生物達。
あれらは殺し合いにおいて、無類の強さを発揮した。
闘争においては無敵だったのだ。
その理由はウェイトだ。
半端ではない体重量から繰り出される力は、想像を遥かに超えている。
Tレックスの咬合力は約6トン。
現在現世に住まうどの生物よりも強い。
だが、直立歩行に適した骨格をもった爬虫類でもある。
2足歩行なのだ。
どの動物よりも独特の体構造をした最強の地上生物。
誰も狩ったことのない生物。
俺はそれを再現するべきなのかもしれない。
恐竜の姿は、今の俺と少しだけ重ねられるかもしれない。
生物らしからぬ動きを見て、相手も奇妙に感じたのだろう。
顔が少しだけ笑う。
動揺の意味を含めた笑いだった。
工業機械めいた力を柔軟的に発揮していく。
魔剣を1秒の間に数十回斬り付ける。
闇を乗せた魔剣の姿はブレて、残像を残す。
初速は音速を超えた。
それだけの扱いをしても、魔剣は壊れる様子がない。
不可視の結界は傷付かない。
・・・ただ、天使の視線はこちらの方に向いていた。
「・・・」
気配を察知させない独特の動きと性質で、天使の背後からスーランが接近する。
ダゴラスさんの大剣には気配断ちの能力が付加されている。
斬撃自体に気配がない。
空気を斬る音ですら、自然音としての側面を持たせる。
大剣の黒々とした部分が、獣の形として表出する。
本性が現れた。
あれは・・・ヒトの本能だ。
昔、悪魔が人間だった頃の本能。
破壊と暴力に染まった黒は、天使の背後から噛みつこうと襲い掛かる。
「・・・ほう」
気付かれた。
天使が指を鳴らす。
彼女の手に、光で出来た眩い剣が出現した。
洗練された手つきで、獣と相対する。
弱いヒトを超えたスピードで、獣と天使の間に割り込む。
巨大な威圧感が前方と後方から感じられる。
剣の軌道を妨げるべく、俺は果敢に魔剣を打ち込む。
人の腕力では再現出来ない速度で、天使の気を引いていく。
俺では肉体に傷すら付けられない。
でも、スーランを守るくらいのことなら出来る。
「うおおおおおおお!!!!!」
「傲慢なヒトよ。少しは落ち着いたらどうです?」
複数の小さな光点が目の前に現れる。
危険を感じた。
だが、避けることは出来ない。
闇を拡大させて、光点を飲み込む。
ギュン、と闇が霧散した。
その隙間から視認出来るレーザーが5本、俺を襲う。
咄嗟の判断で距離を取り、回避する。
腕にレーザーが掠る。
亀の甲羅を連想させる腕の表皮から、焦げ臭いがしてくる。
・・・当たったら、切断されていただろう。
黒い獣は、天使の眼前まで迫っていた。
レーザーを浴びても、また凄まじい勢いで再生していく。
そして、ガブリと見えない壁に齧り付いた。
ギリギリとした不快な音の後、ガラスが割れた音が聞こえた。
・・・やっとだ。
やっと、結界を壊せた。
ようやく次の段階へいける。
「・・・」
天使が光の剣を、音速を超えた速度で振る。
悪魔にも反応することの出来ない攻撃。
スーランの元にダッシュして、それを防ぐ。
闇を纏った魔剣ではあるが、能力がメリメリ剥がされているのが分かる。
相性が悪いのだ。
光と闇は共存していても、本質は受け入れない。
何故なら光は満たす者であり、闇は受け入れる者だから。
存在して影響する結果が食い違いすぎている。
対抗するなら、出力を上げるしかない。
能力を全力で体に通す。
沈静化の影響が出始めているのか、光にも鈍りが見え始める。
動作が緩慢なように見えたのだ。
俺が作った隙を狙い、黒い獣が天使を襲う。
もう俺達の攻撃を遮る不可視の結界はない。
同時に攻撃を開始した。
「・・・なるほど。魔法の領域に近い能力ですね、そこの悪魔の力は」
天使が指を鳴らす。
直後、苦しそうにスーランが倒れた。
黒い獣もピタリと止まる。
俺は絶好の攻撃チャンスを目の前に、止まることは出来ない。
剣撃をひたすら浴びせていく。
でも、結界がなくなった分天使は本気を出していた。
ことごとく剣が弾かれる。
光の剣に実態はない。
概念が収束しているように感じる。
それらは俺の剣に反応して微妙に形を変え、完璧に防御していた。
魔剣が光の剣に接触した瞬間、ガッチリと光が剣を掴む。
俺の剣が固定されていた。
「少々手荒くしますよ」
天使の空いた手から、光の獣が出現した。
スーランの能力と同種に見えるが、格が違った。
威圧感が数段上だ。
「闇は自身の起こせる現象を能力として悪魔に提供しました。全て合致させれば、闇が再現出来るの道理。私達天使の魔法の基礎にあたりますね」
至近距離から、身動きの出来ない俺に対して笑顔で彼女は言う。
まだまだ余力を残しているように見えた。
「貴方の闇はまだまだ出来損ないの不完全。あの悪魔は幾分か闇の本質に近付いたようですが・・・まあ、私のと比べると見劣りしますか」
「うるせえ!!!」
全力で剣に力を込める。
ビキビキと筋肉が脈打つ。
足元の地面が割れる。
それでも魔剣は動いてくれない。
そして、光の獣は俺の片腕に噛みついた。
硬いはずの表皮を牙が突き刺さる。
黒々とした血に触れて、獣が俺をぶん投げる。
かなり後方に飛ばされてしまった。
・・・2つの武器を置いて。
「こんな物は、もういりませんね」
光の獣がムシャムシャと魔剣を平らげる。
俺の武器が、あっけなく消えた。
「それ、貴重な魔剣なんだけどな」
「貴重だとか珍しいだとか、人間や悪魔の価値観を天使に押し付けないで貰えますか?」
天使の言う通りだった。
「・・・抵抗はもうおしまいですか?」
近くで苦しんでいるスーランを足蹴にして、地面に転がす。
黒い獣はとっくのとうに消滅していた。
光の獣に食われて。
「まあ、人間にしてはよくやった方だと思います。魔法の結界を破って斬撃を浴びせるなんて、他の生物には真似の出来ないことです。誇ってください」
「倒すのは諦めろってか」
「親が子供に諭すのと一緒ですよ。天使は全ての生命の上に立つ存在なのですから」
そうか。
生態系の頂点にいるってか。
そういう考え方か。
「やっぱ、人間と変わらんね」
「・・・」
ピクッと天使が反応した。
今の発言は気に食わなかったらしい。
「何がです?」
「独裁者と何ら変わりないって言ってんだよ。結局、お前ら天使は自分にとっての天国を作りたいだけだろ?邪魔者の俺達を排除して」
「ゴミを掃除するのは当然のことでしょう。部屋を清潔にしたいとは貴方、思わないのですか?」
「少しくらい散らかっててもいいじゃんか。俺、縄張りとかに興味ないし」
結局のところ、生物は自分の居場所を作りたがるから愚かになる。
自分の居場所を作り、安心したい。
他者に認められて、充足を得たい。
根底はそれだ。
自分が満足したいだけだ。
「人間よりも天使の方が優れてるってのも分かる。けどさ、精神面ではそんなに変わらないじゃんか」
「・・・」
「本当に人間より優れてるってんなら、物事に執着なんてしないと思うんだけどな」
「・・・なるほど」
意外な反応を見せた。
理解を示したのだ。
てっきり怒るかと思ったのに。
「貴方のおっしゃる通り、天使も万能ではありません。何せ結局、人間の延長線上に誕生した命ですから。不完全なのは認めます」
「・・・」
「ですから、完全になるのです。この戦いはその第1歩目にすぎません」
「自分が不完全だって自覚があるんなら、人間や悪魔の不完全さだって理解出来るだろ?もうちょっとマシになれるまで、待つことは出来ないのかよ?生命が可能性を探り当てるまで」
「・・・人間が生きることによって、何が負担になっているか、ご存じですか?それは世界と星ですよ。貴方方が進歩するより、その土台となる世界や星の方が早く消耗するのです。愚かな人間や悪魔はそのことに気が付きながらも、悠長に星の延命と称して自然保護という陳腐な行いをしている訳ですが」
・・・生物は犠牲の上に成り立つ生物である。
生命の循環の土台は星だ。
星は他の生命とは違い、代替えが効かない。
だから愚かな人間は自然環境を保全しながら図太く長く住み続けようとする。
人間の進歩が妨げられる要因の1つ。
俺だって、そんなことは分かってる。
「だよな・・・生物は生物と絶対に分かり合えない。孤独じゃないと前が見えない。集団は毒にしかならない」
「それもまた、多様性を求めた勝手な考え方の1つですね。ですが、共感する部分はありますよ」
「でも、分かり合えない」
「その通り」
「なら、殺しあうしかない。生き残るために」
「フフ、分かってますね」
人間や悪魔は死ぬべきだ。
けど、それも踏み台にしてやるという醜い気持ちが芽生える。
底知れない、人間性の深淵が俺の目に宿る。
「・・・じゃあ、死ねよ」
卑怯な手でも何でもいい。
天使を殺せるなら。
プラムが気配断ちの結界を使って天使の背後に忍び寄っていた。
・・・俺の銃を持って。
人間の生み出した醜悪を凝らして作った武器の秀作。
膨大な生命を殺してきた人間という種の象徴の1つ。
俺が光の獣に腕を噛まれたその時に落とした、殺しの武器。
彼女は小さな猫の体で銃を支えながら、天使に照準を合わせていた。
人間の増悪が天使の目を捉えて離さない。
そこに殺すという確信があったから。
だから、後ろに気が付かなかった。
気付けなかった。
銃声が鳴り、天使の胸に闇の弾丸が貫通した。




