194話 望む
全力で駆け出す。
星門の前にいる敵を殺すことだけ考える。
生き物を殺すこと。
ただそれだけのために人類は、どれだけ技の練磨を続けてきたのだろう?
はるか昔から積み重ねられた太古の記憶が、突発的な衝動を持って体に染み込んでいく。
遺伝子情報ではない、別の情報が俺に教えてくれる。
敵を殺すにはどのようにしたらいいのかを。
眼前に万を超える選択肢が提示される。
足を動かすタイミングや、腕の振り方。
視界確保の段取りや息使いまで、様々な要素が絡んで可能性が分岐する。
その殆どは失敗だった。
敵には隙がない。
俺の魔物化された足でも対応してくるだろう。
どうしたらいいのか、模索を続ける。
潜在的な発展性を秘めた俺の力。
そこにはまだ加工する余地が残されていた。
俺の意識を度外視して見積もれば、だが。
駆けながら同調を開始した。
天使達に殺された悪魔の死体・・・それから漏れ出る命を吸収していく。
悪魔の魂が体に宿る。
1つの魂だけでも自我を崩壊させるに十分な量の猛毒だ。
それを自分自身の意思で抑える。
数十人の意思が俺の心の中で乗っ取り合いを始める。
主導権は誰だって欲しいものだ。
普段はそれを脳が理性を使ってブレーキをかけている。
だが、俺みたいに肉体として色付いていない魂だけの状態だとそれがない。
本能的恐怖が騒ぎ出す。
自分が消えてしまうのではないかと。
そうなると、もう精神の中で取り込んだ魂が大乱戦だった。
それでも、今を生きるために戦う。
いつ暴発してもおかしくない爆弾を抱えて、俺は魔剣を振るう。
「・・・中々に良い一撃ですね。貴方、凄いですよ」
俺の魔剣は片手で防がれていた。
しかも、刀身部分をまるまる握る形で。
今の俺の全力を出したのに。
運動エネルギーの余波が地面を伝い、天使の足元が大きく凹んだ。
それでも笑顔は絶やさない。
・・・舐められている。
俺の反応速度を超えた拳が、俺の腹を突く。
魔物化された外皮はその衝撃を殆ど吸収してくれた。
だが、そのまま後方へ吹っ飛ばされる。
「あら?邪悪種でも悶絶するぐらいのパンチなのに・・・頑丈なんですね。流石、試練を乗り越えし者」
駄目だ。
もっと力が必要だ。
何が欲しい?
まず、基礎的な身体能力が足りていない。
命を加工して筋肉を増大させる。
規模を増やさず、増大と収縮を繰り返しながら強化を図る。
膨張した筋肉が神経や血管を締め付ける。
異常を感じる部分からかたっぱしに強化した。
また魔剣で斬りつける。
腕を盾にして防がれる。
闇の出力を上げるために、体を能力に順応させる。
改変の負担が心臓にやってくる。
・・・気にしない。
心停止寸前で、心臓を強化し強引に鼓動させておく。
闇の能力を駆使して攻撃を行う。
今度は軽く回避された。
技にもっと工夫を・・・
高度に効率を圧縮させた攻撃を、もっと昇華させなくてはいけない。
歪曲的な軌道を取り入れた技を全て捨てる。
攻撃は単純かつ直線的でいい。
圧倒的な力を効率的に叩き込むには、1番都合の良い選択。
迷いはなかった。
直線的迎撃を前提にした筋力配分を行う。
回避され続けるが、一瞬だけ頬を魔剣が掠る。
体の重心を前にした単純な突き攻撃だ。
そこからまた技を発展させる。
突きを主体にした構えを同調の記憶から抜き出す。
前へ前へ押し出るような姿勢だ。
中距離からの驚異的な伸びは、遠近感覚を狂わせる。
フェイントを混ぜて距離を一定に保つ。
激しい運動に骨が軋む。
骨密度を高めて、補強した。
心肺機能が激しい動きについていかない。
肺胞を増幅させ、肺胞換気量と死腔量の限界値を引き延ばす。
その分莫大なコストが俺の肉体を蝕む。
極端に強化された体は柔軟性を失う。
肉体の動きにキレがなくなっていく。
それすらも穴埋めするように、関節の可動範囲や筋肉の伸縮を調整し、強化する。
人間の肉体的欠点が埋められていく。
人間と呼ばれた構造から大きく剥離していくこととそれは同義だ。
人間の欠点を克服したいなら、別のナニカになるしかない。
その分普通の肉体で出来た手加減が利かなくなっていく。
可能性の誕生と欠落の螺旋をそこに見た。
遺伝子の形になぞらえて、体に無数の変化が生まれる。
そこからは新しい世界が見えた。
強者との戦闘における適応だ。
経験と練磨こそが、強者の動きに対応する要素に他ならない。
検証し、失敗し、改善を経て、検証にまた望む。
そこに妥協はない。
繰り返される淘汰の中で、敵に有効な攻撃を与えるに相応しい方法を探していく。
打撃を複数に渡って全身に浴びる。
でも、俺の体はもってくれていた。
まだ、探せる。
積み重ねられる。
打倒への探求は当然のように続く。
攻撃はよりシンプルに行う。
無駄な動きを削ぎ落とせる。
回避したい本能的な判断を体で押さえつけて、敢えて特攻で挑む。
返り討ちにされた。
それでも挑み続ける。
可能性を残してくれた魔剣による突き攻撃は、体の体重ごと力を押し出し、刃の先端に力を集中させるタイプに変化していた。
攻撃の多様性による、戦局対応の万能性は無視した。
もっと鋭利に、この戦闘に特化した形で進化する。
適応とは進化だ。
そして進化とは弱点を露出させるものでもある。
こちらが生物である以上、特化させることの出来る部分があれば、逆に退化させなければいけない部分も出てくる。
寒冷地に適応するなら、温暖な土地で生きてはいけない。
二者択一。
そういうことだった。
だが、そうした弱点は出さない。
全体的な強化を目指す。
都合のいい選択だ。
通常の肉体的進化では再現出来ない結果を、神秘で強引に発現させる。
その代わり、肉体的メリットと引き換えに精神的なデメリットが倍になって返ってくる。
黒い邪悪が俺を突き動かす。
憎しみが激情となって、俺の背を押す。
精神的な死が目前まで控えている。
俺が俺であれるのは、俺にしっかりとした目的意識があるからだ。
アリアに会いたい。
その為に俺は現世へ帰る。
それだけが俺の支えだった。
代償を支払い続ける。
莫大なコストを支払って、やっと天使に攻撃を当てることに成功する。
ただ、俺の魔剣による突きは何故か途中で阻まれて、中空で止まっていた。
刃の先端・・・そのすぐ先に黒髪の天使がいるのに。
不可視の結界?と思ったその時には、相手の攻撃が突き出した得物に叩き付けられていた。
バギン、と魔剣の1本が折れてしまう。
闇夜黒剣だ。
頼みの綱が解けてしまった気分になる。
絶望が俺の心に波を立て、同調している体の制御をおかしくしてしまう。
その間、1発顔面にいいものを貰い、数メートル殴り飛ばされた。
・・・また、一から改善しなければいけない。
2刀流の動きは切り捨てて、1本の魔剣で戦うことに特化したスタイルを目指す。
手数が減る分、威力を上乗せ出来る。
だが、不可視の結界を破れる気がしない。
あれはどうやって壊す?
単純な威力底上げ?
攻撃の角度をもっと鋭利に?
それとも敏捷性を上げて不意をつく?
分からない。
振り出しに戻された気分だ。
俺の眼前には可能性の海が未だ広がっている。
数で淘汰するには、あまりに深く、広い。
海の深さに気を取られて、広さに目が向かない。
・・・逆ならばいいのだろうか?
技の深化を探り、一点特化させるか?
それとも多様性の模索に走り、技の応用を広げるか?
始まりに着地して、気力が萎えてくる。
これが、俺の限界?
人間をまだ、捨てきれていないのだろうか?
どこからが化け物で、どこからが人間なのか分からない。
境界線が曖昧になる。
俺は誰だ?
可能性が見えなくなっていく。
目の前が暗くなる。
助言が欲しい。
他者との繋がりが欲しい。
1人は寂しい。
敵対関係は辛い。
魂を掌握出来ない。
内部分裂を起こしたままだ。
順応させるにも時間がない。
「ぁ・・・ぁ・・・」
限界だった。
精神が死にかけている。
自発性に乏しい。
それでも、体だけは健在で不自由を全く感じない。
奇跡の結果だった。
「しっかり!しっかりして!!!」
プラムが歪な形状変化を果たした俺の肩で、何かを叫んでいる。
何を言っているかは聞こえるが、その言葉が何を意味しているかが判別としない。
不思議な感覚だ。
俺が俺じゃない。
誰かの耳で俺が外部からの音を傍聴している感じ。
「・・・凄まじいですね、この人間は」
「・・・どうするつもり?」
「貴方は彼女が分化した個体の現身。殺しはしません。もちろん人間も。ただ、地獄にいる生命は全て滅んで貰いますが」
・・・悲鳴が鮮明に聞こえてくる。
泣いていたり、怒号を発したり。
まだ、戦っている奴がいるんだ。
でも、滅ぶ。
今まで積み重ねてきた大切な何もかもを遊ばれて、無垢な天使に殺される。
俺と話した奴も、共闘した奴も。
平等に、平等に。
全部、命が旅立っていく。
もし、地獄の生命がこのまま根絶やしにされたらどうなる?
きっと、魂の循環が出来なくなる。
じゃあ、穢れた魂はどこへ行く?
・・・多分、天使に処理されるんだろう。
最終的に、全ての魂はここに運ばれてくるのだから。
そうさ。
生命の宿命は進化し続けること。
進化の果ては自滅。
そう言われてるじゃないか。
このまま滅んでしまえばいい。
嫌いな奴が、全ていなくなればいい。
不幸など、消えてしまえ。
邪魔な奴は消滅すればいいのだ。
暗い考えが俺を支配しようと囁く。
不思議なことに、幸福な気持ちは同調から流れてこない。
悪魔の記憶は悲しみに彩られていた。
人間と同じで、幸福なのは無知な者だけだ。
そして、悪魔は心を読み取る。
無知だということはない。
でも、それにしても悲しみが多すぎた。
感受性が高いのだろうか?
苦しい。
死にたい。
生物は例外なく、自分で自然に死ぬ権利を持っている。
だが、その権利を執行するのは知的生命体だけだ。
何故、進化の先・・・自滅だ。
人間の領域を超えて、俺は知りすぎた。
余計な事を。
でも、それこそが人間の知的欲求の結果なのだ。
人間の性質から言えば、ごく自然ことだ。
人間の自然な状態が、愚かだからこんなことを思うのだろう。
「死に・・・たい」
本音が出た。
今まで隠してきた本当の心の一部。
こんな苦しい思いをしてまで、何故生きなければならないのか。
目的があるからだと前までは言えた。
けど、今は言えない。
思い出せない。
どうして?
「「・・・死にたいなんて、馬鹿なことは言わないで」」
猫の声が聞こえた。
頭から。
他者の魂に紛れてもみくちゃにされている俺へ、意味がしっかりと届いてくる。
「だって、辛いからさ・・・普通の人間みたいに、普通に暮らしたい。何でこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないんだよ」
「不平不満を言いたい気持ちは分かるわ。けど、立って」
「なんでさ」
「私がまだ、諦めていないから」
「俺とお前は違うよ。お前は強い。けど、俺は弱い。それだけさ」
強者の意見を押し付けること。
・・・いい迷惑だろ。
「何を言っているのよ?どんな辛い時だって、一緒にいたじゃない。同じ辛い思いをしてる仲間がいて、貴方、ソイツを助けないの?」
「・・・助けたいけど、無理さ。全部、いずれ滅ぶんだから」
「貴方、言ったわよね。外に可能性を求めるって。閉塞した世界から解放されたくないの?」
・・・されたい。
こんな世界から、逃げ出したい。
逃避は忌避されることではあるが、立派な選択肢でもある。
俺の選択は・・・そういう選択だったな。
人間は、人間の中だけでしか正しくない。
それが閉塞感を生む。
だから、新しい法則に触れたかった。
「・・・俺ってそうだったっけ」
「周りのくだらない雑念に縛られないで。貴方には他の者にはない素敵な点があるじゃない」
「・・・すごい褒めてくれるね」
「貴方を愛してるからね。幾らでも褒められるわ」
自分を肯定される。
とても嬉しかった。
孤独が正しいとは言うものの、支えもなしに人間は生きていけない。
そのことを深く実感させられる。
心の在り様がまた変化する。
今度は俺の意思が定まってくる。
俺が俺であることは、どれだけ難しいのだろう?
人間は他人の意見に左右されながら、或いは影響を受けながら生きていく。
他者や社会に矯正された人格は、果たして自分自身だと言えるのだろうか?
俺に宿る俺は1つしか存在しえない。
どんなに他者に影響されようとも、それは変わらない。
影響を受け、変化した俺が俺なのだから。
ある種、それも進化だとか言えるかもしれない。
歪な進化ではあるが・・・確かにそれは俺なのだ。
意思の纏まりを感じる。
世界がより確定した感じがする。
人格が1つに統合されたような・・・
この俺はもう、以前の俺じゃない。
それでも俺だ。
変わることを恐れてはいけない。
可能性を探るなら、現状維持に甘えてはいけない。
進めるなら進む。
他者に強制されてやることじゃない。
自発的に、そう思った。
「あら?凄いですね。内面がボロボロだったのに、もう復活ですか」
「うるせ・・・最初から強い奴に、凄いだなんて言われたくないね」
「生前の私だったら共感出来たかもしれませんけどね、倒れてた方が無難だったのでは?どうせ殺されないのだし」
「・・・願望が叶わないなら、死んだ方がマシだ」
「醜悪で美しい。素敵ですよ、人間」
立ち上がる。
体は軽やかに動作してくれた。
生物としての格が遥かに上がった気がする。
「・・・でも、まだ殺れる気がしないな」
動きはついてこれるだろう。
だが、守りが固い。
あの不可視の結界が突破出来ない。
俺の攻撃手段の中には、アレを壊せるようなものが存在していない。
おまけに魔剣は残り1本。
絶望的だ。
勝機がない。
見えないならまだしも、全く光明が存在しない。
無を覗き込んでいるみたいだった。
闇なら見えないだけで、まだ歩ける。
けど、その先に可能性という道が存在していない。
・・・致命的だった。
「・・・あら?」
天使が意外そうに俺の後ろを向いた。
俺もその目線を追ってみる。
そこには、ダゴラスさんの魔剣を持った、スー君の姿があった。




